ポーション作りのお手伝い 16
「あぁ、導魔樹を作るときにフェデリーニ爺に貰った導魔の果実の事ですか?」
レンヴィーゴ様の言葉にコクコクと頷いて肯定の意を示す。
導魔の果実なんていう正式な名前は覚えてなかったけど、レンヴィーゴ様が言うんだから、そうなんだろう。……たぶん。
「導魔の果実は、本来ならフェデリーニ爺から貰えるものではあるのですが、今は季節が……。前回はフェデリーニ爺に無理を言って蕾を付けてもらいましたが」
「ですよね」
本来、わたし達が導魔の果実こと虹色のリンゴを貰ったのも、季節外れの事という話だった。
「なぁに? 導魔の果実が欲しいの?」
わたし達の話を聞いていたアリシアさんが首を傾げる。
「えー、はい。あのリンゴをポーションに混ぜれば美味しくなりそうだなって思いまして……。でも、手に入らないんじゃ無理ですよね」
「手に入るわよ?」
「え! 本当ですか!?」
「普通なら無理だけど、レン様が居るからたぶん大丈夫よ」
そう言って、アリシアさんは意味ありげに笑いながらレンヴィーゴ様の方に視線を向ける。
レンヴィーゴ様の方は、アリシアさんの視線を交わすようにそっぽ向いちゃってるけど。
「レン様の事だから、取ってあるんでしょう?」
「何のことでしょう?」
「ルミさんとマール君は迷い人なんでしょう? そして、二人はつい最近この世界に来て、つい最近、魔法使いになった。つまりは、レン様の教えに従って魔導書を作った……。違う?」
「はい、そうです。全部レンヴィーゴ様に教えてもらいました」
「その時、導魔の果実の種を植えたでしょう? 残りの種はどうしたか覚えてる?」
アリシアさんに言われて思い返してみる。
導魔の果実を食べた事は覚えている。自分で育てたやつは味がしなかったけど、マールが育てた実はとっても美味しかった。
種の方はといえば、果実から結構な数が手に入ったので、その中で一番大きくて形が良いものを選んだのも覚えてる。
だけど、残りはどうしたっけ?
わたしが頭を捻って思い出そうとしていると、アリシアさんはクスクスと笑う。
「きっと、レン様が持ってるわよ? 貴重な迷い人の、貴重な資料の一つとして、ね」
うひゃぁ……。
たしかに、日本でも歴史的偉人とか郷土の著名人の記念館とかあって、そこに所縁の品とかが収蔵とか展示とかされてる事はある。
だけど、マールは兎も角、わたしなんて異世界から来たという部分以外は何の才能も功績も無い普通の女の子でしか無いのだ。
そんな普通の女の子の所縁の品とか取っておいて、どうするつもりなの?
そんなのわたしの家族くらいしか有難がらないでしょう!?
「確かに、あの時のお二人の種はキッチリ保管させてもらっていますが」
「レン様の事だから、他の人の魔力が混ざらない様にキッチリ対策も出来てるんでしょう?」
「当然ですね」
「それなら、その種を植えて実を付けるまで魔力を流してあげれば、導魔の果実と同じものが実るはずよ。私はやった事は無いけど、以前、何かで読んだ事があるわ」
「それは興味深いですね。それで収穫できた導魔の果実からは、また種が採れるのでしょうか?」
「それが、そうやって育てた導魔の果実には種が入って無かったらしいわよ」
「じゃぁ味の方は?」
「味については、育てた本人にとっては味が無くて、他の人にとっては不味かったらしいわね」
二人の話を横で聞いていた限りだと、味に関してはフェデリーニお爺ちゃんに貰った導魔の果実と同じ感じになるのかな?
もしそうだとすれば、わたしがその方法で育てた導魔の果実はマールにとって美味しくなって、逆にマールが育てれば私が美味しく感じるって事になる?
それなら、マールが育てた導魔の果実をポーションに混ぜれば、わたしにとって美味しいミックスジュースにする事も出来るんじゃないかな?
