第30話
あいつはもう助からないだろう。速人は外に引きずり出された加藤のことを思った。外に出た瞬間、四方から襲われることは間違いない。加藤が連れ去られてから数十秒が経過していた。なぜ、すぐに押し寄せてこない? 速人はそんなことを考えていたが、何より先決なのは、みんなをここから脱出させることだった。敵がビビっているのか、遊んでいるのか知らないが与えられた時間をどう使おうとこちらの勝手だった。他の場所から校内に侵入されたら挟み撃ちになる。その前にここから逃げなければ。
「ニコ、みんなを連れて逆側から逃げろ。窓の外はやつらだらけだ」
速人の言葉にニコは頷き、銃の入ったバッグからMP5を取り出し安全装置を解除した。外に出るようにニコがみんなを促す。
その時だった。窓ガラスが割れ、何かが教室内に飛び込んできた。重量感のあるそれはゴロゴロと教室の中を転がった。
「うわあああああ」
ちょうどその物体が転がり終わった時に一番、近い位置にいた彩菜の悲鳴が響いた。
加藤の生首だった。外から笑い声が聞こえる。
なるほど、ビビってるんじゃなく遊んでたわけか。速人は素早く頭を上げて外で笑っている一人の敵に向かって狙いをつけて発砲する。一発しか撃っていないが、その銃弾は狙い通り頭部を貫いた。外の笑い声が止まる。少し間があって、複数の銃声が響き渡った。シフターたちも発砲を始めたのだ。
「さあ、早く行け。ニコ、みんなを頼んだぞ」
速人はそう言いながら敵に向かって銃を撃った。窓ガラスが連続して割れる。敵はフルオートで撃ちまくってきていた。速人は散発的に発砲を繰り返していたが、その間にみんなは教室から出て行った。
銃弾が頭上を飛び交う中、茜が心配そうに速人に向かって声をかける。
「速人も早く逃げようよ」
「俺はここで少しやつらを食い止める。大丈夫、すぐに追いつくから」
少しでも反撃しないとすぐにやつらは近付いてくるだろう。それがわかっているので速人はそこから動くことは出来なかった。茜の心配そうな顔に笑顔を向けて、早く逃げるよう促した。達也が茜の手を引いて半ば無理矢理その場から離れさせる。その時、達也と目が合ったが速人も達也も何も言わず頷き合っただけだった。
最後に自分では早く歩けない川井にニコが手を貸そうとしたが、川井はその場から動こうとはしなかった。訝しがるニコと速人に向かって川井は決然とした声で言った。
「僕はここに残ります。ニコさんはみんなを守ってあげてください。この足では早く動けません。僕のせいでみんなに迷惑かけたくないんです。銃を貸してください。僕が食い止めます。八尋さんも一緒に逃げてください」
速人とニコは顔を見合わせた。確かにそれは事実だった。川井がいることによって逃走する速度は著しく遅くなるだろう。かといって見捨てるなんてのは論外だった。たとえがそれが正しい判断だったとしても。
「ここで八尋さんがいなくなったらみんな殺されてしまいます。お二人とも軍人だったんでしょう? 議論してる状況じゃないですよ!」
計算とか打算とかで言えば川井の言葉は的を得ていた。ここで速人が残るよりも川井が残る方が損害は少ない。みんなを守るにはそれが一番の選択だった。速人が決めかねているとニコが先に決断した。
「銃は撃てるのか?」
ニコが苦い声で尋ねた。
「サバイバルゲームならやったことあります。撃つくらいならできますよ」
ニコは手にしていたMP5を手渡した。セレクトレバーをセミオートに合わせる。
「一発ずつ出るからな。敵に向かって引き金を引けばいいだけだ。反動に気を付けろよ。弾が無くなったらこうやって交換するんだ」
ニコはMP5の弾倉を幾つか床に置き、マガジンチェンジを素早く実演して見せた。川井は頷きながら、その銃を手に取った。
「さあ、二人とも行ってください」
そう言いながら、彼は外に向かって発砲した。敵には命中していないだろうが威嚇にはなるだろう。
ニコと速人は身を屈めながら教室を出た。先の廊下でみんなが待っていた。速人は一度、戻って川井に向かって言った。
