第34話
「おい、ニコ。そろそろ夜明けだぞ。起きろ」
速人に起こされたニコは一瞬だけ目を開け、また瞑った。そして深く息を吸って吐き、おもむろに起き上がった。
何度か交代して、二人で見張りを続けたが結局、夜の内には何も起こらなかった。何とか今日の内にこの島を脱出したい。速人はそう思っている。
「何とか夜を乗り切ったな」
まだ眠そうなニコに向かって速人が声をかけた。
「ああ、今日が勝負だ。やつらをぶっ倒そう」
ニコは今朝は何を食べようかという時と同じ口調で応えた。確かに今日が勝負だ。このまま隠れていてもどんどん衰弱していくだけだろう。戦場を経験した速人やニコだけなら、持久戦でも勝ち目はあるが、他のみんなも一緒なのだ。精神的に参ってしまうだろう。
下に降りると、まだ達也は寝ていた。どうやら本気で寝ているらしい。相変わらず図太い神経だと、速人は半ば呆れながら彼の寝ている姿を見やった。茜が速人を見て笑って頷いた。彩菜は悪戯そうな顔をして速人に向かって舌を出している。由紀はまだ横になっているが、もう起きているようだった。久実はミネラルウォーターが入っていたバッグからブロック状のカロリーメイトをみんなに配っていた。水と食料。この二つを用意してくれていたのはありがたかった。
「本当に用意がいいね」
「もしかしたらって思って。無駄になればよかったんだけどね」
「本当にそうだね。それでさ、見張っててふと思ったんだけどね。シフターって銀が弱点なんでしょ。銀の弾丸を作れば、頭を吹っ飛ばさなくてもかなり効くんじゃない?」
「その通りよ。弟がそれに気付いて私たちはそれを使っていたわ。弟はそういうのも得意だったから。銃の改造とかね」
「もしかして、それも用意してあったりしない?」
「残念だけど、答えはノーよ。もう無くなってしまったの。私は自分で作れないから弟がいなくなった後、違法な業者に頼んでいたんだけどね。今回は持ってないの。まさか本当にこんなことになるとは思ってなかったし。それに……」
久実は何か言い辛いことでもあるのか、彼女らしくなく言い淀んだ。
「もうお金がなかったの」
彼女が言うには逃亡しながらシフターと戦い続けているうちに、彼女らの資金は尽きてしまったということらしい。彼女は決して悪人ではないから、真っ当な金の稼ぎ方以外は知らなかったのだろう。確かに違法な業者に銀の弾丸を製造して貰うのは金が掛かる。ニコなら自分で作れるだろうが、ここでは道具も銀もない。
「実際のところ、私はもうギリギリだったのよ。自棄になっていたわ」
お金もなく、仲間もいない。無理もないことだと速人は思った。それでも彼女はできる限りの用意をして来たのだろう。銀の弾丸があればよかったが、戦場で無い物ねだりは禁物だった。あるもので何とかするしかない。
彩菜が押し入れの中で寝ている川井を起こそうとしているのが見えた。川井は押し入れの中で本当に寝ていたらしい。確かに昨日は疲れただろう。足を怪我しているし、一度は死を覚悟したのだ。それでもこの状況で熟睡しているとは。速人はあらためて川井を見直した。身体は小さいが、肝っ玉はデカいらしい。
「ニコ、川井君って凄いよな」
「そうだな。海兵隊にでも入ってれば、かなり優秀な兵士になれたんじゃないか」
ニコが本気か冗談かわからない口調で言った。
久実から貰ったカロリーメイトを囓りながら、みんなの様子を見ているうちに達也も起きたようだった。昨夜、茜と話したことが速人の頭の中に甦ってきたが、同時に他の何かが彼の脳を刺激した。あの後、話したのは彩菜とだけだった。思わぬ告白をされたわけだが、その会話の中に何かがあったのか。何か引っかかる単語があったに違いない。
「速人、見張りご苦労さん。おかげでゆっくり休めたよ」
達也がいつも通りに爽やかに言った。
「ああ、それはよかった」
速人は何となく、隠し事をしていることに後ろめたさを感じて素っ気なく答えた。茜を見ると心配そうにこっちを見ているのがわかった。
「どうしたんだ? 何かあったか。随分と感じ悪いな」
