自業自得な貴族様
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉっ!?」
ガタン。と馬車が大きく揺れる。
その拍子に少女の手のひらから、ジャラジャラと床に硬貨が落ちる。
金、銀、銅と馬車の中でも鈍く光る硬貨は、乗客の足の間を抜けあちこちに散らばっていく。
「あわわーーー!!あたしのお金ぇーーー!!!!」
少女は人の視線も気にせず床に這いつくばり、硬貨を拾い始めた。
「ああ、ごめんだわ。ちょっと足を退けて欲しいんだわよ。」
一応と言った感じで軽く断りを入れながら、少女は硬貨を次々に拾い上げ、袋にしまっていく。
乗客の大半が苦笑いを浮かべ、その少女を憐れみの目で見ている。落ちた硬貨に拾う価値が無い、と思っているわけではない。しかし、あまりにも必死に集める少女の姿に、卑しい、とそう思ってしまったのだ。
少女が乗る駅馬車は[銀]クラス、中流層が乗る馬車である。
言わば金持ち未満、貧乏人以上が乗る物であり、けして富に恵まれた富豪達が乗り合わせている分けではないのだ。
乗客の大半は少女と同じ状況になれば、間違いなく同じ事をする同種の人間であり、言うに事欠いて少女に卑しいなどと言える程ご立派な精神など、誰一人持ち合わせていなかった。
にも関わらず「卑しい。」と、誰が呟いた。
その声はゆっくりと他の乗客達の中に染み込んでいった。
誰が正当化したのを切っ掛けに、乗客達の雰囲気が憐れみから、怒りへと変わった。
その乗客の中でも一際不機嫌な男がいた。
ヴィアイン男爵家当主、マクガバン・オズワルド・ヴィアイン。数多いる地方貴族の、その一人である。
◇━━━━━━◇
マクガバンは苛立ちを隠せずにいた。
なぜ貴族である自分が、こんな程度の低い奴と、同じ馬車に乗らねばならないのか、と。
ヴィアイン家の治めるゾーカの町は、長年続く天候不良の影響から、作物が不作し税収は減るばかりであり、ヴィアイン家は衰退の一途を辿っていた。一時は中央の貴族と肩を並べる力を有していたが、今となっては過去の栄光でしかない話しだ。
勿論、防ぐ手立ては合ったのだ。魔法使いによる天候操作である。元々優れた土地では無かったゾーカの町は、古くから魔法使いの力を重要視してきた。栄養の無い土地を魔法使いが活力を与え、度重なる水害を魔法使いが防いできたのだ。
しかしマクガバンが当主になって以来、魔法使いを雇わなくなった。理由は報酬の高さからであった。確かに数字だけ見れば、魔法使いへの報酬はヴィアイン家の財政を圧迫していた。何せ、ヴィアイン家に入る筈の金銭、その約二割が魔法使いの手元へ行っていたのだから。
マクガバンは魔法使いへの報酬を下げる事を一方的に告げた。すると反発した魔法使い達は次々とゾーカを離れて行った。結果、ただの一人もゾーカの町に残らず、たった一年でゾーカは立ち直れない程の痛手を負うことになるのだ。
当初、マクガバンは金食い虫がいなくなったと、浮いた金銭をどう使うか思案に明け暮れていた。しかし、そう暢気に構えて居られたのも、そう長くは続かなかった。
魔法使い達の恩恵はマクガバンが考える以上だったのだ。
一年で田畑は痩せてしまい作物は著しく減った。
二年で町は水害に見舞われた。それも一度や二度ではない。雨の季節に三度、収穫の季節に一度それは起こった。
三年立つ頃には、田畑は完全に死に、町は度重なる水害で半分が流されてしまった。まともに作物など育てられる環境で無くなったのだ。
その現実を突きつけられた時には、何もかもが遅かった。
中央政府から補償金を得る事で、何とか町の体裁だけは保ってきたゾーカの町。そんなゾーカの町に業を煮やした中央政府より最終通告が言い渡された。それは、ゾーカ町が現状の回復を見込めぬ場合、当地者であるヴィアイン家の領地の取り上げと爵位の返上を申しつける物だった。
この段階に至ってマクガバンはようやくその重い腰を上げる。
しかし、貴族としてのプライドの高さだけが取り柄の男が、今更立ち上がった所で大した成果を上げる事も無く。マクガバンの政策はより町の現状を悪化させるだけであった。
