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11話 彼は彼女と語りたい







「やっほ、眠めな調子かい?」




 大槻さんからおすすめされた本を受け取った翌日、自分の机で1限目の準備をしているさなか、ふと大きめ欠伸をしてしまった俺に、青山がご機嫌そうに声をかけてきた。


 快活な人懐っこい彼女の笑顔は、どこかのんびりした空気の朝の教室においてもキラキラしている。




「ああ……おはよう、青山」




 半分欠伸のような返事をすると、青山は心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。




「あれ、ちょっとお疲れ? 大丈夫?」


「いや、ただの寝不足だ。夜更かししてしまってな」


「へー、勇志が夜更かしなんて珍しいね」




 そういって、興味深そうにこちらの様子を伺いのぞき込んでくる。




「何してたの~? 勉強……は、そんなに無理してやったりしないか。じゃあ映画? あるいは夜遊び? まさか……恋人!?」


「そんな大したことじゃない。読書してただけだ」




 好奇心のままグイグイ迫ってくる青山を適当に諫めながら答える。すると、彼女はこちらの答えに拍子抜けしたようで、すっと身を引き息を一つはいた。




「なーんだ、そんなことか。期待して損しちゃった」


「お前なあ……」


「ま、少なくとも授業が始まるまでにシャキッとしといたほうがいいよー。じゃね~」




 俺の不満げな態度の一切を無視して、青山は俺の頭のポンとたたくとそのままそそくさとクラスメイトの女子の方へ行ってしまった。


 こういうマイペースなところは彼女の魅力の一つでもあるが、時々こちらが振り回されるのはなんとも。とはいっても、中学からの縁なので慣れてしまったといえば慣れてしまったのだが……


 あれこれ考えているとまた欠伸が出た。心なしか気分も少しぼんやりしている。




「顔でも洗いに行くか……」




 顔でも洗えば少しは気分が晴れるかと思い、洗面所を目指して立ち上がる。


 丁度登校してきたクラスメイトに挨拶しながら廊下に出て、とぼとぼ歩きだす。


小さく欠伸をし、窓の外の見慣れた景色をぼんやり眺めながら歩いていると、後ろから急ぎ目の足音が聞こえた。それが、俺の方に向かってきているような気がして、ふと振り返る。




「あっ、えっ、と……」




 足音の主である少女は、振り返った俺に驚き、次いで気まずそうな表情を浮かべた。


 居心地悪そうに視線を逸らし、黙り込んでしまった彼女に、俺は少し呆れながら声をかけた。




「……どうした、大槻さん」


「……別に、大した用じゃないけれど……」




 大槻さんは、こちらの問いかけに対してしばらく答え渋った後、不意に俺の制服の袖をつかむと、俺の目的地と反対の方向へ引っ張りながら歩き出した。




「ちょ、おい、どうしたんだ」


「いいから、一回ついてきて」




 こちらの意思を無視して、彼女は強引に俺を引っ張っていく。疑問はあったが、無理に振り払うのも気が引けたので。流されるままついていくことにした。


 そうして少しの間引っ張られた後、この前も話をした、廊下の隅の誰もいない場所に連れてこられたところで、大槻さんは俺の制服から手を離した。




「それで、何の用なんだ?」




 落ち着いたところで、背を向けたままの大槻さんに改めて用事を尋ねる。


 俺を連れてきてから、ずっと彼女は背を向けたままだったが、おずおずとためらいがちに振り返りながら、小さく口を開いた。




「……昨日はごめんなさい」


「え?」


「昨日。……本、片づけ任せちゃったから」


「……ああ、そのことか」




 突然しおらしい様子で頭を下げられたので戸惑ったのだが、付け加えられた言葉を聞いて納得した。


 おそらく、昨日大槻さんが慌てて帰ってしまったため、俺に貸す本を選ぶために棚から出していた本を仕舞い忘れたことを謝っているのだろう。




「多分、アンタが片づける羽目になっただろうから……」


「気にするな。忘れてしまったなら仕方ないだろう」


「忘れたことが私の過失じゃないの……ほんと、ごめんなさい」


「そんなに何度も言わなくていい」




 少し過剰なほど深刻に謝罪する大槻さんをやんわり止める。どうにも彼女は気にしすぎているようだ。


 いつまでも謝らせるわけにはいかないと思い、話題を切り替えることにする。




「そういえば、借りた学園物のやつ、読んだぞ」


「……え、もう読んだの?」




 大槻さんは、心の底から驚いたような表情でこちらを見つめてくる。




「そんなに驚くことか?」


「だ、だって、アンタ普段ラノベとか読まないって言ってたし、そもそも肌に合わない可能性だってあるわけで……私のおすすめがハマる可能性の方が低いと考えるのが普通だろうし……そもそも文体とかも普段読んでるほんとぜんぜん違うだろうからそれを受け入れられるかどうかとかも……」


