初めてのお仕事
「で、改めて色々聞かせてもらうんだわよ。勇・者・殿!」
テーブルを叩きつけアウルが、がなり声を上げる。
今現在、アウルとオルファは神樹の森に最も近い町、ドルフと言う小さい町に来ていた。
その町唯一の酒場宿[眠り猫]にて、食事を取りながら話し合う事になったのだが、オルファは完全に料理に夢中になり、一向に話し合いは進んでいなかった。
「聞いてるんだわよ!勇者殿!!」
そんな苛立つアウルを眺めながら、オルファの手は一向に止まる気配を見せない。
「すんません。おかわり━━━」
「要らないんだわよぉぉぉ!!!ウェイター、持ってきたらひっぱたくんだわ!!」
「なんだよ。契約だろ。」
「うっさいんだわね!飯を食わせてたら何時までたっても話しが進まないんだわね!食いたかったら説明するんだわ!」
「あぁ、あぁ。はいはい。わかったから、そうガミガミ言うな。眠たくなる。」
「眠たくなる要素、ゼロなんだわよ!あと普通に食い過ぎだわよ!」
そんなアウルの叫びに、眠り猫のウェイターや客、厨房から顔をだした店主も、テーブルに盛られた皿の数を見て静かに頷いた。
◇━━━━━━◇
「まぁ、なんだ。どこから説明するべきか・・・・。そうだな、俺の壮絶な生い立ちから━━」
「そんなの聞いてどうしろって言うんだわね。そんな事より、さっきからあたしの体がやたらと重いんだわよ。その説明からするんだわね。」
「あぁ、それな。簡単に言うと、俺がお前の生気を吸いとっているんだ。だからだ。・・・・で次は」
「次はじゃないんだわよっ!?生気をなんだって言うんだわね!?吸いとる!?」
「おう。俺は怠惰の祝福があるからな、体動かすには人一倍エネルギーがいるんだよ。だから、お前から貰ってる。動かす為に必要な生気をな。生気ってのはわかるよな?人が生きてく為に必要な要素、主には考えたり、体動かしたりする時に使う力だ。生憎と、怠惰の祝福はこの生気を打ち消しちまう力があってな。体外から取り入れでもしない限り、俺の中で必要量生成するのが難しいんだ。」
「はぁ?つまりあんた、あたしの生気を使って、動いているわけ・・・・ん、つまりあれか、あんたが元気にしてる時はあたしが二倍疲れる、その認識で間違いないんだわね?」
「二倍で済めば良いけどな。」
あっけらかんと笑うオルファ。
そんなオルファをアウルは殴った。
ぐうで殴った。
オルファから笑顔が消えるまで、淡々と殴って殴って殴りまくった。
後にアウルは語った。
あの拳に後悔はないと。
◇━━━━━━◇
すっかり顔の形を変えたオルファは、水を飲んだ。
咽が渇いたからだ。
なにせ300年間、土の中で寝ていたのだから、腹も減るし咽も渇く。・・・・と言うのは嘘で、たんに怒るアウルを前に緊張から咽が渇いただけだ。
「さっさと、説明を続けるんだわよ。と言うか、いつの間にそんな仕掛けをしたんだわね?」
「あ、ああ。あれだ契約しただろ?あれだ。」
「はぁ?!何しれっとやってくれちゃってるんだわね!」
「あーーー。あれだぞ、へんな細工はしてないぞ。俺は契約の権利を利用してるだけで、契約は口頭で説明したとおりだ。アウルは飯を提供する。俺は守って、戦って、金には手を出さない。それが契約だ。俺がやってるのは裏技みたいなもんだ。」
アウルはオルファの胸ぐらを掴み上げ、顔を近づける。
「なら、今すぐ止めるんだわ。二度は言わないんだわよ。」
「あ、いや、でもな、説明出来なくなるぞ。この繋がりをきっちまうと、俺はまた寝っぱなしになる。」
「ちぃ。他に方法は?」
「あーーー。そうだな。二十人くらい魔法使いを雇って、強化魔法かけてくれりゃ、いける。」
「何処まで燃費悪いんだわね。」
「すまんな。で、話を戻すんだが。契約を結んだ者同士は互いの間に繋がりが生まれるんだ。その繋がりは相手の生死を確認出来る事は勿論、生気や魔力を譲渡する事も出来る優れ物でな。その繋がりを利用して、契約者から行動に必要な生気を貰っているんだよ。」
「繋がり?生気や魔力を流す繋がりを作る契約魔法なんて、聞いた事無いんだわね。」
「ん?あーーー。多分な、奴隷契約とごっちゃになってんだろ。あれは俺の契約とは別なんだよ。」
「違う?」
「俺の契約はあくまで対等な関係で結ぶ契約だからな。従者契約つってな、基本的には雇い主との約束どおり働くんだけどな、従者の最低限の権利、つまりは生死の問題に対して、雇い主は最低限の保障をしなきゃならない契約なんだな。」
「・・・・まさか、あんた。生死の問題、つまり雇い主が払うべき必要な保障、それを生気にしたって事だわね?」
「まぁ、そう言う事だ。俺にとっちゃ動けない事は即刻死に繋がる。飯も食えなきゃ、息も出来ない。つまりは生きられない程の状態だって事だ。だからある程度は権利として、アウル、お前から生気を吸えるって事だ。よろしくな。」
