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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第二部
41/55

第41話

 薄い黄色の手がかりは、速人の予想通りその後も落ちていた。

 隠れ家の向かいにある道を超えて、草むらへ入っていく。不自然に折れ曲がっていたり、踏みつぶされている。間違いなく誰かが猛スピードでそこを通っていた。草むらを抜けるとまた小さなカロリーメイトの欠片。

 その小さな道しるべを辿っていくと、やがて深い森が見えてきた。小枝の折れ具合や微かな足跡を頼りに進んでいく。欠片は決まった距離で落ちているわけではなかった。十五メートル先にあったと思えば五十メートル以上離れている場合もある。さすがの速人も時には方向を読み違え、進んでは戻ったりを繰り返しながらも何とか欠片を探し続けた。

「余裕があって落としていったわけではなさそうだ」

 前に落ちていた欠片から、かなり離れたところに落ちていた欠片を見て速人が言った。

「俺たちが追跡できるってことは敵にもできるかもしれないってことだよな」

 達也が後ろを振り返りながら尋ねる。念のため欠片は拾うたびに回収してあった。

「そうだな。それはわかっているはずだ。あえてその危険をおかしてでも落としていったんだと思う」

 速人は答えながら、この細工は恐らく久実のものだろうと思っていた。茜や由紀も頭の回転は早いほうだと思うが、この危機的状況でこんなことをとっさに思いつくのは恐らく久実だろう。

 速人が気になっているのは足跡が一人分しかないことだった。現在、行方がわからなくなっているのは女性が三人。もし推測が正しく、久実の後を追っているのだとしたら後の二人はどこへ行ったのだろう。

 焦燥感を感じながらも、速人はじっくりと観察し手がかりを追い続ける。

 今、目の前のことに集中しろ。必死に自分に言い聞かせながら道など無い深い森の中を進んでいく。

 そのうちに速人は、二十メートルほど前方にあるものを見付けた。

 速人は一旦、その場で身を低くしそれをよく観察する。

 女性が一人、倒れていた。服装や髪型から探している三人の誰でもないことはすぐにわかる。達也と川井を背負ったニコも速人のそばでしゃがみ込み、それを見ていた。

「誰だろうな?」

 達也が小さな声で囁く。

「わからない。それに近くにもう一人いる。あの太い木を見ろよ」

 速人は女性が倒れている場所の近くにある大木を指差した。

 その木はかなり太いもので、よく見るとその木を背にして誰かが座っているようだった。速人たちから見て反対側に座っているので、全体は見えないがが手と足が少しだけはみ出すように見えていた。

「ここで待ってろよ。ちょっと見てくる」

 速人は四十五口径を構え、ゆっくりとその場所へ近付いていった。

 倒れている女性はピクリとも動かない。近付くにつれて状況がわかってくる。女性は首から血を流して倒れていた。恐らく死んでいるのだろう。

 そしてその前にある太い木に近付く。裏からゆっくりと前に回った。

 木を背にして座っていたのは久実だった。口の周りを血で汚し、目を閉じていた。しかし、かすかに胸が上下している。速人はすぐに後ろで待っている達也らに合図をする。彼らはすぐにそばにやって来た。ニコは川井を背負いながら倒れている女性に銃口を向ける。どんな時も決して油断はしない。

「久実ちゃん。しっかりしろ」

 速人が声をかける。

 その声に反応するように、久実がゆっくりと目を開けた。

「八尋君……。それにみんなも。あれに気付いてくれたのね」

「やっぱり久実ちゃんだったか。大丈夫なのか? 一体、何があった?」

「ごめんね。茜ちゃんと由紀はやつらにさらわれたわ。彩ちゃんは……」

 言い終わらないうちに久実は咳き込み、吐血した。

「彩ちゃんのことならわかってる。君が謝る必要はないさ」

 速人は言いながら、久実の負傷はかなりひどいものだと思っていた。

「わたしは何とか逃げることができたの。早くあなたたちと合流しなきゃって思ってたんだけど、その前にそこに倒れている女に見つかっちゃって」

 久実の顔は青白く、声は弱々しかった。力を振り絞って話しているようだと速人は感じる。

「茜たちはどこへ連れて行かれたんだ?」

「はっきりとはわからない。最後に見た時は車に乗せられてた。多分、宿舎だと思う」

 そこまで言うと、久実は痛みがあるのか苦しそうな表情をする。速人もニコも多少の応急処置なら出来るが、道具も薬も何もない状態ではお手上げだった。

「みんな、ごめんね。わたしがみんなに話してれば。こんなことにはならなかったのに。本当にごめんなさい」

 久実は今、死に瀕している。速人はそれを感じ取っていた。戦場で何人も死んでいく人間を見た。時には自分の腕の中で。その時と同じものが今の久実から感じ取れた。

「そんなことは気にしないでいい。君のせいじゃない」

 そんな罪悪感は感じる必要はない。速人は心をこめて久実に向かって言った。

「わたしさ、楽しかったわ。絶望と復讐しかなかったはずなのに。みんなと出会って本当に楽しかった」

 久実は言葉の途中で何度か目が閉じそうになっていた。速人はニコを見るが、ニコは沈痛な面もちで小さく首を振るだけだった。

 楽しかったと言う言葉が耳に残る。久実は復讐のために会社に潜入したはずだった。しかし速人は思う。きっと彼女は、つかの間でもそれを忘れることが出来たのではないか。恋人や家族を殺され、人生はメチャクチャにされた。彼女は悲痛な思いを胸にたった一人で戦うつもりだったのだ。それでも久実は仲間たちと一緒にくだらないことで大笑いをし、テスト勉強ともなればみんなを手助けしていた。

