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その1。

何一つ真実でないし、何一つ嘘でもない。


この相反する、2つの事実が僕を苦しめた。


真実で無いのならば、嘘ということになるはずだ。


作られた、人為的な作為が嘘でないとはどういうことなのか。


これまでに起きた全ての事象は、真実でないとのことは認めざるを得ない。


だが、これから未来形でそれらの事柄が嘘でなくなっていくということか。


現段階ではまだ、嘘である可能性はある。


並んだ不可思議な文字列をズルズルとノートの隅に追いやり、ぼくはまぶたを閉じた。


斜め前の座席より、振り向く彼女の横顔がひどく恐ろしく見えた。


どうして、ぼくを苦しめることを喜んでいるのだろうか。


理解に至ることが出来ない。


彼女は数多くの男と噂が絶えない。


そんなある意味名高い彼女との交流について、ぼくはどうするべきか悩んでいる。


それまでは一度も言葉を交わしたことは無かった。


彼女が、通学路が同じであり、ほぼ同地域に住んでいることは知っていた。


男と一緒に歩いている後ろ姿を何度も目撃しているからだ。


一度たりともこちらを見たことは無かった。


僕は彼女を常に見ていた。艶やかな黒髪と、陶器の如く白い肌。そのコントラストにいつも見とれていた。


男と、一つの飲み物を交互に口にする姿に激しく胸がざわついた。


空気の如き存在である僕は、彼女に取って見えていない物だと思っていた。


だが、とある日のこと。


大雨の中、傘をさそうとも足元はずぶ濡れで、通学用のローファーは水が溜まりジャボジャボいうほどの状態で僕はいた。


もう一層のこと、傘を畳んでしまい、このままずだ袋のように重くなった全身を引きずって帰ろうと思っていた。


周囲の学生たちは、そんな僕のことに一度も目をくれることもなく。

やばいやばい。濡れる、濡れると、大はしゃぎに脇を駆けていく。


ぼくは全身、水たまりで、透明になっていた。


突如、ぐわっと身体に何かが当たった。

ぐわっと、という表現が適切だった。強いような、弱いような、不思議な力加減で僕の身体は何者かにさらわれた。


隣に彼女はいた。


笑いながら、僕の存在価値ゼロの傘の下に、潜り込んできたのだ。


その時のぼくらが何を話したかなんて何も覚えていない。

一言も話さなかったのかもしれない。


ただ、彼女のその時の眼、鼻、口、肌、髪、手、肩、まつげ、全てを克明に覚えている。


意識し、見たつもりはなかったのだが、全て鮮明に脳裏に焼き付いた。


それまでには一度も、彼女をそんな至近距離で見たことは無かった。


僕にとっては、空想の生き物のようなものだった。エルマーの冒険の竜のようなものだった。


それが、今ぼくの隣にいた。


雨に僕らは打たれ、笑いながら走った。


何度も転びそうになりながら、駆けて行った。


その時の彼女の頬に伝わる水滴、おでこに張り付いた前髪、その全てにぼくは心を殺された。



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