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5話 彼女は彼を暴きたい







「勇志~~~、助けて~~~……」




 大槻さんとのあれこれがあった次の日の朝、春道とたわいもない雑談に花を咲かせていると、突如悲観的な声を上げながらこちらに女子が近づいてきた。


 鮮やかな黒髪を後ろ束ねポニーテールにし、すらりとしたスタイルが印象的だが、その割にいつも緩い顔をしている、見慣れたクラスメイト。




「非常事態。メーデーだよ……」


「……どうした、青山」




 青山あおやま 柚葉ゆずはは、崩れ落ちるように俺の机に倒れこんできた。そのままの体制で、何やらぶつぶつ嘆いている。


 とにかく聞き取りづらいので、一度肩を取って無理やり起こした。




「落ち着け。何事だ」




 なだめるよう意図的に落ち着いた声で尋ねる。すると、彼女はウルウルと瞳を潤ませながら、縋り付くような声で答える。




「わかんないの」


「……何が?」


「課題」


「……まあ、だろうな」




 思っていた通りの返答に、俺はある意味安心感を覚えた。


 彼女、青山は中学のころからの知り合いで、そのころから何度も勉強を教えてきた間柄だったりする。バスケ部員として部活を頑張る彼女は、定期的に勉強で躓きがちで、そういう時に俺に飛びついてくるようにいつからかなったのだ。


 故に、今日のように俺のもとに来るのも、割と慣れたものだ。


 そんなわけで落ち着いている俺に対し、隣で見ていた春道がなぜかわかりやすく動揺しだした。




「えっ、課題? そんなんあったか?」




 ……この男は。


 桜井春道というやつは、遊び人というイメージに反せず、コツコツとした勉強を非常に苦手としている。故に、こういう風にやらなければいけない課題をやり逃すようなことも一度や二度ではないほど見てきた。




「数学のだ。やってないのか?」


「あー……多分プリント家だな」


「おい」


「え、桜井君大丈夫なの?」




 多分駄目だろう。俺はあきらめた。


 違うんだよバイトが云々と言い訳を始めた春道を適当にあしらいつつ、青山の方に向き直る。


 とりあえず、自分の課題プリントをカバンから取り出しながら、青山に確認してみる。




「聞きたいのは裏の問題だろ。 問題5か?」


「あ、うん。まさにそれそれ! よくわかったね~勇志」


「普段の様子見てれば他はできそうだからな」




 何気なしに思ったことを言うと、横で春道がひゅうと口を鳴らした。




「すげえな、青山さんの学力把握してるの?」


「良く教えてるからな」


「ホントいつもながら助かってま~す」




 青山がわざとらしい笑顔で拝むようなポーズをとる。


 それを見て、春道もまたオーバーに驚いたふりをしながらつぶやく。




「ほぼ教師じゃん……いやあ、俺も勇志塾入りてえなあ……どう?」


「現在生徒は募集しておりません」




 そもそも塾じゃないが。




「うぇーマジ!? いいじゃん俺にも教えてくれよ~」


「授業を聞いて忘れ物を無くすところから始めろ。それだけでもだいぶ変わる」




 それに、純粋にやる気がなくて勉強ができないのならともかく、青山は授業をしっかり聞いてるし、忙しい部活の合間を縫って最低限の勉強はするようにしている。できる限り自分でやって、それでもわからないところがあったら俺に聞いてくるのだ。


 頑張っている奴の誠実な質問には、こちらも誠実な態度で返すのが筋だろう。




「……お前はまず、青山くらい頑張ってみろ。話はそれからだ」


「えっ、アタシ?」




 突然名前が挙がったからか、青山が心底驚いたようだ。




「青山は部活で忙しい中でもきっちりやるべきことはやってるだろ。そういうところ、見習ってみたらどうだ?」




 その方が春道自身のためにもなるだろう。




「厳しいねえ……仕方ねえ、ちょっと足搔いてみるか」




 そういって春道は、人の課題プリントコピーさせてもらうといい残し、そのまま去っていった。


 まああとは本人次第だろう。とりあえず、朝の時間も限られているし、早いとこ始めようと青山の方を向く。


 すると、彼女は少し恥ずかしそうな様子で、こちらから目線を外していた。




「……どうした?」




 尋ねると、彼女は頬を赤くしながら、小さな声で答える。




「いやー……ストレート褒められて、ちょっと照れたって感じ?」




 照れをごまかすためか、わざとらしくにっこりはにかむと、小さくこう言った。




「ありがと」


「感謝はまだ早い。ほら、課題やるぞ」


「うん」




 そうして、HRが始まるまでの短い時間ではあったが、出来る限り丁寧に解き方のアドバイスをした。


 それ自体は問題なく終わったのだが……




「…………」




(……見られてるなあ)




