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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第二部
35/55

第35話

 速人を先頭にして、三人は車が走った方に向かった。あのスピードのままならすぐに追いつけるだろう。案の定、すぐに黒い車が速人の視界に入った。あの車の先に目指す集団がいるはずだった。

 気付かれないように後を付けていると車が急に停止した。速人は頭を下げるように後ろから付いてきているニコと達也に向かって合図する。車が停止している道の先には鬱蒼とした森があった。小さな雑草だらけの道がその森に向かって一本だけ伸びている。どうやら逃げていた集団はこの森に逃げ込んだらしい。車から二人の男が降りてきてその道を歩いて森の中へ入っていった。降りた時、キーレス特有のキュキュという音が聞こえたので鍵を掛けたのだろう。それでも速人は慎重に車に近付き、誰も乗っていないことを確認してからその森の中に入っていった。

 入っていくとすぐに森の奥から叫び声が聞こえてきた。しまった。少し遅かったか。速人はそう思ったが、仕方がなかった。ここで焦ってはこっちまでやられてしまう。静かに慎重に森の奥へと進み続ける。やがて木々の間から人影が見え、話し声が聞こえてきた。速人は向こうからは見えない位置を見つけ、素早くそこに移動する。手招きすると達也とニコも側にやって来た。

 男が四人、そこには立っていた。地面には三人の血まみれの死体。一人は女性だった。

「生け捕りにする予定だったろ」

 先刻、逃げている振りをしていた男の一人が言った。その男の顔を見て、達也が速人に向かって頷く。間違いなかった。あの四人組の一人だ。隣の男も同様だった。どうやら達也の推測通り、やつらはスパイだったらしい。

「どうにも抑えられなくて。でも、どうせこんなやつらあんまり価値無いですよね」

 胸糞の悪くなる会話だった。速人は飛び出したくなる衝動に駆られたが、辛うじて自制した。

「生け捕りにするか、ほかの人間と合流させるかって計画だったはずだぞ。それをこんなところで殺しちまいやがって。また俺たちが他のグルーブに紛れ込まなきゃいけないじゃないか」

 言っている内容はかなり物騒だが、口調は教師と生徒のそれだった。

「すいません。今度は気を付けますんで」

 注意を受けていた方の男は、そう言って来た道を戻っていった。もう一人も後に続く。やつらはいわゆるシフターの研修生なのだろう。

「どう思う? やつらは合格にするか?」

「追い詰めるまではよかったんだがな。どんな人間でも無駄に殺さず、記憶までダウンロードしておけば自分の役に立つって言うのに。その辺をもっと教えておかないと駄目だな」

「全くだ。後は、人間に対する殺意をもっと抑制させないといけない。社会に出せば人間の中で生活することになるんだ。やたらめったら殺していたらすぐにバレちまうからなあ」

 そう言って二人はポケットから書類らしきものを出し、何かを書き込んでいた。

 速人はその光景を見て、心底からゾッとした。ニコと達也を見るが二人も同じことを思っているのがわかった。姿形は同じでもまったく異質の生き物がそこにはいた。これはやつらにとっては文字通り研修なのだ。近くで横たわっている死体は、速人らにとっては人間の死体であって心穏やかではいられない存在だったが、やつらにとっては虫の死体とほとんど変わらないのであろう。

 まともに戦っては叶わない。だからまともには戦わない。いきなり後ろからナイフで首を切り裂いてやるつもりだった。

 そこから少し離れて、三人で手短に作戦を立てる。速人が考えたそれはとてもシンプルなもので使い古されたものだった。使い古されていると言うことは有効だと言うこと。

 速人とニコは音もなく移動する。手には銀のナイフと拳銃。

 隠れて移動しながら速人は達也から視線をはずさない。敵の動きに危険を感じれば、すぐに銃を撃つ準備は出来ていた。

 達也は作戦通り三十秒を数えた後、立ち上がりゆっくりと敵の二人に向かって歩き始めた。速人は隠れている場所からじっとその達也の姿を見つめる。

 わざと音を立てて近付く達也に気付いた二人は、すぐに書き込んでいた書類を隠すようにポケットにしまう。達也は拳銃を向けて二人に話しかけた。

「おっと、動くなよ。確か、お前らって研修所にいたよな?」

「そういうおまえもだよな。福永達也」

「へえ、俺を知ってるんだ。光栄だね」

 二人は顔を見合わせた後、急に笑い出した。邪悪な笑い。

「おい、誰か呼んでやった方がいいのかな? こいつは大物だろ」

「しかし殺してしまってはいけないからな。誰を呼ぶ?」

 達也が一人でいるので安心しきっているのだろう。銃を向けられていてもやつらは余裕だった。

 一人が携帯を取り出した瞬間、すぐ後ろの藪の中から速人は飛び出した。同時にニコもすぐ側から飛び出す。まったく油断しきっていた二人の背中から顔を掴み、首筋にナイフを走らせる。

 手応えがあった。速人の標的は呻き声をあげて悶えているが、すぐに尻を蹴飛ばし地面に這いつくばらせる。そして何の躊躇もなく後頭部にナイフを突き刺した。脳に向かって捻りあげる。いつもの白煙が傷口から溢れ、そいつは動かなくなった。すぐ隣でニコも全く同じことをしていた。

