5
前回のあらすじ。
電脳世界での戦いが始まった。
眼下に広がるに広がる大量の敵は優に五千を超えているという。
その中で、凰花は角を生やした巨獣をモチーフにした魔剣ベヒモスを、鉄斎は白銀に輝く霊槍ダアトを振るっていた。平原に群がるCCの海では、圧倒的な力によって瞬時にHPをゼロにされたCCが、波が日光を反射してキラキラ光るように、光の粒子となって砕け散る。
それは、凰花が魔剣を振るう度に、鉄斎が銀槍を薙ぐ度に起こり彼らの周囲には空白が出来上がる。しかし、すぐにCCの波が押し寄せる。二人の攻撃があまりにも早いせいで、一分も立たないうちに数百を屠っているけれど、凰花とテツが人振れでに倒せる敵は数体だけだ。これだけの数の敵がいる中では、多くの敵を一瞬で倒すことができる大規模魔法は、詠唱が長くなりすぎて使うことができない。
一方で僕の方は何をしているのかというと、CCが登ってきていない丘の上で、その大規模魔法の詠唱を行っていた。
「――――、アクティベイト」
最後のスペルを言い終わると同時に、見渡す限りのCCの海を取り囲むように、炎の壁が浮かび上がった。炎系結界魔法、炎棘の檻。
結界系魔法の中では僕が一番よく使う魔法で、結界魔法の常に漏れず燃費がよく、接触ダメージが付加と設定ができるために応用性能も高い。一方で、接触ダメージが発生すると術者のMPが消費されるため、多数の敵やHPの高い敵ををこの魔法だけで倒すことはできないが、基本的にCCはダメージ判定のあるものからは離れようとする特性があり、これを利用してCCを一定の空間内に閉じ込めることはできる。
CCの海をどうにかして覆うことに成功した僕は、さっき銀河が突っ切って分断した場所にも炎の壁を作って戦場を東西に分断し、音声チャットを彼に繋いだ。
『こっちは貴様と違って忙しいんだが』
ふてぶてしい声が若干のノイズとともに聞こえた。丘の上から見ていても、HPだけは高いCCが集まっている彼のところは、かなり面倒な戦いになっている。
「ああ、それで、提案なんだけど……」
『貴様らと共闘するつもりはない』
と、ここで断られることは織り込み済みである。
「共闘じゃない。競争しようって言ってるのさ。壁の東側と西側で、先にCCを倒した方が勝ち。どう?」
共闘には乗らなくても、こちらから勝負を仕掛ければ、僕らを目の敵にしている銀河は受けないわけにはいかない。そうしなければ、逃げたと見なされても仕方がないから。
『いいだろう。数はちゃんと割り振られているんだろうな?』
「当然。君たちのほうが多いとか、そういうことはしていないよ。誤差数十で、ちゃんと同数に切ってある」
『俺が言いたいのは、同数で良いのかということだ。三つに分けて多いほうが俺達でも構わんのだぞ?』
「減らず口は程ほどにしとけよ坊ちゃん。あんたが了承した時点で、もう勝負は始まってるんだから」
『貴様が負けたら、一生俺の下僕にしてやる』
通信が向こう側から強引に切られたのと、禍々しいオーラが戦場の東側に振り撒かれたのはほとんど同時だった。彼の武器の一つは、圧倒的ステータス。そして、それをあり得ない倍率で上昇させる禁忌魔法。
「あー、マジかよ……」
今使うのかそれを。彼らがフルでいくというのなら、僕らもそれ相応の力を出さないと、いけない。自分から吹っ掛けた勝負を負けるわけにはいかないし……。
「凰花、テツ!!」
『『おう!』』
通信は、一応二人にも繋いでいて、おそらく話の流れはわかっているはずだ。少なくともテツは。凰花のほうも、戦闘中における頭の切れは抜群だし、問題はないだろう。
「僕は、壁の火力上げて狭める。凰花は、テツを守りながら戦って。テツは、一番でっかい魔法ぶちかましてくれ!!」
『『了解』』