そうにこやかに笑うオルファ。
差し出された手は、料理を手掴みして食べていた事で、油でギトギトしていた。
アウルは殴った。
勿論ぐうで殴った。
オルファに仕掛けられた罠とも言える契約に、どうしようもない程の怒りを覚えながら、アウルは殴った。
気の済むまで。
◇━━━━━━◇
「・・・・というか、あんた300年もどうやって生きてたんだわね?年齢も馬鹿げているけど、生きていけない程怠惰に過ごして無事なのはおかしいんだわよ。」
アウルは拳についた血を拭う。
流石に殴り過ぎて痛くなってきたので、回復薬を塗り込む。安いやつだ。
「んーーーー。まぁ、無事って言うのも、変なんだがな。怠惰は祝福なんだよ。良くも悪くもな。」
「答えになっていないんだわよ。」
「怠惰は俺の精神面や状態だけに影響している訳じゃないんだよ。肉体にも、それ以外にも大きく影響を与えてんだ。・・・・そうだなぁ、例えになるか分からんが、今すぐ死ぬって奴が二人いるとするだろ?その片方が怠惰の祝福を受けたとする、どうなると思う?」
「・・・まさか、怠惰をかけられた奴が」
「そう、怠惰をかけられた奴が遅く死ぬ。長さまでは分からないけどな。まぁ、餓死でさえ、300年で足らなかったんだ。そうそう死なねぇだろうな。」
「エルフと良い勝負しそうだわよ。」
「本当にな。あとなんかあるか聞きたい事。俺の激動の戦記でも語ろうか?」
「そんなの要らないんだわよ。それより━━━」
ガシャァン。
突然、酒場宿の窓が割れる。
何か投げ込まれたようで、アウルはそれを見る為、視線を向ける。
そこには鈍い光を放つ銅の短管筒が落ちていた。
アウルは口角を上げ、オルファに目を向ける。
「細かい事はまた後で聞くんだわね。まず、契約通りやって貰うんだよ?あたしを守るんだわ━━━」
轟音と共に、短管筒から炎が溢れ出す。
直ぐ様、酒場宿は火に包まれた。
逃げまどう人々を尻目にオルファに庇われ、煤ひとつない綺麗な顔でアウルは笑う。
「言うだけあって、しっかりやるんだわね?」
「あぁ。約束は守るさ。さて、アウル。次は何をしたら良い?」
アウルは外にいる、粗末な皮鎧を着る小汚ない男達に視線を向ける。手に錆び付いた剣を持ち、下卑た笑みを浮かべる、そんな何処にでもいる、程度の低い男達に。
その中の、つい先日までお世話になった、冴えない男がひとり混じっていた。
「まず、あたしをこの火の海から助ける事。そして、ケンカを売ってきた奴等に思い知らせてやる事。」
「殺すのか?」
「いえ。殺さず思い知らせるんだわ。なぶり、脅し、心を砕き、人であった事を後悔させるように、徹底的に痛めつけるんだわよ。」
嬉しそうに笑うアウルに対し、オルファが露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「・・・・・趣味か?」
そうオルファが尋ねると、アウルがポカンと頭を叩いてきた。
「馬鹿言うんじゃないんだわよ!相手は盗賊なんだわよ、たんまり溜め込んでるに決まってるんだわ。アジトを吐かせて宝物も手に入れるんだわよ。それに従順な奴隷は良い値で買取りして貰えるんだわね」
「あーーー。そう言うの。はぁ、がめついねぇ。・・・・・まったく持って良い主人だ事。」
「そう思うなら、あたしから貰った分しっかり働くんだわね。」
オルファはアウルをそのまま抱え込むと、拳を一振りする。
凄まじい拳圧に火が霧散し、宿の火は一気に鎮火した。
抱えていたアウルを放し、オルファは焼け焦げた扉を蹴破り外へ出ていった。
店内で逃げ遅れていたウェイターの一人がアウルに訪ねた。
「貴女達はいったい・・・。」
アウルは満面の笑みを浮かべ言った。
「ただの金に意地汚い女と、300年寝太郎の怠惰な勇者様だわよ。」
そして外からは悲鳴と形容しがたい音が鳴り出した。
あまりの悲痛な音にウェイターは目を瞑り祈った。外にいる身の程知らずの馬鹿共の冥福を。
アウル「そう言えば、オルファはアッチの経験あるんだわさ?」
オルファ「・・・・なんだよ突然。」
アウル「いや、噂を聞いたんだわよ。」
オルファ「・・・・噂?なんだ嫌な予感しかしないな。」
アウル「童●も30年貫いたら、魔法使いになれるらしいんだわね。オルファ300年寝てたんだから、童●なら賢者くらいになってるはずなんだわよ。どう?」
オルファ「・・・・・ああ。うん。まぁ、あれだ、そう言うのは、まぁ、あれなんだが・・・・童●で無くても賢者にはなれる。これだけは真実だ。」
アウル「・・・・よく分からんだわ。」
ウェイター「小さい子に何教えてるんですか!?」