第51話(最終話)
その日から速人たちは具体的な計画の作成に取り組んだ。と言っても実際はほとんど達也が立案したものに速人たちが首を縦に振るだけだった。
勤め人に飽きた若者たちが起業を夢見て色々と妄想するのと似ていたが、達也がいるだけでそれは実現可能な具体的なものに変わる。このような場合の達也の能力は速人らを凌駕していた。
速人が意見を言ったのは一つだけだった。
怪物退治については特に意見はなかった。その時に考えるしかない。それよりも普段することになる仕事のことが気になっていた。
速人はバイクや車などの整備は得意だった。ニコも家がバイク屋なだけに同様だ。どうせなら得意なことの方がいい。
速人がそれを言うと、それを聞いたニコが手を叩いた。
「そう言えば実家に帰った時、親父が店を閉めるって言ってたな。元々、そんなに景気のいい店ではなかったが、ここ最近は特に悪いらしい。うちの近くは土地もたくさんある。みんな買い取っちまえばいいんじゃないか?」
「それはいいな。お前の親父さんにも退職金代わりに金を渡せるしな」
速人は何も考えずに賛同する。
「あのさ、一ついいかな?」
茜が遠慮がちに言った。
「お金はどうするの?」
速人は黙り込んだ。そんな基本的なことすら考えていなかった。しかし達也がすぐにそれに答える。
「それは心配いらない。俺が何とかする」
「どうする気なの? もしかしてすごい貯金があるとか?」
茜はなおも質問を続ける。
「いいや、そんなものはないよ。ちなみに凄い名案があるわけでもない。困った時に誰でもすることをするだけさ。まあ、それについては俺に任せておいてよ」
「任せろって言うんだから、任せればいいんだよ」
速人は無責任だと自分でも思いながら言った。
茜はそんな速人を呆れた顔で見たが、達也が笑って頷くのでとりあえずは納得したようだった。
この様にして話は進んでいったが、意外なところで問題が起きた。
速人はできれば由紀には参加しないで欲しかった。ニコもそれは同じようだった。何と言っても彼女は未成年なのだ。しかし彼女は仲間に加わることを強く望んでいた。やんわりと速人とニコは反対を告げ、由紀を説得しようとしたが、彼女は頑として言うことをきかなかった。途中から達也も加わり説得を続けたがまったく効果はなかった。
「それじゃあ、いいです。海兵隊に入ってきますから。帰ってきたら仲間に入れてください」
挙げ句の果てに、そんなことまで言い出す始末だった。
これには速人も途方にくれた。茜もお手上げ状態のようで苦笑いしているだけだった。
拗ねる由紀をなだめつつ、この話は一度、棚上げしておくことで落ち着いた。
「そういや、達也さ、親父さんにはこの話はしたのか?」
速人は話題を変えたいと思いついたことを口にした。
「ああ、みんなが来る前にな。最初は反対されたが、何を言っても無駄だと思ったのか最後にはなんとか許してくれたよ。親父よりも兄貴の方が面倒だった。でも兄貴も家の仕事をしないで警察に入ったからな。そこら辺を攻めて何とか説き伏せたよ」
その時の苦労を思い出したのか、顔をしかめながら達也が答える。
まあ、反対するのが当たり前だよな。
速人はそう思ったが口には出さなかった。
達也には豊かな未来が約束されている。それも並大抵の豊かさではない。福永家は日本でも有数の富豪なのだ。そんな家柄の息子が命がけで怪物退治に乗り出そうと言うのである。損得勘定で言えば大損だ。
しかし達也は自分が何をしようとしているのかをしっかりと理解しているのだと速人は思っている。
達也はいつだって思慮深い。思いつきや軽い気持ちで何かを始める男ではないのを速人は知っていた。
進むべき方向を見付け、正しい道筋を作る。誰にでも出来ることではない。
福永達也の美点は数多くあるが、これこそが最も重要な部分だと速人は思うようになっていた。
速人が一人頷いていると、由紀と目が合った。まだ拗ねた顔をしている。速人と目が合ったことに気付くと、哀願するような表情で見つめてくる。
やれやれ、こいつは困ったぜ。
