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2話 彼女と彼はかみ合わない







「おっすおっす、勇志。元気かい?」


「ああ春道はるみち、おはよう」




 次の日の朝、今年の四月から通いだして、今やすっかり通いなれた通学路を通っていると、自転車に乗って登校していたクラスメイトの桜井さくらい 春道はるみちに、浮かれた声音で声をかけられた。




「随分調子がよさそうだな」


「いやあ、ようやくバイトが決まってさ。今日がようやく初出勤なんだよ」


「ああ、やっとか。最近ずっと金欠だったんだろ?」


「そうなんだよ。遊び人のわりに手に職がないのはさすがにきつくてさ~」




 さわやかな好青年そうな見た目のわりに、この春道という男は結構な遊び人で、定期的に校内外問わず男女グループで遊びに行っているという。


 本人曰く、「場を盛り上げることこそが俺の存在意義」、らしい。




「なんのバイトなんだ?」


「駅前のゲーセン。ほら、あの美人な店員がいるところ」


「それは知らないが……お前、だからそんなにテンションが高いのか?」


「いやあ、新人指導をその人がしてるらしくてさ~? マンツーマンでいろいろ教えてくれるらしいんだよ~」




 そういって、自転車を押しながらだらしない笑顔を浮かべる。


 こういう、自分の感情に素直なところは春道の美点でもあるが、さすがに少ししまりがなさすぎる。




「……お前、働くって自覚はちゃんと持てよ」


「わかってるわかってるって~」




 とても分かってなさそうな返事に、一つ小さくため息を吐いた。







***







 教室に入ると、春道はトイレに向かった。


 俺は自分の机に座り荷物を整理しながら教室を見渡す。大槻さんを探すためだ。


 さすがにどこに座っているかまでは覚えてはいなかったが、後ろの方を見渡すと案外すぐに見つかった。例の紙を取り出して、椅子から立ち上がる。


 大槻さんはやたらそわそわした様子で、机の中やカバンの中を漁っている。




「なにかあったのか?」


「っ!? え、あ、え、古道君?」


「ああ、ごめん驚かせたか」




 声をかけると、飛び上がるような勢いで激しく驚かれてしまった。




「え、ええと大丈夫、大丈夫……」




 言葉の上では何でもないようにしているが、少し警戒されているような気がする。




「何か探し物?」


「え? いや、まあ、大丈夫……気にしないで。 ……そ、それよりも、昨日のことなんだけど」


「ああそうだ、昨日のことでちょっと用があるんだ」




 俺の言葉にきょとんとした大槻さんに対し、俺は昨日拾った紙を見せる。




「……え、それ」


「昨日置いてった本の間に挟まってた。大槻さんの物で間違いないか?」


「……はい」


「そうか、よかった。その辺においておくのもあれだし、返しておくよ」




 そういって、彼女に紙辺を差し出した。


 しかし、大槻さんはそれを手に取らない。




「……大槻さん?」


「……」




 彼女は、時が止まったように、無表情で俺の手に握られている紙をじっと見つめている。こちらの呼びかけに答える様子はない。


 いやな沈黙の時間が流れる。


 やがて、彼女はゆっくりと顔を上げ、こちらに視線を向ける。




「中身」


「え?」


「中身、見ましたか?」




 感情の一切感じられない、冷たい声音でそう尋ねてきた。




「少し、見たが」




 その突然の迫力に押されるように、反射的にそう答える。


 俺の返答を聞いた大槻さんは、一歩こちら側に歩み寄り、そして、




 胸倉を掴みながら、脅すような声音で、こう言った。







「昼休み、図書館裏」







 そう、短く言い残した後、俺から紙をひったくる様に奪って、そのままそそくさと教室の外へ出てしまった。


 勢いよく去っていく彼女を、訳も分からないまま俺は見送るしかできない。




「……なんだったんだ?」




 最後の彼女の言い方は、まるで、こちらに怒っているような、そんな強い声音だった。


 普段の様子からは想像できないような雰囲気だった故、戸惑いが強い。


 何か不愉快になるようなことをしてしまっただろうか? 少し考えてみるが心当たりはほとんどない。


 それに、最後に言っていた言葉。昼休みに図書館裏に来いということだろうか?




「どうかしたか?」




 いつの間にか教室に戻ってきていた春道が、立ち尽くしている俺に声をかけてくる。


 その問いかけに答える言葉を持たない俺は、首をすぼめるしかないのだった。







***







 結局、なぜ大槻さんがあんなことをしたのかの見当がつかないまま、昼休みの時間が訪れてしまった。


 こうなってしまっては、もう指定された場所に行ってみるしかない。春道やクラスメイトからの昼飯のお誘いを丁重に断り、昼休みの喧騒から離れていくように図書館の方へ。


 月浜高校の巨大図書館の裏には、直接地下の書庫に降りられる入り口や、書物を搬入するための車両が止まる場所などがあるが、基本的に平日使われない場所なので、賑やかな本校舎とは対照的に、秋風が聞こえるほど静かな場所だった。


