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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第二部
31/55

第31話

 速人が川井を助けに行くためにみんなと別れた後、茜たちは学校の裏門から校外へ脱出した。途中で昔ながらの商店らしきものを通った。よくある学校の近くにある駄菓子屋兼文房具屋。登校時や下校時には子供たちで賑わっていたのだろう。

 茜は少し前、速人を死地へ送り出した。本音を言えば行って欲しくなかった。川井君には本当に悪いことだけど。しかし速人の過去を聞かされている彼女にとっては決して強く止めることはできないことだったのだ。きっと彼はこれ以上、心に重荷を背負いたくないのだ。自分が危険な目に遭うより、その方がずっと恐怖なのだろう。早く戻ってきて欲しい。茜は歩きながら目を小さく瞑り、溜息をついた。

 その時、ニコの手がそっと彼女の肩に置かれた。茜は目を開けてニコを見た。

「心配するなって言う方が無理だよな。けど、大丈夫だよ。あいつは必ず戻ってくるさ」

「うん。ありがとう」

 いつもは明朗な茜もそれだけしか言えなかった。あんなにたくさんの敵がいる場所へ舞い戻って、絶対大丈夫だなんてとてもじゃないが思えなかった。茜のそんな憂鬱な気持ちに気付いたのかニコは話を続ける。

「あいつはさ、死なないんだよ。わかりづらいかな。とにかく速人は死なないんだ」

「不死身だってこと? そんな訳ないよね」

「ある意味そうなんだよ。まずあいつはどんな激戦地からも生還してきた。大体がほとんど無傷でだ。確率でいったらありえないほどね。それに運もいい。昔、速人の隊が行くはずだった場所に別の部隊が派遣された。そいつらは全滅した。その命令変更は出発する直前だったんだ。そんなことが2度ほどあった。俺たちは何かに守られてると錯覚したもんだ。こんな話もある。前線で戦闘任務につく兵士には数ヶ月に何日か休暇が与えられるんだ。俺はよく速人と一緒だったんだが、速人が休暇の時は必ずと言っていいほど、ひどい戦いがあったんだよ」

「そうなんだ。でも……」

「大丈夫だ。そういう運も含めて速人は優秀な兵士なんだよ。特に生き残ることにかけてはね。だから必ずあいつは戻ってくる。川井と一緒にね。だからそんな顔するな」

 茜はまだ心から安心などできなかったが、ニコの思いやりは嬉しかった。そう、彼は大丈夫。

「そうね。速人は死なないよね。ニコ君が言うんだから間違いない。間違ってたら許さないんだから」

 許さない。戻ってこなかったから絶対に許さないんだから。

 ニコと茜は小声で話し続けていたが、ほかのみんなはほとんど無言だった。今のところ、敵が近くにいる兆候は全く見られなかった。いくら小島とはいえ、そうそう出くわすものでもないらしい。やはりさっきまでは涼子に化けていたシフターが情報を送っていたのだろう。

 校外へ脱出してから小一時間ほど歩いた時、何件かの廃屋を見つけた。そのうちの一軒は草に覆われていたが、それほど劣化が激しくなく家の体裁を保っていた。二階建てで庭には三輪車がうち捨てられていた。速人が言っていた家はここに違いない。

「八尋君が言ってた家はここみたいね」

 久実がその家を示しながら、全員に向かって言った。達也とニコがすかさず同意する。茜たちも頷いて同意した。まずはニコが周囲を探索し、先に中に入り安全を確認しにいく。

 しばらくしてニコは戻ってくると、一行をその家の裏手に案内した。裏口だったと思われるドアがあり、鍵が掛かっていなかったのか、それとも壊れていたのかニコがそのドアを開けた。

 家の中は古びた廃屋特有の匂いがしたが、とりあえず座って休めればよかった。雨戸などはすべて閉まったままの状態であった。みんな思い思いに腰を下ろす。茜の心と体も疲れ切っていた。特に心は心配で満ちていた。

「とりあえずはここに隠れていれば大丈夫だろ。俺が見張っているからみんなはゆっくり、と言ってもこの状況じゃなかなか落ち着けないだろうけど、休んでいるといい。いざという時、動けないとまずいからな」