結局、僕が丘の上からみんなを観ながら戦うことには変わらないけれど、それでもある程度の撃破数は稼げるはずだ。あとは、テツの〈王国式魔術〉にかけるしかないだろう。僕はこれだけの規模の炎棘の檻を維持、制御するだけで手いっぱいだし、凰花は効率の良い一対多用の攻撃手段をそれほど持ち合わせていない。
炎棘の檻に設定されている変形コマンドを操作しながら、炎の壁を少しずつ内側に動かしていく。CCが壁に触れると同時に消滅し、僕のMPを微量削る。自分のMP残量と、壁の中のCCの集中具合に気を配りながら、慎重に事を運ばないといけない。
これがなかなかに、集中力のいる作業なのだ。
大きな円形を基本として出来上がっている炎の壁は、設定上東側でも少しずつ小さくなっているけれど、向こう側ははなからそれを前提に戦っていたようだ。さらに、それでは敵の層が薄くなってしまうようで、ほぼ中心に陣取ってCCを蹴散らしている銀河の方へ、二人の従者、煉と凛がCCを誘導しているように見える。すでに、壁の中の敵の数は千体ほどに激減していた。
地面に手をついて〈王国式魔術〉の術式を組み上げているテツを狙う敵を、凰花が一刀のもとに切り捨てる。僕がかけたバフの上に、さらに固有魔法で攻撃力の上乗せをしたらしく、剣先が敵に触れただけで光の粒子が鼠花火みたいに舞い上がっていた。
壁の西と東で、圧倒的な武力がCCを屠っていく。特に、銀河側の撃破速度はすさまじく、毎秒数十という割合で敵の数が減少していた。
炎棘の檻の発動よりおよそ、五分後。
CCの残数でいえば、東側が二百、西側が千三百程度の数になったとき、流石にそろそろ僕らの敗戦が近づいてきてるなぁと冷汗が背中を伝ったころ、線上にようやく変化が起こった。
まず、銀河の周りで眩いほどに輝いていたCCの撃破エフェクトが途絶えた。そして、CCを銀河の方に誘導していた煉と燐が、瞬時に彼のもとに走っていく。ピクリとも動かなくなった銀河にCCの刃が迫る直前で、煉の大鎌がその攻撃をはじき、光の粒子が飛び散った。そして燐が即席の結界系魔法を発動した。豪奢な社が地面から伸びてきて、銀河はその中に収納されてしまった。
あの様子だと、代償は全身の硬直と、たぶんステータスの大幅ダウンと言ったところだろう。社は彼を守り、ペナルティを回復するための魔法だ。
銀河の禁術が解けなければ、二百ならあと数秒で片付けられていたはずだ。とはいえ、凛と煉が銀河を守りながら戦ったところで、こちら側に残されたタイムリミットは、あと数分といったところだろう。
『行くぞ!!』
音声チャットから聞こえた叫び声は、テツのものだった。今まで彼が抑えていた地面に、彼の持つ銀槍を突き立てると、五分間というものすごく長い時間をかけて作り上げた術式が、発動した。
半径五百メートルほどに狭められた炎の壁の中を、薄紫のラインが縦横無尽にひた走る。やがて出来上がった巨大な魔法陣が、神々しい光を上げて浮かび上がる。
『耳と目をふさげ!!!!』
全体音声チャットから聞こえた、叫び声に、うるせーー!! っと言い返しそうになった時、仮想の鼓膜が破れるような轟音と、太陽もかくやという白銀の閃光が世界を支配した。
視覚と聴覚の情報過多によって、ペナルティを受ける。十秒後、視界が少しずつ開けてくると、これまた驚くような光景が眼下に広がっていた。僕が発動した炎棘の檻は完全に失われていて、代わりにあたり一面焼け野原になった草原と、四人の人影に一つの社。索敵スキルを使ってみたが、どうやら近く、少なくとも視認できる範囲に敵はいないようだった。
「どうやら、今回は引き分けみたいだね」
『すまん。力入れすぎた』
「あ、うん。まあ、僕が銀河の下僕になることはなくなったわけだし、結界オーライって感じ?」
『結果オーライじゃないわよ!! どう考えてもオーバーキル過ぎるでしょ!! 対天災級戦か!!』
