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ある夜の詩  作者: きぜと
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プロローグ

 夜が始まる気配を感じ、冬耶トウヤは目覚めた。

 天涯付きの寝台から体を起こすと、なにかがもぞもぞと足下で蠢く。見れば、シーツの一部が盛り上がっていて、それは小さな雪山のようであった。


「……メル」


 冬耶はその雪山に声をかける。


「む、むぅ、ご主人様?」


 呼びかけに雪山は答え、またもぞもぞと動き、そしてふわりと潰れた。

 その場所には、山の代わりに黒い小犬が座っていた。幼いが、その天を付く両耳は猟犬を思わせる。


「下界は、何刻だ?」

「いま、ですか。西暦……だと2008年の……3月の……26日、です」

「そうか。少し、永く眠りすぎたか?」

「は……い。30年ぶりの……お目覚め、で……むぅ」


 黒い小犬ーーメルはひどく眠そうだった。

 冬耶は怪訝に思う。


「どうしたのだ、メル。休息が十分ではないのか?」

「いえ、あの、ご主人様がお休みの間に襲撃者が度々ありまして……つい二日前も、狩人が3人程」

「なんだと?」


 メルは主人が殺気を帯びたことに気づいた。


「人間が、我が城に侵入したのか?」


 冬耶は突如眼を血走らせ、メルの首を鷲掴みにする。

 小犬は軽々と持ち上げられ、苦しさから悶えた。


「ご、主人、さま……おやめ」

「貴様、人間に侵入を許したのか? 我が寝所を侵させたのか?」

「い、いえ」

「では、」

「迷宮で食い止め、ました」


 それを聴いて、冬耶は落ち着いたようだった。

 乱暴にメルを下ろす。

 彼は人間を嫌う。

 その憎しみは尋常ではなかった。

 吸血鬼である冬耶が人間を好むはずもないのだが、それでも彼の人間に体する憎悪の情は常軌を逸していた。



「出るぞ」


 その後、身支度を整えた冬耶は、丈の長い真紅の外套で身を包み、寝台の脇に建てられた姿見に向かう。


「どちらへ?」


 メルがそれに従った。


「なに、食い意地の張った知音を尋ねるだけだ」

「オルフォイス様ですか?」

「ああ。あの化け猫はまだ生きているだろう。

 そうそう殺されるヤツではないからな」


 冬耶は過去を思い出したのだろう、くつくつ、と笑う。

 妖猫・オルフォイスは吸血鬼・皇冬耶スメラギトウヤの知古であり、夜の世界に広く知れ渡る魔獣である。

 2者は友人であると同時に敵であり、敵でありながらも気を許した仲であった。

 幾百の夜を戦い、幾百の夜を語らう。

 それが2者の間柄。


「はあ、あの方はご存命だと思います。訃報は聞こえませんし、先日、といっても3年前に一度、ご主人様を尋ねていらしましたし」

「尋ねてきた? あれがか?」

「はい」

「用向きは」

「『ヒマだから、寄ってやった』と」

「ほう」

「それで、『客人に対してもうけもできぬとは無礼な』とおっしゃいまして、食料庫を空にしてしまわれました」

「は、ヤツらしい」

「本当に、遠慮を知らぬお方です」


 メルはオルフォイスという名の巨大な化け猫に対して好感を持っていない。

 もともと犬と猫。相容れぬのかもしれない。


「補充に苦労いたしました」


 聞いて、冬耶は声高らかに笑った。

 実に楽しそうだった。

 メルは心の裡で嘆息する。

 主人は好きだ。主人と出かけ、主人の為に働く。

 使い魔としてこれほどの幸せはない。

 しかし、化け猫オルフォイスに会いにいくことだけは気が引けた。

 心底苦手なのである。


「では、行こうか」

「はい」


 内心渋々であることを悟られぬよう、メルは首部を足れた。

 冬耶は姿見に向かい呪文を唱える。 


「鏡面にて饗応せよ。

 我は夜の契約者。

 皇冬耶。

 真名を闇の精へと奉りし者也。

 鏡界に結びし標よ、我を導け」


 詠唱が終わると、姿見の鏡面が朱色の光を放ちながら波打った。

 真紅の夜を纏う者。そう呼ばれる吸血鬼は満足げに頷く。

 そして、鏡の中へと身を沈めた。

 真紅にまつろう黒犬、メルもその後に続いた。


 光が消えれば、そこには闇に沈んだ冷たい寝所があるのみだった。



ありがちですが吸血鬼モノです。

「小説家になろう」上での執筆は初めてになります。

感想をいただければ幸いです。

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