大抵の敵は打ち破ってきた速人にとっても今の由紀はかなりの強敵だった。
それからの数日、昼は自由に過ごし、夜はみんなで集まったりして瞬く間に過ぎていった。
茜は由紀と一緒に色々な場所へショッピングに行ったようだ。毎日、たくさんの紙袋と一緒に帰ってきた。その後、二人で部屋に籠もっていたのでファッションショーでもやっていたのだろう。二人は本当の姉妹のように仲が良くなっていた。
達也は川井と一緒にパソコンをいじっている時間がほとんどだった。早速、何かを始めようとしているらしい。
速人は一度、ニコを伴い八王子へ買い物に出かけただけだった。そこである物を購入したが、それ以外は地下のトレーニングジムでニコと一緒に汗を流していることが多かった。
夕食の後は毎日、達也の部屋に集まり、これからの計画を話し合った。
そして福永邸での最後の夜がやって来た。
その日の晩餐は、それまでよりもずっと豪華で速人らは存分に舌鼓を打った。
速人らは食事の後、総司郎や古宮に一人ずつお礼を述べた。何日も泊めてもらい、快適な時間を過ごさせてもらった。せめてものお礼にと茜と由紀が総司郎と古宮にネクタイをプレゼントした。もちろん不在の光司の分も用意してあった。和やかな一時。笑いの絶えない時間だった。
「わたしも君たちがいて、非常に楽しい毎日だったよ。何より若い女性が家にいるというのは華やかでいいものだね」
総司郎が笑顔で言う。言葉の後半部分で彼が達也の父だということがよくわかる。茜がそれを聞いて総司郎に向かって頭を下げながら笑いかけた。古宮も交えしばらく雑談が続く。
そのうち総司郎の雰囲気が少しだけ変わった。
全員がそれを察して静かに話を聞こうとする。
やがて総司郎は立ち上がり全員に向かって話し始めた。
「君たちがこれから何をしようとしているかは達也から聞いている。わたしとしては諸手を挙げて賛成とは言いかねるがね。しかし君らはすでに何を言ってもやめないだろう。でもこれだけは聞いて欲しいんだ。いつでもやめて構わないんだよ。それだけは忘れないでおいてくれ」
総司郎は言い終えると、再び椅子に座った。
誰も何も言わない。しかし速人は違和感を感じていた。嫌悪感に近いと言ってもいい。黙っていられなくなった。
「お言葉ですが、そんな甘い考えは持っていません。始めたら簡単にやめられることじゃないんです」
茜や由紀が息を飲む音が聞こえる。いくら温和だと言っても相手は大富豪なのだ。真っ向から福永総司郎に逆らう人間の数はこの日本にほとんどいない。
「しかし達也は商売を始めて、戦えなくなったりした後のことも考えていると言っていたよ」
総司郎はまったく表情を変えずに言った。
「未来のために道を用意しておくことは大事だと思います。でも、そこへいつでも逃げ込めるんだと思ってはいけないんです。結果としてそうなるかもしれません。しかし最初からそんなことを思っていては戦うことなんて無理です」
とんでもないことをしているんじゃないかと途中で思ったが、速人は思い切って言い放った。
こういう時に黙っていられればいいのだがと自分でも思うが、すでに後の祭りである。
「俺もまったく同じ考えです」
隣でニコがすかさず言った。速人の顔を見て表情を変えずに頷く。
少しの間、沈黙が訪れた。
いきなり総司郎が表情を崩し、大きな声で笑い始める。
「いや、すまなかった。君たちがそういう考えならいいんだ。試すような真似をして悪かったね」
速人はふうっと息を吐く。
まったく人が悪いぜ。
総司郎はわざとあんなことを言ったのだろう。覚悟の程を試したのだ。
「君たちのような仲間がいる達也が羨ましいよ。わたしも若かったら参加したいくらいだ。ただね、一つ気がかりなことがあるんだ。達也、お前のことだよ。私が何が言いたいかわかるか?」
問われた達也は怪訝そうな顔をする。
「お前は軍隊で訓練を受けていない。すると必然的に八尋君と田上君だけが危険なことをすることになるだろう。言い始めたお前が安全な場所にいるのはどうかと思うのだがね。それにお前はいつまでもこの二人に守ってもらうつもりなのか?」
