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CC討伐戦線  作者: 天飴 編雨
物々しい幕開け
2/14

 世界各国に突如として出現した電脳界と、Cyberサイバー-Creatureクリーチャーと名付けられた『もう一つ(Another)(World)世界』におけるモンスターに対抗すべく、それぞれの国と地域では迅速に対抗機関を立ち上げた。


 日本では、公私の協力の元で「C(society)C討(of Cyber)(-Creature)協会(annihilate)」。通称『SoCCA(ソーカ)』なる機関が設立され、東京を本拠として、大阪、名古屋、札幌、新潟、仙台、岡山、熊本の八カ所に、CC(サイバークリーチャー)討伐拠点と呼ばれる施設が作られた。『ゲーム世界のモンスターを討伐するならばゲーム世界の住人を』と言う名目で、全国各地の名のあるプレイヤーが討伐者(バスター)として集められ、同時に、後進への育成も行われた。


 一五歳になる年の秋。僕は地元岡山に設立された対CC戦線第七拠点への入隊を願い、そして受理された。

 興味と関心から入隊したけれど、一年と半分が過ぎた今、僕は大戦力(ランカー)と呼ばれるくらいには強くなっていた。


 けれど、強いことと大事なものを守れるかどうかは別問題だ。

 大切なものを守るため、僕は、僕らは、今日もまた。電脳世界にログイン(ダイブ)する。

 


◆   ◆   ◆


 空は、僕をあざ笑うかのように晴れ渡っていた。

 浮遊する雲が、風に乗ってゆっくりとどこかに飛んでいく。あれは、デジタルなのだろうか。それとも、自然現象なのだろうか?

 太陽から受ける無尽蔵の熱と、背中に当たるチクチクとした芝生の感触を感じながら、大丈夫。まだここは現実世界だと確信する。仮想世界では、ここまで細やかな感覚を再現することはできない。


 五月の風が可もなく不可もなく、僕の体を通り抜けていく。


 日向ぼっこはなかなかに気持ちよく、もういっそ、このまままぶたを閉じて、睡魔に身を委ねてしまえよ。という、悪魔の耳打ちがもう百回は聞こえた気がする。

 最初は次の授業があるからと、丁重に断っていたけれど、さすがに僕も根負けして「ちょっと、ちょっとだけ……あと十分したら起きるから……」と、瞼を閉じることわずか五秒後。


「ゔぅ……」


 突然腹部に鈍い痛みを感じて、その瞼を開くことになった。


「何ぼやっとしてるの。次の授業遅れるわよ」


 呆れ半分、怒り半分くらいの割合かぁ。と思いながら、僕は僕をたたき起こした少女を見返した。艶やかな銀髪は、毛先のあたりだけ少し緑みがかっている。くいっとした釣り眉に、切れ長の目。深い緑色の瞳は、残念ながら今は僕を睨みつけている。日本人離れした、というか、人間離れしたその容姿も、電脳世界に幾度となく出征している討伐者ぼくらの中では、珍しくない。


「さっさと起きなさいよ。ダラシない。後輩育成の授業で先輩が遅れてちゃ、示しがつかないでしょ!!」


 言われてから気づいた。そういえば、そんなものもあったなぁと。

 電脳世界の敵、Cyber-(サイバー)Creature(クリーチャー)と戦い、強くなるコツは、ひとえに実践するに限る。いくら現実世界で知識を積み重ねたとしても、体を動かすのは向こうの世界なのだから。しかし、初心者だけで電脳世界に飛び込ませるには、向こうの世界は少々危険すぎるため、上級生から優秀な者を選抜して、同行させるのだ。教官がすべての討伐者バスター見習いの相手をできるほど、人材は居ない。


