ポーション作りのお手伝い 11
わたし達が調合室へと戻ると、そこではアリシアさんが調合道具の片づけをしている所だった。
アリシアさんは、わたし達が戻って来た事と、一緒にレンヴィーゴ様までついてきたことに少し驚いた様子だったけど、少し考える素振りをしてから何やら勝手に納得している。
何をどう考えて、どんな納得の仕方をしたのかは不明だ。
「アリシア師匠、お邪魔します」
「はいはい、レン様。こんな所にどんな御用でしょう?」
「ルミさんが手伝ったというポーションを見せてもらいたくて伺いました」
そう答えたレンヴィーゴ様を見て、ちょっと驚いたような表情をするアリシアさん。そしてなぜかわたしの方を見てからもう一度レンヴィーゴ様を見て、大きなため息。
その溜息はどういう意味なんだろう?
「確かにルミさんにはポーション作りを手伝っていただきました。こちらがそうです」
アリシアさんは底の浅い木箱に収められた小瓶を指し示すけど、残念ながらガラス製の瓶じゃなくて素焼きの陶器製なので中身は見えないね。キッチリ蓋もされちゃってるし。
「ルミさんとマール君は魔力を供給しただけと聞いていますが間違いありませんか?」
「間違いありません。ほぼすべての魔力がルミさんとマール君の魔力で賄われていると言って良いと思います」
「ふむ。それで皆さんは何か気になるところはありましたか?」
レンヴィーゴ様がそう質問しながらわたし達を見回すと、マールが元気よく答えた。
「変な臭いが少なかったニャ! 全然しなかったわけじゃニャかったけど、今までのポーションより全然マシだったにゃ」
「味はどうでしたか?」
「味? 味は飲んでニャいから分からにゃいにゃー」
マールの答えを聞いたレンヴィーゴ様は調合室を見回して、流し台みたいなところに無造作に置かれているお鍋に向かって行った。
ポーション作りに使っていたお鍋だ。
「まだ洗っていませんよね?」
「はい、まだ作り終わったばかりなので……」
確認がとれたレンヴィーゴ様は、お鍋の底に僅かに残ったポーションに指を這わせるとそのまま自分の鼻先へ。
「……」
指先の臭いを嗅いだレンヴィーゴ様、無言で手を洗い始める。
嫌な臭いに感じるのは仕方ないって分かってるけど、やっぱりちょっとショックだ。
「……アリシア師匠の魔力で作った物と根本的には何も違いが無いようですね」
手を洗い終えたレンヴィーゴ様は、まだ残った臭いが気になるのか指先をズボンに擦り付けながら呟くように言った。
わたしやマールの魔力で作っても特に変化はない。やっぱり、結論はそこに落ち着くみたいだ。
「ルミさんやマール君の魔力で作れば、何か面白い変化があるかと期待してたんですが……残念です」
「せめて誰が飲んでも美味しいポーションとかになってくれれば良かったんですけどね」
魔力で育てるしかない素材で作ったポーションだけど、その魔力によって不味くなっちゃうというのだから、味については諦めるしかないのかもしれないけどさ。
「味ももちろんですが、例えば古傷でも効果が出るとか、病気にも効果があるとか、他のポーションでは治せないような四肢欠損のような怪我でも完治してしまうなんていうのも期待してたんです」
「それはいくら何でも……」
高望みしすぎじゃなかろうか? と言いかけて、ふとレンヴィーゴ様の言葉に引っかかりを覚える。
「あれ? えっと……四肢欠損って手とか足とかを切断しちゃうような怪我の事ですよね? そういう怪我にはポーションは効果が無いんですか? 四肢欠損しちゃった場合、ポーションを飲んだらどうなっちゃうんでしょう?」
「四肢を切断するような怪我をしてしまった場合、ポーションを飲んでもまた手足が生えてくるような事は無く、そのまま傷口が塞がってしまうでしょうね。当然、僕は経験ありませんが」
「続けてポーションを飲んでも駄目……なんですよね?」
「駄目ですね。傷口が塞がってしまった時点で、怪我が怪我ではなくなってしまうのではないでしょうか?」
曲がりなりにも怪我が治ってしまったって事になっちゃうのかな?
