第45話
速人はジッポでカーテンに火を付けた。下から上へ炎は勢いよく跳ね上がる。燃え落ちたカーテンの破片がベッドのシーツの上に落ち、そこにも炎は広がった。全開に開け放った窓から大量の煙が狼煙のように流れ出し、部屋中に焦げ臭い匂いが広がる。
すぐに炎は部屋中を駆け巡り、窓の外にも溢れ出していく。
ちょっとやり過ぎたかもしれないな。速人は思いのほか広がる炎を見てそんなことを思った。
しかし、これなら合図には申し分ないはずだ。
あらかじめドアのそばで待機していた茜と由紀を促して、部屋の外に飛び出した。
まだ宿舎内は騒ぎになっていない。防火施設などは整っていないようで、スプリンクラーなどが作動する様子もなかった。違法な建築物には違いないがそんなことは些細なことだ。この島自体が化け物どもの巣窟なのだから。
速人は茜と由紀を伴い、廊下を走っていく。その時、外から銃声が聞こえる。一度ではなく何度も。窓から外を見ると、ニコたちが走っているのが見えた。
合図はうまく伝わったらしい。にわかに宿舎内が騒がしくなる。狙い通りだった。
幾つかの角を曲がると、茜たちが捕らわれていた部屋の前に辿り着く。その時だけ、速人は茜と由紀の後ろについた。銃で脅しながら歩かせている振りをする。そこには先刻と同様、見張りの男がいた。銃声が聞こえたのかさすがに今は座ってはいない。
「おい。外で何かあったみたいだぞ。それに何だ? この焦げ臭い匂いは?」
男は速人に向かって言ったが、速人は首を横に振って何もわからないといった仕草をした。
「とにかく女どもを部屋に戻せよ」
そう言ってドアを開けようとして、背を向けた男の頭に速人は四十五口径を押しつけ、引き金を引いた。ドアが開き、それに続いて男が前のめりに倒れる。速人はその体を足で部屋に押し込み、もう一発撃ち込んだ。男が持つM4カービンを奪い、予備の弾倉をマガジンポーチから抜き取る。そして流れるような動作で銃床、いわゆるテレスコピック・ストックを適切な長さに調整する。M4A1は一発ずつ発射するセミオートと連射が可能なフルオートが選べるが、速人はセレクトレバーをセミオートにあわせた。
建物の外から聞こえてくる銃声はさらに激しさを増していた。慌ただしく階段を降りる音や、怒号が耳に飛び込んでくる。
「少しここで待ってて」
速人は茜と由紀を部屋に残して廊下に飛び出た。見える範囲には誰もいない。窓から再び外を見るとニコたちが釘付けにされているのが見える。
早く援護しなくては。入り口付近には七人ほどの敵がいた。何人かが地面に倒れているのが見える。ニコが倒したのだろう。敵があまり組織だって動いてないのを見て速人は鼻で笑った。しかしあまり時間はない。外に狩りに出て行っている連中も戻ってくる可能性もある。
その時、階段の方向から足音がするのを速人は聞き取った。まだ宿舎内に残っているやつがいるらしい。角を曲がって、現れたのは教官役と思われるシフターだった。
「黒田! こんなとこにいたのか。人間どもが攻撃してきたよ。何を考えているんだか」
その男はまるで危機感を感じていないようだった。
「若山所長が視察に来てる時にこんなことが起こるなんてな。逸見さんの青くなる顔が見物だよ」
若山って誰だ? 速人は記憶を探る。すぐに思い出した。研修所の所長だったはずだ。直接、話したことはないが開講式で挨拶していた男だ。
あいつが一応、この場ではボスなのか。
視察に来ていると言う言葉から、屋上にあるヘリのことに考えが及ぶ。
「それで若山さんと逸見さんは?」
「二人とも研修生が狩りに言っているのを直接、見に行ってる。さっき連絡したところだ。じきに戻ってくるだろう。それより外のやつらを倒してこいよ。お前はもう合格点には達しているが、一人でも多くしとめておいた方がいいぞ」
アドバイスありがとう。速人は心の中で舌を出した。確かにその通りだ。敵は一人でも多く殺しておいた方がいい。
「あれを見てください」
速人は窓の外を指差して言った。男は窓に近付き、よく見ようと首を前に出した。
外に向けてM4の狙いを付ける振りをし、素早く男に向かって銃口を向ける。すぐに連続でトリガーを引く。最初の銃弾が男の頬を貫き、次の銃弾がこめかみに命中した。倒れる男の頭に向かって更に銃弾を叩き込む。さらに動かなくなった男の喉仏を踏み潰した。
