13話 彼は彼女に言わせない
タイトル変更しました!
あと3話で完結予定です!
『なんだ貴様……何なんだ貴様ぁ!』
目の前の悪党が、怒りにその身を震わせながら怒鳴り散らす。
『何故俺たちの邪魔をする!?』
『……何故って?』
激しく問い詰めてくる男に、私は、ニヤリと笑って右手の剣を構えながら、高らかに叫ぶ。
『……私はもう、前の世界の弱い私じゃない! 自分の想いを貫くだけの、力がある! だから戦うんだ!』
そうだ。私は、もう引きこもっていたころの私じゃない。一度死んで、この世界で生まれ変わって、戦うための力を手にしたから。
周りに怯え、勝手に踏みつけられるだけの私とは、さよならする!
『それが、私の戦いだあああああああ!!!』
私は、私自身の叫びとともに、目の前の悪党どもへと斬りかかり――――
……
…………
……………………
「やあやあお疲れ様勇志君!」
「……」
「んー? 勇志君?」
「……え? うおっ!?」
サッカーのアドバイスをもらった日の放課後。図書局員室で読書していた俺は、声に反応して顔を上げると近くに高野先輩の顔がそこにあったことに驚き、椅子から飛び上がりかけた。なんとかこらえて姿勢を立て直してから、改めて先輩に向き直ると、いささか不満げな表情電先輩がこちらを見下ろしていた。
「人の顔見てそのリアクションはひどいんじゃないの?」
「ああ、いや、すいません。悪意はなくてですね……」
「なーんて嘘嘘。読書に夢中で気づかなかったんでしょ? わかってるって」
俺が平謝りしだしたのを見ると、先輩はコロッと表情を変えて質の悪そうな笑顔になった。どうやらからかわれたらしい。
「そういうの、良くないですよ」
「あはは~ごめんごめん。それで、何読んでたの?」
俺の不満を軽く受け流した先輩は、興味を俺の手元の本に移したらしい。奔放な態度にため息を吐きながら、俺は読んでいた本の内表紙が見えるように先輩にかざした。
「はあ……これです」
「ふんふん……異世界物かい? POP用のやつかな?」
「そうですよ。といっても、もう1度読み終わったやつを何となく見返してただけですけど」
読んでいたのは、大槻さんが進めてくれた最後の本。大槻さん自身が貸してくれた異世界転生小説。つい先日読み終わり、POPも作り終わったので大槻さんに返す前にもう1度読みなおしておこうと思ったのだ。
「なるほどね。見た感じ、制作は順調そうだね~関心関心」
「順調っていうか、もう全部できてますけど」
「……え、POPできてるの?」
「はい」
「……うそ!? はやくない!?」
「いや、ていうか報告したじゃないですか昨日……明日チェックお願いします、って」
「え、マジ?」
高野先輩は、自分のカバンからバッとスマホを取り出すと、あわただしくメッセージの確認を始めた。
「……あ、マジじゃん」
「……先輩、連絡はみていてほしいんですが」
「あ~いやほら、私通知切っておくタイプだから! 音ゲーとかやる関係でね! まあ、今こうして確認できたならよしでしょ! うん! 問題ないって! じゃ、確認しておくね!」
「……わかりました。向こうの机に置いてあるんで、お願いします」
「まかせんしゃい!」
イマイチ頼りなさがある先輩にとりあえず残りの仕事を任せて、俺は図書局員室を後にする。無事POPも完成したので、大槻さんに本を返すのと、もろもろの礼を改めて言っておこうと思ったのだ。彼女に会いに行くために、いつものように2階の隅を目指して歩きだす。
程よく静かな図書館内を歩く中で、俺は改めて大槻さんに薦められた本の内容をぼんやりと思いだしていた。
最初に読んだ一風変わった学園コメディも、2冊目に読んだハードなアクションノベルもとても面白かった。最初こそ慣れない文体に戸惑ったりもしたが、読み切るころには全く気にならなくなっていた。
最後に読んだ、異世界転生小説もとても楽しめた。
引きこもっていた少女があるきっかけで別の世界に生まれ変わり、その過程で手に入れた力で弱い過去の自分との決別をする冒険を繰り広げるファンタジー。後半の彼女の想いを叫ぶシーンでは心が震えたものだ。
是非とも、彼女とまた話しをしたい。
あれこれ考えつついつもの場所に行くと、大槻さんは普段通り読書して……はおらず、ノートを広げペンを片手に持ちながら、何やら退屈そうにしていた。
「大槻さん?」
声をかけると、彼女の肩がピクリと跳ねた。それから、ゆっくりこちらに視線を合わせると、恨めし気な様子でにらんでくる。
「……私の心臓でも止めたいの?」
「そんなわけあるか」
「んじゃあなんでいっつもそんなに声をかける間が悪いのよ。無駄にこっちがびっくりするの納得いかないんだけど」
「俺が知るかよ……」
本当に知ったことではないのだが。
「ったく、アンタはほんといっつもいつも……」
いつもならば、軽口を何度か言ったあたりでため息を吐きながら許してもらえるのだが、どうやら今日の彼女はちょっと機嫌が悪いようで、お小言が止まらないらしい。
「また今度にしたほうがいいか?」
「……別に、そこまでは言ってないわよ」
気を使って今日は戻った方がいいかとも思い聞いてみたところ、意外にも彼女は譲歩の姿勢を見せてくれた。
ありがたくその言葉を受け、俺は大槻さんの向かいの椅子に座る。それから、借りていた本を彼女の目の前に差し出した。
「これ、ありがとう。面白かったよ」