 ニコは自分には全く休憩など必要のないかのように言った。

「そうね、ニコ君の言うとおりだわ。当分は大丈夫だろうから、よく休んでおかないと」

 久実はそう言いながら自分の持つ九ミリ拳銃の残弾をチェックする。

「涼子ちゃんはどうなっちゃったの?」

 彩菜が思い詰めたような声で、誰にともなく尋ねた。しばらく誰も答えないでいたが、やがて達也が口を開いた。

「恐らくはもう死んでると思う。さっき速人らと戦ったのは彼女じゃない。彼女に成りすましていたシフターだ。だから俺たちがどこにいるかなんて筒抜けだったんだよ」

 彩菜はそれを聞いて今にも泣き出しそうだった。由紀はすでに涙が溢れている。

 そう、涼子はもう死んでいるのだろう。茜は達也の言葉の意味を噛みしめた。彼女のあの美しい顔。もしかするとまた見ることはできるかもしれないが、それは決して本物ではない。

「今はあまり考えずに休みなよ。速人がそのうち戻ってくる。色々、考えるのはその後にしよう」

 達也はそう言いながら、自分の世界に入り込んだようだった。茜の目には達也は色々と考えているように見えたが、何も聞かなかった。彼のことだ、必要な時になれば話す気なのだろう。

 ニコは二階に上がっていったようだ。周囲を警戒しながら速人を待つ気なのだろう。一階部分の茜たちがいる部屋は閉め切られていて外からは中を覗けないようになっていた。その代わりに中から外をうかがうことはできない。ニコは二階から外をうかがうつもりなのだろう。

 久実が女性陣にトイレを済ましておくように言った。生理現象はどんな状況でもなくならない。幸いその家のトイレだったものは形だけは残っており、多少の不快さはあったものの用を足すことはできた。

 家の外はすっかり暗くなっていた。それにしても酷い一日だった。茜は今、自分がこうして生きているのが急に信じられなくなった。あまりにめまぐるしく色々な事が起こりすぎた。

 本来なら今頃、この自然に溢れた島で速人や仲間たちと適当に研修を受けながら、楽しく過ごしているはずだったのだ。昼は年相応の新人社員として過ごし、夜になれば恋人と愛を語らい、女同士で色々なことを語り合ったり。それなのに現実はひどいものだった。たった一日で友人が二人、この世界からいなくなった。途中で合流した三人も惨殺された。ゴロゴロと転がる生首を茜はよく見なかったが、その転がる音だけはよく覚えていた。

「三人とも大丈夫? ってそんな訳ないよね」

 茜が今の状況を整理しきれないでいた時、久実が話しかけてきた。彩菜や由紀もごそごそと側に寄ってくる。ある意味、ガールズトーク。

「八尋君なら心配いらないと思うよ。彼は本当に優秀な兵士だから。軍ではちょっとした有名人なくらい。まあ有名なのは優秀なだけじゃ無くて色々やらかしたからなんだけどね」

 そう言えばニコ君と速人は偉い人を殴り倒したって言ってたっけ。茜はここに来る前にニコに聞いた話を思い出した。何だっていい。早く戻ってきてくれれば。

 女性四人で色々と話していたが、彩菜と由紀の様子がいつもと違うことに茜は気付いた。確かに普通の状況では無いのでいつもと違うことは仕方ないのだが、何か茜に対して一つ線を引いているような感覚だった。

「茜さんの前だけど、正直に言っていいかな?」

 何か含んだような口調で彩菜が囁いた。

 一体、何なんだろう。茜は彼女の顔を見て目で先を促した。

「わたしさ、八尋君のことが怖くなっちゃった」

 彩菜はそう言った後、目を伏せた。

「どういうこと?」

「涼子ちゃん、確かにあれは涼子ちゃんじゃないのはわかってる。でも……。倒れた彼女の顔に何の躊躇も無く銃を撃ったわ。普通だったらできる? さっきもそう。結果的には敵だったみたいだけど、はっきりわからないうちに簡単に撃ち殺してた」

 茜が何も言い返せないでいると、隣の由紀も口を開いた。

「八尋さんも、ニコさんも全然、研修中と違う。まるで違う人みたい。わたしも凄く怖い」

 確かにそうだった。茜もそれは感じている。速人もニコも研修中はどちらかと言えば落第生に近い男たちだった。むしろ今の方が生き生き、そう言っていいのかはわからないが、している様な気がしないでもない。