総司郎は静かだが威厳のある声で言った。
速人はそれを聞いて心底、感心した。自分の息子なら誰でも安全な場所にいて欲しいと思うものだろう。ましてや達也は末っ子でとても愛されて育ったと聞いていた。しかし総司郎はあえて達也に厳しい言葉を浴びせた。心の中では息子に危険な目にはあって欲しくないはずだ。しかしそれでは筋が通らなくなる。
「そこでだ。お前はしばらく〝センチュリオン〟で鍛えてもらいなさい。せめて自分の身ぐらいは守れるくらいにね」
〝センチュリオン〟は民間軍事会社で福永財閥の系列企業だ。世界各地に支社が存在し、元兵士たちの再就職の場でもある。
「わかったよ。親父の言う通りだ。でも一つ問題がある。速人たちでは商売を始められない。始められてもうまくいかないだろう」
達也の言う通りだった。達也がいなければ計画のほとんどは実行できないことは間違いない。
「心配するな。古宮に手伝わせよう。彼の手腕はわかっているだろ? それに加えて仕事はいくらでもまわしてやる。場所にもよるが近くにある子会社の車の修理だけでも結構な収入になるだろう。だからお前は安心して体を鍛えてきなさい」
速人たちは顔を見合わせた。起業する前から顧客が決まっているとは何とありがたいことであろう。表の商売はほとんど成功することは間違いない。
「それで開業資金のことなのだが、何かあてはあるのかね?」
総司郎のその質問に速人の視線は達也に向かう。他の四人も同じように一斉に達也を見た。
「それなんだけどさ、親父、お金貸してくれない?」
これを聞いて速人は椅子からずり落ちそうになった。確かに達也は言っていた。
〝困った時に誰でもすることをするだけ〟だと。
お金に困った時に親に借りる。確かにどこでも行われていることだろう。しかし俺に任せろと言った割にはあまりに安易な達也の手口に笑いを禁じ得なかった。
「お前がわたしに金の無心とは珍しいな。それでいくら必要なんだ?」
「とりあえず……五億くらいかな」
今度は茜と由紀が椅子からずり落ちそうになっていた。速人は茜と目が合った時に、わざと目を大きく見開いてみせる。茜は口元で小さく笑みをもらした。
「五億か。貸せなくもないが、お前は一つ忘れていることがないか? まずはわたしから借りた一億を返すのが先じゃないのかな」
達也はそれを聞き、驚いた表情を見せる。
「何のことだかわからない。そんなの借りた覚えはないと思うんだけど……」
達也がそう言っても、総司郎はニヤニヤと笑うばかりで何も言わなかった。
すると意外な所から達也に助け船を出す人物がいた。
「旦那様。達也さんも真剣なのですから、お戯れもほどほどに」
執事の古宮が横から総司郎に向かって言う。
総司郎が笑って頷くと、古宮は一度、部屋から出て行き、すぐにノートパソコンを手にして戻ってきた。
「達也さん、十五歳の誕生日を思い出してください。旦那様が投資の勉強をしろと言われたのを覚えていますか? 一億円を元手にどれだけ増やせるかと言われたあなたは毎晩、わたしのところに来て色々なことを質問なさいました。そして実際に投資をしましたよね。その後、高校に入学され部活などが忙しくなり、わたしに任せたままになっていました。わたしはそれをずっと管理していたのですよ」
そう言って古宮はノートパソコンを達也に示した。
達也はそれを覗き見る。みるみるうちに達也の顔が喜色に染まった。
「親父、一億を返すよ。それと五億の話は忘れてくれ」
「返してくれるのか? 十年以上貸したのだから利子も相当なものだがお前は息子だからな。特別に無利子で勘弁してやろう」
そう言って総司郎は笑った。
古宮も笑いながらノートパソコンを閉じた。
速人たちは呆気にとられていた。何もかもがスケールが違いすぎる。
十五歳の誕生日に投資の勉強をするために一億円を与える総司郎。そしてそれを忘れている達也。
ちなみに速人の十五歳の誕生日に父親がプレゼントしてくれたのは内野手用のグローブだ。
「なあ、ニコ。お前、十五の誕生日って何かもらったか?」
