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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第二部
40/55

第40話

 膝立ちのまま速人は呆然としていた。

 もう何も考えられない。目をつむっては開け、目の前の光景が消えてなくならないか何度も試してみる。幾度となく視界を閉じ、そして開いても何も変わりはしなかった。

「速人、このままじゃ可哀想だ」

 ニコの言葉に速人は何の反応もできなかった。

 ニコがゆっくりと亡骸を抱き上げる。速人は人形のように立ち上がり、ニコの後を付いていく。ニコは家の中でも比較的広い部屋の真ん中に彼女の体をそっと置いた。

 表玄関から達也も彩菜の亡骸を抱えてやって来た。二人の女性が並ぶように隣にそっと置く。

「俺は……」

 速人が急に一人でつぶやきはじめる。

「誰も助けることができなかった」

 みんなと約束したのに。守ると約束したのに。結果はこの始末だ。

 急激に憎悪の炎が燃え上がる。どうにもならない怒りが速人の体中を駆け巡り、いきなり壁やドアを殴り出す。手当たり次第に何かを掴んでは投げ、家の中で暴れ続けた。

 ある程度のところでニコが速人の腕を掴む。

「そのへんにしておけ」

 速人は暴れながら自分の目から涙が少しだけこぼれ落ちているのを感じていた。

「ニコ、全部の銃に弾をこめて俺に渡してくれ」

「何をする気だ?」

「いいから、言う通りにしろ」

 言いながら速人の手はブルブルと震えていた。

 ニコは黙ってその場を動かない。憂いを帯びた瞳でじっと速人を見つめていた。

「わかるだろ! やつらを皆殺しにしてくるんだよ」

「一人で突っ込む気か? 無駄死にするだけだろう」

「死ぬ? それがどうした? これ以上何かを抱えて生きていくのはごめんなんだ。わかるだろ?」

 速人はすでに号泣寸前だった。

「俺に自殺の手伝いをしろってのか? 本気で言ってるんだな?」

 ニコがいつもよりも低い声で言う。

「冗談で言うと思うか?」

 速人はニコを睨み付けながら答えた。

 そのまま何秒か速人とニコは睨み合う。

 やがてニコが目を閉じて、軽く息を吐き出した。

「わかった。言う通りにしよう。だが、一人では行かせない。俺も一緒に行く」

「自分で自殺だって言っただろうが。今回ばかりは一人で行く」

「いいや。駄目だ。俺も付いていく。自分だけが死に場所を探してると思うなよ。守れなかったのは俺も同じだ。それにな、お前と同じで俺だってあの戦いから帰ってきた後、心が安まる時なんかなかったんだ。だから俺はあの研修所での生活は楽しかった。久しぶりに笑って過ごせた。またやり直せるって思った。でも、こんなことになっちまった。俺だってお前と変わらないんだよ!」

 ニコも最後は怒鳴るように言った。速人でも滅多に見たことのないニコの姿だった。

 速人は自分だけが戦場でのトラウマにとらわれていると思っていたことが間違いだったことを悟った。何食わぬ顔をしていても、ニコだって同じ年代の若者なのだ。戦場からはどんな人間だって何かを持ち帰る。そしてそれはいつも辛い思い出ばかりに違いない。

 速人が黙っているとニコが続けた。

「だから俺も一緒に行って死んでやるよ。その代わりにやつらはタダではすまさねえ。皆殺しにしてやろうぜ」

 ニコはそう言った後、速人の肩に手を乗せた。

「でもな、それは久実ちゃんや由紀、川井がどうなったかを調べた後だ。彼女たちの死体はない。もしかしたらどこかで怯えてるのかもしれない。残りのみんなを探そう。俺たちが死ぬのはその後でいいだろ?」

 速人は左手で髪をかき上げて、それを握りしめた。ニコの言葉は正しい。どうにか体を駆け巡る怒りと悲しみを押し殺そうとする。歯を食いしばり溢れ出る感情を一時的でもいいのでこらえようと努力する。戦いでは感情的になってはいけない。冷静に、ゆっくりと、正確に。

 何とかコントロールすることができた。あくまでも一時的にだったが。

「わかった。お前の言う通りだ。キレて悪かった」

 ニコは黙って首を縦に振る。

 速人は二つの亡骸の正面にしゃがみ込んだ。

「彩ちゃん、昨日の夜に守ってやるって言ったのにごめんな。本当にごめん」

 速人はまた自分の目から涙がこぼれているのを感じた。

「茜……。色々ありがとう。もうちょっとだけ待っててくれよ」

 そして速人は彼女の頬を手のひらで優しく触った。もうあの暖かさは感じられない。それでも速人は未練がましくその白い首筋を触り脈を探した。もちろん見つかるわけはなかった。

「ちょっと待てよ。速人、ネックレスはどうした?」

 速人とニコの話を横で黙って聞いていた達也が久しぶりに口を開いた。

「あれは銀だったよな。だったらやつらが持っていくはずがないはず……」

 達也の表情が変わる。何かを思い出している様子だった。速人は達也の記憶力がすごいことを知っている。ちょっと遊んだだけの女性が何を着ていただとか、何のアクセサリーを付けていただとかそんなことまで思い出すことができた。

