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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第一部
8/55

第8話

 西国分寺駅から中央線に乗り、速人ら三人は高円寺にやってきた。


 ニコは当然というか補習になった。机に向かって頭を抱えている大男を想像して速人はおかしくなった。本来なら速人も同じ立場だったはずなのである。


 金曜の夜なので、街はたくさんの人で賑わっていた。


 達也が適当に居酒屋を見つけてそこに入る。


 とりあえず三人とも生ビールを頼み、乾杯する。達也はこういう店に入ると、見境無く注文するので瞬く間にテーブルが皿で埋め尽くされた。速人はそんなに酒が強い方ではないが、仁科と達也はまさしくザルであった。酔ってくれば自然と会話が弾んでくる。


「とりあえず一週間たったわけだけど、速人君、任務はどうなっているかね?」


「隊長、現在、任務は仁科君に全て任せてあります」


 速人も少し酔っているので冗談に乗っかった。


「何ですか、それ。俺っすか。まあ順調ですかね。うちのクラス、本当アタリでして。凄い美人いますよ」


「知ってるよ、三上って子でしょ。俺らのクラスは男ばかりだから、そういうのみんな詳しいの。お前らから、いつ情報提供があるのか試してたんだけど、全然ないし。やる気無いだろ、君たち。ちなみに俺の調査結果によると、一番人気は三上涼子、二番人気はね、速人わかるか?」


「そうやって俺に振るところを見ると、あの子だろ。上本茜。違うか?」


「正解。俺らが最初に知り合ったやつ。やっぱり俺の目は正しかった」


 よくわからないことで達也が胸を張る。


「そうなんですか。八尋さん、あの上本って人と仲いいっすよね。話してる時、一緒にいましたけどかなり気に入られてますよ、あれ。それにさっきメールしてましたよね。もしかして、あれもそうなんじゃないですか? なんか様子が変だったし」


 仁科が余計なことを言う。速人は、自分の携帯を煙草と一緒にテーブルに置いていたのだが、まずいと思った時にはもう遅かった。達也が素早くそれを手にとって、ニタニタと笑いながら大仰にのぞき込む。


「なるほど、しっかり連絡先まで聞いていやがる。どういうことかな、速人君」


「いやさ、実は初日にお前がちょっといなくなった時、向こうからくれたんだ」


 仕方ないので正直に話すと、達也はことさら大袈裟に天を仰いだ。


「まさか、そういうやつだったとは。仁科君、わかっただろ。この男はこういうやつなんだよ。気をつけた方がいいよ」


「でも、どちらかと言うと八尋さんより、向こうが気に入ってる感じでしたよ」


 今更かばおうとしたのだが、内容的には少しもかばっていないことを仁科が言う。


「それ全然、慰めになってないから。ああ、あの巨乳が速人の魔の手に……」


「渡ってねえし、触ってねえよ」


「一回も?」


「一回も」


 吹き出しそうな顔を仁科がしている。


「そういや、あの三上さんって凄いサバサバした性格なの知ってます? あんなに美人でスタイルいいし、見た感じだけだと冷たそうじゃないですか。全然、そんな感じじゃないですよね」


 くだらない問答を遮るように仁科が言った。


「そうなんだ、あの美貌でねえ。是非、仲良くしたいもんだね。速人さ、罪滅ぼしする機会をあげてもいいんだけど」


「何の罪滅ぼしだよ。まったく。一応、話せるくらいにはなったからさ、今度何かあったらお前にも声かけるから」


「本当に頼むよ。少しは俺にもオアシスを分け与えてくれ。オアシスどころか水たまりすらないんだから、俺のとこは」


 急に哀願口調で達也はせがんだ。


「お前の情報網に竹本久美子って名前ないの? ちょっと小柄で聡明そうな人」


 仕返しとばかりに速人が仁科のお気に入りの名前を出した。


「うん? ああ、耳にしたかも。その人がどうかした?」


「仁科君がえらく気に入ってましてね。こないだなんて俺を追っ払うために、無理矢理バスケの試合に出させて、自分は二人でコートの横で楽しそうに話してましたよ。ちゃんと見てたんだから、俺」