「えっとな、たしかボロボロの原チャリだ」
「そんなもんだよな、普通」
言った後に気が付いた。
「十五歳だぞ。まだ免許持ってないだろ?」
「もちろんだ。免許は十六からだからな。そんなの当たり前だろ」
スケールは違うが、少しピントのずれたプレゼントを与える親は他にもいるようだ。
その後は再び雑談に興じていたが、やがてお開きとなる。
茜や由紀が入浴するために先に部屋を出て行く。
川井と達也も出て行き、速人とニコも立ち上がり部屋から出ようとした時、総司郎に呼び止められた。
「八尋君と田上君は少し残っていてくれないか? 二人に話があるんだ」
総司郎がそう言うので、速人とニコは座り直した。
「すまないね。呼び止めてしまって」
「いや、構いませんが。どうしたんですか?」
「息子の命を救ってくれたのはこれで二度目だ。前回、君たちは〝それは自分たちの義務だった〟と言って何も受け取らなかった。君たちがこういう時に金銭などを求めない男だということは充分にわかっている。しかしわたしも達也の親だ。何かわたしに出来ることがあれば言って欲しいのだが」
速人はニコと顔を見合わせた。ニコは困った顔をしている。速人も同じだった。
「俺たちは友達を助けただけです。気にしないでください」
そう言ったが、総司郎は引き下がる様子はなかった。
「由紀だ」
その時、短くニコが呟いた。速人もそれを聞き、すぐに思い付く。
「由紀のことなんですが、彼女をどこか普通の会社に就職させてもらえませんか? これからのことに出来れば関わらせたくないんです」
「西川さんか。そんなことなら簡単なのだが……。すでに本人から頼まれていることがあってね。彼女は〝センチュリオン〟に入りたいそうなんだ。わたしも止めたのだが、どうしてもと言われてしまって断り切れなかった」
あの小娘め。速人は舌打ちしたい気分になったが、そこまで由紀が決めているのなら仕方がなかった。
「それならせめて危険なことはやらせないでください。〝センチュリオン〟にだって事務員さんとかいますよね? そういう職種になるよう手を回してもらえませんか?」
「うん。わたしもそうしようと思っていたんだ。彼女も必死なんだよ。君らが彼女を関わらせたくという気持ちはわかる。でも彼女は君たちは家族のようなものだと言っていた。君らの役に立ちたいと。そんな彼女を無理矢理に引き離しても、彼女にとって辛いだけだと思うよ」
総司郎の言う通りだった。由紀を危険から遠ざけようとして彼女の意思を尊重していなかった。今は十九歳でも来年には二十歳になる。一度、〝センチュリオン〟に入るのもいいかもしれない。その後、彼女がどうするかを自分で決めればいいのだ。
「しかし君たちときたら。少しは何か自分たちのことはないのかね?」
総司郎が半ば呆れたように言う。
それを聞いて速人はあることを思い出した。
そしてそれを口にする。
「わかった。光司に何とかさせよう。そんなことだけでいいのかね? 田上君は?」
速人にはそれ以上、何も頼むことはなかった。
ニコも同じようで何も頼まない。
「まあ、いいだろう。でも忘れないでくれ。わたしはいつでも君たちの味方だ。何か困ったことがあったら頼ってきてくれよ」
そう言って総司郎は右手を差し出した。速人とニコは順番に彼と握手を交わす。
「これからも達也をよろしく頼むよ」
そう言った時の総司郎はただの普通の父親のように速人には見えたのだった。
翌日、速人たちは達也の運転する黒いRV車に乗り福永邸を後にした。
太陽が燦々と輝いている。
今日は亡くなった四人の墓参りに行くことになっている。
ちなみに速人らは四人の葬儀に参列できなかった。これにはある事情がある。
島で亡くなった犠牲者のうち、一番最初に行われた葬儀で事件があった。その犠牲者は女性で、その家の一人娘だった。家族は悲しみにくれ、葬儀は嗚咽の声に溢れていた。
しかし、その頃はまだマスコミ報道も過熱気味で葬儀の場にも大量のレポーターや記者が駆けつけていたのだ。無神経な質問でもあったのだろう。亡くなった女性の父親がマスコミの一人と乱闘騒ぎを起こしたのだ。