「ま、それは置いといて、今日の下着はピンク?」


 僕の目の前で仁王立ちしていた少女は、顔も真っ赤にしてスカートを抑えるのかと思いきや、かわりに僕の耳から数センチのところめがけて右足を振り下ろした。


「…………」

「何か言いなさいよ。変態」

「ふ、太ももが……」


 まで言ったところで、今度は左足が持ち上げられたので、今度は急いで起き上がって渾身の踏みつぶし攻撃を躱す。


「いやあ、ごめんって凰花。でも、もうちょっと女の子であることを自覚してもらいたいっていうかさぁ」


 僕は、地面に落ちている電子ノートを手に取って立ち上がる。これがたぶん、さっき凰花が僕の腹に落下させたものなのだろう。

 立ち上がった僕の目線は、それでもこの少女の目線にぎりぎり届かない。別に、僕が小さいわけじゃない。凰花がちょっと大きいだけだ。


「だまれよ、チビ」

「チビじゃないし。魔王がちょっと大きいだけだ――グハッ!!」


 予備動作なしで起動した悪夢のような回し蹴りが、僕の腹にクリーンヒットした。


「私の名前は、廻間はざま凰花おうか。いい加減、その呼び方やめてくれる?」


 二度三度とせき込みながら、僕は頭の中で、だって、はざ間凰(魔王)じゃないか。と、愚痴る。それに、電脳世界のアバターの役職も、《魔王》なんだし。

 もっとも、こんな風に、本人はこの渾名あだなを大層嫌っている。いくら腐れ縁の幼なじみだっていってもなぁ。ここまできつく当たらなくても良いのに。


「何涙目で見上げてんのよ。女の子じゃないんだからこのくらい我慢してよ。ほら、行くわよ」

「な、泣いてないし!! これは、生理現象だし!!」


 なんていう僕を、さっさと身をひるがえして数歩進んでいた彼女は、ふたたびこっちを向いて、不満げに言い放った。


「あんたのせいで授業遅れたら、明日の昼ご飯おごりね。それと、今度クエストに付き合ってもらうから」

「前者は可として、後者は断る」

「何でよ」


 眉間に皺を寄せる凰花に、僕は当然だというように口を開く。


「だって、どうせまたあれなんでしょ? 伝説級武器レジェンダリーウェポンでも取りに行く気なんでしょ? 上位飛龍種に肉弾戦挑みに行くようなクエストなんてもう絶対嫌だからね!!」

「あ、あれは、クエスト進めていったら、最後の報酬をもらうためにはああするしかなかったかったんだからしょうがないでしょ?

 それに、ちゃんと生きて帰ってきたんだからいいじゃない!」

「あれはたまたまだって、何度も言ってるじゃん? 運良くカウンターが当たったからイイ物の、もし外れていたら……」

「……いいでしょあたったんだから」


 少し投げやりになった凰花に、僕は一段トーンを落とした声で口を開いた。


「あの世界で死んだら、こっちの世界でも死ぬんだから。十分の一の確率で死ぬとか、そういうのはやめてくれよ」


 さすがの凰花も、これには黙って頷くことしかできなかった。

 電脳世界での死は、現実世界での死。

 自ら進んで行うデスゲーム。僕らは日々、命を懸けて戦いをしている。


「ま、死者を減らすための後輩育成だし、そろそろ授業に行きますかね」

「あんた、ほんと調子いいんだから」

「でも、あと五分しかないなぁ。結局遅刻かぁ」


 腕時計を確認しながら、ぼく小さな溜息を吐く。


「走れば何とか間に合うんじゃない?」

「基地内、普段は走ったらだめだし」

「じゃあ、スキップ」

 僕は、頭の中でスキップしながら講義室に直行する自分の姿を想像して、首を横にぶんぶんと振った。いや、これはないだろう。


「見た目よりも、間に合うことの方が大事。あんたがしないなら」


 といって、凰花は僕の手首をつかむ。


「うお、お、おい! やめろって!」


 ニヤッと、笑う凰花の表情のあと、僕の視界は空を向いた。

 そしてぼくは、ものすごい速さでスキップする凰花に引きずられるようにして、目的の教室まで向わなければならないのだった。

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