 悪意たっぷりの声で速人は言った。


 仁科は何か言おうとするが、咄嗟には上手く返せなかったようだ。


「つまりはお前ら二人とも、楽しくやってるってことだな。結構なことですよ。君たち、一度、携帯の辞書か何かで〝友達〟って言葉の意味を調べてみてくれよ」


 仁科と速人は顔を見合わせて、笑った。


「わかったから。今度、絶対何かあったら声かける。約束する」


 隣で仁科が何度も頷く。


「機会は待つものじゃなく作るものだってわかってるよな?」


「よーく、わかってます」


 二人揃って同じ答えをする。見事にハモった。


 無駄話が一段落ついたところで、仁科が真面目な話題を出した。


「実際のところ、会社についてどう思います? 俺は結構、気に入りましたよ。ブラック企業とか多いですからね。社員にこれだけの教育期間をくれるとこなんて滅多にないと思います」


「確かにそうかもね。と言っても俺、就職したことないからなあ。実感があんまりない。こんもんなのかなあって」


 確かに達也は就職したことがなかった。元々、そんなものが必要な人間ではないのだ。


「えっ、そうなんですか? 結構、いい待遇だと思いますよ。給料とかもいいみたいだし。ちなみに皆さん、ここに来るまでは何やってたんですか?」


 多分、今までも聞きたかったであろう質問を仁科がした。


 達也が速人に目線で尋ねる。即座に頷き返す速人を見て、達也が言った。


「速人とニコはね、国防軍の海兵隊員。俺は大学院とか行ってたからこの年まで働かなかったんだ」


 仁科は、少しだけ驚いた様子だったが、それはまあ普通の反応だった。速人は所謂、強面の軍人風では全くない。叙勲も多数されているが、それをひけらかすことはなくむしろ隠してばかりいた。英雄は帰ってきてない、と言うのが速人の口癖だったのだ。


「そういうことだから、俺も達也もこういう企業で働いたことはないんだ。海兵隊と民間企業じゃ違いすぎるだろ。まあ教育期間という話だけだったら海兵隊の方が長いけどね。戦わない時は、ずっと訓練ばかりだったから」


 あまり好きな話題ではないが、こういう男友達とだったら大丈夫だ。もともと速人は海兵隊が好きだったし、誇りにも思っていた。ただ、あの戦いの後、やたらと持ち上げられたり、逆にうろんな目で見られたりすることに飽きただけだ。さらに最後の戦場で起こった出来事を思い出すきっかけになるのが怖いのも理由の一つだった。実際は思い出すどころか、忘れたことさえなかったが。


「そう言えば、速人さ、風呂どうしてたんだ? タトゥーでバレバレだろ。一緒に風呂行ってたよね。仁科君、気付かなかったの? 俺のクラスにも元軍人いるけど、これみよがしに見せびらかしてたぜ」


「一度だけチラッと見ましたけど。その後、ずっと肌色のテーピング巻いてるんですよ。まあ嫌なら聞かない方がいいかなと思いまして」


「なるほど、速人らしいや。でも仁科君、気にならなかった? なんでこいつ隠してるんだろうってさ。何者なんだろうって俺なら思っちゃうぜ」


「まあ確かに気にはなりましたけどね。でも一緒にいて、悪い人じゃないだろうって。何て言うか、そういうのってわかるじゃないですか。そんだけですよ」


 確かに気の合う男同士というものは、短時間でも相手の本性みたいなものを苦も無く感じ取れる。何でわかるかと言われれば、そういうものだと答えるしかない。



 店を出て、三人で歩き始める。ケバケバしいネオンの間を先頭の達也は迷い無く進んでいく。すでに行く先は決まっているようである。


「そんで、どこに行く気なんだ?」


 一応、速人は聞いてみた。


「もちろん風俗。団体生活だと、さすがに溜まってくるだろ。ここらでひとつスッキリしとかないと。ねえ、仁科君、そっちの方はどうだい?」


「いいっすねえ。行きましょうよ」


 仁科はノリノリになっている。


 速人は微妙な気分だった。ある理由から行っても無駄だと思っていたが、軍隊での男同士の生活が長かったせいか、こういう時に〝俺はパス〟と言う男がどんなにつまらない男と思われるかを知っていた。それに達也が誘う本当の理由もわかっていたのである。もちろん自分の欲望を満たすという目的もあるが、達也はいつも一石二鳥を狙う。


