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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第二部
44/55

第44話

「何とかなったみたいだな」

 速人らの姿が見えなくなったので達也が口を開いた。隠れていた茂みの中から周囲を見渡した後、ゆっくりと立ち上がる。

「でも、大丈夫なんでしょうか? バレたらやばいですよね」

 座ったままで川井が呟いた。

「それも心配だが、あいつを一人で行かせたことの方が心配だ。茜ちゃんが死んでたりしたらその場でキレて暴れ始めるだろう」

 ニコは川井に手を貸しながら言った。

「キレた速人の相手をするのは、あの化け物どもでもかなり骨が折れるだろうけどな」

 ニコは面白がって言っている訳ではないのだろう。本気でそれを心配しているのか、表情はいつもより厳しい。

「そうならないうちに早く俺たちも後を追うぞ」

 達也はそう言って、倒れているシフターの死体に近付く。二人の死体から一台ずつスマホを取り出し、一台をニコに向かって投げる。

 画面を目にすると、傷が付いていた。自然に出来たものでは無さそうだ。バツ印とハテナ印がならんでいる。

 速人が付けたのか? 一体、どういう意味なんだ?

 ニコに傷の有無を尋ねると、ニコの方のスマホには何もないようだった。

 位置情報がわかるアプリを起動する。幾つかの光点が画面に示されるが、速人たちと思われるものがわからない。現在地から離れていく光点が二つあるはずだが、そもそもこの付近に何も無いのである。

「達也、これでは速人がどこへ向かったかわからない」

 ニコも画面を見ながら、渋い表情で言った。

 当初の計画は速人が消えた後、スマホを確認し目的地を特定する。そしてすぐにそこへ向かうというものだった。これでは速人の後を追えない。下手をすると速人は孤立無援の状態になる。十中八九、宿舎だろうと予想はつけていたが、確たる理由も無く命を賭けるわけにはいかなかった。

 達也は目を閉じて、思考の海に浸った。

 このスマホはロックがかかってない。位置情報などがわかるのに。それはなぜか? これは罠で持っていると自分の位置がばれるからだ。ここまでは前から考えていたことだった。

 やつらはどうやって持っているのが仲間ではないと区別する?

 定時連絡でもあってそれが無い場合に判断する。その辺が妥当だろう。

 しかしもっと確実に仲間が持っているのではないとわかる場合はどうする? 例えば……。

 仲間の死体を見付けた時だ。

 自分だったらその情報を仲間と共有するだろう。方法は色々あるはずだ。

 そして位置情報はどこかから送信されてきている。恐らくやつらの拠点からだろう。仲間が持っている可能性が無い端末にそれを送るだろうか? 自分だったら送らない。送らないどころか……。

 達也は目を開きもう一度、スマホを見た。

 液晶に付けられた傷。速人が付けたものだとしよう。バツとハテナ。単純に考えれば意味はこうだろう。

『使えないかもしれない』

 速人はシフターと一緒にいて何かを見たか、聞いたのだろう。それで俺たちに警告した。

「ニコ、スマホを死体に戻せ。これは使えない」

 達也は自分のスマホを死体に戻した。ニコは怪訝そうな顔をしながらもそれに従う。

 川井の座っている場所に二人で戻り、達也は考えたことをニコと川井に話した。

「速人のやつがスマホに傷を付けたんなら、それに気付いたってことだろ? だったら必ず何か手を打ってるはずだ。まずは速人たちが消えた方向へ行ってみよう。あまりグズグズしてる時間は無いからな」

 ニコはいつになく焦っているようだった。川井を背負い歩き出す。

 池のある場所から速人たちが入っていった森の中へ向かう。そこで誰が見てもわかるような車輪の跡を発見した。恐らくバイクか何かだろう。その場所に黄色い物体が落ちていた。ニコが拾い上げる。

「これだ。あいつは久実ちゃんを探している時、欠片をポケットに入れていた。これを追えばどこへ向かったかわかるぞ」

 幸い森の中はバイクの車輪の跡がしっかりと残っていた。何の苦も無くそれを辿っていく。すぐに舗装された道路へ出た。そこから少し離れたところに、馴染みのある黄色い欠片。

 道路をそのまま歩くのは危険なので、道路の横にある茂みの中を三人は進んだ。時折、道路に出て欠片を探す。それを繰り返して少しずつ進んでいく。一度、車が通ったが何とかやり過ごすことが出来た。それ以外は特に問題も無く欠片から欠片へ道を辿っていく。

 途中で達也はニコと川井を背負うのを交代した。川井が申し訳なさそうな顔をして達也を見たが、達也は笑って頷いただけだった。

 結構、重いな。達也は心の中で呟いた。ニコは何でも無いことのように川井を背負っていた。

 こいつこそ、本当に人間なのかよ。あらめてニコの逞しさに感心する。ニコはほとんどの場合、冷静だ。取り乱すことなどまずない。その点を比べれば速人よりもずっと精神的に強い。この島に来て、こんな最悪な状況に陥っても常に変わらない態度をとっている。そして全員に対して献身的だった。