いよいよ追い詰められたマクガバンはある手段を選択する。
そう、魔法使いへの依頼要請である。
しかし、またここにも問題が発生した。マクガバンの依頼要請に対し、誰一人として依頼受注の意思を示さなかったのだ。何故なら近隣の魔法使いにとって、マクガバンの名は忌むべき対象となっていたのだから。
依頼要請を無視され焦るマクガバンは、魔法使いとの直接交渉を試みる為、魔導都市に向かう事にした。
しかし、金銭面に余裕の無いマクガバンは、渋々[銀]クラスの駅馬車を利用する事になったのだ。
余りにも身勝手な苛立ちを辺りに振り撒くマクガバン。
そんなマクガバンの足元に金貨が一枚転がった。
◇━━━━━━◇
ギスギスしだした雰囲気の中、さらに少女は硬貨を拾う。
マクガバンの足元にある最後の金貨の一枚を拾う時、それは起きた。
ダン。とマクガバンが金貨を踏みつけたのだ。
そして少女を睨み付ける。
「足、退けて貰いたいんだわよ。」
「薄汚い貧乏人が。さっさと降りろ。不愉快だ。」
「はぁ?何言ってるんだわね?金なら払ってる。降りる理由は無いんだわよ。」
男は小綺麗な服を整え、胸元の紋章を見せてきた。
「私が言っているのだよ、ヴィアイン家当主マクガバン・オズワルド・ヴィアイン男爵がね。」
男が貴族である事を知り、乗客達の中に緊張が走った。
貴族位を持つものが乗る馬車では無いのだ。知らず知らずに貴族と同席してしまった事を後悔する乗客達。その表情は一様に優れない。
貴族を知らぬ民衆にとって、貴族など高慢ちきな厄介者でしかないのだから。
乗客達が静まりかえる中、少女は口を開く。
「ヴィアイン家?あんた、あの無能のマクガバンなわけ?あっはははははは!」
高らかに笑いだす少女。
乗客達は冷や汗を流し、マクガバンは眉を吊り上げ、顔を真っ赤に染める。
「貴様ぁ!!!」
「騒ぐんじゃないんだわよ。よくあたしを貧乏人呼ばわり出来たもんだわね?無能のマクガバン。権力者気取りたいなら身なりからちゃんとするもんだわよ。」
そう言って、少女はマクガバンの服を撫でるように触れる。
「生地が大分傷んでいるんだわよ?お求めならそこそこの服をそこそこのいい値で、恵んでやってもいいんだわね。誰に会いに行くかは知らないけれど、その格好じゃ誰も首を縦に振らないんだわよ。」
「き、貴様ぁ!!!わしを侮辱するか!」
マクガバンは激昂し少女の胸ぐらを掴む。
だが、少女は以前マクガバンに対し薄ら笑いを向ける。
「侮辱してるんだわよ。あれだけ土場があって、どうしてそこまで落ちぶれられるのか不思議でしょうがないんだわ。つくづく領民の皆様には同情を禁じ得ないんだわね。」
怒りの余り、マクガバンは護身用に持ち歩いていた短刀を抜き出す。
「小娘が!」
マクガバンが少女に短刀を突き立てる。・・・・が、短刀は少女の胸の前で止まった。
暴力に訴えたマクガバンの腕を、一人の男ががっしりと掴んでいた。
そう、乗客の中には例外と呼べる男がいたのだ。
貴族の権威などを意にも介さず、一連の騒ぎを完全に聞き流し、ただ眠り続けた男が。
「なぁっ!?」
驚くマクガバンをよそに、男は天井につくような体躯を重々しく持ち上げ、ゆっくりと立ち上がる。腕を掴み上げたままマクガバンを眼下に捉えると、大きく欠伸をした。
「なんの騒ぎだ?アウル。」
大男は少女に問い掛ける。
眠たげな目を擦り、自分の顔をわしわしと撫でた。
「その貴族様がちょっかい掛けてきたんだわよ。大した事じゃないんだわね。」
「・・・あ、そう。ならこのオッサンはなんでこんな物騒な物持ってんだよ?・・・・ふぁーーーあ。・・・どうせまたお前が突っ掛かったんだろ。謝っとけ。」
「侮辱してごめんなさい、だわよ。」
反省の色が欠片もない謝罪にマクガバンは再び声を上げる。
「貴族ぁ!ふ、ふざけるな!わしを誰だと思っている!ヴィアイン家を侮辱した罪は重いぞ!殺してやる、絶対に許さんぞ!!━━おい、デカブツ!何時までわしの腕を掴んでいる!放さんかぁぁぁ!」
