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「えーと、つまりね。つまり……」
「つまりだ、電脳世界をデリート。削除すためには、自動生成されたマップクエストをクリアしたうえで、グランドクエストをクリアしないとだめってことだな」
言葉に詰まった凰花をフォローする形で、僕は会話に口を挟んだ。二人の後輩の視線が僕に向かう。
香山真紀ちゃんと、大山将成くん。二人とも、この四月に入隊してアバターを受け取ったようで、まだ職業は初級職の《魔法氏見習い》と《剣士見習い》だそうだ。
「どうしてマップクエストをクリアすると、電脳世界を削除できるんですか?」
茶色がかった黒髪のポニーテールが、ふわりと揺れた。
真剣な瞳を僕に向けてくれるのは、真紀ちゃん。天真爛漫を具現化したような女の子なんだけど、今は難しそうな顔で僕らの話を聞いている。
「その辺りの物理的な理論については、僕も資料を漁ってみたけどさっぱり理解できなかった。ただ、早い段階から予想はされていたみたいだね」
といって、今度は勝の方に視線を向けた。こちらは完全な黒髪を短く刈り上げている。盛り上がった筋肉は武骨な印象を持ちがちだけど、見た目に反して案外優しい。それに、頭の回転も速くて僕の話をきちんと理解してくれる。
「それじゃあ、マサ。先週の復習だけど……とりあえず、『もう一つの世界』におけるMapとマップクエストの関係について教えてくれるかな?」
「はい。えーと、アナザーワールドでは、中枢システムがクエストを自動的に生成する機能がありました。自律型クエスト生成システム、D-systemなどと呼ばれていたようです。発売当初に始めから存在していた初期マップや、拠点と言った特別なもの以外のD-systemによって作られたマップは、百連鎖のマップ固有チェーンクエストと一緒にマップが生成されます。そして、固有チェーンクエストをクリアすると、マップはその時点で消滅します・・・・・・というので、良いでしょうか?」
「そうだね。話の大筋はしっかり合っていると思うよ。蛇足として付け加えるなら、この百連鎖クエは回を追うごとに難易度が高くなっていって、最終的には天災級クラスの敵と戦うことになったみたいだね。それでも、末期には三割のマップがすでにクリアされていたみたいだから、なかなかだよね」
真紀ちゃんとマサだけじゃなく、凰花までもが、へー。と、感嘆の声を上げる。
「ま、それはそれとして、電脳世界でも、似たような百連鎖クエストって言うのが実際にあるんだけど、たぶん日本では一番進んでいるところでも・・・・・・たしか六十くらいまでだったかな。アメリカでは、あるマップに人的資源をつぎ込んで、死者が出るのも覚悟の上でクエストを消化させたらしい。実際、一桁代とは言え犠牲者もでたけど、無事クエストは全てクリアされた」
「現代でも、ちゃんとクリアできるんですね」
「で、その後はどうなったんですか?」
真紀ちゃんとマサは、なおも熱心に僕を注視する。僕は、教官になったような気分で先を続けた。
「そのマップは、綺麗さっぱり無くなった。文字通り、跡形もなくね」
「思わせぶりな言い方しないで続きを言いなさい」
「あのな、凰花は知ってるだろ……コホン。つまりね、電脳化によって侵食される前、元々そこにあったはずの物体も、電脳世界の削除と同時になくなったんだ。辺り一面何もない荒野になっちゃった。って言うと、わかりやすいかな?」
二人は、なおも納得できなさそうな顔をしている。
「だから、原則的には一度侵食を受けたものは戻ってこない。というのが一般的で、存在は、電脳世界もろとも失われるんだ。と言っても、信じがたい話かも知れないけどね」
「あの」
しばらくの沈黙の後、再び真紀ちゃんが声を上げた。
「電脳化が起こったとき、その場所にいた人たちはどうなるんでしょうか?」
「それは、僕も疑問に思っていました。SoCCAに入る以前は、そういったことを詮索するのはタブー視されていたので・・・・・・」
「良い質問だね」
現実世界を、仮想世界。つまり、大人気MMORPG『もう一つの世界』の世界に造り替えるとき、もともとあった構造物はどうなるのか。そして、そこにいた人間はどうなるのか。
「だけどそれは、未だによく分かっていないんだ」
後輩二人が落ち込む顔を見せ、同級生は口をとがらせた。僕は笑って、ただし。と付け加える。
「もちろん、その疑問を抱いて研究している研究者の方もたくさんいるよ。だから、僕もこのことについて全く知らないわけじゃない」
多くの場合、電脳化に関する情報は国内外を問わずあまり公にはされていない。情報を得ようとするならば、国立図書館の外出禁止書庫にアクセスするか著名な研究者に直接話を聞くかくらいかできないのだ。しかし、討伐者たちには、その権利や機会を、得ようと思えば得ることができる。
でも、この話をするためには、電脳世界がどうやって形成されているのかを知らなくちゃいけない。
僕は、少し前に調べた文献の内容を思い出しながら、ゆっくりと口を開いた。
「僕らが電脳世界で活動するとき、そこには確かに物体が存在する。侵食を受けていないところから侵食を受けているところの石壁向かってに石を投げ込めば、石は壁に当たって跳ね返る。それに、電脳世界では、もの凄い速さで走ったり、魔法や、戦技を使ったりすることができるよね」
三人が複雑な表情で、でもとりあえず、頷く。
