怠惰の勇者
「くふぅっ!」
アウルは一人泣いていた。
悲しかったとか、情緒が不安になったとか、そう言う分けではなかった。ただただ、物理的に痛いからだ。
肩に刺さるナイフは深々と刺さっており、一息には抜けなかった。早く抜かなければ回復薬も飲めず、耐えがたい痛みが続く事は重々承知はしているのだが、ナイフを動かした時に来る痛みにビクつき中々抜けずにいたのだ。
アウルは覚悟を決め、再びナイフの柄を握る。
「ひゃぅ!く、くふぅぅぅぅぅ。」
ナイフの刃が半分程抜ける。
アウルはそれを見て己れを奮い立たせる。
もう半分の痛みに耐える為、歯を食い縛り再びナイフの引き抜き作業に戻る。
「かはぁふぁっ!!痛っ、ああ!クソっ垂れ!!もぅ、もぅ、もぉおおおぉおお!!」
無事にナイフを抜ききったアウルは、怒りと共にナイフを投げ飛ばした。
直ぐ様、傷口に回復薬の半分を振り掛け、もう半分は飲み込んだ。
アウルが使った回復薬はグラウ草を素に調合した、4等級の一般的な薬である。効果は瞬時には現れないが、部位の欠損でなければ大体の傷を治す事が出来る薬だ。
アウルが所持している回復薬の中で、最も効きの悪い薬ではあるのだが、アウルは好んでこれを使っている。
理由は幾つかあるが、まず安い事が挙げられる。一般的な回復薬として、4等級の回復薬は1本1,000ギル程で買えるのだ。
次に挙げられるのが、効果の程度である。等級が上がる程、効果は強くなり、即効性も高くなる。緊急時に於いては、何より重宝する効果ではあるがのだが、平時に於いてはその回復力が仇となるのだ。回復力が高い程、それに伴う痛みがあるからだ。傷を治す行程が一瞬にして行われるのだ、傷の修復に於ける炎症は想像を絶する痛みになる。
アウルは自他共に認める程、痛みに弱い。
拷問なんてもっての他であり、その言葉だけでショック死する自信が在るほどに弱い。
そう言う意味ではアウルは限りなくヘタレなのである。
そんなヘタレなアウルであるが、事金が絡むと、彼女の精神は鋼の強度を得る。それこそ、ナイフで肩をぶち抜かれ脅されようと、尋常でない殺気をあてられようと、鼻で笑って悪態をつける程なのだ。
もっとも、今現在のアウルは、正真正銘ただのヘタレで、必死に痛み止めを傷口に掛けまくっていた。
そんなヘタレアウルが治療を終えた頃だった。
「そろそろ、どいて貰えるか。」
アウルは誰かに声を掛けられた。
その声に体をビクつかせ、アウルは跳ねるように立ち上がる。
「ふぇっ!?な、なんなのさ!?え、だ、誰?」
完全に気を抜いていたアウルは、腰が抜けかける程動揺した。
先程の緊張感ある猟犬とのやり取りがなければ、こんなにも機敏に動けなかっただろうし、立ち上がれなかっただろう。
「あーーーーー。なんだ、・・・・・ああ、駄目だ。めんどくせぇ。」
アウルは声の主を探し辺りを見渡す。しかし、それらしき人物は見受けられない。
そして声はそれっきりだった。
「・・・・・・いや、いやいやいや!!ちょっと!誰だか知らないけど中途半端はやめるんだわ!?何か言いたい事があったんでしょ!頑張るんだわよ!」
アウルが青筋を立てて叫ぶ。
すでにその顔に焦りや不安はなく、手には[緑翡翠短管筒]が握られていた。上位の風属性魔法が籠められた魔道具である。
そのアウルの叫びに応えるように、地面がゆっくりと盛り上がった。
アウルはそれを凝視した。
何せ今までの自分が腰掛けていた場所なのだ、背筋にいやな汗が流れる。
苔のびっしり生えた地面が、ゆっくりと割れていく。
地面から現れたそれは、巨大な影をアウルに落とす。
ゆうにアウルの二倍はあろう背丈に加え、露になったその体は、細身ながらも逞しい筋肉に包まれていた。
アウルは両の目を見開き、その男を凝視した。
突然の出会いに驚き、その巨体に戸惑い、その肉体に恐れた。
そして、何より。
「ぎゃぁぁぁぁぁーーーー!!!???あ、ああああああ、あんた!?あわわわわ、あ、な、なん、なんて格好してるんだわ!?」
男は丸出しだった。
「はぁわわわわ、あわーーー」
アウルはしっかりと凝視してしまった。
それはもう、しっかりと。