それがTVでも大きく報道され、ほとんどの犠牲者の家族は葬儀を近親者だけで行う家族装にした。
速人らの仲間の四人も例外ではなかったのである。
事前に古宮が遺族に連絡を取り、墓地の場所をすべて調べておいてくれた。四人とも実家は関東近郊であり、比較的に行きやすい場所だった。
朝早くから出発し、仁科、涼子、久実、彩菜の順番で墓参りをする予定だ。
それぞれの場所で、各々が悲しみや想いをそこに残していった。
仁科の墓では川井が泣き崩れ、何度も感謝の言葉を口にした。
涼子の墓では常日頃、クールな態度を保つ達也が人目も憚らず涙を流した。
久実の墓へ向かう途中、達也の携帯に古宮から連絡があった。どう言う訳か久実の墓で待っているとのことだった。
駐車場に車を停めると、古宮の姿がある。彼は挨拶をしたあと速人に近付いてきた。
四角い銀色のケースを速人に手渡す。
「旦那様から八尋さんに直接お渡しするようにと言われまして」
「わざわざ持ってきていただいてすみません。それにしてもこんなに早いなんて」
「宅急便で送るわけにはいかないものですからね」
古宮は微笑しながらそう言った。
「たしかにそうですよね。ありがとうございます」
速人も笑いながら頭を下げて礼を言う。
「それではわたしはこれで。達也さん、安全運転を心がけてくださいね」
そう言って古宮は自分の乗ってきた車に乗り込み、去って行った。
「速人、それって何なの?」
茜が早速、尋ねてくる。ニコ以外は中身を知らないのだ。
速人は笑ってそれには答えず、久実の墓へと歩きはじめた。
久実の墓はとても綺麗に掃除されていて、花も新しいものに変えられていた。しかしまだ花を入れる余地が残されていたので、茜が持ってきた花をその隙間に入れる。
香炉皿にはまだ煙を放つ線香が置いてある。
「古宮さんだな。俺たちも花を持ってくると思ってわざと一杯に入れなかったんだ」
達也の言葉に速人は頷いた。あらためて古宮の細やかな配慮に感心する。
順番に線香をあげた後、久実に別れを告げる。
速人は別れの言葉の他に、心の中だけで久実にある頼み事をした。
車に向かう途中で、管理人らしき人物がゴミを燃やしていた。強めの風が吹き、灰が空中に舞い散る。
茜が立ち止まりそれをじっと見ているので、速人もそこで歩みを止めた。
「どうしたの? そんなに見ちゃって」
「灰だよ。灰が飛び散ってる。光司さんの話にあったでしょう。灰が世界中に散らばったって」
「ああ、あの話か。あれは作り話だよ」
速人ははっきりと決めつけるように言った。
「えっ、どうして? 何か根拠があるの?」
「ないよ」
「だったらどうしてそんなにはっきりと作り話だって言えるの?」
「本当だったら気分が悪いから」
「何よ、それ。全然、理由になってないから」
「いいんだよ。どうせ確かめられないんだから。作り話だって決めつけておいてさ、間違ってたら〝ごめんなさい〟で済ませばいいんだよ」
茜はそれを聞き、微妙な表情をしていたが、すぐに笑顔になり速人の手を握った。
「そうね。みんな行っちゃったわよ。早く行きましょ」
そう言って速人の手を引っ張り、吹っ切れたように歩きはじめた。
車に乗り込むと、達也がナビを操作していた。
「八尋さん、それって何なんですか?」
由紀が速人の持つ銀色のケースを指差して言った。
「見たいの?」
由紀だけではなくニコ以外の全員が返事をする。
仕方なく速人はケースを開いた。
中身を見て茜が声を上げる。
「えっ、それって」
そこにあったのは久実から借りていた四十五口径の拳銃だった。
「大丈夫、弾は入ってないよ」
何事もないように言う速人。そのピントのずれた発言に茜と由紀は呆れた表情を速人に向けた。
「速人さ、銃刀法って知ってる?」
「銃を持っちゃいけないってことは知ってる」
速人はそう言ってケースを閉じた。
「それって警察に保管されていたはずだよな。さては親父に頼んだだろ」
達也が車を発進させながら言った。
「その通り。どうやったのかは知らないけどね」