 身が軽くなったニコはAK47アサルトライフルを持ち、油断無く前を進んでいる。その背中を見ていると何故か達也の心に安心感が訪れる。

 こういう人間こそ、本物の〝男〟ってやつなんだろうな。

 速人は今、命を賭けて敵地に潜入している。二人と比べると自分がただ小賢しいだけの人間に思えてきて嫌になる。

「こいつらって本当に凄いよな」

 誰にとも無く言ったつもりだが、背中の川井がそれに反応した。

「ニコさんと八尋さんのことですか?」

「うん。こいつらに比べると俺なんかってつい思ってさ」

「何言ってるんですか? 福永さんだって凄いですよ」

 顔を見てはいないが、川井が本心で言ってくれているのがわかった。

 まったく俺ってやつは。今はそんな劣等感など感じている時ではないのだ。出来ることをする。それだけじゃないか。

「ありがとう。君だって凄いぜ」

 そうしているうちに見覚えのある場所にいることに気付いた。宿舎の近くだった。

 ニコの後を追い、宿舎がよく見える位置に三人は辿り着いた。

「やはりここだったか」

 ニコが前方の建物を見ながら言った。

「久実ちゃんの予想は当たっていたわけだ。色んな小細工したり、悩んだりする必要はなかったな」

「それはどうだろう。やり直しはきかないんだ。俺たちに二回目はない。今回はたまたま予想通りだっただけだ。それにな、戦いなんてものはこんなもんだ。色んな用意をする。色んなことに悩んで作戦を考える。結果的にすべてが無意味に思えたりする。でも、決してそれをおろそかにしちゃダメだ。一ミリでも成功に近付くなら何でもすべきなんだよ」

 達也は素直に頷いた。歴戦の兵士の言葉は説得力がある。

「後は合図を待つだけだな」

 速人は茜たちの救出に成功したら何らかの合図を送ると言っていた。その合図を確認したら達也らも宿舎に向かう。速人は内部で攪乱する。そのままヘリを奪い島から脱出するという作戦だ。

 しかし状況が予想できないので、具体的にどういう合図なのかは決められなかった。

 携帯電話は偉大だなと達也は思う。携帯さえ使えれば何の問題もなかったのに。

 二十分ほどその場で待機する。車が入ってきたり、出て行ったりしていくのを隠れながら見ていた。入っていく車より出て行く車の方が多い。これはいい兆候だ。

 そして建物を見ているとついに変化があった。

 部屋の一つの窓が開いているのだが、その部屋から炎が溢れ出ている。カーテンらしきものが風に揺れながら炎に包まれていた。

「あのバカ。他にやりようがなかったのか」

 ニコが呆れたように言った。

 達也もまさか部屋に火を付けるとは思わなかった。分かりやす過ぎる合図。速人が生きていて、目的は達しているだろうことはわかった。

「行くぞ。俺が先に行く。お前らは少し離れて付いてこい」

 ニコは銃を構え、宿舎に向かって走り出した。隠れていた茂みから道路に飛び出す。そのまま宿舎の入り口へ向かって進んでいく。

 その入り口付近に一人の女が立っていたが、ニコはAKをフルオートで発射した。胸から顔面にかけて命中する。

 銃声に反応して、入り口から何人かが飛び出してきた。達也は川井を背負いながら一台の車の陰に隠れる。ニコはその近くの車の後ろに飛び込んだ。

 飛び出してきた敵たちはあたりを探索し始めた。息を潜めていると一人の男がニコの隠れている車のすぐそばまでやって来る。達也はニコが懐からナイフを取り出すのを見た。

 男が車の横に来た時、ニコが男の銃を掴んだ。銃を引っ張られバランスを崩した男に間髪入れずにナイフを顔面に叩き込んだ。すぐに男の体を引っ張り込み心臓に向けてナイフを突き刺す。動かなくなった男を地面に放り投げる。

 素早くなめらかに敵を仕留めたが、さすがに何人かが気が付いた。近付いてこようとする敵に向かってニコがAKを浴びせる。

 敵の一人が驚異的な跳躍力で車を飛び越し、ニコの後ろに着地した。ニコに向かって発砲しようと銃を向けた。ニコは振り返るが、一瞬だけ虚を突かれたようだった。

 達也は自分の持つ九ミリ拳銃をその男に向かって撃った。引き金を連続で引き続ける。頭には当たらなかったが、胸や腕に何発かが命中した。

 男はそれを受けて少しだけ体勢を崩す。撃とうとしていた銃を再びニコに向けるのに僅かな時間がかかった。そしてそれはニコがその男を撃ち殺すには十分な時間だった。額に銃弾を受けてその男は倒れる。

 ニコが頷いて、謝意を示す。素早く弾倉を入れ替え、敵に向かって発砲した。敵も撃ち返してくる。

 宿舎の入り口付近は壮絶な銃撃戦の場となっていた。

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