 その時、話を黙って聞いていた久実が少しだけ笑みを浮かべるのが茜には見えた。

「そっかあ。そういう風に思っちゃうか。仕方ないよね、こんな状況だもの。でもね、怖がる必要なんて全然ないよ。二人とも研修中と同じ人間だから。何も変わってなんかない」

 それを聞いても彩菜と由紀は黙ったままだった。久実は構わず話を続ける。

「二人ともさ、研修中のあの二人ってどんなイメージだった? ニコ君は確かに強面だけど、よく知ればとても優しい男性よね。八尋君もどこか陰があるけど、優しくて面白くてスポーツ万能。それと二人に共通してるのは研修にやる気がないってとこかしら。社会人失格的な匂いがあったわね」

 久実の二人の評価は全く正確だったので他の誰からも反論はなかった。速人びいきの茜でさえも社会人失格と聞いてつい笑みをこぼしてしまった。

「けどね、そのままの二人だったら今頃、全員死んでるわよ。彼らが海兵隊員だったおかげで今、こうして話していられるの。さっきの涼子ちゃんの時もそう。あんな危険な生き物にはとどめを刺さなければいけない。八尋君だって涼子ちゃんの顔を撃ちたくなかったはずよ。違うとわかっていても目の前にあるのは彼女の顔なんだから。彼の脳裏には彼女の顔が焼き付いてるはず。でも、誰かがやらなくちゃいけない。だから、彼はすぐに自分でやったの。八尋君がやらなければニコ君がやったでしょう。ニコ君がやらなければわたしが撃ったわ。決して気持ちのいいものじゃない。できれば他の誰かにやってもらいたい。彼が彼女の顔を撃ったのはそういう類いのことなの」

「そっか。そんなもんなのかな」

 彩菜は久実の言葉を噛みしめるように聞き、呟いた。

「わたしも軍にいたからわかるんだけどね、彼らみたいな男たちは普段は結構どうしようもないものなのよ。あの二人はマシな方よ。けどね、こういう事態になれば何よりも頼りになる男たちなの。あの二人はそういうタイプの男よ。心の中の恐怖を押し隠して、自分を犠牲にすることに何の躊躇も感じない。そしてやると決めたことはやり抜くの。きっとね、彼ら二人はもう誰も犠牲者を増やさないって思ってるはずだわ。わたしたちを誰ももう死なせないって。そのためには彼らはどんなことでもやるでしょう。どんな残酷なことでも。見ていて引いちゃうかもしれない。でも、それはみんなを守るためにしてることなの。だから彼らをそんな風に見ないであげて」

 茜は久実が速人たちを自分よりもよほど理解していると思った。茜には愛情と言うフィルターがかかっているので見えない部分がたくさんある。久実は流石に元女性士官だっただけはある。

「むしろ研修中の二人が本来の彼らなんだから。優しくて、少し不真面目で、達也君や仁科君らとくだらないことで大騒ぎしてるのが彼ら本来の姿なのよ。茜ちゃんになかなか告白できないでいるようなちょっと弱気な八尋君が本来の彼よ」

「茜さん、変なこと言ってごめんなさい。気が動転しちゃって。そうだよね。久実さんの言う通りだよね」

 彩菜は納得して、笑顔を取り戻したようだった。由紀も納得したようだ。

「ううん。別にいいよ。仕方ないよ。こんな状況だもの。あたしだって何が何だかわからないもの」

 きっと無理も無いのだ。確かに速人は涼子の顔をしたものに向かって銃を躊躇いなく撃った。茜はよく見るのを避けたが恐らく顔面は破壊されて原型をとどめていないだろう。知っている顔に向かってそんなことをしたい人間は、普通ならいないはずだ。速人はその皮膚の裏に隠れていた怪物を撃ったのだが、それは一般人の感覚ではなかなか理解するのは難しい。

「茜ちゃんさ、今の話で何か思わない?」

 久実が茜に向かって尋ねた。茜は何のことかよくわからなかったので首を傾げた。

「彩ちゃんは八尋君を怖がってた。由紀ちゃんもそう。でも今、彼はいないのよ。二人とも彼が戻ってくるって思ってるから、こんな話をしているんでしょう。これは本心から言うんだけど、彼は必ず戻ってくるわ。不思議なんだけど絶対にそう思う」