「わかった。わかったからちょっと落ち着けって」




 弁解のような言い訳のようなつぶやきを手で制し、大槻さんを落ち着かせようと試みる。




「確かに、いつも読む作品と違う雰囲気の文章に戸惑いはしたけど、店舗がよくてむしろ読みやすかった。それでサクサク読み進めてしまって、気づいたら全部読んでた」


「……面白、かった?」


「ああ、想像以上に楽しめた」




 そう言って俺は心から彼女に笑いかける。お世辞でもなんでもなく、自然に湧き出た言葉だった。


 大槻さんはそんな俺の言葉に、ぱあっと花が開く可能様な笑顔を見せた。




「本当に!?」


「嘘なんかついてどうする。本当に面白かったぞ。キャラクターの掛け合いが面白くて夢中になって読んでしまって、おかげさまでちょっと寝不足だ」


「それで今日はちょっと気だるそうなんだ……ね、ねえ、どんなところがよかった?」




 ソワソワとしながら好奇心を隠すことなく上目遣いで大槻さんは尋ねてくる。俺は、昨日読んだ小説の中身を振り返り、ついつい思い出し笑いをしながら答えた。




「そうだな、主人公がクラスメイトの男子とバカ騒ぎするところはみんな好きだな」


「わかる! いいわよね! 1巻に限らずどの巻でも楽しそうで……私は女子だけど、ちょっと混ざりたくなっちゃうくらい」


「確かに、ああいうやつらが友達にいたら退屈しないだろうな」


「まあ、毎日一緒はちょっとやかましいかもだけど……呼んでるといつも笑っちゃう」


「それでいて、大事な場面では女の子のために頑張ろうとするのは熱いなと思ったよ」


「そうそう! めっちゃ頑張るんだけど最後は……っていうやつ!」


「申し訳ないけど、あの最後は笑ってしまった」


「仕方ないわ。あれはもう仕方ない……ふふ」




 話してるうちに、大槻さんも思い出してきたのか、くすくすとこらえながらもたまらずといった様子で笑いだしてしまう。その様子が、俺と話している間にほとんど見せたことのないような表情だったから、俺もつい嬉しくなってしまう。




「それと、設定も面白かった。すごい発想だなって――――」




 純粋に作品の話をするのが楽しくなって、俺と大槻さんは誰にいない廊下の隅でしばらく話し続けた。


 今までにないほど和やかで楽しい時間がしばらく続いた後、不意に、廊下中にチャイムの音が鳴り響いた。いつの間にか、HRの時間がすぐそこに迫っている。少し長く話過ぎてしまった。




「え、もうそんな時間?」


「話が盛り上がりすぎちゃったみたい」


「…………そ、そうなるわね」


「ん、どうかしたか?」




 みると、先ほどまで楽しそうにしていた大槻さんが、急に縮こまって下を向いたまま静かになってしまった。俺が様子を尋ねると、大槻さんは両手を頬にあてながら、小さな声で呟いた。




「……は、恥ずかしい……」


「え?」


「ご、ごめんなさい引き留めちゃって! アンタにも用事があったはずなのに……」


「いや、いいよ別に」




 確かに顔を洗いに行くつもりだったが、大槻さんと話しているうちに眠気はどっか行ってくれた。結果的に目的は成し遂げられたから、気にされるようなことはない。


 そんなようなことを言おうとしたが、それを言う暇もくれないほど大槻さんが早口でまくし立ててくる。




「ごめんなさい、聞いてもいないことべらべらと……わ、私教室戻るから!」


「あ、ちょっと待て大槻さん!」




 言葉の勢いのまま振り返って去っていこうとする大槻さんを慌てて引き留める。




「……な、なに?」


「放課後、もし暇だったらもう少し話さないか?」




 俺の提案に、大槻さんは目を丸くして一瞬固まってしまう。そして、目線をきょろきょろさせながら少しの間考え込んでから、頬を赤く染めながら静かにうなずいた。




「……まあ、いいわよ。暇、だしね」




 短く答えて、そのまま彼女はそそくさと去っていく。


 その姿を静かに見送る。そして、少し遅れて俺も教室に戻るために歩き出す。




「一歩前進……かな」




 ライトノベルの話をしているときの大槻さんの楽しそうな笑顔を思い出す。今までに何度か、一方的にだけど見たことのある笑顔。それを、俺と話しているときに見せてくれたのは、素直にうれしい。


 このまま、何事もなく仲良くなれたなら……そう思わずにはいられないのだった。












次回は2日後に。

ちょっと特殊なお話です。

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