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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第二部
39/55

第39話

 全部、わたしのせいだ。わたしがすべてを話していれば。みんなを信用していれば。

 久実は走りながら、自責の念に駆られていた。何人もの友達が命を失った。わたしは最初からすべてをわかっていたのに。

 久実は隠れ家で多数のシフターに囲まれ、何とかそこから逃げ出すことができた。銃を乱射し全速力で駈け続けたので、そろそろ体力も限界に近い。

 周りに何の気配も感じられないことを見て取るとそこに立ち止まった。大きな息を吐く。

 今頃、八尋君たちは戻ってきているのだろうか。まずは彼らと合流しないと。

 彼女は夢中で走って逃げながらもある細工をしていた。彼らなら気付いてくれるはずだ。

 いつの間にか森の中に入っていた。背の高い木が周りを囲んでいて、昼間でも薄暗い。

 息が整ってくると、彼女はこれからのことを考えた。やはりあの隠れ家へ戻るべきだろうか。さすがの久実もこの状況は心細いものがあった。自然と拳銃を握る力が強くなる。

 彼らが久実の細工に気付いてくれていれば、来た道を戻ればそのうち彼らと合流できるはずだった。久実は素早く決断し、逃げて走ってきた道を戻ることにする。当然、シフターと出会う可能性もある。隠れ家を襲ったやつらもいるし、何と言ってもこの島は敵だらけなのだ。さっきの敵とは違うシフターに襲われる可能性も高い。

 ゆっくりと久実は森の中を歩いて行く。風の音、鳥が羽ばたく音など色々な音がするたびに、彼女は足を止める。額から汗が頬を伝う。久実の精神は極度の緊張状態にあるが、それでも頭の中には研修所での仲間たちの笑顔が現れては消えていた。

 わたしが話をしていたら、何人かは信じてくれたかもしれない。そうすればその人たちの命は助かったかもしれない。もし……という仮定が頭から離れない。久実の心は重く沈んでいた。体まで重く感じるのは疲労のせいだろうか。

 集中力が散漫になっているのを感じ、頭を強く振る。今は他のことを考えちゃ駄目。後でいくらでも悩む時間はある。ここから生きて脱出できればの話だけれど。

 そうして久実が進んでいると、近くで小さな物音がした。ガサッ。久実は鋭い目線で周りを見渡すが、何もいない。さっきの音以外は何も聞こえない。奇妙な静けさが余計に不気味だった。

 気のせいか、と歩きはじめようとした時だった。

 頭上から何かの気配を感じた久実はとっさに自分の右側に飛び退いた。素早く振り返る。

 さっきまで自分がいた場所に、一人の女性が片膝をついていた。頭上の木の上に隠れていたのだと気付く。かわせたのはほとんど奇跡に近い。そのまま同じ場所に立っていたら今頃はどうなっていたことか。

「運のいい人みたいね」

 女は小柄であどけない顔をしている。しかし人を小馬鹿にするような口調で言った。

「おとなしくしなさい。銃なんて持ってても無駄よ」

 間違いない。敵だった。久実はグロックを相手に向ける。引き金を引いた瞬間、相手は素早く動き、久実の目の前から消える。

 少し離れた木の裏に女の背中がチラリと見える。そこから顔をチラリと久実の方へ向け、薄笑いを浮かべている。

 久実はその顔面を狙って発砲した。女はまたもや素早く違う木の裏へ移動する。今度は久実が発砲する前に、信じられない跳躍力で隣の木の中程にある枝へ飛び移った。高さは五メートルはある。

 そこから久実に向かって笑いかけていた。

 久実はまた銃の引き金を引くが、相手の狙いが読めてきていた。

 こうしているうちに久実の九ミリ拳銃の残弾はどんどん減ってきている。もちろん替えの弾倉はあるが、交換しようとした瞬間に襲いかかってくるだろう。この相手のスピードだとどんなに早くリロードしても間に合うとは思えない。

 この場所は圧倒的に久実にとって不利だった。

 久実には速人やニコのように素手でもシフターに立ち向かえるほどの戦闘力はない。格闘術は多少、習得しているがシフター相手では分が悪い。

 そうしている間にもシフターは木から木へ移動して、久実を挑発している。

 そこで久実は一つの賭けにでる。

 あわよくば当たれと飛び跳ねるシフターに向かって銃を連射する。頭の中で残弾を数え続ける。そしてついに弾倉を抜く時がやってきた。

 ストンと弾倉が地面に落ちる。本来は拾うのだが構ってはいられない。

 それを見てシフターは久実に正面から襲いかかってきた。一瞬にして目の前に現れる。

 久実はまだ新しい弾倉をポケットから取り出せてもいない。

 シフターが久実の体に迫る直前だった。

「引っかかったわね」

 久実はそう言うと、目の前のシフターに向けて銃を撃った。

 久実は残弾を残したまま弾倉を交換するという、いわゆる〝タクティカルリロード〟をしたのだった。マガジンを抜いているが一発だけは薬室に残っていて発射できる。銃の知識があれば何でもないことなのだが、相手が銃を使っていないことから勝算はあると思い賭けにでたのだった。

