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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第二部
47/55

第47話

 速人はカウンセリング室と書かれた扉を閉め、廊下に出た。自然とあくびが出る。両手の指を絡め、腕を一杯に前に伸ばした。部屋の前にある椅子にニコがその大きな体を持て余すように座っている。手には写真週刊誌。その表紙には〝惨劇の島! 大量殺人の真実〟と大きく書かれていた。

「お疲れさん。どうだった?」

 ニコが立ち上がりながら尋ねる。

「別に何てことはないさ。お前と違って俺は慣れてるからな。適当に話して終わり」

「こういうのは初めてだが色々と聞かれるんだな。どんな夢を見ますか、なんて質問もあったぞ」

「何て答えたんだ?」

「南の島でレンタカー屋をやっている夢を見るって答えた。それを聞いて医者は難しい顔をしていたな」

 真面目な表情で言うニコを見て速人はつい笑ってしまう。

 もしもこの男がいなかったら。

 速人はニコに向けて両手を広げた。しっかりと抱き合い背中を強く叩き合う。いつもの挨拶だった。

 あの島から脱出して一週間が経っていた。



 あの日、速人たちが乗っていたヘリは、燃料が無くなる前に運良く一隻の漁船を見付けた。その船に近付き速人が海に飛び込んだ。いきなりの出来事にその船の船員は驚いたようだったが、速人が泳いで接近すると船に引き上げてくれた。人の良さそうな船長に事情を話し、船員の協力を得て何とか全員が船に乗り込むことが出来た。

 無線を借り、すぐに海上保安庁に連絡したがなかなか埒があかなかった。結果的に達也が自分の家族の名前を出し、警察庁の幹部である彼の兄と連絡がついた時から事態は有機的に動き始めることとなった。

 船はすぐに陸に向かって針路を変え、途中で海上保安庁の巡視船と合流することとなる。ニコはヘリが飛んだ距離と方角を飛びながら記憶していたので、島の位置はほとんどつかめていた。速人たちが巡視船に乗り込んだ頃には、達也の兄の手配により海保の特殊警備隊が別の船で島へ向かっていた。

 こうして彼らは無事に保護されのだが、島での出来事を説明するのは困難を極めた。特にシェイプシフターという化け物に襲われたという話はほとんど信じてもらえず、パニックになっていると思われたのか、優しい口調で「落ち着きなさい」と声を掛けられる始末だった。

 そうしているうちに達也の兄、福永光司が自ら事件に乗り出すことになった。速人も光司に会ったが、達也から軽薄さを抜き、その代わりに重厚さを加えたような達也の兄は一目で信頼できる人物だとわかった。達也や速人らから話を聞き、そのすべてに耳を傾けた彼は部下に手早く指示を伝えた。

「君たちはもう安心していい。すべてわたしに任せなさい」

 彼の言葉は決して高圧的ではなく、優しさに満ちていた。彼の言葉には重みがあり、それを聞く者に絶対の安心感を与えた。

 その後、速人たちは福永財閥が経営する都内の病院に入院することになった。

 達也は兄に事情を説明して、緊張の糸が切れたのか病院に向かう車の中で気を失った。高熱を発していたが、検査の結果は何かの病気ではなく極度のストレスと疲労が原因ということだった。

 茜や由紀も安全を確信して、今まで麻痺していたものが一気に襲いかかってきたのか頭痛や吐き気を訴え、精神的にも不安定になりベッドに伏すことになる。

 川井も同じような状態だったが、彼はさらに足首を骨折していた。精神的なショックと身体的な激痛が彼を苦しめることとなった。

 速人は身体的には何の異常もなかった。精神的に不安定になることもなかった。亡くなった仲間のことを思うと心が締め付けられるようになるが、それにじっと耐えていた。

 ニコも同じだったのだろう。二人は点滴をされながら眠る仲間の姿を静かに見守っていた。

 何日か経つと達也らも落ち着いてきた。少なくとも表面上は落ち着きを取り戻したかに見えた。

 後に光司から聞かされたことだが、島では死体と生存者以外は何も発見できなかったらしい。仲間の死体は全て収容された。不幸中の幸いか損傷も少なかったとのことだった。他の死体は身元がわからないほどひどい状態のものもあったらしい。