「それじゃ、そういう手足を失うような怪我をしてしまった場合は、ポーションを飲ませないで回復魔法を使える人に任せた方が良いって事ですね」
わたしが一人納得していると、レンヴィーゴ様が不思議そうに首を傾げる。
「自分以外の怪我を回復……癒す魔法ですか?」
「もしかして名前が違うのかな? 治癒魔法とか?」
「自分自身の怪我を治す魔法というのなら、かつて特異魔法として存在していたらしいですが……アリシア師匠は聞いた事がありますか?」
「他の人の怪我を治す魔法なんて、私も聞いた事が無いわね。特異魔法として自分自身の怪我を治す魔法なら私も知ってるけど。たしかピロガスターって人だったかしら」
「そうですね。かつての帝国との戦争で活躍した英雄の一人です。ですが、そのピロガスターも他人の怪我を治せるわけでは無かったですし、自分の身体でも病気や毒には効果が無かったそうですが」
あれ? レンヴィーゴ様とアリシアさんの反応がおかしい。なんか困惑したような表情を浮かべているよ。
ムチャクチャ頭が良くて、特に魔法に関しては造詣が深いレンヴィーゴ様と、そのレンヴィーゴ様が師匠と呼ぶアリシアさん。そんな二人が、存在さえも知らない魔法なんてあるだろうか。
もちろん、そんなものがあるわけが無い。
「えっと、わたしがいた所のお話の中に出てくる魔法なんです、回復魔法って」
「それはおとぎ話とか物語の中という事なのかしら? そんな話があったかしら?」
「アリシア師匠、ルミさんとマール君はドロシー・オズボーンと同じ迷い人ですから」
「あぁ、そういえばそんな事を言ってたわね」
わたしが知らない所でわたし達についての話が出回っているのはなんだかムズムズするね。どんな風に伝わってるんだろう?
「それで、ルミさんの世界にある物語に出てくる魔法に、他の人の怪我を治す魔法があるのね?」
「はい。そういう物語の中では、人を癒す魔法っていうのは珍しい物では無かったです」
こちらの世界の人に合わせて物語って言っちゃってるけど、実際にはゲームとかの方がメジャーな気がする。某国民的人気を誇る超有名ゲームとか。
「しかし、ルミさんやマール君が居た世界は魔法が無い世界とおっしゃってましたが、魔法が存在しないのに他人の怪我を治すという魔法を考えつき、物語に取り入れているというのは実に興味深いですね」
感心した様子のレンヴィーゴ様。
その魔法の存在しない世界出身のわたしとしては、魔法が無いからこそ思い付いた発想なのかもしれないなぁなんて思ったりもする。
本当の魔法が無いからこそ、枷の無い自由な発想ができるというか。
まぁ、なんでもかんでも魔法って事にしちゃえっていう結果なのかもしれないけども。
「それで、ルミさんの言う回復魔法って、具体的にはどういった物なのかしら?」
「あー……色々です。物語によって、怪我を治したり病気を治したり毒を中和したり、あとは疲れた体を元気にしたり。物語の作り手によって色々な魔法が考え出されてました」
「怪我に病気に毒、それに疲れを取る……。一応、ポーションで出来るわね。もちろんそれぞれに対応したポーションじゃないと駄目だけど」
「アリシア師匠、そういえば神話の中に癒しの光というのがありましたよね? あれなどはルミさんのいう回復魔法に近いものでは無いでしょうか?」
「あぁ。言われてみればそうね。神話で語られている内容なんて頭の片隅に追いやってたからスッカリ忘れてたわ」
そう言って笑うアリシアさん。それで良いの? ここって宗教施設だよね? そんでアリシアさんってここの管理者みたいな立場じゃ無いの?
この世界、中世から近世のヨーロッパっぽい世界に見えるけど、それらと違って、意外と神様とか宗教とかが人々の生活に浸透しきってない感じはするんだよね。
お祈りとか礼拝とか、あんまり熱心にやってる様子が無いし。
そういえば、神様にお祈りする事で怪我や病気を治してもらえるなんて設定のゲームやラノベもあったような気がする。
そう考えると、この世界の人の信仰心が薄いから回復魔法が使えないなんて事も有り得るのかなぁ~?
カレンダーを見つめながら、「あと〇日、一日10時間会社に居たとしてあと〇時間頑張ればゴールデンウィーク・・・」と指折り数える毎日です。