「……そう」
「POPも無事に完成した。大槻さんのおかげだ。ありがとう」
「別に大したことはしてないけど」
「十分だよ。本当に助かった」
「ちょっと、良いわよそんな丁寧にペコペコしなくても。わかったから」
少し気まずそうにしながら、大槻さんは黙って本を受け取った。そのまま本をカバンにしまうと、またペンをとってノートと向き合い始めた。
何をしているのだろうか、と疑問に思ったところで、ふと、そろそろ定期テストがあるということを思い出した。テスト対策の勉強でもしているのかと思い、聞いてみる。
「テスト勉強でもしていたのか?」
しかし、俺の予想に反して大槻さんは、心底不思議そうにきょとんした表情を返してきた。まるで、「何を言っているのかわからない」とでもいうかのように。
大槻さんは考えこむ姿勢を取ると、少し経ってからようやく納得がいったようで。
「テスト……ああ、そういえばあったわね」
などと、他人事のように言うのだった。
あまりに興味なさげに言うものだから、つい心配になってしまい余計なお世話だろうと思いつつ尋ねてしまう。
「あったわねって……おいおい、もうテスト範囲も出るだろ。大丈夫なのか?」
「まあ……なるようになるでしょ」
「なるようにって……」
「なに、アンタには関係ないでしょ」
「それは、そうだが」
関係ないといわれてしまえば、こちらとしても黙るしかない。元より、いらぬ世話心で聞いているわけで。
これ以上に余計なことを言う前に引っ込んだ方がいいだろうかと、気まずく思っている俺を頬杖付きながら横目で眺めていた大槻さんは、ふと笑みを浮かべると、ぽつりと、呟いた。
「いいのよ。私、昔からずっとダメな子なんだから」
一瞬、言葉の趣旨がよくわからなくて、俺は呆けたまま大槻さんを見つめる。
彼女の笑みは、どこか諦めているかのような、そんなもの悲しさが感じられるもので。そうやって笑ったまま彼女は、ゆっくり話し始めた。
「私って、昔から何事も下手くそでさ。勉強も運動も、何やっても人より下ですごいどんくさいの。テストだってそう。どれだけ頑張って勉強したって、本番じゃ勝手に緊張して変な失敗して平均以下を取って終わり、みたいにね」
「大槻さん……?」
疑問を込めた俺の呼びかけに彼女は応えない。視線を逸らしたまま、変わらぬ笑顔で独り言を呟くみたいに話し続ける。
「ずーっと、そんな自分が嫌で嫌で仕方なくて――でもいつまでたってもそのままで。ああ、私って生まれながらにしてダメな子なんだって思っちゃって。だから、考えるようになったの」
「考える?」
「生まれ変われたらいいのに、って」
そうつぶやいた彼女の顔からは、いつの間にか笑顔が消えていた。代わりに浮かんでいたのは、今にも泣きだしてしまいそうな、そんな悲し気な――
「ねえ、アンタはさ、あの本読んでどう思った?」
「……あの本、って」
ゆっくりとこちらに振り向いた大槻さんが、視線で問いかける。あの本というのがどの本なのか、大槻さんは言わなかったけれど、でもわかった。
彼女が貸してくれた3冊目の本。異世界転生の小説。
「そう、だな……」
内容を再び思い返す。弱気な少女が、新天地で力を手に入れ、過去との決別に至る成長物語。
「ワクワクした」
頭の中で思いついた言葉を、そのまま述べる。
「戦いの中で、彼女が過去を振り切って戦うシーンには、心が躍った。本当に、良い話だった」
「……ふふ、アンタセンスあるわね。そう、本当に面白いのよ。主人公が新しい自分に生まれ変わって、弱い自分とさようならをするなんて、最高でしょ。そう、だから、だから私も――」
「――生まれ変われでもしたら、こんな私でも変われるのかな、なんて」
……ふと、思った。
彼女は、いつも過剰なくらい自虐を言っている。ちょっと気にしすぎなんじゃないかと思うくらいに、自分のことを卑下している。
それは、もしかすると、彼女なりの盾だったのだろうか。
「……ま、だからって生まれ変わりたなんて本気で思って、理想の来世を考えるなんてばかばかしいことなんでしょうけどね。 ……きっと、笑われて当然の。だから、アンタがそれを広めたりしないか怖かったけど……でもまあ、隠せないものなのかも」
ふと、思った。
彼女がいつも何かを書き込んでいるノート。あれにはきっと、彼女が前に落としたテストの裏みたいに、彼女の理想の来世がきっと詰まっていて。
もしかすると彼女にとってそれは、趣味の一つに収まるようなものではなく、彼女がすがりたいものだったのではないだろうか。
「私は、何をやってもダメな子で、現実逃避ばっかして理想にすがってる、笑われる子。だから……いいのよ、なんでも」
そういって、彼女はまた笑う。吐き出した感情をごまかすみたいに、笑う。
気にするなとでもいうかのように、笑う。
俺は、そんな彼女の笑みが……とても、腹立たしかったから。
「いいわけあるか」
「……えっ?」
俺は、強い声音で彼女の言葉を否定する。大槻さんは俺の様子の変化に露骨に戸惑っているようだったが、俺はそれを気に留めることもなく、吐いた言葉の勢いのまま立ち上がって、そして、大槻さんに告げる。
「テスト勉強するぞ」
「……今、なんて?」
「テスト勉強だ。俺と、大槻さんで」
……驚きで呆けている大槻さんを見ながら、俺は頭の中で一つの決心をするのだった。
次回は……ちょっと未定なので、お待ちください。