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二の(二) 入社と結婚式

 入社して数ヶ月も経つと、結婚する同期も現れた。学生時代から付き合っていて、社会人になったのを機に結婚するというのはよくある話だろう。宮本という男が結婚するということで、結婚式に呼ばれることになった。結羽は親戚も少なかったので、結婚式に出るのは初めてであった。同期のリーダー格であった中野は宮本から余興をやって欲しいと言われ、気合いが入っていた。余興は当時流行っていたダンスを踊ることになり、結羽や小林の他、同期の六人ほどが集められて、終業後に練習することになった。練習場所は、中野や小林が入っていた独身寮のロビーであったが、同期とは息の合わない結羽は二回に一回の割合でしかその練習に参加しなかった。同期と一緒にいても全然楽しくなかったからである。それでも、何とか踊りを覚えて当日を迎えた。

 当日はマナー研修で習ったようにお祝儀を包んで、披露宴会場へ足を運んだ。指定された席に座ると、宮本の上司と思われる会社の人間が一つのテーブルを囲んでいた。何だか会社の嫌な縮図をそのまま見ているようで、嫌な気分になった。披露宴が始まると、宮本の上司が、それこそ「結婚式のスピーチ集」という本に載っていそうなありきたりのスピーチをしたが、まるで朝礼の訓示を聞いているような感じだった。新婦の上司のスピーチもあったが、内容は似たり寄ったり。目の前に豪華な料理やお酒があるのに、延々とスピーチを聞かされるのは、苦痛以外の何物でもなかった。結局暇だったので、目の前に並んでいる料理とお祝儀に包んだ金額を比べて、どのくらい元が取れているんだろうなぁ、なんてことを考えたりしていた。ようやく乾杯となり、ビールを口にすることができたが、すぐに余興の準備をしなければいけないということで、結羽たちは席を外した。余興も無事終わり、片付けをして席に戻ると、新郎新婦はお色直しで席にはいなかった。その間、司会の女性が一生懸命祝電を読み上げていたが、誰も聞いていなかった。そもそも、新郎新婦がいないときに読み上げられても意味がないのでは、と思いながら、結羽は注がれたワインを口にしていた。しばらくすると、新郎新婦はキャンドルを持って入ってきた。各テーブルにあるローソクに火を灯すキャンドルサービスであるが、結羽は何のためにそんなことをするのかわからなかった。キャンドルサービスの間、司会の女は色々なことを喋っていた。よく聞いてみると、「新婦の○○さんは、今まさに幸せを感じています。日頃の感謝の想いを胸に、一つ一つキャンドルに火を灯しています。」というようなことを言っている。彼女は別のことを思っているかもしれないのに、この司会は何なんだろう、と思いながら、そのわざとらしい司会の女の言葉を結羽はぼーっと聞いていた。これが、型にはめられた一般的な結婚式というものであろう。最後は、これまたお決まりのように新婦が涙しながら両親に向かって感謝の手紙を読んで、披露宴はフィナーレを迎えたのであった。

 披露宴が終わった後、結羽は馬鹿馬鹿しい気分になっていた。こんな結婚式なら二度と出たくないし、自分はこんな結婚式を挙げたくないな、と思った。さらに数ヶ月後に信じられない結婚式に出席することになった。同期で高卒の女が結婚することになったのだが、宮本の結婚式の話を聞いたらしく、同じ余興をして欲しいと中野にお願いしたのである。同じ余興であれば練習する必要もないので中野はOKしたそうだが、その女とは普段から仲が良かったわけでもなく、ただ同期入社という関係でしかなかった。行ってみると、結羽たち余興メンバーの座席がなかった。話を聞くと、余興だけやって欲しいとのことである。豪華な飯にも美味しい酒にもありつけず、ただ踊ってほしいというお願いに、メンバー一同唖然としてしまった。さすがに誰もが頭に来たみたいで、持ってきたご祝儀は誰一人出すことはなかった。余興が終わった後は、当然のように披露宴の会場から追い出され、帰りの道中では誰一人喋ることなく、帰路についたのであった。

 しかし、結婚式で悪い想いばかりしたわけでもない。社会人になって五年くらい経ったときに、大学時代の親友だった村本が結婚した。結羽は友達が少なかったが、その少ない友達のことは大事に思っていた。なので、村本が結婚することになったら、ぜひお祝いしたいと思っていたのである。先の二件の結婚式は大きな会場で行われたが、村本の結婚式は郊外の小さな会場で行われた。ガラス張りの会場で、その天井や壁には水が流れる演出がなされていたが、当日はあいにくの土砂降りで、その演出が台無しになってしまった。しかし、それも村本の結婚式らしいな、と思って眺めていた。その結婚式には会社の上司と思われる人の姿はなく、親族と友人のみの非常にアットホームな式であった。当然、スピーチの類のイベントはなく、普段の飲み会を少し豪華にしたようなパーティーで、すごく居心地がよかった。同じNK大学の人とワインを飲みながら談笑していたところ、いきなり司会の女がマイクを持ってきて何か喋って下さいと言われたが、これも村本なりの粋な演出の一つだったのだろう。酔いが回っていたが、下手なことも喋れないと思い、言葉を選びながら村本のことを話したが、これはこれで楽しかった。聞いている本人も、会社の上司の型にはまったスピーチを聞いているより楽しかったと思う。T社にはないユーモラスな結婚式に出て、自分も式を挙げるならこういうのがいいな、と思いながら会場を後にした。

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