 驚いたことに速人らの他に二人の生存者がいたとのことだった。二人とも女性で、一人は精神のバランスが崩れ半狂乱の状態だという。もう一人からは何とか事情を聞くことができたらしい。彼女の話では、急に島から誰もいなくなったということだった。

 その近辺の島をしらみ潰しに捜索したところ、人が住んでいたと思われる島があったが、そこも無人の状態であったという。

 シェイプシフターの死体も幾つか発見され、調査中とのことだった。

 もちろんS&Sカンパニーにも捜査の手は入った。幹部社員のほとんどが行方不明になっていた。残っていた幹部は全てただの人間だった。しかし捜査しているうちに、幾つかの文書から彼らの行っていた犯罪行為を裏付けるものが見付かったとのことだ。

 S&Sカンパニーに関係する企業でも幹部や社員に行方不明者が何人もいるという話だった。それは国内に留まらず、海外にまで及んでいたということを聞き、速人はただ驚くしかなかった。

 結局、彼らは誰も捕まらず闇に潜んだのだ。

 速人は自分に化けたシフターを見ていたので、彼らが化け物だということをよくわかっていた。あれは変装とかじゃない。まさしく自分自身だった。そんな化け物なら存在を隠すことなど造作もないことなのだろう。

 光司の話ではシェイプシフターという怪物の存在は公表しないということだった。人間に化けられる怪物が潜んでいるということになれば、世間はパニックに陥るだろうという判断らしい。

 狂った集団による大量殺人事件ということにするとのことだ。

 マスコミはその猟奇的な事件にこぞって飛び付いた。速人ら生存者の名は伏せられていたが、この情報化社会ではそれもすぐに拡散される。それでも福永財閥の力なのか、病院に記者などが押し寄せることはなかった。

 そして数日が経過し、速人とニコはカウンセリングを受けることになった。このような事件に巻き込まれた場合、高い確率で精神的な問題が生じるという理由からだった。

 その他のメンバーも順番にそれを受けることになっている。速人は茜のことが心配だった。彼女が少しだけ落ち着いてきた時、病院のベッドの上で言った言葉が気になっていた。

「彩ちゃんはあたしをかばって撃たれたの」

 誰かの命の代わりに自分が生きていると思う辛さは速人にはよくわかった。自分もそう思っていたからだ。ましてや茜は兵士ではない。ごく普通の女性だ。彼女は今、どれだけ苦しんでいるのだろう。それを思うと速人は自分のことのように胸が痛んだ。

 自分のカウンセリング中もそればかりを考えていた。



「それで本当のところ、お前は大丈夫なのか?」

 ニコがあらたまって速人に聞く。ニコは速人がクラブ戦役の後、精神的にかなり弱っていたことを知っている。心配しても無理はないと速人は思った。

「どうだろうな。全員を助けられなかったし」

「それは俺も同じだよ」

 ニコはそう言って、視線を斜め下に向けた。ニコの歯痒い気持ちが痛いほどに速人にはわかった。仲間を救えなかった苛立ちが心を痛めつける。それでも何とか耐えている自分が不思議だった。

 こんなものは決して強さなんかじゃないはずだ。

「何だろうな。何で俺たちは大丈夫なんだろう。みんなはショックを受けて寝込んじまった。俺たちはそんなことはなかった。どうしてだろうな」

 質問と言うよりは独白に近い口調で速人は言った。同じ口調で更に続ける。

「死体を見慣れてるからか? そんなことじゃないよな。俺たちは辛い思い出が多すぎるんだ。きっと人間の心なんてものは、楽しいことも辛いことも限界が決まってるんだよ。俺たちは辛いことがたくさんあった。今回、またそれが加わった訳だ。だから薄まっちまってるんだろう」