 何人めかの呼び込みの誘いに乗り、『星のウサギ』という店舗型のヘルス店に入った。受付のそばには、本番強要の愚か者たちと書かれたコルクボードに何枚かの写真が貼ってあった。すべて男の写真で、必死に顔を隠しているが、顔を隠して尻隠さずの状態でかなりみっともない。


 写真指名ができるとのことで、達也と仁科は食い入るように写真を見ていた。すぐにお相手の女性を決める。速人も少しだけ見るが、すぐに店員に向かって言った。


「おじさんさ、俺には大人しくて気立てがいい子をあてがってよ。容姿は二の次でいいからさ」


 とっておきの子がいますよ、と店員の中年男は言う。大抵、こういうのは嘘である。こう言えば、所謂〝お茶ひき〟の子が来ることを速人は知っていた。それでいい、と彼は思う。


 呼ばれるまでの間、待合室で座っているとすぐに仁科が呼ばれた。


 二人だけになると、達也が速人に話しかけた。


「大丈夫そう?」


「どうだろう? まだわからないよ」


「やめた方がよかったか?」


 どうなのだろう。正直なところ、まだよくわからなかった。速人は曖昧な表情で小さく笑う。


 速人が呼ばれ、個室に向かった。狭い部屋にベッド。奥のガラスのドアは個室ごとの簡易シャワーだろう。何故か、本番禁止のヘルスなのにベッドのそばにいくつものコンドームが置いてあった。速人は同じような光景を何度もこういう店で見ている。それを見るたびに何故だろうと彼は不思議に思っていた。


 ベッドに座る風俗嬢はマコという源氏名だった。髪は薄茶色で肩までくらい、顔はまあ十人並みといったところか。年は三十前くらいに見えた。この店では年長の方だろう。挨拶する感じがとても柔らかい。あの店員、ちゃんとリクエストを守ったらしい。速人はとりあえず満足した。


 服を脱がせられてシャワー室へと手を引かれる。速人はなすがままに身体を洗ってもらっていた。


 一通り愛撫を受けるが、彼の気分は全く盛り上がっていなかった。


「もういいよ、大丈夫、君のせいじゃないんだ」


「えっ、でも……いいんですか。わたしじゃダメでしたか?」


「ううん、そういうのじゃないんだ。とにかく君のせいじゃない。疲れてるみたいでさ」


 なるべく彼女を傷付けないように、速人は明るく言った。


「そうなんですか。じゃあマッサージでもしましょうか? わたし得意なんです」


 そう言うと彼女は、速人にうつ伏せになるように頼み、首や背中、腰などを揉み始めた。額から汗が出るほど、一生懸命に揉みほぐすマコの姿を見て、帰りに店員のおっさんに礼を言おうと速人は決めた。


