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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第二部
29/55

第29話

 久実の衝撃的な話を聞き終え、速人は達也やニコとこれからの対策を練ることにした。まったくとんでもない事態に陥ったもんだ。さっきはみんなの前で少し格好つけたが、実際はかなり難しいことだと思っていた。それでもやり遂げねばならない。茜やみんなを無事に家に帰さなければ。俺たちが守ってやらなければ。

「少し格好つけすぎじゃないか?」

 達也が冷やかすように速人に向かって言った。速人は苦笑いをしただけで何も答えなかった。

「さっき俺が言ったことを覚えてるか?」

 達也の質問にニコが小さく何度も頷く。速人もそのことに気付いていた。

 〝誰が敵なのかわからない〟達也はそう言ったのだった。そしてそれは今、この時も変わらないのだ。達也はそれにすぐに気付いていて、ああいう言い方をしたのだろう。

「やっかいだな、これは」

 速人がそう言った時、三人のそばに久実が近寄ってきていた。情報部の中尉さん。頭がいいのはわかっていたが、まさか彼女がそんな経歴の持ち主だとは思いもよらなかった。

「三人ともありがとうね。わたしをかばってくれて。でも今村君の言う通りよ。わたしがみんなに話していれば誰も死なずに済んだかもしれない。少なくともあなたたちだけには言っておくべきだった。そうすれば仁科君だって……」

 速人はそれには答えなかった。確かにそうかもしれないが、すべては結果論でしかない。

「その話は今はやめよう。それより問題はさ、誰に化けてるかわからないってことでしょ。だから君は誰にも言えなかった。そしてそれは今だって同じなんだろ。だから君はあの三人が合流した時、苦い顔をしてたんだ。俺たちのことは何とか信用できても、ほかのやつらは信用できなかった。そうだろ?」

 微妙な問題なので、達也は周りに聞こえないよう囁くように言った。

「うん。その通りよ。八尋君は襲われてたしね。他のみんなも襲われてたみたいだから恐らく大丈夫だって。でも、あの三人には信用する理由がなかったから。でもあの様子だと恐らくあの三人も被害者だと思う。だから彼らにも話を聞かせたの」

 久実の言葉に速人ら三人は頷いた。確かにあの三人組は怯えきっていた。恐らく彼らが襲われた話は本当のことなのだろう。かといって油断はできないが。

「でもさ、厳密に言えば全員に可能性があるんだよね。確かめる方法はあるの?」

 久実は頷くと、ポケットから飛び出しナイフの柄を出した。ボタンを押すと刃が飛び出す。

「このナイフは銀で作ってあるのよ。やつらの弱点は銀だからこれで傷付ければ、人間とは違った反応をするわ。人間ならただ血が出るだけだけど、やつらの場合、硫酸でもかけられたように焼けただれて煙みたいなのが出るはず。実際にやったことがあるの。護身にもなるし、これをみんなに配りましょう」

 そう言うと久実はバッグを持ち上げ、中身を見せた。同じようなナイフが十本近く入っていた。

「話をする前に確認した方がよかったんじゃない?」

 速人の言葉に達也がすぐに反応する。

「馬鹿だな。いきなりナイフを出して、そんなこと言ってみろ。化け物じゃなくても逃げ出すだろ」

 達也が呆れた顔で、速人に言う。確かにその通りだ。

「ナイフで傷付けるのか。痛そうな検査だな。あの三人だけじゃダメだ。全員がやらないと意味がない。例外は無しだ」

 達也はそう言って頭を抱えた。男はともかく女性に傷を付けるのはあまり楽しい仕事ではないだろう。それよりも速人は、仲間の中に化け物がいるかもしれないという事実が気に入らなかった。そんなはずはないと思いたい。もし茜が……。

「八尋君、そんな顔しなくて大丈夫よ。茜ちゃんは恐らく問題ないわ」

 知らず知らずに表情が曇っていたのか、久実が速人にそっと囁いた。

「あなたのプレゼントよ。銀のネックレスをあげたでしょ。彼女は今もそれを身に付けてる。やつらだったら外してるはずだわ」

 速人はそれを聞いて少しだけ安心する。

「みんなちょっと聞いてくれ」

 達也が少し大きな声を出して、みんなに事情を説明する。それを聞いて全員が顔をしかめたが、拒絶の声は上がらなかった。ナイフで切られるということよりも、仲間の中に怪物が潜んでいるかもしれないという可能性の方がずっと怖いのだろう。