「じゃあな。やられるなよ。やつらに一泡ふかせてやれ」
我ながら陳腐だと速人は思った。だが、それしか言えなかった。
「みんなを、みんなを守ってあげてください。それじゃあ」
速人はその場を離れるのが辛かった。体が急に重くなったように感じた。しかし、ここでモタモタしていては彼の気持ちを裏切ってしまう。速人はそれを振り切るようにそこを離れてみんなと合流した。
速人の表情は誰にも何も言うなと語っていた。すぐに全員で走り出す。敵から反対方向へ。このまま行くと最初に廃校に来た時に見つけた裏門の当たりに出るなと走りながら速人は思った。相手がプロの集団なら完璧に包囲してから攻撃を始めるはずだが、ささやかな幸運なことにやつらは〝研修生〟らしい。もしかしたらこのまま逃げ切れるかもしれない。背後から聞こえる銃声を聞きながら走り続ける。
校舎から出て敷地内を走っていると前方に車のライトの光が見えた。速人はみんなに止まるように言った。単身、しゃがみながらそれに近付いていく。黒いセダンが停まっていてその側に一人の男が立っていた。手にはAK47アサルトライフル。味方だったら嬉しいが多分違うだろう。ライトのせいでよくは見えないが運転席にも誰か乗っていて、その男と話しているのが聞こえた。
「こっちに回ったのは失敗だったかもな。向こうに行った連中はバンバン楽しそうだぜ」
そんなに都合よく見知らぬ味方が現れる訳はないのだった。
他には誰もいないのを見てとると、速人は外に立つ男の頭部に銃の狙いを付ける。そして銃弾を放った。男の頭がのけ反り、体が力なく崩れ落ちる。すぐに車の運転席に向かって三発、連続で発砲した。その後、何も動きがないのを確認して、ゆっくりと車に近付く。運転席には顔面と頭を撃ち抜かれた女が死んでいた。死体を車から引きずり出す。ニコに向かって口笛で合図を送ると、全員がやってきた。
「車を手に入れたか。こいつで逃げたいところだけど、発信器でも付いてたら目も当てられないからな」
達也の言葉にみんなが頷いた。そこからすぐ左手に裏門があり、小さな階段が見える。そこを抜ければこの場所から抜け出せるのだった。とりあえずはこの場所から逃げ出さなくてはいけない。
その時、速人は気付いた。教室の方から散発的に聞こえていた銃声が途絶えていたのだ。それが何を意味するのかがわかっていたので、速人の心を冷たい何かが締め付けた。
しかし目をつぶり唇を噛んだ時、それまで途絶えていた銃声が再び聞こえてきた。川井はまだ戦っているのだろう。みんなを逃がすために。自分が死ぬことを受け入れ、少しでも時間を稼ぐために戦っている。速人は目の前のセダンを見た。やっぱり無理だ。置いていってたまるか。
「速人?」
速人がセダンの運転席に乗り込むのを見て、達也が声を掛けた。
「川井を助けに行く。みんなはここから逃げ出してくれ。必ず合流する。この先に三輪車が落ちてる家があるはずだ。そこで落ち合おう」
そう言って車のエンジンをかける。グルッと学校の敷地内を回ればあの教室に着くはずだ。やつらの車だから案外と簡単に近くにまでは行けるだろう。そこから先は相手がいることだから、その場で決めることにする。
ニコはもう止めても無駄だと思ったのか、何も言わなかった。茜が心配そうな顔をしているのを見て、速人は胸が痛んだがそれでも決意は変わらなかった。茜に向かって小さく頷く。
「川井君を助けてあげて。それで二人で必ず戻ってくるのよ」
茜は心配そうな顔をしているが、はっきりとした声で言った。
「もちろんだよ。そっちこっそ捕まったりするなよ」
速人は車を発進させる。一度来ているので、なんとなく位置関係は把握していた。目的地めがけてアクセルを踏み続ける。急がないといけないのだ。実際、川井はいつ殺されてもおかしくないのだった。