「仰るとおり、敵は一人でも多く殺しておかないとね」
速人は死体に向かって話しかけた。当然のことだが、返事はなかった。
そのままM4の銃口を窓に向ける。速人はゆっくりと狙いをつけて引き金を引いた。ニコらと撃ち合っていた敵の一人の後頭部に命中する。すぐに銃を動かし、次の敵に向けて銃弾を放つ。今度は狙いが少しはずれて、背中に当たる。冷静に誤差を修正し、二度続けて引き金を引く。二発とも頭部に命中し、その敵も動かなくなる。
敵も後ろからの銃撃に気が付いたようだが、建物には味方しかいないと思い込んでいるのか、すぐには撃ち返してこなかった。混乱が手に取るようにわかる。
ニコらに対する圧力も減ったようだった。ニコがこの時とばかりに銃撃を浴びせる。フルオートで撃ちまくるニコの攻撃でまた一人の敵が倒れた。
速人はそのまま、静かに別の敵に照準を定めた。ダン、ダン、ダン、と規則正しく三発の銃弾を発射する。一発は外れたが二発は頭部に命中した。
あと三人。さすがに敵も速人に向けて発砲を始める。隣の窓ガラスが割れるが、速人は焦ることなく銃の狙いを付け、引き金をゆっくりと引き続ける。今度は体と足にしか命中せずに速人は舌打ちする。敵はフルオートで速人に向かって撃ちまくるが、彼はほとんど脅威を感じなかった。
そのうちに敵はいつもの高速移動をはじめた。素早く動きながら発砲してくるが、動きながら銃を撃つのは非常に難しい。速人の近くには一発も飛んでこなかった。
運動には必ず限界がある。いくら速く動いていてもいつかは止まる。速人はそれを待ち、そしてその時を逃さなかった。頭に弾丸を喰らい敵が倒れる。
ニコ、そして達也の逆方向からの銃撃が激しくなる。残りの二人はニコたちを狙い、信じられない速度で動いたが、その内の一人は速人の放った弾丸を足に受けほんの少しスピードが落ちた。そのスキを逃さずニコが至近距離から撃ち倒す。
最後に残った一人は怖じ気づいたのか、方向転換し宿舎から離れようとした。しかし速人はその行動を読んでいた。逃げようとする敵に向かって連続で撃ち続ける。最初は背中、そして足。銃弾を受けるたびに体が揺れ、それでも構わず走ろうとするが最後の弾丸が頭部を貫く。
ニコたちが走り出すのが見える。速人は弾倉を新しいものに交換した。窓から離れ、茜らのいるドアを叩き、彼女たちを呼び寄せた。体を低くするよう身振りで示し、階段に近付いていく。
速人が火を付けた部屋から煙が吹き出し、建物内に広がっていた。もう少し時間が経過すると、煙だけではなく炎が広がるだろう。そんなに長くこの場所にいるつもりは速人にはない。
階段から一階を覗き込むと、ニコたちが入ってくるのが見える。
速人は彼らを呼び寄せる。ニコたちはすぐに階段を駆け上がってきた。
茜と由紀の姿を見て、ニコが速人に頷く。達也は右手を挙げ、速人にハイタッチを促す。軽く速人はそれに応じ、お互いの掌が音を奏でる。
「どうする? ヘリに向かうか?」
ニコが速人に向かって小さな声で耳打ちした。
ヘリが屋上にあるのはわかっている。しかし問題が一つあった。
車と同じくヘリも鍵が必要である。付けっぱなしになっている可能性もあるだろう。この島では盗難の恐れは無いからだ。戦闘であれば、敵に奪われる可能性も考慮するだろうが、シフターにとってはこれは狩りなのだ。今までは一方的であったのだろう。皮肉にもそれは速人たちにとって有利に働いた面もあった。過去に一度でもこれほど抵抗した人間がいたのならば、もっと警戒心があったに違いない。
このまま時間が経てば、この建物に残りの敵が集まってくることは間違いない。あまり時間の余裕はないのである。
その時、建物の外から車のエンジン音が聞こえてきた。速人はそっと覗き見るように窓から外をうかがう。白いワゴンが停車していた。ドアが開き、ほぼ同時に二人の人影が見える。
一人は若山だった。もう一人の顔は知らない。外に倒れているたくさんの死体を見て二人は驚いた様子だった。知らない顔の男が若山から何か言われ、懐からスマホを取り出しているのが見える。
速人は深く、息を吐いた。
どうやら、すんなり脱出とはいかないらしいな。
周囲を見渡し、速人は素早く考えをまとめた。この様な状況における速人の脳は、例えば女性と二人きりでいる時のそれとは全く別物である。
「ニコ、カニの真似をしよう」
