prologue
『電脳化』という現象が初めて観測されたのは、二十二世紀に入って間もないころだったといわれている。それから人類は今日に至るまで、自らが育て上げた二進数の世界と戦い続けてきた。
きっかけは、二十一世紀末に日米共同で開発された、あるVRMMORPGだった。タイトルは『もう一つの世界』。
世界各地の神話と寓話を織り交ぜて作られた圧倒的スケールの世界観、そして胸高まるバトルから日常生活の再現までプレイヤーにゆだねられた自由度の高さ。
ゲームと分かっていても、そこにもう一つの世界があるのではないかと見間違うほどの完成度は、数ある仮想現実型のゲームの中で光り輝き、発売当初より多くのプレイヤーを魅了した。
事件は『もう一つの世界』発売の十年後。アップデートにアップデートを重ね、ファンを取り込み、ついに世界中でVRMMOといえばこのゲームしかなくなってしまうような圧倒的な人気を勝ち取ったころだった。
数年に一度行われている大型アップデートが行われた翌日に、世界は脅威に晒された。
現実世界において最も分かりやすい事例を挙げるとするならば、ニューヨークマンハッタンのビルが再び――今度は突如として現れた巨大な生物によって――燃え盛る鉄塊に成り果ててしまったということだろう。
人々はそれを見たことがあった。
ごく少数ではあったが戦ったことすらある者もいた。
鈍く煌めく深紅の鱗。見る者に畏怖を植え付ける黄金の双眸。そして、燦々と輝く太陽すらも飲み込むような、圧倒的な存在感。
見紛う筈もない、“もう一つの世界” に君臨する神話級モンスター、神炎竜プロメテウスの雄姿だった。
この日、仮想現実は現実になった。
今や、神話やお伽話は架空のものでなくなった。
その全ては0と1の世界からの来訪者で、しかし、紛れもない新たな世界の創造者だった。
変わり切ったこの世界を、彼らを作り出した筈の人間は、いつからか「電脳界」と呼びはじめた。