 久実は確かに賭けには勝った。

 しかしシフターは、銃を向けられた瞬間、全力で上に向かって飛んだ。本来、頭を吹き飛ばすはずだった銃弾はその真下の胸を貫いた。ほんのコンマ何秒かの差。

 それも相手が人間だったら致命傷であっただろう。しかし相手は怪物だった。胸を撃ち抜かれ渋い顔をしながらもその怪物は久実に向かって空中から蹴りを放った。

 久実は左の鎖骨部分にそれを喰らう。一撃で鎖骨は砕け散った。激痛が久実を襲う。衝撃で後方に吹っ飛ばされる。そのはずみに銃も右手から離れて近くの地面に落ちた。

 薬室に残っていた最後の一発を撃ったので銃にはもう弾は入っていない。だが久実は歯を食いしばり、這いずりながら銃に近付こうとする。

 シフターがそれを見て、笑いながら久実の腹部を蹴り上げる。

「まーだ、銃が欲しいの? 弾入ってないでしょ? それ。痛くて、それすらわかんなくなっちゃったかあ」

 そう言って久実の服の襟を掴み、片手で彼女の体を持ち上げる。もう片方の手で、久実の胸部にパンチを放つ。久実は思わず苦悶の声を上げる。肋骨が折れたようだった。

 地面に放り投げられると、全身に激痛が走った。

 それでも久実は再び銃に向かって、這っていこうとする。またもや腹部を蹴り上げるシフター。

「本当、往生際が悪いなあ」

 久実は口から血を吐いていた。腹部への蹴りで内臓がどこかやられただろうし、折れた肋骨も肺に刺さっているかもしれない。それでも進もうとする彼女の体をシフターが引っ繰り返した。

 仰向けになった久実はその女シフターの顔を直視した。それは邪悪な笑顔を浮かべていた。

「やりすぎちゃったようね。これじゃあ保たないかもしれない」

 シフターはそう言うと、少し何かを考えているようだった。

 そしてすぐに両手の指を広げて久実の頭を掴む。頭をシフターの十本の指で掴まれた久実は、意識が朦朧としながらも、妙な感覚に戸惑っていた。

 まるでシフターの指と久実の頭が溶けて一体化したような感覚だった。そのまま直に脳を触られているような不思議な感覚。

 これがダウンロードってやつか。久実は激痛に耐えながらそんなことを思っていた。

「驚いたわね。こいつ色々知ってるじゃない」

 シフターは久実からどんどんと情報を吸い取っているようだ。その内容に夢中になっているのが見てとれた。

 久実はそっと腰に隠した銀のナイフを手にした。

 弾の入ってない銃に殊更、固執し続けたのはこの為だった。銃の他に武器はないと思わせるため。

 脳の中をのぞかれてはいるが、今この時、久実が何をしようとしているかまではわからないようだった。やがてそこに辿り着くのかもしれない。久実はそれを待つ気はなかった。 

 彼女は力を振り絞り、油断しきって久実の脳の情報に夢中になっているシフターの喉めがけて銀のナイフを突き立てた。

「ぎゃあああ」

 苦しみの悲鳴を上げて女シフターは倒れ込む。

 久実は痛む体を無理矢理に回転させ、這ったままでシフターにナイフを突き刺し続けた。

 やがてその女シフターは動かなくなった。

 久実は近くにある大木の元まで這って進んだ。その木を背にして何とか体を起こし、その場に座り込んだ。せき込むたびに吐血し、激痛が走った。

 もしかしたら致命傷かもしれないな。

 久実はそう思ったが、そんなに悲しくはなかった。もう大切なものはほとんど残ってないから。全部、あの怪物たちに奪われたなあ。恋人も弟も友達も。

 もういいやという気持ちになりかける。

 しかし彼女にはまだ力が残っていた。弱々しいが瞳に光が戻る。

 ううん、そんなことない。まだ残ってる仲間がいるじゃない。

 早く来てよ。海兵隊員さんたち。あなたたちって行動が早いのが利点でしょ。

 ああ、みんなにまた会いたいな。みんな? みんなって誰が残ってるんだっけ?

 痛みと混濁する意識の中で、久実はついに意識を失った。

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