第38話
二人の教官役と思われるシフターの死体からは色々なものが出てきた。
各種の書類。ランク付けされたリストや交友関係、簡単な経歴まであった。この資料を使って、人間に紛れ込んだりしていたのだろう。
そしてスマートフォン。あるアプリを起動させたところ、この島の地図といくつもの動く光点が表示された。恐らくシフターの現在位置だろう。これをもとにスパイ役は連絡を取り、人間を誘導したりするのだと予想がついた。宿泊施設の場所に多くの点が集中しているのは、やはりあの場所が拠点だからだろう。速人たちの現在いる場所には、他の点とは違う色のマークが二つ表示されていた。他の点はほとんど黄色だが、速人たちの近くは赤い点だった。地図を広げてみると少しだけ青い点もある。
その隣のアプリは、何かを報告する類いのアプリだった。それを見ると速人たち以外の人間はほとんど捕まっているか殺されているのがわかった。使い方がよくわからないので、正確な数はわからないが、もう数えるほどしか生き残っていないようだった。
そうしているうちに達也の持つスマートフォンに着信があった。三人は顔を見合わせる。
音も振動もなくただ光が点滅する。何度か点滅した後、それは消えた。すると速人の持つもう一つのスマホも点滅をはじめる。
「どうするよ? これ」
誰からの着信だかはわからない。名前が出ずに番号だけが表示されている。速人は困惑気味に達也に尋ねる。そのうちのその点滅も消える。
「どうするって言っても、出るわけにはいかないだろ」
達也は答えながらジッとスマホを見ている。
「定時連絡とかかもしれないしな。何にしろ、ずっと出なければやつらも何かあったことに気付くだろうよ。それで問題はこれをどうするかだ」
達也は指先でスマホをつまみながら速人に言った。
「敵の場所がわかるのは便利だが、こっちの居場所も丸見えなのはまずい。一度、電源を切っておくってのはどうかな?」
速人はなるべくなら捨てたくないと思っていた。何と言っても敵の場所がわかるというのは、戦いにおいてかなり有利になる。
「そうだな。そっちの電源を切ってみてくれ」
速人は達也に言われたとおりにすぐに電源を切った。
「やっぱりな。電源を切っても地図には表示されてる」
「やっぱりって、どうしてそう思ったんだ?」
「ロックだよ。普通、取られた時のためにロックをかけとくはずだ。でもこいつにはそんなものはかかっていなかった。まるで使って欲しいみたいにな。こいつもきっと罠さ。ロックがかかってないから、使えると思って持っていくだろ? そうすると居場所はずっとバレるって話さ」
「なるほどね。ヤバい、ヤバい。ニコ、頼む」
速人は達也の話に納得し、スマホをニコに投げる。達也も続いてニコに渡した。
受け取ったニコは軽くその二つのスマホを四つに変える。
「さて、みんなのところに戻ろう。心配してるだろうしな」
達也の言葉に速人らも黙って頷く。その時、上空から聞き慣れた音が聞こえた。速人らが見上げるとヘリコプターが宿舎の方に向かって飛んでいった。
「ニコ、脱出の手段が見つかったな」
速人がニヤリと笑いながら言った。
「ああ、あいつを奪い取ろう」
ニコも口元を歪める。
「お前ら、ヘリの運転できるのか?」
達也が驚き混じりの声で尋ねる。
「俺はできないよ。でもニコができるはずだ。だよな?」
「ああ、免許はないけどな。多分、飛ばせると思う」
「ミーちゃんに感謝だな」
そう言って速人はニコと思い出し笑いをする。
「ミーちゃん? 何の話だ?」
「まあまあ、今はそんな話をしてる暇はないだろ。いつか教えてやるよ。とにかく早く戻ろう」
三人は速人を先頭にして隠れ家へ向かった。来た時とは微妙に違うルートを辿り、周囲をうかがいながら慎重に進んでいく。
速人はしっかりと周囲を警戒しながらも、少し前のニコとの会話を思い出していた。
ミーちゃん。市ノ瀬美奈准尉。海兵隊のヘリコプターパイロット。
彼女は速人らの隊のヘリのパイロットをしていた。なかなかの美人で兵士たちのアイドル。それだけじゃない。腕も抜群だった。どんなに危険な場所でも救出に来てくれるし、素晴らしいタイミングで現れ何度も救われたことがあった。
訓練と称して非番の日にビーチへ連れて行ってくれたこともある。速人とニコとミーちゃんの三人は仲がよくて、よく一緒に酒を飲んだ。ニコはミーちゃんにヘリの操縦の仕方を教わっていた。
彼女はよく「ミーちゃんって言うな!」と言っていたが、隊員の誰もそう呼ぶのをやめなかった。彼女も本気で怒ったことはない。さすがに新兵がそう呼んだ時は、いかに大らかな彼女でもたしなめてはいたが。
彼女は虹森島の戦いの時は任務から外れていた。たしか速人らと同じく退役したはずだ。
今回はさすがに助けに来てはくれないよなあ。
そんなことを考えながら、隠れ家へ近付いていく。
道半ばに来た時、速人の耳が銃声をとらえた。一発じゃない。しかも方向は速人らが向かっている先だった。
後ろにいる達也とニコを呼び寄せる。
「聞いたか?」
二人とも頷く。すぐにまた銃声が聞こえてくる。
速人が目で合図し、三人は駆け出す。
まさかとは思うが、急にみんなのことが心配になる。
周囲を気にせず三人は走り続けた。運良く敵と遭遇することはなかった。誰かに見られたとしても構わない。とにかく早くみんなの元へ。速人は先頭にたって走り続ける。
やがて隠れ家が見えてきた。一旦、スピードを緩める。
吹き飛んだ表玄関を見て、速人の心臓は冷たくなった。四十五口径を握りしめる。ニコに裏口へまわるように合図し、速人は達也を連れて表玄関から隠れ家に入っていく。
入り口近くに女性が一人、倒れていた。
「くそっ……」
速人はすぐに倒れているのが誰だかがわかった。
彩菜の血だらけの首を触り脈をとる。もうすでに彼女は死んでいた。
速人は叫びたかったが、ぐっと堪える。
他のみんなは?
ニコが裏口から入ってくる音が聞こえる。すぐにこっちには来ないようだった。何かあるのかもしれない。
速人は達也にそこに留まるように合図し、拳銃を体の前に構えて家の奥へと入っていく。
裏口ではニコが悲しげな顔で立ち尽くしていた。
その前には赤茶色の長い髪の女性がうつ伏せに倒れている。
「速人……」
ニコが静かにその女性の力の無い体をひっくり返す。
嘘だろ。嘘だ。そんな。そんなことって。やめろ。
脈を取るまでもなかった。垂れ目で優しさに溢れた彼女の顔には、本来そこには存在しない穴があった。額に銃弾を撃ち込まれていた。
速人は銃を床に落とした。ゴトリと落ちる音が遠くに聞こえた。
膝が折れ、何も見えなくなった。