 時間が来たので、速人は服を着させてもらう。


「ありがとう。何て言うか……気持ちよかったよ」


「今度はお疲れじゃない時に来てくださいね。サービスしちゃいますから」と笑顔で彼女は別れを告げる。とても気持ちのいい子だと速人は思った。


 受付へ戻ると待合室で仁科が座っていた。達也はまだ終わっていないのかその場にはいなかった。


「おじさん、凄くいい子だったよ。ありがとう」


速人は受付の中年男に近付き、それだけを言った。



 三人は店を出て、当然のごとく結果発表を始めた。風俗に男仲間といった場合、自分の相手はどうだったのか、という感想会は、ほぼ確実に行われる恒例行事である。


「いやあ、スッキリした。凄い可愛い子でさ、延長しようかと思ったんだけど待たせちゃ悪いと思ってさ。君らはどうだった?」


 満足そうに達也は尋ねる。


「俺も結構よさげでしたよ。胸、大きくて。少し太めでしたけど。いやあ、柔らかかったなあ」


 まだ感触が残ってるかのように仁科が言う。


「だから、君がそういうこと言うのは犯罪に近いって言っただろ。俺も、まあよかったよ。優しい子でさ。ニコも連れてきてやりたかったな」


 速人も半ば本気で答えた。確かにいい子だったのは間違いないから。


 そろそろ帰ろうと言う話になり、駅に向かった。かなり酔いも醒めてきたが、達也の提案で駅前のカフェに入ることとなる。偶然だが三人ともブラックを頼み、席に着いた。


 仁科と達也は、事細かに自分たちの相手について話していた。速人は、それには参加せず一人考えていた。


 性的不能。医者に相談した時は、薬の副作用で性欲減退、ED障害などになっている可能性があると言われた。最初はそんなものかと思っていたが、今では確実に副作用だけが原因じゃないと思っている。すべては他の問題と同じく、戦場から持って帰ったものだった。俗にPTSD(心的外傷後ストレス障害)と言われるものだ。生命の危機に何度も直面し、恐ろしく残酷な決断を迫られ、それを全て一人で抱え込んできた。最後の戦いで仲間はほとんど死んだ。部下も死んだ。自分は生き残っている。彼は優秀な兵士であり、それ故に生き残ったのだが、そういう男たちにしばしば見られるように、生きていること事態にある種、罪悪感に近いものを感じていたのである。


 彼の場合、普段の生活にはさほど影響が出なくなるようにはなっていた。普通に会話はできるようになったし、研修中でもそれなりに楽しくやれる。


 就職試験を受けることになった頃、速人は引きこもり状態だったが、受けることが決まった後、彼は生活を刷新した。身体を鍛え直し、医者にもきちんと通い、薬も今では飲まなくてもよくなっていた。やることさえ決まり、それに向かう意志さえ持てれば彼の様な人間は驚くほどのスピードで動き出す。元々、強靱な肉体と精神を持っているのである。それに達也の存在が大きかった。彼は色々な側面から速人の魂の復活に手を貸したのである。


 表面的にではあったが、彼は普通に生活ができるようになった。正確に言えば、彼は自らの苦悩を隠せるようになったのだ。よく知らない人間には彼が何かのトラウマを抱えているなんてわからないだろう。


 しかし、それでも奥底には簡単には拭い去れないものが存在した。繰り返し続く悪夢と、性的な不能。そして戦場で起こったある出来事が速人を苦しめ続けていた。何かの拍子で、彼の心は何度も闇の中に落ちていく。速人の場合、達也とニコだけがそれを知っていた。


 まあ、仕方ないか。速人は心の中で言い放った。悲しいがそう思うことしかできない。


 複雑な思いを打ち消し、気になっていたあの深夜の出来事について考え始めた。やはり、達也らにも話した方がいいかもしれない。ちょうど酒も抜けてきたことだろう。


「俺さ、ちょっと二人に話があるんだ。真面目に聞いて貰っていいかな」


 店に入ってから十五分ほどたった頃、速人は自分が深夜にみたものを話しはじめた。


 現実であれば不可解としか思えない一部始終を二人に聞かせる。最初は普通に聞いていた二人も、段々と顔が怪訝な表情になってくる。速人が話し終えると同時に達也が口を開いた。


「最初に確認しとく。それって寝ぼけてたとかじゃないよな?」


「多分、違うと思うんだ。俺もさ、最初は意味がわからなくて本当に自分が見たことなのか心配になったさ。自分の頭が大丈夫かも疑ったよ。けど、こうして二人に話しているとやっぱり実際に見たことだと思う」


  速人は思ったままを口にした。


「そうか。まあ本気で疑っちゃいないよ。お前が見たなら、本当に見たんだろう。でも、それが意味することが、いまいちよくわからない」


 達也は真面目になると、とても論理的な思考をする。事実、速人は達也ほど頭の回転がいい人間を見たことがない。豊富な知識と驚異の知性。彼を上辺の軽薄な態度だけで判断するのは間違っている。


「でも、研修所って夜、入れないですよ。門に警備員とかいるし。忍び込むのは、まあ可能だとしても、流石に車までは無理じゃないですか」


 仁科も、想像しながら意見を述べる。


「外部からなら難しいだろうね。でも内部だったら? 会社の人間がやってることなら車だろうが何だろうが簡単だろう。可能性としては、そいつらが夜中に具合でも悪くなったか。速人、そいつらの部屋は二棟一階の入口に一番近い部屋だと言ったよな?」