 久実がバッグからナイフを取り出し、全員にそれを配った。彩菜が誤ってボタンを押し、いきなり飛び出した光る刃に驚き、「わっ!」と声を出す。

「よし、俺からやろう。自分でやったら意味が無いよな。速人がやってくれるか?」

 ニコが何でもないことのように腕を出した。まるで採血でもするかのようだった。速人はナイフの刃を出し、ニコの左の前腕部を軽く切る。スパッと腕に赤い線が走り、血液が流れ出した。ニコは表情一つ変えず、それを眺めていた。久実が絆創膏を手渡す。

「俺は人間か?」

 ニコは真面目な顔でそう言った。久実が苦笑交じりに頷く。ニコが全く痛みを感じないかのような態度をとっているのを見て、他の面々も多少、安心したようだった。

 続いて、速人も左腕を差し出した。今度はニコがナイフを手にする。ほんの少しだけ痛みが走り、速人も人間だと証明された。その流れで達也と久実もお互いに、その〝検査〟を行う。二人ともパスのようだった。ニコが座っている川井の元に近付く。彼も大丈夫のようだ。

 茜と彩菜と由紀の三人は速人とニコのところにやってきて自分たちのナイフを渡した。茜と彩菜は速人が、由紀はニコが受け持つことになった。三人の女性は目を背けながら腕を差し出し、無事に検査をパスする。ある種、異様な光景だった。若い男女がナイフでお互いを傷付け合っているのだ。

 今村たち三人も達也が立ち会って検査をした。速人とニコは拳銃に手を伸ばしながら、それを眺めていた。何かあれば、すぐに戦えるように。しかし三人とも何も異常は無かった。速人は一つ息を吐く。

 これで残るはあと一人。涼子だけが隅でジッと黙ってその光景を眺めていた。

「わたし絶対嫌なんだけど」

 涼子が冷たく言い放った。全員の視線が涼子に集中した。確かにこんなことは普通じゃないだろう。普段なら誰しも嫌だと言うに決まっている。だがこの状況下である。しかも普段の涼子なら冗談交じりに軽く腕を差し出しそうなものだった。一ヶ月しか共に過ごしてはいないが、彼女はその美貌とは裏腹に男勝りな性格だった。彼女の性格なら疑われるよりも、一瞬の痛みを取るはずだった。

「そんなこと言ってないで、さっさとやれよ」

 近くにいた今村が、苛立った様子で涼子の腕を手荒く掴む。涼子はそれを嫌がり、今村の頬を思い切り平手打ちした。それに驚く今村の胸ぐらを掴み、自分の目の前に引き寄せる。

「触るなよ、このクズが」

 いつもの透き通るような声ではなく、ドスのきいた声を彼女は発した。彼女の手にはすでにナイフが握られ、それを今村の顎の下から上に突き刺した。呻き声を上げている今村の口の中に下から突き刺さったナイフの光が漏れる。それを一気に引き抜き、今度は今村の喉を横に切り裂いた。

 あっという間の出来事だったが、素早く速人は拳銃を涼子に向ける。ニコと久実も同じように手にした銃を向けた。くそっ、まさか本当に紛れ込んでるとは。速人は涼子の頭を撃ち抜こうとしたが、彼女は片手で血まみれの今村を速人に向かって投げ付けた。それを横に動いてかわすと、その一瞬の間に涼子は美和の首を掴み、その後ろに回っていた。美和の体を盾にするように速人らに向ける。喉を掴まれて盾にされている美和の表情が苦悶で歪んでいる。

 投げ飛ばされた今村を横目で見ると、喉がパックリと割れ顎の下から舌を切断されたのか、大量の血液が口から溢れ出ていた。まだ小刻みに動いているが、恐らくもう助からないだろう。