達也が言った時だった。車のエンジン音が聞こえ、すぐ近くで銃声が二発鳴り響いた。速人とニコは素早く銃を取り出した。みんなに動かないように身振りで示す。速人は静かに階段を登り、二階に上がる。
窓からそっと外を眺めていると、家の前の道路を五人ほどの男女が何かから逃げるように走っているのが見えた。その後ろには黒塗りのライトバンが停まっていて、窓から半身を出している男が見えた。両手でAK47自動小銃を持っている。さっきの銃声はあれだろう。状況は単純そうに見えた。先に走っている五人は人間で、後ろのはシェイプシフターたちだ。見つかって逃げているのだろう。しかし速人は逃げる人間の中に見覚えのある顔を見つけていた。しかも二つ。もしかしたら敵かもしれないと考えている例の四人組。その中の二人だった。そのまま速人は様子を見ていると、明らかにライトバンから発砲している男は命中させる気がないようだった。
もしも達也の推測通り、ヤツらが敵のスパイだとしたら辻褄は合う。そのうちに本性を現し、逃げるのを妨害するのだろう。それとも、他にも人間がいるのがわかっていて合流させようとしているのか。
その内に、速人が見ている場所からは逃げている人間も後ろから追いかけている車も見えなくなった。速人の頭はめまぐるしく回転していた。どうする? 助けるか? もし予想通りだとしたら、涼子に化けていたシフター並に強い化け物とまた戦うことになる。しかも今度は二人。普通に考えたらヤバい。しかし唯一、こっちに利点があるとすれば、今回はこっちの存在は知られていないってことだ。やつらはスパイを紛れ込ませ、常に有利に狩りをしてきた。こっちが狩る立場になったらどうだろう。やつらは狩られるということがどういうことなのか知らないに違いない。
速人は下に降りていき、見たことをみんなに話した。そしてこれからしようとしていることを説明する。
「やつらはこっちの存在に気付いてない。これはチャンスだと思う。他の人たちも助けてやりたいし。何かを狩っている時ってのは、自分が狩られていることに気付かないもんだ」
速人が言うと、ニコはすかさず同意した。
「今度はこっちが狩ってやる番だな。何が起こってるかわからないうちにやつらを始末しちまおう」
久実は少しだけ悩んだ様子だったが、流石に元士官らしく速人らの言うことがわかったらしい。そして決断も早かった。
「わかったわ。貴方たちに任せる。ただ無理だと思ったらすぐに戻ってきて」
茜や彩菜、由紀などはただ黙って様子を見ていた。彼女たちにはきっとわからないだろう。速人には優れた兵士特有の嗅覚があった。これは勝てる。彼女たちに向かって安心するように笑顔を向けた。
「さあ、ニコ。行くか」
速人は四十五口径と銀のナイフを持っていくつもりだった。作戦通りなら銃は撃たないつもりだ。
ニコも同じことを考えていたようでリボルバーの拳銃とナイフを持っていた。
「速人、俺も行くよ」
達也が敵から奪った九ミリ拳銃を手にして言った。
「思っている通りだったら、あの強い化け物と戦うんだろ。しかも今度は二人だ。俺が付いていっても足手まといかもしれないが……」
速人とニコは顔を見合わせた。
「危険だぞ。わかっているのか?」
ニコの言葉に達也は黙って頷いた。速人とニコも頷き合う。相手は二人だ。バックアップがいれば有り難い。
「なるべく早く戻ってくるつもりだから。みんなはここに隠れていて」
どうしてわざわざ外に出て戦うの。茜たちの視線がそう語っているのに速人は気が付いていた。
いつかは攻めに転じないと、勝負には勝てない。ここで二人を片付ければかなりこっちが有利になることは間違いなかった。このままではジリ貧になる一方だ。脱出の方法も探さなければいけない。いつまでもこの家に留まっているわけにはいかないのだった。
それに加えてもう一つ。やらっれぱなしじゃ気分が悪い。
「じゃあ、久実ちゃん。ここは任せたよ」
そして速人ら三人は家を出て、車の走り去った方向へ向かった。