 ……俺が青山と話している間、大槻さんが読書する振りをしながら横目でこちらを見ていたことが、気になって仕方ないのだった。







***






 いつもと変わらない1時限目を終え、机の上を整理しながら、ちらりと教室の後方を見る。


 大槻さんは机の上にいろいろ置いたまま、何かをもって廊下に出ていった。


 それを追いかけるように、俺も立ち上がり教室から出ていこうとする。




「勇志、トイレか?」


「そんな感じだ」




 クラスメイトの質問をやんわりやり過ごして廊下に出て、大槻さんを探す。


 彼女は、ほかの生徒の流れに逆らうように、ほとんど何もないフロアの端っこの方へ向かっていった。昨日とは逆で、俺がばれないように彼女を追いかける。


 人があまりいないスペースにつくと、大槻さんは手に持っていたメモ帳を開き、何やら書き始めた。


 その表情には真剣さが感じられる。




「……何書いてるんだ」


「うひゃう!?」




 一瞬躊躇はしたが、とりあえず声をかけてみると、大槻さんは分かりやすく動揺し始めた。




「きゅ、急に声掛けるんじゃないわよ! 人に声掛けられてないのよ!?」


「なんだその悲しい告白は……」


「やかましいわね、悲しい女だと笑うなら笑いなさいよ!」


「笑うか」




 そんな意地の悪い趣味はない。


 しかし、昨日からうすうす気が付いてはいたが、どうにも彼女には、怒ったふりをして自虐を言う癖があるらしい。こちらを突き放すような態度で自分を遠ざけてくるから、何とも話しづらい。




「そもそも何でここにアンタがいんのよ。まさかつけてきたの!? ストーカー!?」




 それはほとんどブーメランじゃないか。




「まあ私なんかにストーカーが付くことはないでしょうけど……」


「どっちだよ」


「こっちが聞きたいわよ。実際のところなんでいんの」


「あんだけじろじろ朝から見られたら物言いの1つでもしたくなるだろ」




 そういいつつ態度で不満の意を示す。が、大槻さんはそれに対しどこ吹く風なようだ。




「許可したのはアンタでしょ。今更愚痴愚痴言われても困るわよ。それとも、見られて困ることでもあるの?」




 確かに、そういわれると弱い。そもそもこちら側としては向こうの信頼を得るために譲歩した形だ。その点にこちらから不満を唱えるのは良くないことではあるのだが……


 とはいえ、やり方に疑問を感じるのは確かだ。


 それを彼女にどういったものかとあれこれ考えていると、それを見てか、彼女がこんなことを言い出した。




「何か言いたげだけど、私はやり方を変える気はないからね。あんたの監視は、しっかりさせてもらうから」




 そう言いつつ、彼女は手に持っているメモ帳をこれ見よがしに突き出してくる。




「それは?」


「経過観察日誌」


「……俺のか」


「そうよ。察しがいいじゃない!」




 意地の悪い笑みを浮かべる大槻さんを見て、たまらず溜息を吐く。見ているだけじゃなく、わざわざメモまで取っているらしい。


 これは、ちょっとやそっとじゃ止められなさそうだ。こちら側が譲歩するしかない。


 俺のため息をあきらめだと理解したのか、彼女は勝ち誇ったように言い放つ。




「いい? 私、諦める気はないからね。アンタのボロが出るまでに付きまとってやるから、覚悟しなさい!」




 言い切ると、そのまま、軽い足取りで勢い良く教室に戻っていった。


 俺はといえば、その後ろ姿を見送った後、何度目かわからないため息を吐いて、足取り重く教室に戻った。




「……どうした、負のオーラをまとってるぞ」




 教室に戻ると、こちらの様子を察してか、春道が気を使って声をかけてくる。




「……人って、どうやったら信頼されるんだろうなあ」


「…………マジで大丈夫か?」




 本当に心配そうな春道に、俺はといえば、力のない笑みを返すことしかできないのであった。







次回10月1日18時から20時くらいに

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