 やがて達也はじっと二つの亡骸を見ていた。顔から足までじっくりと。横に回ったりして体中をくまなく調べ出す。

 何となく速人は気分が悪かったが、達也の表情は真剣そのものなので黙って見ていた。

「これは……」

 達也は驚いた声を出すと、自分のポケットをまさぐり銀のナイフを取り出した。

「お前、何する気だ?」

 さすがに速人が声を上げる。

「いいから少しだけ黙ってろよ」

 達也は神妙な面持ちで溜息をついた。

「こんなこと、したくないけど……。ごめん」

 そう言うと達也はその銀のナイフで二人の死体の腕を順番に切りつけた。

 最初の彩菜の方は何も特別なことは起こらなかった。

 しかし次は違った。死体の腕がゆっくりと赤くただれていく。そしてほんの少しだが白煙がそこから立ち昇った。シェイプシフターに銀のナイフを刺した時に現れる白煙。

「二人ともそうだとよかったんだけど……」

 達也がぼそっと呟いた。

 速人にも話が掴めてきた。ニコと顔を見合わせるとニコも同じようで速人に向かって頷いている。

「速人、こいつは茜ちゃんじゃない。茜ちゃんに化けたシフターだ。どうしてだかはわからないけどな。あと残念だけど彩ちゃんは本物だ。服も彼女が着ていたものと同じだから間違いない」

 速人の心の中で歓喜と悲しみが混じった妙な感情が生まれる。茜が生きているかもしれない。少なくとも目の前の死体は茜じゃない。もちろん茜は恋人なので特別な存在だ。だからそれ自体は飛び上がるほど嬉しい。でも彩菜の死体も同じように偽物であって欲しかったという思いもある。

「本当に間違いないか? 彩ちゃんも生きてる可能性はない?」

「間違いないと思う。茜ちゃんはジーンズにTシャツだったろ? ジーンズのメーカーが違うんだ。色とかは同じだけどな。俺はそういうのよく覚えてるの知ってるだろ? それに彼女の銀のネックレスがないのはおかしい。お前が渡してから彼女の首にあれを見ない日は無かった。銀で出来てるからやつらが持っていくとは考えられない。銀のナイフにも反応したしな。いつもより反応が鈍いのはきっと死んでるからだろう。彩ちゃんの場合は服はすべて同じだ。銀のナイフにも反応しない。残念だけど、彼女は本物だよ」

「そうか……」

 達也の考えは恐らく正しいだろう。彩菜のことは悲しいが、これからすべきことを考えることにする。

 茜はきっと生きている。みんなきっと生きている。

 俺たちがしなきゃいけないのは早くみんなを見つけ出すことだ。

 グズグズしている暇はなかった。でもその前に一つだけ。

 何となくシフターの隣に彩菜を置いておくのが嫌で速人は彼女を抱き上げた。隣の部屋へ彼女の亡骸を移す。残りの二人もそれに続く。

 ニコや達也がそれぞれ彼女に別れを告げた。速人は最後に一人で彼女のもとに残る。

 速人は彼女のまだ暖かさが残っている手を握った。

 いつも笑顔だった彩菜。色々な想いもあっただろうに、彼女の不機嫌なところは見たことがなかった。誰に対しても優しく、冗談もわかる素晴らしい女性だった。

 絶対にかたきはとってやるから。

 速人は彼女に誓った。そんなことは意味がないのはわかっている。誰を殺しても彼女が生き返る訳ではないのだ。それでも速人はそうしたかった。

 速人は彩菜に感謝と別れを心の中で告げて、その部屋から出ようとした。

『そんなこといいからさ、みんな無事でいてね』

 そんな彩菜の声が聞こえた気がして振り返る。もちろん死体は喋らないはずだ。彩菜は目を閉じたままだった。でも確かに速人にはその声が聞こえた。

 悲しみからくる幻聴かもしれない。それなら、それでいい。

 それにきっと彩菜ならそう言うだろうと思う。

 世の中には深く考えずありのままを受け入れた方がいいことがたくさんあるのだろう。




「とりあえず早いところここから出た方がいいのは確かだな」

 ニコの言葉に達也がすかさず反応する。

「さっきバカが騒いで、ここに人がいますよって宣伝しちまったからなあ」

 事実なので速人は何も言い返さない。

 達也があえていつも通りの態度をすることの意味もわかっていた。

 茜やみんなのことを考えれば、すぐにでも飛び出して探しにいきたいところだが、闇雲に探してもそう簡単には見つからないだろう。はやる気持ちを抑えて冷静に考えなければならない。

