第36話
彼は今、自分が誰と呼ばれている人間の姿なのかを思い出していた。自分の研修生番号はA-十九。研修に参加する時に、割り当てられた人間は金井と言う名だった。ここに来てから五人ほどの姿をストックしていた。そう、今の姿は加藤慎治だ。すぐに生首を引きちぎって投げ込んでしまったので記憶まではダウンロードしなかったが、大して重要な人物でもないので構わなかった。本来ならきっちりと生け捕りにして記憶まで吸い取れば研修におけるポイントは高くなるのだったが。それよりも生首を投げ付けることを優先したのだ。その後、聞こえてきた女の悲鳴は気持ちよかった。
廃校では仲間が何人もやられていたが、彼にとってはどうでもいいことであった。彼、というよりは彼らにとっては。ここで人間に殺されるくらいならば、どうせ役には立たない。シェイプシフターは人間とは違う。優秀ではない個体を残す必要など無いのであった。
彼はこの近くにあるシェイプシフターだけが住む島から人間社会に潜り込むための研修を受けるために、この場所へやって来たのだった。彼は自分たちを選ばれた生物だと思っている。確かに姿形は同じだが、人間とは全く違う生き物だった。人間の子供が意味も無く昆虫等を殺すように、シェイプシフターも人間を殺すことができた。彼らにとっては人間はただの貧弱な獲物だった。出来ることなら皆殺しにしたいほどの。なぜ、これほど人間に対して嫌悪感を持つのか彼にも理由はわからない。彼が父親から聞いた話だと、自分たちの先祖は人間に虐げられた〝何か〟だったらしい。その先祖の記憶がDNAに刻まれているのかもしれない。
しかし人間社会に潜り込むためにはその生まれながらの性質を抑えなければならなかった。思うがままに暴れれば、いくら貧弱とは言え人間どもにすぐに駆逐されてしまう。何と言っても数が違うのだった。何度も絶滅の危機に瀕したシフターたちは、その度に少しずつ賢くなっていった。
そして現在、彼らはしっかりとその存在を巧妙に隠しながら人間社会に溶け込んでいた。会社を設立し、この様な研修を行うまでに成長した。この研修で覚えることは、人間を効果的に殺すことや、人間に化けて中に入り込みコントロールすること等、たくさんの課題があった。そして一番大事なのは、残虐性を抑制することだった。それらの課題をクリアできない場合、またあの島へ戻ることになる。
彼はそれは嫌だった。あの島には何も無い。彼も人間社会に潜り込み、人間どもを操りたかった。それに社会に出られれば、島とは比べものにならない豪華な生活が彼を待っているはずだった。シェイプシフターは自分の姿を持たない。その代わりに誰にでもなれる。金など使い放題だ。違う生き物のはずだが、不思議なことに人間の女性に対して、性的な欲求を感じることもあった。それは決して愛などでは無く、単に欲求を処理するといった類いのことであったが。考えてみれば、女性シフターに自分好みの容姿に変わってもらえばいいことなのだが、それでは何かが満たされないのである。他の生き物との性行為。まともな人間なら決してしないであろうことだが、彼らは人間ではなかった。
彼は研修の概要が記された書類を開いた。獲物のリストから名前を探してみる。探していた名前はすぐに見つかった。福永達也。この男はしっかりと捕獲する必要がある。日本でも有数の富豪の息子だった。この男に成り代われればかなりの影響力を持つことになる。教官の話だと研修のたびに一人か二人はこういう特別な獲物が入っているという。
シェイプシフターにも人間と同様に性別が存在する。男のシフターたちは全員、福永達也を狙っていることだろう。福永はその地位も容姿も完璧だった。
女性シフターにとっては社会的影響力とともにその容姿も重要なものになる。本来なら女性シフターたちの一番人気は三上涼子という人間だった。しかし三上涼子はこの島に来る前に、この研修を監督するシフターが成り代わっていた。それにはちょっとした事情がある。彼は逸見からその話を聞いていた。
研修所で四人組の人間たちが、講師をしていた一人の女性シフターにちょっかいを出したことがあった。そのシフターは若く美しい人間に化けていた。ある夜、人気のないところで彼らは彼女にたまたま出くわした。色々と行為がエスカレートしていくうちに、ついにそのシフターの堪忍袋の緒が切れたのだった。四人の成人男性が、か弱いと思っていた女性に片手で持ち上げられ、あっという間に叩きのめされた。
流石に研修生ではないシフターなので、怒りのままに彼らを惨殺することはなかったが、人間とは違う生き物である一面を彼らに垣間見せてしまったのであった。彼女は上司である逸見らに報告した。彼らに色々と言いふらされては困る。ほとんどの人間が信じないだろうが、念には念をという言葉もあった。
その夜、彼ら四人はさらわれて殺された。彼らの代わりは、研修の監督役になれるように成熟したシフターが成り代わった。
彼らは短い間しか研修所にいなかったが、かなり悪評高い四人組だったせいで、彼らに成り代わったシフターはそれからは周囲の信頼を得るために優等生的に振る舞った。獲物の内部に潜む監督役は、獲物と共に行動し、位置情報などを逐一、研修生に送る。その任務の性質上、周りから信頼されなければならないのである。
しかし問題はまだあった。本来は監督役は人気があり、どこでも入り込めるような人物が最適である。この四人では多少、役不足の感が否めなかった。残りの監督役は一人。一人だけなら最上の女性を選ぼうと言うことになった。三上涼子なら研修生なら誰でも知っているし、どのグループにも入り込めるだろう。しかも福永達也と同じクラスだった。こうして彼女は選ばれたのである。
彼は学校の廊下で、三上に化けたシフターの死体を見つけていた。化けていたのはベテランのシフターで、この島に来ているなかでも、指折りの戦闘能力を持っていたはずだった。彼女は監督役としても優秀で、自分が潜入しているグループの情報をしっかりと研修生に送ってくれていた。そのおかげで廃校に隠れている獲物を襲うことが出来たのだ。
彼女ほどのシフターを人間が殺せるなんて。彼はリストをもう一度、今度は違う視点でよく見た。八尋速人、田上雅夫。この二人の説明欄に答えがあるような気がした。
戦争経験者。研修生に困難を与える意味で、この類いの人間を獲物に含める場合があるが、今回はこの二人がそのようだ。しかもやっかいなことに福永達也と一緒に行動しているらしい。まずはこの二人をどうにかしなければならないようだ。
彼は、〝加藤慎治〟から別の姿に変わろうとした。服を脱ぎ、全裸になると頭の中にストックされている中から一人の人物を選ぶ。顔や体の骨が軋むのを感じ、歯の当たりがむず痒くなる。それに耐えているうちに、ズルリと頬から皮がはがれた。両手で丁寧に全身の皮をはがしていく。たちまちドロドロとした肉塊の様なものが足下に溜まっていった。
変身を完了した後、彼は服を着て残骸を始末した。と言っても、ただ上から土をかけただけだが。
彼はこの研修で、すでに二人の人間を惨殺していた。そろそろ分別あるシフターとしての行動をとらなければいけない。どこかのグループを見つけて潜り込もうと考えていた。生け捕りは評価が高くなる。彼はスマートフォンを開いて、あるアプリを開いた。そのアプリはどこかのグループに入り込んでいる監督官からの情報が逐次、更新されていた。
さっきの廃校の様に暴れるのはもうやめないとな。遊びはそろそろ終わりだ。彼はそう思いながらも次の獲物に出会った時に、衝動を抑えられるのか自信を持てないでいた。