「じゃあ、それはただのプログラムコードによって成り立っているものなのか。それとも、実物として形を持って存在しているのか。それが、一つの分かれ目になってくる。
もし、前者なら、現実世界にプログラムを投射、上書きすることで、物質としての形状を保っている。本来ない物を実体化させるわけだから、かなりのエネルギーがいるし、一定時間ごとにプログラムを投射し続けないと、世界の修復能力に負けて拡散してしまう。とはいえ、技術自体は第二次情報革命の時に証明されているから、こっちの方がリアリティはあるかもね。必要になるエネルギーが膨大すぎて、実用化することはできなかったけど。で、後者の場合、電脳化はこの世界を造り替えているっていう説が主流かな。物質をエネルギー体に変換して、それを再び物質化させることで、アナザーワールドに対応する世界を現実に作っる。『物体=エネルギー』っていう方程式自体は、二十世紀の時点で証明されていたわけだしね。けれど、それにはやっぱり、膨大なエネルギーが必要になる」
「なんだか、SFの物語みたいな話ですね」
「それを言うと、電脳化なんていう状態が、すでにSFだけどね。ま、それはともかくとして、もう一つ受け売りの仮説があるんだ」
後輩二人は理解しようと必死になっているけれど、正直話している僕自身も何が何だか分からなくなっている。凰花なんて退屈そうに頬杖をついている。
「もう一つと言っても、二つの仮説を合わせただけなんだ。ポイントは、技術的に確立していること。エネルギー。って言うことかな」
「と言うことは、物質をエネルギーに変えて、それで、投射と上書きのエネルギーを補っているということでしょうか?」
「なるほど、逆転の発想ってことね」
真紀ちゃんの言葉に、凰花が相槌を打つ。
「半分正解。でも、それだけじゃ完璧じゃない。
電脳世界は、特有の法則を持ちながらも、基本的には現実世界の法則に従っている。例えば、水は高いところから低いところに流れるし、木や花はいつか枯れる。もちろん、アナザーワールドが、現実世界に空想を混ぜて作った舞台なんだから当然だね。で、ここで重要なのは、電脳世界においても現実世界の法則は完全に失われてはいないということなんだ」
「えーと、それは今の話とどういうふうに関係しているんですか?」
「そう思うのも仕方が無いかも知れないね。でも考えてみてよ。プログラムが現実世界に行う上書きは、仮初めのことでしかないんだ」
「焦らしてないでさっさと正解を言いなさいよ」
焦らしているわけじゃなくって、みんなにも一緒に考えて欲しいだけなんだけどなぁ。と、溜息をつくが、三人とも頭の中はパンク状態らしい。
「現実世界には、現実世界の法則が歪められた時にそれを本来あるべき形に直そうとする力が働くってことだよ。現実世界に無理矢理ねじ込まれた仮想世界は、現実世界によって本来あるべき姿に直される。第二次情報革命でも、この『原初の力』とも言える世界の修正能力のせいで、仮想を現実にする技術はかなり長い間足踏みをしてきたみたいだね」
「だから、本題を言いなさいって言ってるでしょ!! 要らない知識で余計な混乱を生むなっての!!」
「まあまあ、そんなに怒るなって。つまりさ、ある物体から変換されて生み出されたエネルギーを現実世界にプログラムを投射するのに使うっていうのが一つ目。そして、プログラムを世界に定着させるために、エネルギーを目当ての物体に再変換するというのが二つ目で、この二段構えで電脳世界は成り立っているんじゃないかってことだよ。ある程度形ができていて、その枠にエネルギーを当てはめるだけなら、物体化に必要なエネルギーは大幅に削減できる……らしいからね。僕の読んだ資料による……と」
と言ってはみたけれど、三人の頭からはすでに煙が上がりそうだった。
「で、ここから、人が電脳世界に取り込まれたときの話に戻るわけ何だけど……実はそろそろ授業が終る時間なんだよね」
楽しい後輩育成のための授業は、残念ながら、あと五分ほど。いくら何でも、この短時間で話をするには、話の種が大きすぎる。僕が話しきれる時間も、彼らが理解する時間も無いだろう。
「も、申し訳ないですが、今日はこのくらいにしといていただけると嬉しいです……」
「私も、頭の中がこんがらがってしまって……」
「オーケー、分かったよ。時間があれば、今日やった内容に突いて、参考資料でも送っておくよ」
二人は、ありがとうございます。と言って、頭を下げた。
「お疲れ、祓センセ」
「凰花も、もうちょっと仕事してくれないとさぁ」
「わたしはほら、実技でビシバシするから良いんだよ」
「お前に扱かれるのだけは勘弁だわ」
一生懸命思考を整理しようと、電子ノートに向かってグチャグチャ書いている二人の前で、なんとくだらない会話をしているんだろうか。と思ったところで、ベルが鳴った。
けれどそれは、張り詰めた緊張をふっと解きほぐすような、授業の終わりを知らせるベルではなかった。
『警告。警告。緊急クエスト発生。緊急クエスト発生。ランクはB、ランクはB。Aランク以上の討伐者は、至急、本部に集合すること。繰り返します……』
なんだかんだと言って、雑然としていた教室は、一瞬の間に、張り詰めた空気に支配される。
ガタン。と、椅子を引く音がした。
「行くわよ」
深緑の瞳に、僕は頷く。
それは、戦いの始まりをもたらす、鐘の音だった。
2017/08/01 修正大筋に変化なし。