頭の中で、ファンモスと言う象に似た魔物がパオパオ鳴いている。長い鼻を揺らし、パオパオと鳴いている。
視線が一ヶ所に留まっている事に気づいた男は、その視線をゆっくりと追った。胸、腹、そして股間部。そこで男の視線が止まる。
「・・・・あぁ、あんまり見ないでくれるか。照れる。」
「だ、出しっぱなしの変態の癖に何言っちゃってんるんだわね!!」
アウルは混乱しながらも、マジックボックスに手を突っ込み安物のローブを引っ張りだす。
そして叩き付けるように、それを男に投げつけた。
「さ、さ、さっさとそれを着るんだわよ!変態!」
「ああ、すまんな。」
男がローブを纏い大型ファンモスが隠れ所で、ようやく落ち着いたアウルは大事な事に気づく。
「あんた、猟犬の仲間!?」
アウルは猟犬に狙われていた事を思いだし、目の前の男を警戒した。
この程度の事で心を乱し、一瞬でも警戒を解いた自分の甘さに吐き気がした。握りしめた短管筒に力が籠る。
そんな敵意のある目に晒されながらも、男は眠たそうな顔でアウルを見つめた。
「・・・・猟犬?・・・・俺、犬に見えるか?」
間の抜けた言葉がアウルに掛けられた。
相も変わらずボケッとしている男に、アウルはキョトンとしてしまった。
本気で言っているのだろうか。それは、猟犬のメンバーに見えますか?と言う意味で言っているのだろうか。・・・・・・いや、この男は多分違う。この男は━━━━━━
「・・・・・ほら、耳は顔の横にあるし、牙も尻尾もないぞ。」
犬じゃないよって言ってるだけだ。
「・・・・はぁ。なんかもう、疲れたんだわ。」
アウルから敵意が消えると、男は笑みを浮かべる。
「おお。分かってくれ・・・たか。あ、やべぇ。」
バタン。
アウルに覆い被さるように男が倒れた。
「はわぁ!?な、ななな、何するんだわ!?ちょっ!」
「済まん。久々に動いたから、・・・・つか、動きすぎた。・・・あーーー、悪いんだけど気力が回復するまでこのままでいさせてくれ、━━━あ、もう、駄目だ。話すのも、・・・・億劫に、な・・・・・・・・・。」
「ちょっと!ちょっと!き、気力が回復するまでって何だわね?!さっさと退くんだわ!お前、ちょ、こら、聞け!」
「俺、は、オルファだ。・・・・おやすみ。」
「おやすみじゃないんだわよ!?」
◇━━━━━━◇
何とかオルファの下から抜け出したアウルは、乱れた呼吸を整えた。そして、折れていた襟を正し汚れを払う。
アウルはオルファを見て首を傾げる。
おかしな男だと。
何が?と聞かれれば幾らでも有るのだが、特質すべきは男の放つ雰囲気だった。男の雰囲気はちぐはぐ過ぎるのだ。
体つきから戦士で在ることは間違いない。しかし、あまりにも纏う雰囲気が安穏とし過ぎていた。地面に隠れていた事から、暗部の人間かとも思ったが、それにしては隙だらけだし。それにあの腑抜けきった顔が、どうにもしっくりこないのだ。フリをしている線もあるのだが、地面に突っ伏して身動き一つ取らないこの男を見て、それは無さそうだと重ね重ね思う。
なら、この男は何処の誰で、何者なのだろう。
アウルは逆向きに頭を傾げる。
「へんな奴だわよ。」
その声に反応したのか、ピクリとオルファが動いた。
顔だけを億劫そうに動かし、アウルが見えるよに向きを変える。
「おお。待っていてくれたのか。あーーー、まぁありがとな。」
「別に待っていた訳ではないんだわね。ついさっき、ようやく、お前の下から這い出た所なんだわよ。それよりお前は何者何だわね?こんな所で何をしてたんだわね?」
「・・・・・・あーーー・・・・・。寝てた。」
「・・・・・はぁ?」
「・・・今何年だ?」
「?今?クリゴリオ歴1021年、火の月15日だわよ。」
「・・・・大体300年って所か。」
「お前、何を言ってるんだわね?」
「300年、寝てた。この場所で。」
「はぁ?」
オルファは体を起こし、地面に座り込む。
そして真っ直ぐアウルに体を向け、やけに真剣な顔で言った。
「俺はオルファ。300年前、勇者だった男だ。」
そんなオルファを、胡散臭げにアウルは見つめるのであった。
オルファ
人族 男 召喚者
身長195センチ
体重110キロ?
好きな物、睡眠、米、納豆。
嫌いな物、早起き、化粧臭い女、香水。