9話 彼は彼女に聞いてみたい
図書局としての仕事でメインとなるのは、貸し出し・返却をするカウンター業務や、本の整理などの図書館内での実務がメインだが、それ以外にも図書館を盛り上げるために日常的に行っている活動がいくつかある。
その中でもメインの一つとなるのが、特設コーナー作りだ。
「ということで、次はライトノベルの特設コーナーを作ってほしいんだ」
「……俺がですか?」
「そう、勇志君にやってほしい」
大槻さんと多少会話するようになっていくらか経ったある日の放課後。いつも通り図書局員室に向かった俺を出迎えたのは、高野先輩の無茶ぶりのような指令だった。
特設コーナー作りというのは、図書局員お勧めの本や、今流行している本などを目立つように配置し、紹介のPOPなどを添えて図書館を利用する学生に紹介するためのスペースを作る仕事だ。
例えば、夏ごろにはドラマ化され放送が近々始まる小説を紹介するスペースを作ったりしていた。
図書局員の何人かでローテーションを組んで回している役割なので、俺自身も何度かやったことがある。故に、仕事を振られること自体は問題ないのだが……
「……やるのはいいんですけど、ライトノベルですか? 俺ほとんど読みませんよ」
うちの局長の方針として、何か本をお勧めするときは、絶対に自分が読んで面白いと思ったものでなければならないとなっている。それは特設コーナーを作るときでも変わらない(まあそれ故にコーナー作りの仕事ができるような局員は俺と高野先輩ともう1人ぐらいしかいないのだが……)。
「そこは把握しているよ。ただ、ここ数年はライトノベルの貸し出し数がとても多くてね。1度くらいコーナーを作ってみたいんだ」
確かに、カウンターで貸し出しをする時も、体感ライトノベルを借りに来る学生は他の本と比べても多めな気はする。
需要があるものを、もっといろんな人に読んでもらうための施策は、確かにありだとは思うが……
「趣旨は理解できましたけど、俺より高野先輩が作る方がいいんじゃないですか? 高野先輩もたまに読んでますよね、ライトノベル」
俺自身も比較的ほんのジャンルに縛られず色々読む方だとは思っているが、いわゆるライトノベルはほとんど読んだことがない。偏見かもしれないが、どうにも自分に合わなそうな気がしているからだ。
それならばまだその手のジャンルに理解のある高野先輩の方が得手なのではと考え聞いてみたが、先輩は予想に反して渋い顔をした。
「ん~、確かに読まないこともないけど……ただ私が読む本は偏っているからねぇ……かなりコアなジャンルだからあんまり……」
誰に言うでもなく一人でぶつぶつとつぶやいていたが、やがてハッとして何かを振り払うように首をぶんぶん降った。そして、改めてこちらに向き直る。
「とにかく! 私は普段からいろいろなジャンルに触れている勇志君が適任だと思ってる。無理にとは言わないけど、協力してくれると嬉しい」
「……わかりました、出来るだけやってみます」
うまくいくかはわからないが、先輩の頼みを無碍にするのも気が引けたので、とりあえずやってみることにする。
俺の返事に満足したのか、先輩は柔らかい笑みをこちらに向けると、「報酬の前払いだ」だとかなんとか言って、最近は待っているらしい飴をくれた(美味しかった)。
***
「アンタ、当たり前のように私のところに来るわね。暇なの?」
「それなりに暇だな」
高野先輩からの指令を受け取った後、暇ができたので大槻さんのところに来た。
場所はもちろん図書館2階の隅のスペース。
俺の姿を見た大槻さんは露骨に渋った表情を浮かべたが、一応対応自体はしてくれるらしく、机の上に積み上げられた本を端の方に整理してくれた。
いつものように大槻さんの向かいに座る。
「いつも本を積み上げてるけど、1日でそんなに読めるのか?」
「さすがにこれ全部は読まないわよ」
「じゃあなんでそんなに?」
「……1冊読み終わった後に、次の本を探しに行くのはめんどくさいし時間の無駄でしょ。それに……」
「それに?」
「それに、本を選んでるところとか、あんまり見られたくないし」
「……そうか」
大槻さんは、自分の趣味を人に知られるのを嫌がっている節がある。
それは、彼女のメモを俺が拾った時に、あそこまで強く詰め寄ってきたことからも何となくわかることだ。そこにあれこれ踏み込むのは、野暮なことなのかもしれない。
ただそれでも、俺は、読書しているときの大槻さんの――
「楽しそうだな」
「え?」
「笑ってるから」
「え、嘘!?」
「ああいや、変な意味じゃなくて」
「な、何? アホな顔をしてるなってあざ笑ってんの!?」
「いや違うって……」
教室では見たことのない、やわらかく無邪気な笑顔で笑う彼女を、俺はとても好ましく思っていた。
それを素直に伝えたつもりだったが、どうもうまく伝わっていないようだ。
「別に他意はない」
「……どうだか。世の中なんて、人の趣味を笑うやつばっかりでしょ」
「そういうやつもいるかもしれないがな」
大槻さんをまっすぐ見つめる。そして、笑いかけるように言った。
「俺は大槻さんみたいに自分の好きに素直な人は好きだぞ」
それは、確かに俺からすればまだ理解の及ばないことではあるかもしれないが。
大槻さんのように、自分の好きに素直になる人が魅力的だということは、知っている。
俺はそれを笑ったりするつもり。
「……」
「大槻さん?」
俺の言葉を受けてか、ポカンとした表情を浮かべている。
そうして、少しの間沈黙が場の空気を支配した後、突如彼女は頬を赤く染めると、慌てふためきながら立ち上がる。
「いいいい言っておくけどね! そんな綺麗な言葉を並べたって、それだけでアンタを信じたりはしないからね! 私はそんなにちょろくないから!」
「お、おう……」
「わかったわね!?」
身を乗り出してまで繰り返し強く問い詰めてくる大槻さんに肯定を大きな首肯で示す。
それを見てか、大槻さんは一呼吸置いてゆっくり椅子に座りなおした。
「ああもう、アンタが変なこと言うから読書の気分じゃなくなっちゃったじゃない。責任取って話題を出しなさいよね!」
「俺のせいなのか……?」
「うるさい、早く」
微妙に納得のできなさを感じながらも、話題を出せといわれてしまったので何か話のタネはないかと思考する。
と、そこで、大槻さんに聞いてみたいことがあったことを思い出した。
「そうだ、大槻さんに相談があったんだ」
「……相談~?」
大槻さんは露骨に面倒くさそうな声を上げた。
あまりにもわかりやすい反応に、一周回って苦笑してしまう。
「アンタ、私のこと友達かなんかと勘違いしてない?」
「別に無理にとは言わない。聞いて嫌なら断ってくれてもいいから」
「……まあ、聞くくらいならいいけど」
不満げな態度ではあったが、一応聞いてはくれるらしい。
だから俺は、何気なく、それについて尋ねてみた。
「大槻さんのおすすめのライトノベルを教えてくれないか?」
そういった瞬間、大槻さんは、時が止まったかのように一瞬ぴたりと止まり、そして。
「…………え」
不安とか、緊張とか、戸惑いが詰まったような、苦い表情が彼女に生まれて。
(……これは……)
何か、彼女の飛び込んではいけない場所に飛び込んでしまったような、そんな感覚を覚えたのだった。
次回、明日!