〈王国式魔術〉は、聖騎士と、その一つ下の職業である王国騎士だけが習得することができる系統魔法だ。物理攻撃に魔法属性を追加したり、魔法攻撃力ではなく、物理攻撃力を魔法の攻撃力の対象にしたりするサポート系の魔法が多いのだが、その最上位に位置する〈楽園の果実〉は、発動者の属性と、発動時に入力したMPの量によって効果範囲が変化する攻撃魔法だ。
たぶん、テツは自分にMP自動回復系の魔法をかけておいて、詠唱終了後の待機時間いっぱいまで回復したMPをすべてつぎ込んでいたのだろう。じゃないと、あいつのMP総量じゃあこれだけ大規模な魔法を使うことはできないはずだ。
はぁ、と、ほっと一息ついた。これで、やっと帰ることができる。戦闘時間だけで考えるのならば、十分も経っていない。たしかに、数は多かったけれど、これだけの戦力を投入すればこの数字に納得できないわけでもない。結果的に、銀河は禁術を使ったし、テツはかなりむちゃくちゃな魔法の使い方をしたけれど。
ただ、ステータスを見る限り、二人以外の損耗は激しくない。銀河が社から出てきたら、撤退しようかな。
「今からそっち行くから、凛・煉と合流しておいてくれる??」
『了解』
音声チャットでそういうと、僕は手早く術式を呼び起こした。
「ワープ」
勇者のほかは、限られた魔法系上級職しか使うことのできない上に、相当の熟練度が必要な移動魔法をはつどうして、僕は燐・煉の場所に転移した。
金髪に、ダークグレイの衣装を着たシスター姿の煉。黒髪に、王道巫女姿の燐。赤色と空色の瞳がこちらを向いた。
「やあ、今回は引き分けっていうことでどうかな??」
「まったく、あなたにはいつも呆れさせられますよ。勝負を吹っかけておいて引き分けだなんて。しかもなんですかあれは。最後は凰花さんに決めさせるのが筋というものだと思いますが??」
と燐が言うと。
「そうだそうだ!! せっかく凰花ちゃんと一緒に戦場に来たのに、陣営分けて戦わせられるなんて何のプレイだ!? 焦らしプレイか!?」
と煉が言う。
二人の言っていることが噛み合っていない気がしなくもないけれど、凰花が好きなのはよくわかった。
「女の子がそんなこと言うんじゃありません」
「痛ッ!! 誰だ!! って、凰花ちゃんか~。テツだったら殺してたわぁ~」
「いや、さすがに俺もゴスロリに手を出せるほど大人じゃないっていうかさ。やっぱ、女の子はボンキュッボンのグラマーな人に限るっていうかさぁ」
おい、テツ。という間もなく、女の瞳が彼を射抜いた。
「んだとてめぇ、もっかい言ってみろ!!」
「聞き捨てなりませんね。貧乳にも価値があることを思い知らせてあげる必要があるみたいですね」
「シバク」
「あ、え、ちょっと待てって!!」
土煙を上げながら女三人にボコられているテツを横目に見ながら、――ほとんどHPが減らないのは、さすが盾役だなぁと感心しながら。僕は適当にみんなのステータスを回復させていく。一応、任務は達成したし、CCのPopは止まっているけれど、これで終わりだと決まったわけではない。
と、索敵範囲を思いっきり広げたところで、ありえない速度でこちら側に近づいてくる赤点を発見した。凰花も直感でそれに気が付いたらしく、テツを殴る手を止めて僕と同じ方向を凝視した。
『……や……と……がった』
わずかなノイズ交じりに聞こえた女性の声に、僕は少し眉を顰める。が、すぐに、今日何度目かになる叫び声が、耳に響いた。
『ハライ君!! すぐにそこから退避しなさい!!』
「な、なんですか。白木博士」
『そっちに、今まで見たことないほど強力なCCが接近しているわ!!』
でも、と言いかけて、僕は仕方がなく口を結んだ。そして歯を食いしばった。
――すみません。少し遅かったです。
紅の流星は、すでに目視できる場所に迫っていた。
直後のコンマ数秒、防御魔法の発動が間に合ったかどうかもわからないまま、僕らは吹き飛ばされていた。