三回ほど角を曲がり、先刻、速人らがいた教室が見えてきた。教室からは見えなかったが近くに二台ほど車が停まっている。速人が乗っているのと同じようなセダンと、もう一台はミニバンだった。闇の中に素早く動く人影が見える。立ち止まって銃を撃っている男も見えた。ヤツらは教室にかなり近い位置にいて何か叫んだり、笑ったりしながら銃をデタラメに撃っている。どこからでも校内へ入れるはずだが、それをしないのはヤツらが頭が悪い、とは思えなかった。恐らく人間とは違う思考を持っているのだろう。遊び半分なのだ。さっきの生首といい、面白がっているとしか思えなかった。今、ここにいるのは恐らく〝研修生〟の中でも優秀ではないやつらなのだろう。残忍な心を満たすために、目的を見失っているのだ。速人は涼子に変わっていたシフターが言った言葉を思い出した。
『本当はわたしが殺しちゃいけないんだけど』
その言葉から導き出される結論は、あいつは〝研修生〟ではなかったってことだ。
さしずめ訓練の監督官ってとこだったのだろうか。獲物たちの中にスパイのように入り込み、〝研修生〟の前に誘導する。そこで冷静に目的を達成することができるのかどうかを採点する。速人はそこまで考えてゾッとした。残酷な怪物に囲まれていることを今更ながら実感したのである。
速人はアクセルを踏み込み、その教室へ向かって車を走らせた。味方だと勘違いしたのか、敵は接近する車を見てもあまり気にしていないようだったが、近くにいた一人を跳ね飛ばし、教室に向かって車を加速させる。出口の目の前で急停止させ、車内から飛び出した。十メートルほど先にいる人影に向かって素早く発砲する。体のどこかに命中したようだった。
頭を屈めながら、教室内の川井に向かって声を掛ける。
「川井君、今からそっちへ行くから。俺を撃つなよ」
周りのシフターたちはいきなりの乱入者に驚いたのか、反応が鈍かった。その隙をついて速人は教室内に飛び込んだ。窓の下で座り込んでいる川井と顔を合わせる。川井は驚きと困惑の表情で速人を見た。
「八尋さん……。どうして?」
「車を手に入れたんだ。これで足手まといにはならないよ。こいつで一緒に逃げよう」
川井の目に涙が浮かんでいるのが速人には見えたが、何も言わずにおいた。
隣の教室の窓が割れる音が響いた。どうやらやつらも本気になったらしい。速人が廊下側のドアを睨んでいると、すぐに敵がそこに現れた。速人は待ってましたとばかり銃弾を撃ち込む。
まだ外にも何人かの敵がいるようだが、構っていられないと判断した速人は川井に手を貸し教室から外へ飛び出した。目の前に停めてある車に急いで川井を文字通り放り込む。
そして速人は素早く運転席に乗り込んだ。車をバッグで急発進させる。川井が窓から銃を撃っていた。四方から銃撃を受けながら速人は車を操り、後は前に向かって進むだけになった時、ドスンという音とともに車内が揺れた。敵が車の天井に向かって飛び乗ってきたのだった。構わずアクセルを踏み込もうとした瞬間、川井の乗る助手席側から手が伸びてきた。川井の腕を掴み車外に引きずり出そうとしている。川井は持っている銃を撃てないでいた。速人は体を助手席側に伸ばし、川井を掴む手に向かって至近距離で四十五口径を放った。川井の体が自由になった瞬間、速人はアクセルを目一杯踏み込んだ。そのまま前方に向かって走り続ける。川井はなるべく窓から離れようと運転席側に寄っている。
状況が違えば付き合いたてのホモカップルみたいだな、と速人はとんでもなく場違いなことを頭に浮かべた。
敵はまだ車の天井にしがみついていた。速人はある程度のところで、急ブレーキをかける。目の前に投げ出されたシフターは素早く立ち上がり憤怒の表情でもう一度、跳躍しようとしていたが、速人はすぐに再び車を前に向かって進ませた。そのままそいつの体を跳ね飛ばし、学校から脱出するために走り続けた。バックミラーで確認すると、やつらも車に乗り込み追いかけてくるつもりのようだった。
さて、俺に付いてこれるかな。速人は不敵な思いを胸にハンドルを握る。
外はもうすっかり闇に包まれていた。