 ニコはそれを聞き、視線を速人に戻した。

「そうかもしれないな。みんなの方が普通なのは確かだ。俺たちの心はどこかがズレちまってるんだろうよ」

 そう静かに言うニコの言葉に速人は頷いた。そう、俺たちの心はもう傷付く余地が他のみんなと比べてずっと少ないのだろう。しかしすぐに速人は思い直す。

「だけどさ、ニコ」

「でもな、速人」

 二人とも同じような言葉を同時に口にした。ニコが手の平でどうぞと促す。

「過ぎたことをグズグズ悩んでる場合じゃないよな。俺は茜やみんなのおかげで立ち直れた。あの研修中の一ヶ月で確かに精神的に救われた。今回のことだって辛い。死ぬほど辛い。だけど、今度は俺がみんなの助けになる番だ」

「そうだな。みんなは俺たちよりもずっとショックを受けてるはずだ。殺されそうになったり、仲間が目の前で死んだんだ。達也以外は初めての体験だろうよ」

 確かに全員を助けられなかった。それは辛い。仁科ともっと馬鹿な話をしたかった。美しい涼子が意外と三枚目なところをもっと見たかった。久実と軍隊あるある話をしたかった。彩菜に関してはちょっと速人は複雑だが、それでも彼女と一緒に色々なことをしたかった。一緒に笑いたかった。

 自分たちがもっとうまくやれたなら。その思いは消えることはないだろう。しかし、それはもう起こったことなのだ。どんなにここで愚痴ってみても何も変わらない。

 速人はずっと戦いの後、トラウマに悩まされてきた。それを立ち直らせてくれたのは、達也であり茜であり、あの一ヶ月を過ごした仲間たちだ。

 あの頃は一人でずっと悩み続けた。けど何も変わらなかった。過去に囚われ続け、起こったことを何度も繰り返し思い出して苦しみ続けた。自分が陥った心の深淵に仲間が落ちるのを黙って見ているわけにはいかない。

 速人は人と人との繋がりの大切さをやっと理解した気がしていた。

 自分以上に大切な存在がいる。それが速人がクラブ戦役から帰ってきた時と現在との違いだった。そしてその違いが速人の心を強くさせていた。救えなかった後悔はある。いなくなったみんなの顔がちらつく。しかし自分よりもっと辛い思いをしている茜のことを思えば、以前のように落ち込むわけにはいかないのだ。彼女を支えてあげなければならない。

 人はきっと一番辛いことに支配されるのだろうと速人は思った。二番目に辛いことは耐えられるのだ。速人にとって茜は自分より大切な存在である。だから自分の心の痛みは二番目になる。

 愛情や友情、色々な言葉で表されるが、人同士が寄り添うのはそれが理由なのだろう。お互いが自分より大切な存在だった場合、自分自身の精神的な問題は常に二番目になる。二番目だから乗り越えることができる。一人じゃ無理なことでも二人なら。心から寄り添うことができる相手がいれば、お互いがそれぞれ強くなれる。

『自分だけじゃ無理な場合だってあるのよ』

 茜が以前、速人に言った言葉だ。

 彼は目を閉じて、少しだけ笑った。目を開けると、ニコもわずかに笑っていた。

「部屋で指をくわえて後悔し続けるか、みんなの支えになるかのどっちかだな」

 ニコが首を少しだけ傾けながら、優しく言った。ニコはいつも物事を本質的に理解している。

 この質問は速人が所属していた部隊でよく使われていたものを少しだけ変えたもので、こういう場合にはうってつけの儀式だった。

 危険な任務に向かう時に上官は速人らに向かっていつもこう聞いたものだ。

 〝指をくわえて震えているか、勇気を出して一暴れするかだ〟

 答えはいつも同じだった。今回も同じだ。

「指をくわえていいのは赤ちゃんだけだ。それで俺たちは?」

「赤子じゃない」

「だったら答えは決まってるな」

 速人はそう言って右の拳を握り、ニコの目の前に出した。ニコも同じように拳を握りそれに軽く当てる。

 そして二人はお互いに頷きあい、前に向かって歩きはじめた。


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