 彼女の笑顔は偽物だったのか? そうは思えなかった。

 いつも静かに笑い、調子に乗りがちなグループのバランスを取るように振る舞っていた。

 速人には久実の心の中まではわからない。けれども確かに彼女は本気で笑っていた。一緒に楽しんでいた。あれが彼女の本当の姿のはずだ。

「もう疲れちゃった。そろそろダメみたい。茜ちゃんたちを助けてあげてね。あなたたちならきっと……」

 そう言って久実は静かに目を閉じた。力が抜けたように下を向く。

 速人は久実に呼びかけなかった。彼女は充分、戦った。もう休んでもいいさ。安心して眠っていて欲しい。俺たちが必ずやつらを倒してやる。

 達也もニコも川井も何も言わなかった。

 静寂の中で速人は彩菜にした誓いを繰り返す。そしてそっと久実の脈を確かめた。

 彼女の体から生命は失われていた。

 拳を強く握りしめながら、そばに倒れている女に目を向ける。久実を殺しのはこいつなのだろう。

 速人はそのシフターに近付き、足で二、三度小突いてみる。反応はない。首筋に銀のナイフが突き刺さっている。その周りにも幾つもの刺し傷があった。

 速人は久実のものと思われる銀のナイフを引き抜いた。何のためらいもなく再び脳天にそれを突き刺す。薄く白煙が立ちのぼる。

 懐を探ってみると、いつものスマホがあった。ロックがかかっていないので地図が表示されるアプリを起動する。

「何人かがこの場所に向かってるみたいだ」

 現在地に向かって三つほどの点が近付いてきている。動いているスピードはさほど速くなかった。地図を見ると、今いる場所から少し離れた場所に小さな池があることに気付く。

「割るか?」

 ニコの言葉に速人は首を振る。

「こいつでおびき寄せよう。何かわかるかもしれない。ニコと川井君はここにいて、久実ちゃんをどこかに隠しておいてくれ。可哀想だけど、今はそれしかできない」

「無茶するなよ」

「わかってる。大丈夫さ」

 速人が移動しようとすると、達也も後に続いた。二人は黙って頷き合う。

 二百メートルほど移動すると、少しずつ下り坂になっており、その先に小さな池が見える。いびつな円形のその池のほとりに速人と達也は辿り着く。しゃがんで向こう岸との距離を測ると、およそ七十メートルくらいだった。横幅は約五十メートル。周りには背の高い草が生え放題である。

 周囲の地形を見渡す。速人が考えていることにピッタリの場所はすぐに見つかる。

 速人は視界が比較的に良好な池の左側に向かって歩きはじめる。真ん中くらいまでくると、草むらの中にシフターのスマホを投げ入れた。落ちた場所を確認し、すぐにそこから離れる。

 そして速人があらかじめ決めていた場所で二人は伏せた。その場所は少しだけその池から小高くなっていて、監視するには絶好の場所だった。

「ここでやつらが来るのを待とう。一人だけでも生け捕れればいいんだけどな」

 速人はここで敵を待ち、生け捕ることを考えていた。とにかく情報が欲しい。茜たちはどこにいるのか? 宿舎だとは思うが、潜入して彼女たちがいなかったら目も当てられない。

 二人はじっとその場所で伏せていた。スナイパーとしての訓練を受けている速人には造作もないことだったが、達也は時折、速人に向かって苦笑いをみせた。動かないというのは案外、きついものである。

 しかし伏せ始めて十分足らずで、池の向こう側に動きがあった。三人の男たち。あのアプリはかなり正確なものらしい。

 ゆっくりと歩く男たちの姿を見て速人は軽い驚きを覚えた。

 そこに自分がいた。

 三人の内の一人は速人の姿をしていた。目だけで達也の方を見ると、達也もそれに気付いているのか顔をしかめた。

 男たちのうち二人はアサルトライフルを手にしている。おなじみのAKだった。速人の姿をしている男だけが、拳銃を構えている。スマホを片手に周囲をきょろきょろと見渡していた。

 スキだらけだな。速人はそれを見ながら思う。スナイパーライフルを持っていれば、訳のわからないうちに仕留められるだろう。彼は敵の能力をほとんど把握していた。身体能力は凄い。だが、それだけだ。兵士としては速人やニコとは比べものにならない。涼子に化けていたシフターはやたらと強かったが、あれは特別だったのだろう。朝方に教官役のシフター二人を仕留めた時もそんなに難しくはなかった。教官だからと言って強いわけではないらしい。

 しかしまともに正面から戦っては不利だった。いくら兵士としては優秀ではなくても、生き物としては人間より格段に強い。素手で戦った場合、二人を相手にすれば速人でも命の保証はない。

 過大評価はしないが、過小評価もしない。

 さて、そろそろあれを見付ける頃だ。男たちは速人が先ほどスマホを投げ入れた場所に近付いていた。三人か。今なら撃ち殺せる。しかし情報が欲しい。何とか一人は殺さずに捕まえたいが、頭を撃ち抜かない限りやつらは動くのをやめない。頭を撃ち抜けば死んでしまう。

 仕方ないか。速人は三人とも撃ち殺すことを決めた。手にした四十五口径で狙いをつける。

 その時だった。

 達也が速人に耳打ちした。

「速人さ、死んでみない?」

 速人の目に達也がニヤリと笑ったのが見えた。

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