「ああ、確かにその部屋だった。暗かったが間違いない」


「どう受け取ればいいか、よくわからない話ではあるが知らない振りをするのも気味が悪いな。何より寝ているところに、いきなりそんなやつらが来るのは嫌だしな。俺は明日から少し調べてみるよ。意外とちゃんとした理由があるかもしれないし」


「そういうのは任せたよ」と答えつつ、〝ちゃんとした理由〟というのがどういうものだか想像してみたが、速人には浮かんでこなかった。


「もしもですよ、本来の意味での誘拐とか拉致とかだとしたら、うちの会社マジでやばくないですか。うおお、せっかく一流企業に就職したと思ったのに……」


 心配そうに仁科が言う。


「まあ、まだ何もわかったわけじゃない。色々と考えられるよ。例えば、その部屋のやつらがへんなクスリでもやっていて、誰かが密告したのかもしれない。ちょうどラリってる時だったのかもな。そういう場合、会社としては大騒ぎせずに処理するだろう。案外、月曜になったら解雇されてるやつがいるかもな。さっきも言ったが誰か具合が悪くなったが、騒がずに静かに対応したのかもしれない。意外と世の中の出来事にはちゃんとした理由があるものだよ。どんなに不可解に見えてもね。速人が見たのが昼間だったらまた全然違ったイメージがあると思う。俺たちの感じ方もね。とにかく今は情報が少なすぎて判断できない。そんなに心配することはないよ」


 仁科を気遣い、元気づけるように達也が言った。


 とりあえず研修所に帰ろうと勘定を済まし、駅に入る。切符を買い、改札を通って中央線乗り場で電車を待っていると、速人の携帯が鳴った。見ると達也からラインのメッセージが来ている。目の前にいる男からのメッセージを訝しげに見てみると、『さっきの店では大丈夫だったか?』とだけ書いてあった。


『×』とだけ入れて速人は返信した。


 その後は二人とも素知らぬふりをして、電車を待っていた。すぐに電車がホームに入ってきて、三人は乗り込む。座席は空いていて三人とも座ることが出来た。二人の真ん中に速人が座る。


 国分寺の駅に着く頃、速人の携帯が今度はメールの着信を告げる。両側の仁科と達也が、すぐに覗き込んできた。手で遮りながら、彼らに見えないように画面を覗き込む。


『楽しんでる? あたしは飲み会から抜けてきちゃった。今、立川なんだけど暇だったら一緒にどうかな。もし忙しかったら来なくても大丈夫だからね。連絡待ってまーす。』


 茜からだった。


 画面を見て止まっている速人に対してからかい口調で達也が言う。


「何だ、これは。羨ましすぎるぞ」


「うわあ、いいっすねえ。行くしかないですよ」


 速人は少し迷っていた。普通なら飛びつくであろう事態だが、先ほどの風俗店からどうも罪悪感にとらわれていた。一言で言えば、落ちていたのだ。話をしている時はいいのだが、黙って考えていると、どうしても、あの場面が浮かんでしまう。人柱のなかの中隊長。口元。うな垂れる頭。


 電車はそうしている間にも進み続け、西国分寺駅に着いていた。立川はこの先にあるので、行くつもりならここは通過しなければならない。


 達也は仁科を促し、ドアに向かう。速人の方に向けて、動くなよと言わんばかりに手の平を開く。


「とりあえず、行ってこいよ。女性からのお誘いを無下にするのはよくない。ちゃんと俺の為に人脈を広げておくように」


 それだけ言って達也らは電車を降りた。


 人脈だと? 女脈の間違いじゃないのかと、速人は思ったが、そんな言葉はないかと一人おかしくなった。何だかんだ言って、達也はこういう時、速人の後押しをする。あいつが行けというのだから、行った方がいいに決まってる。常に達也は、速人のことをよく考えてくれていた。今日のことだって、そうだ。失敗だったが、チャレンジしなければ治ったかどうかはわからない。


『とりあえず今から立川に行きます。少しだけ待ってて』


 速人は揺れる電車の座席に深く座り、メールを返信した。


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