 ただ単に自分を気遣ってくれているだけの言葉では無さそうだと茜は感じた。久実の言葉にはなぜか説得力がある。

「正直言うとね、わたしは死ぬのを覚悟してたの。ずっとあいつらと戦ってきたし、弟と一緒の時もどこか絶望感しかなかった。でもね、今はちょっと違うの。八尋君とニコ君、あの二人と一緒なら何とかなるんじゃないかって。彼らなら何とかしてくれそうな気がするのよ」

「ついでに付け加えると……」

 今まで目を閉じて自分の思考に入り、少し離れた場所で座っていた達也が今までの話を聞いていたのかおもむろに口を開いた。

「あいつら二人はあんなもんじゃない。少なくとも戦場で俺が一緒だった時は違った。もっとずっと強かったよ。それこそブランクってやつなんじゃないかな。そろそろ〝勘〟ってやつを取り戻してる頃だろうよ。だから茜ちゃんは安心して待ってればいい。そのうちヒョッコリ顔を出すさ」

 茜は自分の右手に暖かいものを感じた。由紀がそっと握ってくれていた。由紀の笑顔に茜も笑って返す。目の前には彩菜が疲れてはいるが、さっきまでとは違って屈託なく笑っていた。

 速人、みんなはこんなにあなたのことを信じてるよ。裏切るなんて出来ないよね。

 伝わるものなら、伝われと茜は速人に向かって心の中で叫んだ。

 その時、二階に上がっていたニコが静かに降りてくるのがわかった。

「車のライトが近付いてきた。そろそろ近くを通るところだ」

 その言葉通り、エンジン音が聞こえたと思うと、家の側でその車は停まったようだった。しかしそれもほんの数秒のことで、すぐにまたエンジン音が響き音が遠くなっていく。

「一旦、停まってすぐにまた行っちまったな」

 達也の言葉にニコが続く。

「外へ行ってくる。俺の予想通りだと恐らく……」

 そう言ってニコは裏口からそっと外へ出て行った。

「またあいつらだったらどうしよう」

 彩菜が不安そうに言う。久実も自分の銃を握りしめているのが見える。

 それから一分か二分、その廃屋は緊張感に溢れていた。外からは何の物音もしない。下手に動いて囲まれでもしたら今度こそまずいだろう。速人が帰ってくる場所が無くなってしまう。

 ほんの数分の間だったが、茜たちにとっては永遠に近い時間だった。裏口のドアが静かに開き、ニコの声が聞こえた。

「大丈夫だ。敵じゃない。速人からお届け物だよ」

 ニコの肩には、川井の姿があった。達也が急いで駆け寄り、ニコと二人で川井を座らせる。

「川井君、速人は?」

 茜はたまらず、川井に問いかけた。

「八尋さんは僕をここに置いていくと、また車で走っていきました。どこかに車を置いてくるって。発信機でもついてて追跡されたらいけないとかで、色々な場所で一時停止を繰り返してきたんです。凄い運転でしたよ。学校から何台かに追いかけられたんですが簡単に振り切ってしまって。隠れてライトを切ってやり過ごしたり。映画の逃走シーンみたいでした」

「じゃあ速人は無事なのね? 怪我とかは?」

「全然、大丈夫です。車を置いたらすぐに戻ってくるって言ってました」

 茜は川井の言葉にひとまず安心した。彼はまだ生きている。しかも怪我もなく。

 ニコの方を見ると、〝ほら、言っただろ〟と言った顔をしている。

 そうしているうちに彩菜が川井に抱き付いた。そう、彼は一度は自分を犠牲にしてみんなを逃がそうとしたのだ。結果的に速人が救ったが、彼がそういう決断をしたことに変わりはなかった。

「お前は大したやつだよ」

 ニコはいつものように短く言ったが、その口調から最高の賛辞に聞こえた。

「でも、怖かったですよ。みんなが行った後、正直に言うとやっぱりやめておけばよかったって思いました」

「馬鹿だな。そういうのは言わないでおけばいいんだよ。『みんなのために犠牲になれれば本望でした』とか言ってさ」

 達也の言葉に川井が笑った。みんなもそれにつられて笑った。とりあえず一人は戻ってきたのだ。

 さあ、後はあなたの番よ。さっさと戻ってらっしゃい。茜は再び、速人に向かって心の叫びを放った。


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