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12話 彼女は彼と暇つぶしたい




「あ~~~~~~疲れるなあサッカーって……」




 ジャージ姿の春道が、校庭の隅に座り込みながらぼやいている。




「勇志ってサッカー得意?」


「そもそも運動はそんなに得意じゃないよ」


「あーそっか。にしてもサッカーの授業がひたすら紅白戦ばっかってのもどうなんだ? これ絶対教員の趣味だろ」




 そう言って、春道は遠くで授業の様子を見つつ審判をしている体育教師に恨めし気な視線を送る。




「……ま、仕方ないだろ」




 現在は体育の授業中。体育は2クラス合同で、今は各クラスで3チームを作って2コマ分延々とサッカーの紅白戦を行っている真っ最中。チャイムが鳴ったのをさっき聞いたので、多分残り時間は半分切ってるはずだが、まあ確かに体感長く感じる。




「そんなに嫌なのか、サッカー」


「別に嫌ってこたあないけど、どうにもやる気に満ち溢れている奴についてのちょっと大変だし、あと待ち時間がなげえ」


「確かにちょっと退屈してきたかもしれん」


「だろ~? こうしてボケっと待ってるのにも限界が……あ、そういや勇志」




 露骨に疲れた声を出していた春道が、ふと何かを思い出したかのように俺に尋ねてくる。




「なんだ?」


「あれ、どうなった。ほら、仲良くなりたい子がいるってやつ。うまくいってるか」


「ああ、そのことか……そうだな……」




 どうやら聞きたいことというのは先日相談した大槻さんの件らしい。


 ぼんやりと、最近の彼女とのことを思い出す。


 お勧めのライトノベルを教えてほしいと頼んだあの日以降、放課後に彼女と話すことが増えた。


 俺が読んでいる本の話が中心ではあるけれど、なんてことのない話も少しずつだができるようになってきていて、心なしか話しているときの大槻さんの表情も笑顔が増えたような気がする。


 まあ時々よくわからないところで毒を吐かれたりするので、距離感が縮まっているかはちょっとまだ測りかねているが……最初のころと比べればいくらか友好的には見てもらえると思いたい。




「それなりに話せるくらいにはなったかな」


「そいつは良かった。警戒されたりももうない感じで?」


「あー……いやどうなんだろうな……警戒はまだされてんのかなあ」


「……本当にうまくいってんのか?」


「本を借りたりはしてるぞ」


「ふーん……じゃあまあ確かにそれなりには仲良くなってそうだな」




 よかったよかったと呟きながら春道は笑う。


 と、その時ふと校庭に笛の音が響く。試合が終わったようだ。先生が次のチームに招集をかけている。




「勇志、出番じゃね?」


「ああ、行ってくる」


「目指せハットトリックでエースストライカー!」


「俺はどうせディフェンスだよ」




 こういう球技では、動けないやつが守るのが自然な流れだ。


 春道の冷やかし交じりの声援を受けながら、ちょっとだけ気合を入れて俺はピッチに立った。




***




 とまあかっこつけてみたところで、普段から運動しているわけでもない俺がいきなり役に立てるかといわれればそんなこともなく。


 対して役に立たないガタガタのディフェンスを披露してあっさりゲームは終わった(ちなみに結果はどちらも得点に困り引き分け)。


 全力で走り回るとさすがに疲れる。俺は息を荒くしながら春道の方に戻った。




「お疲れ」


「もう少し普段から運動した方がいいかもしれんな……」


「はは、ちげえねえ。んじゃ、俺も行ってくるわ~」




 入れ替わりで次のゲームに呼ばれた春道が立ち去っていくのを見送ってから、少し水が飲みたくなったので近くの水飲み場に向かうことにした。


疲れをごまかすように夢中で水を飲んでいると、不意に声をかけられた。




「おつかれさま」




 声の聴こえたほうに視線を向ける。ジャージ姿の大槻さんが、ちょこんと座りこんでボーっと校庭の方を眺めていた。




「……何してるんだ? 女子は体育館でバスケじゃないのか」


「突き指したの。そしたら見学してなさいって言われたからそうしてるだけ」


「普通女子の方を見るんじゃないのか」


「わちゃわちゃしたバスケよりオラオラしたサッカーの方が面白いのよ」




 そんなもんなんだろうか。そういう割には、今ゲームを眺めている彼女の表情は少々退屈そうにも見える。こっちの方がマシというだけで、退屈なのには変わりないのかもしれない。




「アンタ意外と運動はダメなのね」


「……見てたのか?」


「ええ。相手のドリブルにかわされまくってたわね」




 どうやら、先ほどの醜態を見られていたらしい。あまり気にしてはなかったが、改めてこうはっきり言われると恥ずかしくなってしまう。


 おそらく微妙に居心地の悪い顔をしているだろう俺を、大槻さんは横目で見ながらふっと笑う。




「勉強はできてもこういうところは苦手だったりするのね。ま、ちょっと安心したわ」


「安心って……俺のことなんだと思ってるんだ」


「どうだかね」




 言いたいだけ言って、そのまま彼女は黙り込んでしまう。俺はそんな彼女の隣に座った。


 何の気なしに思いついたことを彼女に尋ねてみる。




「大槻さんは体育とか得意な方なのか」


「全然。スポーツとか1度もちゃんとやったことないわ」




 俺の問いかけに、大槻さんは少し少し自嘲気味な笑みを浮かべる。




「スポーツの1つでもやってたらこんな陰気な女になってなかったかもね」


「陰気な……?」


「……何よ」


「……いや別に」




 その俺に対する当たりの強さで、陰気な、は無理があるのではと一瞬思った。けれど、改めて思い返してみれば、こうして話すようになる前は俺もおとなしい子だと思っていたわけで。


