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4話 彼女は彼を見極めたい







「あんたが誰かに言いふらしたりしてないか見てたの」




 月浜高校の図書館裏。場を改めたうえで、改めて先ほど付け回していた理由について聞いてみると、彼女は端的にそう答えた。


 その目的に、つい俺は辟易してしまう。




「……言わなかったか? 言いふらす気はないと」


「く、口だけならいくらでも言えるじゃない」


「それはそうだが……」


「ほら。だから、嘘をつかれてるかもしれないって思うのは仕方ないでしょ?」


「そうかもしれないが」




 確かに、俺が何もしないということを証明することはできない。


 とはいえ、そんなに強い疑いのまなざしを向けられるのを良しとするのは抵抗がある。




「どうしてそんなに疑うんだ」


「……何」


「疑われる側が言うのはおかしいかもしれないが、さすがに行動を見張ったりするのはやりすぎだろ。なんでそんなに疑り深いんだ?」




 つい気になって、その疑いの理由を問いかける。


 大槻さんはその問いに、一瞬言葉を詰まらせる。目線を逸らして、怯えたような眼をすると――




「……怖いんだもん」




 雨粒が一滴垂れたような、そんな小さな声で呟く。




「どんなに、良い人そうな人でも、そういうことをする時は、あるから」




 小さな呟きではあった。けれども、その言葉の裏に、何か確信めいた実感がこもっているように思えた。


 彼女は、怯えた表情のまま俯いてしまい、黙り込んでしまう。


 そんな彼女の表情を見て、俺は、それを見過ごすことができなくて。だから、反射的に口が開いていた。




「――じゃあ、どうすれば信じてくれる?」


「……え?」




 俺がそういうと、彼女は驚いたようでパッと視線を上げた。


 彼女の驚愕の視線をまっすぐに受け止めながら、俺は続ける。




「どうすれば、大槻さんは俺のことを信じてくれる?」


「え、ええ?」




 大槻さんが露骨に戸惑っているのがわかる。確かに、変な質問ではあるかもしれない。


 けれどもこちらとしては、大槻さんのことを馬鹿にするようなことはしない、という結論で話は終わりなのだ。あとは、それを大槻さんに信じてもらえるかどうかだけ。


 それに、彼女に無駄に不安を抱えさせるのも、こちらとしては不本意だ。


 だから、何とかこちらのことを信じてもらうしかない。


 まっすぐ彼女に問いかけの視線を向ける。彼女は、そんな俺の態度に困惑しているようだ。




「どうすればって、私がこうしてって言ったらそれをしてくれるの?」


「可能な範囲ならなんでもやる」


「な、何でもとか簡単に言うことじゃないでしょ!」




 何故かよくわからないが怒られた。


 まあ何でもというのは言い過ぎだったかもしれないが、多少身を削るのはかまわないと思っているのは確かだ。彼女の信頼を得るに足るのであれば、苦労は買ってでもするつもりでいる。




「多少の無茶ぶりでもいい。可能なことできる限りやろう」


「……そ、そんなこと言われても……ちょ、ちょっと待ちなさい」




 そういったきり、彼女は頭を抱えてしまう。


 静かな沈黙の時間が流れた。


 決して短くはない、もどかしい時間に少し疲れてきたころ、ずっとこちらの様子を伺いながら考え込んでいた大槻さんが、ようやく口を開いた。




「じゃあ、私に監視をさせなさい」




「……なんだって?」




 予想外の提案に、驚きの声が漏れてしまった。


 そんな俺の反応を見てか、大槻さんが慌てて言葉を付け足す。




「あっ、監視っていっても、四六時中ってわけじゃないわよ!? そ、そうね、学校生活内だけでいいわ」


「ちょっと待て。なんで監視なんだ? もっと他にあるだろ?」


「仕方ないじゃない。アンタを信じるっていうなら、アンタが私にとって信じられるかどうかを見極めるしかないじゃない」




 そう……なのか?




「いやだからってなんで監視するって話になるんだ」


「うるさいわね。手っ取り早いんだしいいでしょ。今日みたいなのがしばらく続くだけよ」




 それは考えるだけでかなりのストレスになりそうなんだが……




「……何、文句あんの?」




 こちらの気持ちを察してか、問い詰めるかのごとくじろりとこちらを睨みつけてくる。


 一瞬、何か反論をするべきかとも思った。が、ここで監視させるのをやめさせたようとしたところで、向こうが勝手にやってくる可能性の方が高そうだ。


 あまり気は進まないが、もしかすると、譲歩した方がベターなのかもしれない。




「……わかった」


「……何か言った?」


「認めるよ。それで俺を信じてくれるんなら、監視でも何でもしてくれ。ただし、学校内だけにしてくれよ」




 俺が譲歩の意味も込めて、両腕を上げてひらひらさせると、彼女はようやく笑顔を見せた。




「決まりね。じゃあ、今日から始めさせてもらうから」




 そう聞いた瞬間、再び溜息を吐いてしまう。




「……いきなりか」


「ふん、後悔しても遅いわよ。……アンタ、今日は図書局の何の仕事するの」


「今日は残りずっと貸し出しカウンターにいるが」


「そう、じゃ、見させてもらうから」




 そこまで言うと、大槻さんは俺に背を向けて、図書室の入口の方に向かっていこうとする。


 と、ふと振り返ると人差し指をまっすぐこちらに向けると、はっきりとした声で宣言した。




「アンタのこと、見極めるまで監視させてもらうから、覚悟してなさいよ!」




 それだけ言い放つと、彼女は足早にその場を去っていった。




「……大変なことになったな」




 思わず、そんなことを言わずにはいられなかった。


 先ほどの眠気はなくなったが、自分が疲れていることははっきりわかった。


 思えば、今日1日でだいぶ驚かされたものだ。


 おとなしそうと思っていた大槻さんの過激な一面といい、本人が隠していた趣味の話といい、悲観的で辛そうな表情といい――


 大変なことになりそうだ、という予感のような確信のような心を抱えたまま、俺は仕事に戻るため図書館に向けて歩き出した。




 その日は、閉館時間ギリギリになるまで貸し出しカウンター近くの自習スペース大槻さんがいて、ずっと見定めるような視線を浴び続けた。


 何とも居心地の悪い気分を覚えながら、俺は、少々軽率な判断をしてしまったかもしれないと、先ほどの判断を早くも後悔せずにはいられないのだった。








次回は30日の18〜20時くらいで

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