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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第二部
33/55

第33話

 ほとんどいつもの夢だった。違うのは撃ち殺した人間は中隊長ではなく涼子の顔をしていた。その顔面を撃ち抜いた瞬間、速人は夢から覚めたのだった。起きた時、すぐに頬に手が当てられていることに気付く。

 茜の手だった。きっとうなされていたのだろう。もしかしたら彼女が起こしてくれたのかもしれない。

「随分とうなされてたから、起こしちゃった」

 茜が心配そうな表情をしながら言った。

「嫌な夢を見てたんだ。いつものことさ」

 聞けば寝付いてから一時間も経っていないとのことだった。

「まだ交代の時間じゃない。もう少し休んでいるといい」

 ニコがいつの間にか部屋の前に立っていた。うなされているのを聞きつけてやって来たのだろう。

「それと茜ちゃん、あんたは下に行って寝るべきだな。速人と一緒だとあんたが休めなさそうだ。あんたはそれでも満足だろうが、明日も走り回らなきゃいけない可能性は高い。少しでも休んでおかないとな」

 茜が速人の顔を見た。全くニコの言う通りだった。このままでは彼女は休めない。速人は頷いて、ニコの言う通りにするよう茜に言った。茜もそれに素直に従って、彼女は階段を降りていった。

 ニコは黙って、元の部屋に戻った。速人はまた眠りにつこうとしたが、どうやらもう無理のようだった。ジッと横になって体を休める。頭の中に色々な嫌な光景が現れては消え、消えては現れたがことごとく無視し続けた。考えれば考えるほど、深みにはまって辛くなっていく。経験上、速人にはそのことがよくわかっていた。頭の中を空にして、体の色々な部分に心を集中させていく。手や足、心臓の鼓動。そうしているうちに頭の中が多少スッキリしてくる。余計なことは考えるな。

 そうこうしているうちに、ニコとの交代の時間がやってきた。多少は休めたようで、頭は少しだけスッキリしてきていた。戦うということは非日常的なことであり、非常に疲労する。友達だった女性の顔面に銃弾を撃ち込んだりしなければならないのだ。それでも速人の心はまだまだ折れていなかった。残った仲間は絶対に守り通す。その意思が彼の身体と心を励ましていた。

 部屋に現れたニコと交代して、速人はニコが見張りに使っていた部屋に移動した。カーテンの間から外を覗う。近くは全くの暗闇だが、遠くの方に灯りが見える。今のところ、この近辺は安全のようだった。朝までまだ数時間が残されていた。速人は窓の側に腰掛けて、外を眺め続けた。ほとんど何も動きは無い。このまま何も起きずに朝になってくれ。

 速人がそんな願いを持ちながら、見張りを続けていたが、一時間ほど経った頃、家の外では無く内側で動きがあった。誰かが階段を登ってくる気配がする。音を立てないようにはしているが、確実に誰かが近付いてきていた。仲間の誰かだろう。そう思いながらも速人は手にした四十五口径をそちらに向ける。結果的には、それはすぐに下に向けることになった。

「見張り番、お疲れ様です」

「彩ちゃん?」

「へへへ、よく眠れなくって。ちょっといいかな?」

「別に構わないけど。休んでおいた方がいいよ」

「わかってる。でも少し話がしたくて」

「下のみんなはどうしてる?」

「よくわからないの。一応、みんな寝てる風には見えるけど」

 何となく速人には下の様子がわかった。こんな時にはなかなか寝られないものだ。いくら疲れていても恐怖と興奮で眠気は吹っ飛ぶ。しかしその疲労は確実に存在し、いざという時の判断力と体力を削っていくのだ。速人やニコのように軍隊で訓練されていれば話はまた別なのだが。

「そっか。まあ、あんなことがあった日だもんね。今だってまだ終わってないし。無理もないか」

「うん。それで二階の見張り役さんとお話でもと思って上がってきたの」

 それから速人と彩菜は、他愛のない話を続けた。全く状況には似つかわしくない話題ばかりだったが、速人にはちょうどよかった。ほんの数分だが日常に戻った気がした。しかし自然と話は今の状況に関してのものになっていく。

「実はさ、八尋君のことを凄く怖くなっちゃってたんだ。まるで別人みたいだなって。冷静に銃をバンバン撃ってさ、研修所にいた八尋君と全然違う人みたいで。でも、こうして話してるといつもの八尋君だよね」