「お見事」

 達也が銃口を下ろしながら言う。

 速人は、死体から何枚かの書類を取り出した。A4の何てこと無い書類。その内の一枚は研修生のリストだった。速人や達也の名前も当然ある。名前の横にSからDまでのアルファベットが記されていた。達也の横にはSの文字。速人とニコ、川井はDだった。茜と久美子はA。由紀はBで、彩菜はC。よく見るとSの文字が記されているのは達也だけだ。

「これ見てみろよ」

 速人はニコと達也にも書類を見せる。

「このランク付けって何なんだ?」

「俺がS、お前らはDか。いつもなら顔だろうと言いたいところだが……」

「しかもお前しかSはいないんだ。他はAまでしかいない」

「俺だけ特別ってことか」

 達也はそう言って、急に難しい顔になった。地面に目を向けて何か考えている。

 速人は隠していたことを、言う時だと感じた。どうせ、達也は気が付いている。

「達也さ、お前は向こうにとっては特別なんだよ」

 単刀直入に速人は言った。他に言い様なんて無い。ニコは黙って速人を見た。

「そんなことを言い出すってことは何かあったんだな?」

「俺が川井君を助けに行った時、無線で何も聞かなかったと言っただろ。あれは嘘だ。『福永達也は殺すな』って無線で逸見が何度も言ってた。お前のことを知らないやつが聞いたら、裏切っていると思うだろう。でも、俺にはそうは思えなかった。すると考えられることは一つだ」

 現に茜は達也のことを少しだが、疑うようなことを言っていた。彼女は達也の家のことを知らないから当然なのだ。

 それを聞いて達也の表情が明らかに変わった。目を閉じて溜息をついている。

「もしかしたらって思ってた。そうだったら最悪だって。だけどこんな時の予感は当たるんだな。大体、話はわかったよ。俺の家のことだよな。俺に変われればかなりの影響力を持つことになる。何て言ってもうちは日本でも有数の金持ちだからな」

 確かに速人もニコも達也の家のことは知っていたが、ほとんど気にしてはいなかった。金持ちの息子だろうと、孤児だろうと関係ない。仲間は仲間だった。だが、やつらから見れば全然違うのだろう。達也はSランク。速人はDランク。変身する対象の優先順位。

「当然、俺には〝ダウンロード〟とやらは必須だろう。だから俺は殺しちゃいけないんだろうよ」

 速人はそこで気が付いた。昨夜の彩菜との会話を思い出したのだ。

『わたしなんておまけみたいなもんですよ』

 それだけのことなのだ。速人やニコは達也の友人だからこの研修に選ばれたのだろう。やつらの変身の能力は、元々知っている人間がいないと意味が無い。

「俺たちはおまけってことだな」

「そうだろうな。やつらはまず俺を標的にした。それで自動的にお前らもこの研修に選ばれたんだろう。つまりこんな目にあってるのは俺のせいってことだ」

「一瞬だけだが、裏切ってるのかって思っちまったよ」

「そんなことは構わないさ。この状況じゃあ無理もない。人間に化けられるやつが相手だからな。疑心暗鬼になるのは当然だ。それより問題は……」

 速人は達也の思っていることがわかった。自分のせいだということを確信したのだ。達也は沈痛な面持ちで唇を噛んでいる。速人はこの反応を予想していた。達也にとっては辛い事実だろう。

「問題なんかない。福永は責任を感じているんだろ? そんな必要はないぞ」

 それまで黙っていたニコが言った。

「そう言ってくれるのはありがたいがな」

「仁科を殺したのはシェイプシフターとか言う化け物だ。お前じゃない。川井はまだ生きてる。俺たちもな」

 ニコは達也の目を真っ直ぐに見て言った。さらに話し続ける。

「三上さんはあれだけの美人だ。ここに来る前から殺されてた。最初から標的だったんだろうよ。由紀と彩菜は三上さんと同室だったから選ばれたんだ。速人はむかつくだろうが、茜ちゃんはランクがAだ。彼女も最初から標的にされたんだろう」

 速人は達也の気持ちが痛いほどわかった。自分のせいで仲間がこんな目にあっていると考えたらかなり辛いだろう。だが、状況を把握することは、どんな時も大切だ。達也が特別ということがわかったのだ。それによってこっちが有利になることもあるかもしれない。

「達也さ、俺たちのことはいいんだよ。確かにお前のおまけなんだろう。俺たちには、社会的な価値はほとんどないからな。ただの兵士くずれだ。けどな、お前が狙われたんなら、俺は巻き込まれてよかったと思う。おまけでも付いてこれてよかったと思う。おまけとしてここに来てなかったら、お前らを守れなかったからな。お前のおまけだったからこそ、茜のそばにもいれるんだ。もしお前らだけでこの島に来ていたらと思うと、その方がずっとゾッとする。だから気にするな」

 達也はそれでも辛そうな表情をしていたが、一度、空を見上げると速人に向かって頷いた。

「悪いな」

「ああ、それでこの話は終わりだ」

 速人がそう言うと、ニコがポンと達也の肩を叩いた。

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