ニコはそれを聞き、最初は困惑した表情だったが、説明を聞くとすぐに納得した。
ギャンブルの要素が多少はあるが、この際は仕方がない。全員に向かって、手短に考えを話す。
さて、もう一合戦だ。
速人は心の中で呟き、準備をはじめた。
若山は建物の窓から煙が吹き出しているのを見て舌打ちした。その窓から炎も見える。すぐに建物全体に広がるであろうことは予想できた。
なんたる不始末なんだ。まさか自分が責任者であるこの研修において、こんな事態になるとは想像もしていなかった。しかも自分が来ている時にこんなことになるとは。屋上のヘリのことが心配になる。
隣に立っているヘリのパイロットに向かって逸見に連絡するよう指示をする。
「教官たちや逸見は一体、何をやっていたんだ?」
今はそばにいない人間に向かって苛立ちながら言葉を放った。熟練したシフターをあらかじめ人間たちの中に忍ばせていた。教官として研修生を採点しつつ、研修が円滑に進むように管理していたはずなのだ。それがこの始末だ。
たくさんの倒れている死体を見て、若山はさらに暗澹たる気持ちになる。この分だと全体の被害は半数を超えるだろう。
もちろん今までも人間は無抵抗ではなかった。毎回、数名がこの研修で死亡する。この様な有利な状況下で人間に殺されるような者は必要ないのでそれは問題ではない。
最終的には約半数が合格し、人間社会に出ることを許される。不合格者は再び、あの場所へ戻されることになる。あの何もない不毛な場所へ。
今回の合格者は少ないだろう。逸見にも責任を問わなければならない。もちろん責任者である自分にも罰は下されることは間違いない。今まではうまくやってきた。人間社会にうまく溶け込み、研修所の所長にまで出世した。これでもう出世は見込めないだろう。
最初からこの研修にはトラブルがあった。
講師の一人が人間の四人組に襲われたのだ。その講師は若く美人な姿をしていたので、バカな若者を無駄に興奮させたのであろう。その後は逸見の命令で中年のごくふつうの容姿の女性に〝変わって〟いた。
そしてその四人組を始末したのだが、丁度よいということでその四人を教官に割り当てた。当初の予定通りにしておけばよかったのだ。
そして福永達也。この男の価値は今までにないほど高い。研修の目玉にするには勿体ないくらいだった。当初、福永に関してはあらかじめ拉致して成り代わっておくことが検討されていた。しかし最終的には研修生に任せると言うことに落ち着いたのだった。報告によればいまだに福永達也は捕獲していない。逃げ続けているようだ。もしかするとこの惨状の原因なのかもしれなかった。
少し油断し過ぎていたのかもしれない。今までの研修はほとんど問題なく行われてきた。そのせいで全体的に人間を甘く見過ぎていたのかもしれないと若山は今更ながら後悔した。
「ここにいても仕方がない。わたしたちは一度、ヘリで戻ろう」
若山はそう言ってパイロットを促し、宿舎に入ろうとする。
「大丈夫でしょうか。中にまだ人間がいるかもしれませんよ」
「問題ないはずだ。いくらのろまな人間でもとっくに逃げてるだろう」
今もなお燃え続けている建物に誰も残っているはずがないのだ。いるとすれば余程の愚か者だろう。
一応、用心しながら建物のドアをくぐる。何の反応もなかった。
建物の中はすでに煙で溢れ、視界がかなり悪くなっていた。屋上へ向かう階段に近付く。二階に上がると、階段に隣接している通路の右側に何かが見えた。
若山がそこに近付くと、頭を撃ち抜かれた死体だった。その顔を見てみると、その男が教官として赴任していた者だと気付く。
その近くのドアの側にも一人の男が倒れていた。これも頭を撃ち抜かれている。
「所長! あれを」
パイロットが若山が見ていた方向の逆側、通路の左奥を指差して叫んだ。
煙でかなり視界が悪いが、少し離れた場所に炎に包まれて倒れている死体があるのが見える。
「随分とやられたものだな」
階段を見ると、二階から三階へ向かう途中の踊り場にも二人ほど倒れていた。うつ伏せに倒れている。
一体、どれくらいの被害があったのか。若山は頭を振って溜息をついた。
炎はこうしている間にもどんどん広がっていた。急いで屋上へ行った方がよさそうだ。
「君、この建物はもう駄目だ。早く屋上へ行ってヘリに乗ろう」
若山はそう言ってパイロットと共に階段を駆け上がっていった。




