ポーション作りのお手伝い 7
神殿の前庭で行われている話し合いは、まだ終わる気配が見えない。
わたしとマール、レンヴィーゴ様と眠ったままのノエル君は、領民たちの輪の外でその様子を見守っている形だ。
スタンリー様と、討伐に参加していたメンバー、それに村で待機していた領民の人たちが真剣な表情で話し合いをしている。領民の中でも中心メンバー的な人が残ってるみたいで、ここで得た情報をそれぞれに持ち帰って他の人にも情報を伝達するっぽいね。
話の内容としては、体の大きさとか主な攻撃方法とか、攻撃した際の手応えなんていう戦闘に関する事。
あとは突然変異的な単独個体なのか、それとも未知の種族なのかなんていう魔物の分類的な話や、予想される営巣地や捕食対象とかの話もしているみたい。
それと、しばらくの間、森への立ち入り時にはより一層の注意するようになんていう話もされたりしてるし、森ではなく、村の中に魔物が現れた場合の対処方法なんかも入念に話し合っていた。
正直、わたしやマールは話を聞いていても良く分からないんだよね。
実際に魔物の姿を見た訳じゃないし、そもそも魔物と呼ばれるような存在とまともに戦った事も無いからね。
それでも、その場を離れるタイミングを失っちゃったので、分からないなりに話し合いの様子を眺めていた。
そんで、分からないなりに気になったのは、この国の王都に連絡をしなくちゃならないって内容の話。
未知の魔物と遭遇した場合、その情報を王都にあげて、調査チームを派遣してもらうか、若しくは、その死骸を王都にまで輸送しなくちゃならないんだとか。
そして今回の場合、それに該当するんだそうな。
「できれば魔物の方を王都に送りたいんですがね」
わたしの隣で同じように話し合いの様子を眺めていたレンヴィーゴ様が、腕の中のノエル君を起こさない様に小さくつぶやく様に言った。
できれば魔物を送りたいという事は、王都の方から調査団みたいなのが来る場合もあるって事なのかな?
だけど、そんな話をわたし達にする理由は何だろう?
レンヴィーゴ様はスタンリー様に向かって何か合図を送る。その合図を見たスタンリー様が小さく頷くのを確認してから、わたしについてくるように合図をして人の輪から離れるように歩きだした。
わたしも合図に従って人の輪を離れてレンヴィーゴ様の後ろをついて歩く。
レンヴィーゴ様は神殿の正面玄関を通って、礼拝堂を進む。
ちょっと前までは大勢の避難者が居た礼拝堂も、無事に魔物を討伐した事で安全が確保されたという事になり、それぞれが自分の家や畑に戻っていったようだ。
これなら他の人に話を聞かれる心配はないね。
「魔物の死骸を王都に送りたいというのはどういう事ですか? 輸送にかかる人手とかお金とかを考えれば、情報だけを上げておけば良いように思うんですけど」
歩きながら尋ねると、レンヴィーゴ様は足を止めて振り返った。
「魔物の事を報告すれば、王宮から調査の為の学者がウチの領に来る事になると思います。そして、それなりの時間をかけて生態調査を行う事になるでしょう。そういう調査をしておかないと、次にまた同じ魔物が現れたときに何の前情報も無く対応しなければならないですからね」
レンヴィーゴ様は困ったようにわたしの腕に抱えられているマールを指さす。
なぜ指さされたのか分からず、首を傾げるわたしとマール。
「実は、マール君も今回の魔物と同じように王都へ報告しなければならない対象なんです。危険かどうかは兎も角、我々からすれば未知の存在ですからね。ですが、王宮から調査団が来た場合にマール君の事を隠し続けることが出来るかどうか……」
言われてみたらそうだった!