 速人はそれを聞いて何と言っていいかわからなかった。

「久実さんが教えてくれたの。本当の八尋君は研修所にいた八尋君だよって」

「まあ、どっちも俺だけどね。どっちが好きかって言われれば、研修所にいた時の方が好きさ。当たり前だけど」

「そんなこと思ってごめんね。わたしたちを必死で守ってくれてるんだよね」

 言わなければわからないのに、と速人は思ったが、それをわざわざ言って謝罪している彩菜がとても可愛く思えた。この女性は本当に心が素直なのだろう。

「本当はそれを言いに来たんだね?」

「うん。何かさ、自分が凄い勘違いしちゃってた気がして」

「でもさ、それって言わなきゃわからなくない? 何かショックだなあ。そんな風に思われてたなんて」

 後半部分は全くの冗談だった。口調から彩菜もそれを察したのか笑顔で応じた。

「だよねえ。でも気にしないで。わたしっていつもこんなだからさ」

 速人は声に出さずに笑っていた。そして少しだけ真面目な口調になって言った。

「正直に言えばさ、あんなことはしたくないんだよ。戦いはもううんざりなんだ。けど、もっと嫌なのはみんながいなくなることさ。仁科と涼子ちゃんにはもう会えない。これ以上、犠牲は出したくない。だから俺は嫌だろうが、何だろうが戦うよ。ニコも同じだと思う」

 彩菜はそれを聞いて、少し黙っていた。

「本当はさ、もう一つ伝えたいことがあったんだ」

 沈黙の後、思い切ったように彩菜は声を出した。

「本当は伝えちゃいけないのかもしれない。ここに来てこんなことになる前は、ずっと胸にしまっておこうって思ってた。何年かたって『実はさ~』って感じで話せればいいやって。でも、数年後どころか、明日だって来るかわからなくなっちゃったよね」

 いきなりの彩菜の話に、速人は戸惑いを隠せなかったが、そのまま黙って耳を傾け続けた。

「わたしね、茜さんのこと好きだよ。自分よりずっと素敵な女性だって思ってる。色んな面でさ、かなわないなって思う。だから張り合おうなんて思ってない。でも、もし明日死んじゃったらって思うと、やっぱり伝えたくって」

 彩菜はそこで一旦、口を閉じた。だが、すぐに真っ直ぐに速人の目を見て言った。

「わたしね、八尋君のことが好き。大好き。あなたのことが怖いって思ったのも、あなたのことばかり考えてからなの。研修所にいる時からあなたばかり見てたから、別人になったとか思ってしまったんだと思う」

 彩菜は一生懸命に速人に向かって話した。正直、そんなことは夢にも思わなかった速人だったが、すぐに申し訳ない気持ちが湧いて出てきた。彼女はどんな思いで、茜と自分を見ていたのだろうか。どんな思いで茜へのプレゼントを速人に勧めていたのだろうか。常に彩菜は優しく明るかった。機嫌の浮き沈みなど無く、いつもニコニコしてみんなを和ませていた。そんなに美人な訳じゃないが、そんなものよりもずっと大切で貴重なものを彼女は持っていたのだ。

 なんで同じ時期に、最高の女性が二人現れるんだよ。速人は心の中で呟いた。何を言っていいのかわからず、ただ黙っていた。数十秒か数分かわからないが時が流れた。

「そんなに困った顔しないでよ。さっきも言ったじゃん。茜さんと張り合う気はないって。でも、ビックリしたでしょ。誰にも言ってないしね」

 彩菜はいつものニコニコ顔に戻って言った。口調もいつもの彩菜のものに戻っていた。

「何て言うかさ。ありがとう。こんな俺をそんな風に思ってくれてたなんて。でもさ、一つだけ間違ってるよ」

「何か変なこと言ったかな? わたし」

「明日死ぬことなんか無い。この島から全員で抜け出すんだ。そこだけ訂正させてくれ」

「そうだね。そうだった。八尋君たちが守ってくれるんだもんね。ごめんね。間違えちゃった」

 ちゃんとフってあげた方がいいのかどうか、速人にはすぐに判断できなかった。 戦っている時は瞬時に判断できるのに。

「ちなみに今のは好きだって伝えただけで、付き合ってくださいって言ったわけじゃ無いからね。だから何も答えはいりません。今さ、ちゃんと言った方がいいのか悩んだでしょ?」

 心の中を完璧に見透かされて速人は驚かされた。茜にも度々、心中を見透かされることがある。自分の顔にはホワイトボードみたいな何かがあってそこに自分の思ってることが書かれているのかと思わざるを得ない。

「八尋君ってさ、本当にこういうことになるとわかりやすいよね。うん、やっぱり変わってない。鈍感だしね。いつものことですよ。学生時代からね、いつもこうなんだ。友達が大抵、美人でさ。まあ、わたしなんておまけみたいなもんですよ」

 ことさら自分を卑下する言葉だが、彩菜が言うと陰湿に聞こえなかった。

「おまけを集める人だっているんだから」

「それって褒め言葉? なんか違う気がするんだけど」

 わざとらしくふくれっ面をする彩菜を見て、速人は思わず笑ってしまった。それを見て彩菜も笑った。そして笑いながら、急に速人の懐に飛び込んできた。

「そのまま、笑ってて。少しだけでいいから」

 速人の胸に抱き付いたまま彩菜はそっと呟いた。


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