三の(二) 社内恋愛
元旦の朝、届いている年賀状に目をやった。大学時代の恩師や友達からの年賀状をパラパラとめくっているうちに、一枚の年賀状のところで手が止まった。
「もっともっと仲良くなれるといいね。」
と書いてあった。差出人を見ると、城之内からの年賀状であった。元旦に届いたということは、喧嘩する前に投函したのだろう。この年賀状を書いたときは、自分のことをどう思っていたのだろう、と結羽は考えた。と同時に、今どう思っているのだろう、ということが気になり出した。そう考えると、すぐにでも会いたい気持ちになった。しかし、年始にいきなり会いたいと言っても迷惑な話だろう。結局、年末年始休みの最終日の会う約束に賭けてみるしかなかった。
休みの最終日、結羽は約束してあった待ち合わせ場所に行ってみた。来なかったらそれはそれで仕方がないと覚悟していた。約束の時間から五分くらい経った頃、彼女が現れた。何と声を掛ければいいのかわからなかったが、とりあえず
「明けましておめでとう。」
と言ってみた。すると、彼女は笑顔になって、
「おめでとう。」
と返してくれた。しかし、会話はそこで止まってしまった。会う約束しかしていなかったので、どこに行くのか決めていなかったのだ。そういえば、結羽は初詣に行っていなかったことを思い出し、
「初詣でも行かない?」
と言うと、彼女は
「二回目だけど、まあいいかぁ。」
と言って結羽の車に乗り込んだ。結羽は
「一回目は誰と行ったんだ?」
と少し意地悪な効き方をすると、城之内は
「家族とに決まってるじゃん。」
と笑顔で答えた。それからは喧嘩のことは忘れて、いつもと同じように色々な話をしながら、少し遠くにある神社へ向かった。
その神社に向かっている道中で、結羽は
「今日は何故来てくれたの?」
と核心の質問をしてみた。彼女は
「前から約束してたよね。」
と言った後、続けて
「実は、結羽さんからの年賀状を見て、会いたくなっちゃったんだよね。」
と言った。結羽も城之内の年賀状を見たのと同じように、彼女も彼の年賀状を見たのだった。
「正式にお付き合いをお願いしても良いですか?」
と聞く城之内に対して、結羽は何も言わず首を縦に振った。本当はすぐにでもキスしたかったが、運転中だったので我慢した。神社に着くと、二人は初めて手をつないで歩いた。何だか新鮮だった。神社では自然に
「この人とずうっと一緒にいられますように。」
とお願いしていた。彼女に
「何をお願いしたの?」
と聞くと、城之内は意地悪な顔をして
「内緒っ。」
と言った。それを聞いて、急に彼女との距離が近くなったのを感じた。帰り際、クリスマスのときと同じようにキスをして別れたが、彼女は
「もう怒ったりしないから。」
とにっこり笑いながら言って、家に帰っていった。
付き合い始めてから二ヶ月ほど経ったころ、城之内は交通事故を起こしてしまった。しかもよりによって会社の正門の前で、城之内が右折しようとしたところ、直進車と衝突してしまったとのことであった。幸い、どちらも軽傷で済んだが、過失があるのは明らかに城之内であった。心配になった結羽は、できるだけ彼女の傍にいてあげるようにした。彼女は明らかに動揺していたが、結羽が横にいたことで少しずつ落ち着きを取り戻しているようであった。警察の実況検分が始まる頃には結羽は職場に戻らなければならなかったので、最後まで一緒にいてあげることはできなかったが、何とか元気づけたいと思っていた。その日は三月一四日でホワイトデーだった。その一ヶ月前のバレンタインデーの日に、結羽は城之内からプレゼントをもらっていたので、そのお返しを渡そうと思っていたのである。しかし、城之内はそのまま警察へ行ってしまったので、プレゼントのお返しは結羽の手元にあった。それならば、アポなしでこれを家に届けてあげようと思いついたのである。結羽と城之内の家は電車の方向が逆であったが、結羽はいつもとは反対方向の電車に乗り、彼女の家の近くまで行った。そして、携帯電話で彼女を呼び出した。彼女は、さすがに警察で事情聴取を受けた後とあって、疲れた顔をしていた。しかし、結羽の顔を見ると、涙を流しながら彼のもとに駆け寄り、彼の腕の中に入った。結羽はプレゼントを渡し、彼女が泣き止むまで抱きしめていた。彼女は泣き止むと「もう大丈夫だから」と言って、家に帰っていった。
次の日から、彼女は元気に出社してきて、結羽を安心させた。気丈に振る舞っている姿は痛々しかったが、彼女もそうするしかなかった。それでもいずれ時間が解決してくれるはずだった。しかし、これとは別に困ったことになっていた。交通事故の時に結羽が城之内に寄り添っていた姿を見て、職場でも社内恋愛がバレてしまったのだ。ある課長は、その日の出来事を奥さんに話したところ、
「あなたは鈍感ね。」
と言われて、結羽と城之内の関係に気づいたそうである。いずれにせよ、社内恋愛が公知になってしまった。そうなると、どちらかの人事異動の話が出てくるのは時間の問題であった。
結局、交通事故から三ヶ月後に、城之内は本社の秘書課へ異動になった。とは言え、結羽にとってもこの人事異動はありがたかった。職場で変な目で見られながら仕事をするよりも、離れたところでお互い働いていた方がやりやすいと思ったからである。彼女も同じように考えていたようで、秘書課への仕事を前向きにとらえていた。結羽は彼女に対して申し訳ない気持ちと、秘書課での活躍を応援する気持ちの両方を持ちながら、彼女の異動を見送ったのであった。