「兄貴が何とかしたんだろうよ。たしか久実ちゃんの弟さんのだったよな、それ。家族に返すのか?」
「こんなもの渡されても困るだろ。これは俺が使わせてもらう。大丈夫さ、さっき久実ちゃんにこれからも借りるって言っておいたから」
これからやろうとしていることを考えれば、銃は必ず必要になるはずだった。別にこの銃でなければならない理由はないが、速人は久実から預かったこの拳銃を使いたかった。
そして二時間ほど車に揺られていると、最後の目的地に到着した。
速人はポケットの中のものを確認する。
五人は静かなその墓地の中を歩いていく。他には誰もいなかった。
彩菜の墓の前に付くと、由紀と茜が花を取り替える。
ニコがバケツに水を汲んできて、ひしゃくで花立てに水を入れる。
「彩ちゃん。ありがとうね」
茜は瞳から涙を流していたが、それを拭わずにしっかりと彩菜の墓を見て言った。
線香の煙が風に流されていく。
速人は彩菜の墓の前に立ち、思いがけずに彼女から告白されたことを思い出す。
彼女は愛を告白した後、自分の命をかけて茜を救ってくれた。
速人の最も大切な存在を守ってくれた。
それを皮肉なことだとは思わない。
運命的なものも何も感じない。
もし運命というものを司るものが存在し、そいつが彩菜を死に追いやったというのならば、そんなやつに用はない。
彼女はいつも優しかった。愛らしく笑っていた。
しかし彩菜の心の中には優しさだけではなく、勇気も存在していたのだ。愛らしい笑顔の裏にしっかりとした強さを秘めていた。
そういう人間は何も考えずに仲間を守る。彼女は対象が誰であろうと、身を挺して守ったはずだ。
彩菜は彩菜だった故に死んだのだ。
彼女のしたことはただそれだけのことなのだと思いたかった。
速人はその場でしゃがみ込み、ポケットからある物を取り出した。
それは銀のネックレスだった。
彩菜と一緒に八王子の町を歩いていた時に、茜へのプレゼントで買ったものと同じものだ。
あの時、同じものをプレゼントしようとした速人は彼女にたしなめられた。
〝同じもの付けてたらおかしいじゃん〟
そう言って彩菜は苦笑したものだった。
しかしもう彼女はネックレスを身に付けることはない。
「今回は受け取ってくれよな」
速人は小さな声で呟きながら立ち上がり、それを墓石の前にそっと置いた。
手が震えだしてきたので、強く拳を握りしめる。
彼女の笑顔が脳裏に浮かび、速人は知らない間に涙を流していた。
後ろを振り向くと、茜が頷くのが見える。他のみんなも黙って速人を見ていた。
すぐに顔を彩菜の墓に戻す。しばらくの間、速人はそこに立ち尽くしていたが、やがて涙を瞳に戻すように真上を見た。
心の中で彩菜に別れを告げる。そして墓を背にして歩き始めた。
みんなも後ろから付いてくる。
やがて広い道に出ると、自然と横に並んで歩くようになった。周りには背の高い木が植えられていて、それが日陰を作り出していた。
遠くを見ると暖かそうな日の光が差しているのが見える。
未来にも光が差しているのだろうか。それとも真っ暗闇なのだろうか。
速人にはわからない。
ただわかっているのは、それでも前に進まなければいけないということだ。
未来が暗闇だろうと構わない。
愛情や友情、人間としての思いやり。
それらが放つほんの僅かな光で暗闇を突き進めばいい。仲間がいればそれが出来る。
速人はしばらく歩き続ける。周囲から木が無くなり日陰から日向に変わった。
そこで立ち止まる。
「これから忙しくなるな」
全員に向かって言った。
「ああ、色々と大変だぞ」とクールに言う達也。
「頑張らなくちゃね」と優しい笑顔で言う茜。
「ああ、そうだな」と無愛想に短く言うニコ。
「気合い入れていきましょう」と小さな体で元気よく言う川井。
「仲間はずれにしたら許しませんよ」と上目遣いで言う由紀。
速人は一瞬だけ目を閉じ、そしてそれを開けながら笑みをこぼした。
「さあ、そろそろ出発しようぜ」
そう言って速人が歩き出した先は眩しいほどの太陽の光に満ち溢れていた。
了