メキィ。騒ぐマクガバンの腕に何かが軋む音が鳴る。
「ヒィギァァァ!?」
激痛がマクガバンを襲う。
目を見開いたマクガバンは痛み発生源に視線を送る。そこにはひっしゃげた自分の腕があった。
「あぁ。わりぃな。何せ、あの娘を守るのが仕事なもんでよ。殺すなんて言うもんだから、ついな。まぁ、これくらいなら大丈夫だろ。治療魔法一発で治るもんな?」
男は悪びれた雰囲気も無く、淡々と言葉を紡ぐ。
そんな男の得たいの知れない雰囲気に、マクガバンは言葉を失う。
「悪い事は言わねーからよ、殺すのは勘弁したくれよ。気に入らないってんなら、馬車を降りるからよ。」
「はぁ!?なんであたしがっもが?!」
男は少女の口を塞ぐ。
「なぁ、頼む。それでいいよなぁ?」
暗く淀んだ瞳がマクガバンを見詰める。
言い知れぬ不安がマクガバンを襲い、全身から汗が吹き出す。
ガチガチと歯が打ち震え、ガタガタと震える体を何とか抑え、マクガバンは首を縦に振った。
「あぁ。助かる。」
男は少女を小脇に抱えると馬車を降りていった。
◇━━━━━━◇
「・・・なんて事してくれるんだわね。あたしは悪くないのに。」
アウルは膨れっ面のまま炒り豆を口にほおった。
道端に腰を下ろしたアウルは、ボリボリと音をたて咀嚼し、怒りの程をオルファにアピールする。
「あーーー。あれだ、多分な、お前が原因だろ。」
「はぁ?そんな訳無いんだわよ。あたしは本当の事しか言ってないんだわ。」
「少しは気を使ってやれよ。貴族様はナイーブな生き物なんだから。」
「気を使う相手くらい選んでいるんだわね。あんな金に成らない奴、気を使うだけ無駄だわね。・・・・そう言えば、やけに寝起きいいんだわね?何時もなら、守る為に適当にぶっ飛ばしてしまうでしょうに。」
オルファは頭をかいた。
よっこいしょ。と、オッサン臭いかけ声と共に、アウルの横に腰を下ろす。
「あーーー。なんだ、殺気っつーか、悪寒っつーか、なんか感じたんだよなぁ・・・。」
「さっきの貴族?」
「いや・・・。もっと血生臭い奴。」
「盗賊の類い?」
「多分なぁ・・・・。まぁ、何にもないみたいだから、気のせいかもなぁ。」
欠伸を一つかいたオルファは何となしに空を見上げた。
するとそこに、空に立ち上る一本の黒い影を見つける。
アウルも気づいたようで、その影を見詰める。
「・・・・あっちって、さっきの馬車が向かった方向だわね。」
「盗賊・・・だろうな。さっきの気配は斥候のかもな。」
アウルは炒り豆の入った袋をオルファに差し出す。
袋を差し出されたオルファは、一握り炒り豆を取り出すと、一粒ずつそれを食べ始めた。
「それ食い終わったら行くんだわよ。」
「助けんのか?」
「まさか。助けてなんの得があるんだわね。盗賊の物にならないと、あたしの物に出来ないんだわよ。」
「助けた恩賞とかあるんじゃねーか。」
「100助けても、1返ってくれば上等。それが恩賞だわよ?なんでそんな面倒な事しなきゃならないんだわね。」
「あーーー。ああ。お前に人情を説こうとしたのが間違いだった。のんびり行くか。」
立ち上る煙を肴に、ボリボリと炒り豆を口にほおるアウルとオルファであった。
マクガバン・オズワルド・ヴィアイン
人族 男
身長 170センチ
体重 86キロ
好きな物 お金 儲け話し
嫌いな物 貧乏 貧乏人 魔法使い
おまけ◇━━━◇
アウル「盗賊も今頃がっかりしている気がするんだわね・・・・。あんまり良い物持ってない気がするんだわよ、あの無能貴族。」
オルファ「アウルの見立てじゃ、何処かにそれなりの理由で向かってたんだろ?」
アウル「匂いがしないんだわよ。金のあの独特の、いやらしいような、汗と血の混じったような、そんな匂いが。本当、金も持たずに、何処に何しに向かってたのか、分からないんだわ。」
オルファ「あーーー。うん、そうか分からんかぁ。つーか、お前は金にそんな匂いを感じるのか。臭そうだ。」
アウル「え、良い匂いだわよ。」
オルファ「今度からお前の良い匂いは絶対信用しない。」
アウル「なんでっ!?」