「出る前によくここを調べないとだけどな。速人がメチャクチャにしちまったけど」

 なおも達也は速人を揶揄する。

 ニコはそれほど意地が悪くないので、床に落ちた薬莢を拾い上げていた。

「九ミリだ。久実ちゃんが撃ったな。表玄関から裏口近くまでそれが落ちてる。ここを移動しながら撃ちまくったんだろう」

「外にも落ちていれば何とか逃げた方向がわかるんだけどな」

 速人は薬莢が落ちている場所を辿りながら裏口から外へ出ようとする。

 その時、速人の感覚に何かが引っかかった。微かな物音。

「ニコ、上に何かいる」

 速人は四十五口径を手に階段を駆け上がる。ニコが後ろからすぐに付いてくる。

 お互いを背にして左右の部屋を確認する。

 どの部屋にも誰もいなかった。

 速人の視線が自分が昨日、寝ていた部屋の押し入れに向いた。

 ニコに肩で合図して、二人でそこへ向かう。速人がその押し入れをおもむろに開け放った。

 同時にニコが銃を向ける。

「ひえっ」

 そこに隠れていたのは川井だった。MP5をニコに向けている。

「銃をこっちに向けるな」

 ニコは片手で素早くそのサブマシンガンを取り上げる。

 何故だかわからないが、川井はひどく怯えていた。速人とニコを見ても喜んでいる感じがない。

「仕方ないな」

 速人はそう言いニコに銀のナイフを出すように言う。実際のところは速人も拳銃を川井に向けたままだった。さっきの茜の件もある。誰が誰に化けているのかわかったものではない。

 恒例の儀式。いい加減に嫌になってくる。

 それでやっと川井は安心したようだった。ニコからナイフを手渡されて自分も腕にナイフを当てる。

 本物の川井だった。速人は拳銃を下に向ける。ニコが手を貸して川井を押し入れから引っ張り出した。

「無事でよかった」

「八尋さんたちも無事でよかったです。それでほかのみんなは……」

「彩ちゃんは殺されてた。その他は誰もいない」

 それを聞いて川井は真っ青になった。

 そのうちに二階のやり取りが聞こえたのか、達也も二階に来た。

「しかし何でまた押し入れなんかに隠れてたんだ?」

 ニコの質問に答える形で川井がその経緯を話し始めた。

 久実の提案で一人では逃げられない川井を二階に隠したこと。ニセ者の速人が現れたこと。そして銃撃戦があって茜や由紀の悲鳴が聞こえたこと。

 川井は二階の押し入れに隠れていたが色々と聞いていたようで、何となく何が起こったのかがわかってきた。

「だから俺たちの声が聞こえても隠れ続けてたのか」

「そうです。八尋さんたちの声は聞こえてたんですが、その前にニセ者が来た感じだったので」

 それでさっきの川井の態度にも納得がいった。

「しかし気分が悪いな。俺に化けてるなんて」

「俺は危うく川井に撃ち殺されるところだったんだな」

 押し入れを開けた時に川井に銃を向けられたニコが笑いながら言う。

「でも撃てませんでした。やっぱり知ってる顔の人を撃つのは無理みたいです」

「それが普通だよ」

 速人は優しく川井に言った。そう、それが普通さ。

「彩菜さんまで……。結局、また自分は助かってしまいました」

「お前のせいじゃない。気にするな」

 ニコの言葉は簡潔だが、優しさがこもっている。速人も隣で強く頷いた。

 その後、達也が色々と川井が聞いたことを尋ねたが、特段新しい情報は無いようだった。

 速人は再び、薬莢をたどり裏口から外へ出る。

 外にも二つ九ミリの薬莢が落ちていたが、裏口のすぐそばなのでどちらの方角に逃げたまではわからなかった。

 速人は足跡を探し始める。速人はそういったことは得意だった。あちらこちらに足跡が散乱している。何人かがこの家を包囲していたことは間違いない。無理矢理に引きずられた足跡を二つ発見した。誰かが捕まったのだろうか。

 家の前の道路まで出てみる。車輪の跡が幾重にも道路に重なっていた。慎重に見分けていると速人はあるものを見付ける。

 黄色っぽいブロック状のものだった。掴んで匂いを嗅ぐとカロリーメイトの欠片だと気付く。久実が朝に配っていたのを思い出す。道路の向こう側にも同じように小さな欠片が落ちていた。

 速人は家に戻り、そのことをみんなに話す。

「仲間のうちの誰かが俺たちにわかるようにわざとこぼしていったんだろう」

 速人の意見に他の人間も同意する。

「すぐにそのあとを追おう。川井君、歩けるかい?」

 達也に聞かれ、川井は何とか歩こうとするが無理のようだった。昨日は何とか肩を借りれば歩けたが、今は怪我が悪化しているのか立っているのがやっとようだ。

 無理も無いと速人は思う。きちんとした治療を受けなければ彼の怪我はひどくなる一方だろう。

 「俺がおぶってやる」

 ニコがしゃがみながら言う。

 川井は少しだけ逡巡していたが、すぐにニコの背中に乗る。

「歩兵の装備と比べれば軽いもんだ」

 速人はそんなニコを見て笑った。

 大丈夫。まだ希望はある。

 早くみんなを見付けなければならない。茜を見付けなければならない。

 そして速人は自分の頬を両手で強く叩いた。

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