 あまり活発な性格ではないというのは事実なのだろう。




「大槻さんは、中学の時部活とかやってたのか」


「全然。ほぼ帰宅部よ」


「ほぼ?」


「……言葉の綾よ。そういうアンタは?」


「中学は生徒会で忙しかったから、部活はしてなかったな」


「あー、アンタそーゆーのやってそうね。適任そう」


「なんか、馬鹿にしてないか?」




 けらけら楽しそうに笑ってる大槻さんを小突くように言い返す。すると、大槻さんはふっと目を細めると。




「褒めてるわよ。これでも」




 なんて言って、少し寂し気ならしくない顔で笑うものだから、俺は一瞬言葉に詰まった。




「アンタ、思ってるよりかは……まあ、マシな奴みたいだし。私と違ってさ」


「私と違って、って……」


「私は、ほら、こんな奴だから」




 グラウンドの方に視線を向けながらぽつりとつぶやいた大槻さん。けれど、その目に試合の様子が写っているような様子はなくて、虚空を見つめているようだったから、なんだか俺はその様子が無性に気になって声をかけようとした。


 けれど、俺が言葉を選んでいるうちに、大槻さんがこちらに振り向いて、先に口を開いた。




「ディフェンスの時だけどさ」


「……え?」




 ……一瞬、何の話か本気でわからなくて、ずいぶんと気の抜けた返事をしてしまった。




「なんて返事してんのよ」




 俺の呆けた様子がそんなに面白かったのか、彼女は俺の顔をいやーな目つきで見ながら意地の悪い笑みを浮かべる。


 クックック、と口元を手で隠しながら(隠せてないが)一通り笑ってから、再び彼女は話を切り出す。




「サッカーの話よ。アドバイスしてあげるから聞きなさい」


「アドバイスだって?」


「……何? お前みたいな陰気な運動神経死んでる女にスポーツのアドバイスなんてできるのかって思ってるの? ひどい人」


「言ってないしそれで勝手に傷つくな」




 その捏造っぷりは被害妄想とかそういう次元を超えている気がするんだが。




「まあいいわよ今更どう思われようと……それで、ディフェンスの時なんだけど」


「良くないが」


「アンタ、すぐボールを取りにいかないようにした方がいいわよ。直線的に向かっていったってパスされて終わりだから、少し距離の開いたところにビタッて張り付いてちょっかい掛けときなさい」


「……ディフェンスはボールを取れた方がいいんじゃないのか?」


「素人には多分無理よ。さっき一回でもボール奪えた?」


「……確かにな」




 やたら得意げに説明するだけのことはあって、教えてくれない用はそこそこ正しいのかもしれない。是非までは試してみないと分からないが、そんなに間違っていないように聞こえる。




「ほかにもあるか?」


「そうね、あとは……」




 大槻さんが続きを言おうとしたその瞬間、グラウンドの方からホイッスルが聞こえた。ゲームが終わったのだ。


 先生が次のゲームをするチームを呼んでいる。俺が振り分けられたチームも呼ばれていた。




「悪い、出番だ。行ってくる」




 最後まで聞けなかったことを軽く謝ると、大槻さんは特に気にした風もなくほほ笑んだ。




「そ、ま、頑張んなさいよ。ちょっとはマシになるはずだから」


「ああ、ありがとう。しかし、運動は苦手だって言ってたわりに、意外とサッカーは詳しいのか?」


「本が好きだと、知らなくてもいいことばっか詳しくなるのよ」


「……なるほど」




 確かに俺の知り合いにも、人が知らないようなことにばかりやたらと詳しいにぎやかな先輩がいたな。あの人も、そこそこな本の虫だった。




「納得した。じゃあな」


「ええ」




 俺は、大槻さんに軽く手を振ると、少し急ぎ目にグラウンドの方へ駆け出していった。







「…………だなあ……」







 一瞬、大槻さんが何かつぶやいたような気がしたが、振り向いても彼女は変わらない様子でいたので、気のせいかなと思い気にせず俺はグラウンドに向かった。




 この後、2ゲームほど出場した俺は、大槻さんのアドバイスを不器用なりに実践し、前半よりはほんの少しだけ改善した動きを見せた。


 それが試合の大局に影響するほどの物だったかはわからないが……うちのチームがその2試合両方とも勝つことができたのは、偶然ではないということにしておこう。


 アドバイスの礼を大槻さんに言おうとして、ゲーム後にもう1度大槻さんに会いに行ったが、彼女の姿はなかった。少し、気になることがないわけでもなかったが、どうせ放課後にでもまた話せるだろうと思ってあまり気にしないことにした。




「勇志~後半なんか結構活躍してたな。何、覚醒しちゃった?」


「そうだな、これをきっかけにサッカー部にでも入ってみるか?」


「お、お前が冗談言うなんて珍しいな……本格的になんかあったか?」


「さあな」




 そのまま、その日の体育は、いつもよりほんの少し楽しいまま、幕を閉じたのだった。








次回来週中!

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