「まさか色々知ってるやつがいるとはねぇ」

 間違いない。こいつはもう涼子ではない。見た目はそうだが、中身は別だ。速人はそう確信した。しかしこれでは撃てなかった。ニコと久実の方を見ると、二人とも同じ様に難しい表情をしている。どうするべきか。頭では速人はわかっていた。まだ美和は生きているが、無事に済むとは思えなかった。この状況で美和が無事に戻る展開が想像できない。心を鬼にして銃弾を放つべきだが、速人にはそれは無理だった。

「ほら、撃ってみなさいよ。この女の心配をしているの? どっちにしたってこの女は終わりだわ。撃ちやすいようにしてあげましょうか?」

 そう言うと、そのシェイプシフターは美和の背中からナイフを突き刺した。美和の体が反り返るが構わず涼子は突き上げる。同時に掴んでいる手に力をいれたのか美和は口を開けて舌を出しながら呻き声を漏らした。そのうちに嫌な音がして、美和の首がダランと下に向かって垂れた。

「あら。首が折れちゃった。あなたたちって本当に脆いわよね」

 その瞬間に速人は発砲した。ニコと久実もそれに続く。そのシフターは美和の体を盾にして巧みに銃弾をかわした。それでも速人は空いているところを狙い何発かは命中させるが、弱点の頭だけはしっかりと隠されており大したダメージは与えていないようだった。久実やニコの弾も美和の体を貫通してシフターまで届いていたが、頭部に当てることはできなかった。そのまま彼女は後ろ向きで教室の横開きの扉まで近付き、背中越しにそれを蹴破った。同時に美和の体を今度は久実に向かって投げた。久実は避けきれずに美和の力のない体をモロに受け止め倒れ込んだ。シフターは素早く、そこから廊下へ飛び出そうとする。速人はその時、拳銃の弾を撃ち尽くしていた。新しい弾倉を入れる暇はないと判断し、空の銃を手放し、銀のナイフを彼女めがけて素早く投げた。扉から廊下へ出て、逃げようとしていた彼女の太ももにそれは突き刺さった。彼女は憤怒の表情で振り返るが、すぐにそこから見えなくなった。速人は地面を蹴ってそのドアに向かう。同じくニコが弾を撃ち尽くしたショットガンを机に置き、リボルバーを抜きながら教室の反対側の端にある扉から廊下へ飛び出した。

 二人が廊下へ出た時、彼女の姿は消えていた。長い廊下が奥まで続いていたが、もう暗くなってきていて視界は悪かった。しかし消えるには速すぎた。ほんの数秒の出来事である。

「速人、上だ!」

 ニコが叫ぶ。速人が上を見ると、廊下の天井に張り付いていたのか、ナイフを持つ手がすぐ近くまで迫っていた。反射的に体ごとそれをかわし、目の前に降り立った美しい顔を持つ怪物に向けて蹴りを放つ。シフターもそれに反応してブロックしようとするが、速人は蹴りの軌道を途中で変えた。前蹴りを放つと見せかけて途中で足を捻り、ナイフを持つ手首を狙う。それは功を奏し、彼女の持つナイフは音を立てて地面に落ちたが、同時に強烈なパンチが速人の顔面を襲った。何とか首だけでそれをかわすが、そのせいで速人はバランスを崩した。そのスキを見逃さず、シフターは元々は涼子のものだった細くて長い足をムチのようにしならせて回し蹴りを放った。瞬時に両手でガードしたが、速人の体は廊下の教室側の壁に叩きつけられる。背中を強く打ち、あまりの衝撃にその場に倒れ込んだ。

 その瞬間、ニコが銃を撃った。シフターは上半身を信じられない角度に反らして、それをかわすとその体勢のまま自分の後ろに落ちていた扉の残骸を手に取り、上半身を戻す反動でそれをニコに投げつけた。ニコはそれをしゃがんでよけるが、扉を投げた直後にシフターもニコに向かって飛んでいた。ニコはすぐに目の前の敵に向かって発砲しようとしたが、その手を思い切りはたかれ、銃は廊下に転がった。ニコは銃を持っていなかった左手でフックを放ったが、それは見事に空を斬り、速人と同じようにバランスを崩したところに回し蹴りを喰らった。ニコは速人とは逆側の壁に打ち付けられた。廊下に出てからここまでほんの一瞬の出来事であった。あっという間に叩きのめされた速人とニコ。