マールってば、これまでこの世界に居なかった存在だ。
当然、この世界の人には知られていない存在で、そういう意味では魔の森に現れた魔物と同じという事になる。
未知の生物や魔物を発見、または捕獲、討伐をした場合は速やかに王国に報告しなくてはならないっていう決まりがあるって習った事がある。
もちろん教えてくれたのはレンヴィーゴ様だ。スペンサー家でお世話になり始めた直ぐの頃に、この国に席を置く貴族にとっての一般常識の一つとして教えて貰ったんだよね。
わたし自身はお貴族様ではないし、貴族になるつもりもないけど、この先、貴族と関わる事があるかもしれないって事で。
その法律に照らしてみれば、領地を治める立場であるスタンリー様は、マールの事を王都に報告する義務があるらしい。
「ど、どど、どうしましょう!? マールの事も王都に報告しなきゃ拙いですか!?」
「ん~。あんまり報告はしたくないんですよね。マール君の場合、唯一無二の存在でしょう? 場合によっては、宮廷魔術師や錬金術師たちが無理矢理に自分の物にしようって動く可能性もありますし……」
「自分の物にって……」
「まぁ、すぐに解剖なんて事は無いとは思いますが、少なくともこの領地には居られなくなるでしょうね」
……それは嫌だ。せっかく再会できたマールと、またお別れしなくちゃならないなんて。
思わず、マールの小さな体を抱きしめる手に力がこもる。マールも抱き着いてくる手にギュッと力が入ったように感じた。
でも、わたしには報告するかどうかを決める権利なんて無い。それがあるのは領主であるスタンリー様だ。
もし報告をしないのであれば、スタンリー様は国の法に背くという事になり、発覚すれば何らかの罰を受ける事になる。
「……とりあえず僕としては、マール君の事はもうしばらく国には伏せておきたいというのが正直な気持ちです。ですが、今回のような未知の魔物が出現した場合には流石に報告をしない訳にはいきません」
それは分かる。
何故なら、同種の魔物が他にも居るかもしれないからだ。
もし国に報告をしていれば、その報告を基に調査をして対策案を立て、他の領地にも情報を通達してもらう事で、多くの国民を守る事になるかもしれない。
逆に言えば、報告を怠ったせいで多くの国民の命が危険に晒されるかもしれない。
他領の領民のことなんか気にしないっていうお貴族様もいるかもしれないけど、レンヴィーゴ様はそういうタイプじゃないもんね。
「でも、報告をすると王国の宮廷魔術師とか錬金術師とかが調査に来て、そこでマールの事がバレちゃうかもしれないって事ですね?」
わたしがそう質問すると、レンヴィーゴ様はコクリと頷いて見せた。
だから出来る事なら、魔物の死骸も王都に送り届けるだけで終わりにしたいって事だ。
もし調査団が来て、その時にマールの存在が発覚すれば、マールを連れて行かれちゃうかもしれない。
しかも、それだけじゃなくスタンリー様が罪に問われるかもしれない。
「調査に来る人達は、どのくらいの期間調査をするんでしょう?」
もしかしたら、現場を見て報告者からの話を聞いて、簡単な報告書を作って終わりというのであれば一日、二日で帰ってくれるかもしれないって期待を込めて聞いてみた。
短い期間であれば、マールの存在を隠し通せるかもしれないからだ。
「未知の魔物が発見される事例はそれほど多くないので、僕もどういう調査をどの程度行うのかを把握しているわけではありませんが、恐らく、ひと月くらいは滞在するんじゃないでしょうか?」
ですよねー。
王宮に勤めているような魔法使いや錬金術師は、出世の為の手柄を欲しがっていると聞いた事がある。
王都に住む魔法使いたちは、出世の為に既存の魔法と大した違いが無い魔法を新魔法として発表する事で、少しでも実績を積もうとしているなんて話も聞いた。
大きな争いがない為、戦争で手柄を上げる事が難しいし、だからと言って、画期的な新魔法や新しい魔道具の開発なんてそう簡単に出来るはずがないからだ。
そんな所に振られた未知の魔物に関する生態調査の仕事。そこで何らかの新発見があれば、それだって実績の一つとして数えられ出世に繋がるはずなのだ。
日帰りツアーみたいな仕事をして、そのチャンスを潰すはずが無いよね。
あ。ちなみにそういうのに一生懸命なのは、家柄もコネもない人たちなんだって。家柄とかコネがある人達は、そういう事で一生懸命にならなくても出世できるから。
異世界も世知辛いのは同じなんだね……。
最近、何故か火曜日になると仕事が遅くなってしまいます
仕事のサイクル的に木曜更新の方が安定するかも・・・なんて考えたり考えなかったり (=_=)




