影、歩む
読み終えて、なんとなく静かな気持ちになってもらえたら、嬉しいです。
夕暮れ時に読むのが一番かなぁ。
下りのエスカレーターが静かに流れていく。ほとんど揺れもなく、ただ流れに任せて体を運ばれながら、立ち並ぶ人の列の中心でぼうっと地面を待っていた。
そのまま溢れる水のように駅を出ると、カッと赤い光が視界を焼いた。思わず目を眇め、手で影を作る。輝かんばかりに燃える夕陽は、幻想的ではあるが目の毒だ。
そうして足を止めたからだろう。後ろから更に排出された人の体が、肩を軽く打った。何をそんなに急いでいるのか、ぶつかった男性はなにも言わず、そそくさと早足に駅前を抜けていく。
邪魔になることもそうだが、人ごみが嫌になり、脇道へと逸れ、線路脇の道へと入る。そこはマンションや民家に囲まれているせいか人通りがなく、すぐ傍の喧騒が幻であるかのように消えていく。思わず安堵の息が漏れた。
安心するとドッと疲れが体を襲い、道の脇で休むように足を止める。線路を背後に薄緑色の柵に寄りかかり、もと来た道を何とはなしに振り返る。
既に人の海は落ち着きを取り戻し、今はなだらかな波に変わっていた。これなら向こうから帰ってもいいかな、と深く考えるでもなく思う。この、まるで白いチョークで線引きされたような、静かで緩やかな場所で休んだら。そう、向こうから。
深い意味はない。ただ、少し疲れただけだ。そしてぼうっとしていると、ふと帰路を辿る彼らの視線が気になった。
彼らはどこを見ているのだろう。前か、下か。少なくとも上ではない。前を見ているなら、今の自分と同じだ。見えているのは変わり映えの無い日常だろう。ほんの少しだけ上を見ているなら、真っ赤な夕日が見えているかもしれない。ああ、いや、それはないか。夕日は少し、眩しすぎる。なら、下は? 下を見ているのは、どうしてだろう? 何を見ているのだろう?
視線を下げ、地面を見る。アスファルトと空からの赤い光が混ざり、なんとも言いがたい色合いを演出している。その光景は、どこかで見た覚えがあるのに、言葉に出てこない。このもどかしさは何物にも耐えがたいものがあるのは、よく分かっている。いっそのこと諦めてしまえばいいのだが、そうすると今度は胸の奥でいつまでも、まるで焚き火の中で燻り続ける枯れ葉のように残り続けるのだ。だから簡単に諦めることも、ましてや悩み続けるのも遠慮したいもので、できる限り早く、自分の頭の中で解決することを祈るしかない。
もやもやした思いを抱えたまま、もう一度人々に視線を戻す。
足早に歩く人々。帰路がそんなにも嬉しいのか、それとも早く歩くのが好きなだけか。分からないが、彼らは忙しなく動き続ける。
そんな彼らの足元で、躍動的に動くものを見つけ、少しだけ驚く。それは真っ黒で、薄っぺらくて、表情もなければ存在すら乏しい。しかし、それでも彼らは舞っていた。黒と赤と、アスファルト。役者とライトと舞台。パッと頭に浮かんだそれは、僕の心に深くしみこむ。
道を歩く人々の視線を追い、足元を見る。静かに舞台で主役を張っている、人の形をした影。背が大きくて真っ黒で、薄っぺらいようで立体的。独壇場で踊っている。
なるほどなぁ、と頷いて、きっとみんな、影を見ていたに違いないと納得した。そして、いつもより少し静かな帰路に着く。
影は、足元で主役を演じ続けていた。
静かな気持ちになっていただければ幸いです。それでは。