正直、挑戦してみたい。
日本だったらこんなに拘らなかったかもしれない。あっちには、美味しいものって一杯あるから。
でも、この世界って心の底から美味しいって思えるものが少ないんだよね。
本気で美味しいって思えたのは、マールが育てた導魔の果実くらいしか無かったりする。
料理を作ってくれるレジーナさんには申し訳ないんだけど、料理技術が未発達なのは間違いないと思う。
もっと人や食材が多い都会に行けば違うのかもしれないけど、少なくともスペンサー領ではお金を出してまで食べたいって思える様なものは少ないのだ。
マールは美味しい美味しいって言いながら、いっつもニコニコで食べてるし、わたしもお腹が減るから食べるんだけどさ。
「導魔の果実をポーションに混ぜたら何か問題が起こりそうですか? 毒になっちゃうとか」
ポーションは、薬なんだから適量を飲むだけなら身体に悪いって事は無いはずだけど、導魔の果実はどうだろう?
育て方的に、たくさんの魔力が必要になる為に毒になるほど有意な量を口に出来ていないはずだから、これまで健康被害が報告されるほどの問題になっていないだけなのかもしれない。
それに、普通だったら美味しく感じないはずだから、好んで口にしようとする人も少ないだろうし。
それに、導魔の果実自体には何の問題も無かったとしても、ポーションと混ぜる事で”食べ合わせ”的な悪さはあるかもしれない。天ぷらとスイカみたいに。
そう考えると、ちょっと怖い様な気もする。
「導魔の果実は、毒になるような事は無い筈よ。昔、ネズミに食べさせ続ける実験とかしていた人が居たはずだもの」
「その実験は僕も読んだ事がありますね。普通のエサを食べさせるネズミと普通のエサに導魔の果実を混ぜたものを食べさせるネズミ、それと導魔の果実だけを食べさせるネズミの実験ですよね? 確か、導魔の果実だけを食べさせたネズミは衰弱して死んでしまったという結果だったと記憶しています」
え? 死んじゃったの?
それってヤバくない? 導魔の果実って身体に悪いって事になるんじゃない?
でも、導魔の果実自体が身体に悪いなら、普通のエサに導魔の果実を混ぜたものを食べさせたネズミも体調に変化があるはずなのかな?
「もしかして、栄養が足りない?」
思いついた事が無意識のうちにつぶやく。
実験なんだから、量自体は他のネズミと同じくらいになるように与えられていた筈だ。
それでも衰弱してしまったという事は、導魔の果実では生命活動を維持するのに必要な栄養が足りなかったって事になるんじゃない?
「まぁ、ネズミにとっても、自分が育てたわけでは無い導魔の果実は美味しく無い筈なので、精神的な歪みを受けてしまったのかもしれませんがね」
そういって苦笑するレンヴィーゴ様。
つまりは食事関連のストレスって事?
今のわたしも食事に関しては若干ストレスを感じているので、その説も否定はできないなぁ。
楽しいはずの食事の時間が、美味しさの欠片もない導魔の果実だけになってしまったら、胃に穴くらい開いて、そのせいで消化吸収が悪くなって結果的に衰弱しちゃうなんて事も有りそうだ。
「話を戻しますが、ポーションに導魔の果実を混ぜるのなら、参考にすべきなのは普通の餌に導魔の果実を混ぜ合わせたものを与えられたネズミでしょうね。こちらは、特に健康的な問題が発生する事はなく、普通の餌を与えたネズミと同程度には生き続けたそうです」
「それじゃ、ポーションにわたしが育てた導魔の果実を混ぜ合わせれば、マールだけは美味しく感じる……。逆にマールが育てた導魔の果実を混ぜればわたしが美味しく感じるだけで、身体に害は無いって事で良いんですかね?」
「どうでしょう? 正直、やってみない事には……。それに今回はともかくとして、導魔の果実は原則的には秋にしか手に入らないものなので、もし、それで美味しいと感じるポーションを作れたとしても、いつでも飲める様になるわけでは無いという事になりますね」
そうだった!
日本だったら一年中スーパーに並んでるのを見かけるけど、それは品種とか栽培されている地域差とか、あとは貯蔵技術の発達で店頭に並べる事のできる期間が長くなってるからの筈だ。
でも導魔の果実の場合は、基本的には魔導書を作る子供達の為にフェデリーニお爺ちゃんが蕾を付けてくれる事になる。
つまりは品種は一つ。季節も一つ。
もちろん、わたし達も一緒に収穫させてもらい種を保存しておいて、一年通して収穫が出来るように調整しながら育てる事は理論的には可能だ。
だけどそれってフェデリーニお爺ちゃんの負担が増えるって事だよね?
美味しいミックスジュースという名前のポーションを安定的に入手するのは無理かもしれないなぁ……。
先日、誤字報告というのを頂きました。
ありがとうございました m(_ _)m