 こいつは前に戦ったやつらとは段違いだ。速人は背中の痛みを耐えながら思った。前のも確かに強かったが、戦いの技術が速人らとは違った。身体能力の差を技術で埋めることができた。こいつは技術も持っている。幸いニコは意識があるようだが、安心などできなかった。

「二人ともここで仕留めておいた方がよさそうね。本当はわたしが殺しちゃいけないんだけど。あなたたちは危険すぎるわ。研修生では歯がたたないかもしれない。それにわたしの体をこんな汚らわしい物で傷付けた代償は払ってもらわないとね」

 シフターはいつの間にか抜いたのか、速人が投げたナイフを手にしてそう言った。絶体絶命と思われた瞬間、速人は自分の左手に何かが当たったことに気付いた。銀のナイフ。飛んできた方向を見ると、教室の扉から茜の顔が見えた。茜がそれを床に滑らせたのだった。その後ろから達也が廊下に飛び出すのが見えた。 達也は飛び出した後、すぐに廊下の床に伏せた。シフターもそれに気付いたようだったが、次の瞬間、逆側の扉から久実が飛び出してきた。彼女は手にした九ミリ拳銃を撃ちまくる。シフターはとっさに例の上体反らしで、銃弾をかわしたが、反らした顔のすぐ先は速人が倒れ座り込んでいた場所だった。速人は全身に気合いを入れ、銀のナイフを目の前の首に向かって突き刺した。美しい顔が苦悶に歪む。恐ろしい呻き声をあげながらシフターは悶え苦しんでいた。ナイフが突き刺さった場所から、まるで何かが燃えているように白い気体が空中に浮かんでいる。

 速人はよろめきながらニコのリボルバーを拾い上げた。扉から彩菜や由紀も恐る恐る顔を覗かせていた。速人は銃の撃鉄を下ろし、涼子だった顔に向けて狙いを付ける。引き金を引き、美しい顔の額に穴が空いた。さらに二度、速人は銃弾を放った。完全に止めを刺され、シフターは動かなくなった。速人は喉からナイフを引き抜く。そして小さく首を何度か振った。ニコも立ち上がり、速人のそばまでやってくる。

「とんでもなく強かったな。みんながいなけりゃやられてた」

 流石のニコも声がかすれていた。全くとんでもない相手だった。ニコはあえて涼子のことには触れないでいるようだった。今はその方がいい。速人もその言葉に頷くが、同時に気付いたこともあった。

「こいつらは強い。それは間違いない。でも強過ぎるからなのか、油断も多いよな。さっきもおしゃべりしてるからこうなった。殺す気なら黙ってやってればよかったんだ。俺たちならそうするだろ。殺した後、死体にいくらでも話しかければいいんだ。まあ、そのおかげで今、俺たちは話せてるんだけどな」

「まったくだ。しかし今回のは桁違いだった。それよりすぐにここから逃げよう」

「ああ、今に大挙して押し寄せてくるぞ」

 速人もニコもわかっていた。この場所はもう安全ではない。体の痛みに耐えながら速人は教室の中に戻る。今村と美和の死体が転がっていた。古い教室のかび臭いにおいと血の臭いが混ざっている。

 全員が疲れ切った顔をしていた。友人があっという間に二人とも殺された加藤慎治などは窓際で呆然としている。

「疲れてるだろうけど、ここから離れなきゃいけない。多分ここにいるのはバレてる」

 速人はそう言いながら四十五口径を拾い上げて新しい弾倉を入れた。入れた瞬間に何かの気配を感じた。

 くそっ、もうおでましか。気配は幾つもあった。ニコの方を見ると同じように異変に気付いていた。

「おい、窓際から離れろ!」

 いきなり怒鳴られた加藤が大きく目を見開いた時、外に面した窓ガラスが割れて二本の腕が飛び出してきた。その腕は加藤の顔面をガッシリと掴んだ。速人はすぐに彼に近付こうとしたが、それより早く加藤の体は教室の外へと消える。一瞬だけ見えた敵に向かって発砲するが、窓に近付いた速人が見たのは、暗闇の中に立つ何人もの銃を持った敵の姿だった。正確にはわからないが五人から八人ほど。速人はすぐに頭を下げる。安全地帯と思われた場所はもはや完璧に危険地帯と化していた。


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