 図書館裏にたどり着き、周囲を見渡してみるが、大槻さんの姿はまだなかった。


 ふとスマホを見ると、メッセージアプリの通知が表示されている。春道からだ。




『人気のない方にお前が行ったの見た人いるらしいんだけど、もしかして告白とかそんな感じ?』




「……そうだったらまだマシなんだがなあ……」




 返事をする気力も失せたので、既読スルーを決め込もうと返信せずスマホをしまった。


 その時だった。




「何がマシなの?」




 背後から聞こえた声に振り替える。大槻さんが、冷たい目つきでこちらを見据えていた。


 気難しそうな顔をしているのは何度か見たことがあるが、これはそういう類いではない。警戒心とか、敵意とか、そういった類の目線。




「別に、大した話じゃない」


「……本当でしょうね?」


「どうして嘘をつく必要があるんだ」


「……まあいいわ」




 そういって、彼女は黙り込んでしまう。


 口ではああいっていたものの、彼女はいまだに疑いの目線をこちらに向けている。隠しきれない警戒心は消える気配がない。


 嫌な沈黙が、この場の空気を支配している。


 どう会話を切り出すべきだろうかと悩んでいると、意を決したかのように、突然大槻さんが重い口を開き、鋭い声を飛ばした。




「あんた、私をどうする気!?」







「……は?」




 唐突な彼女の言葉の意味が理解できず、素っ頓狂な声を上げてしまう。


 困惑する俺を置いていくように、大槻さんの声はどんどんヒートアップしていく。




「クラス中に広げる気? それともSNSでも使う? 匿名性もひったくれもないようなアイコンのやつらに私のこと痛い奴だってさらし者にするんでしょ! それとも何? 誰にも言わないことで脅してみたりするわけ? 秘密を盾にして私に対してろくでもないようなことを――」


「ちょっと待て」


「何よ!?」


「いいから。ちょっと落ち着いてくれ」




 明らかに興奮状態で、普段の振る舞いからは想像持つかないほど感情を乱れさせている大槻さんを落ち着けるように、努めて冷静に声をかけた。


 大槻さんは威嚇する子犬のように、肩で息をしながら鼻息荒くこちらをにらみつけている。しかしそんな風にされたところで、こちらは何の話をされているかもわからない以上、どうしようもない。


 とにもかくにも、まず詳細を知りたい。




「すまないが、さっきから何の話をしているんだ?」




 俺が問いかけると、彼女は信じられないとでも言いたげな顔でこちらに詰め寄ってくる。




「はあ? とぼけんじゃないわよ! あんた見たって言ったじゃない!」


「見た?」


「あの紙のことよ!」




 あの本の間に挟まっていた、数学の小テストのことだろうか。




「確かに見たが……」




 俺のその一言に食らいつくように、大槻さんが割り込みながら叫ぶ。




「じゃあ、あんたもう知っているんでしょ! 私が――」










「私が、『異世界に本気で行きたいと思っている痛い女』だって!!!」










「……何だって?」




……耳が痛いほどの静寂を断ち切るように、問いかける。




「な、なによその顔? な、なんでそんなに困惑してるわけ!?」




 叫んだ言葉の意味が全く理解できなかった俺の反応に、彼女は露骨に困惑しているのが見える。戸惑っているのはこちらも同じではあるが。




「悪いが、本当に何の話か分からないんだ。説明してくれ」


「だ、だってあんたあの紙を見たんじゃないの? 表も裏も!」


「ああ、見た」


「見て……何も、思わなかったの?」




 何か思わなかったのか、と聞かれても。


 おそらくは、裏面の話なのだろうが……




「正直、よくわからなかった」




 包み隠さず、目を通したあの時と同じ感想を述べる。




「なに、それ」




 俺の言葉を聞き届けた瞬間、大槻さんは、絶望的な表情を受かべ、膝から崩れ落ちてしまう。




「お、おい?」


「え、待って? もしかして私の考えすぎってこと? 先走っちゃっただけ?」


「おい、どうした? 大丈夫か?」




 俯いたまま、ぶつぶつと何かを唱えるかのように独り言を呟き始めてしまった。


 俺の声も届かなくなってしまったので、仕方なく様子をうかがってみると、やがてゆっくり顔を上げる。そして、泣きそうな顔でこちらを見た。




「ね、ねえ」


「なんだ」


「なんで、その紙を届けてくれたの?」


「何?」




 質問の意図を理解できなかったが、涙目で見つめられてしまい、答えないわけにもいかなくなる。




「……人のテストを捨てるわけにはいかないだろ?」




 簡潔に答える。


 大槻さんは、その言葉を聞き終えると、体からふっと力が抜けたように沈み込み、星座のような体制で座り込み、倒れかけた体をかろうじて手で支え、そして、大きなため息を吐いた。




「……またやっちゃったぁ……」




 そして、再び地面に向かってぶつぶつと独り言を呟きだした。


 すすり泣くような、恨み言を吐くような、そんな様子で悲壮感を放ち続ける大槻さんを見下ろしながら、俺は、頭を抱えることしかできないのだった。








3話もすぐ上げます

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