表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第二部
28/55

第28話

 ニコが見回りに行ってから、十五分ほどたっただろうか。静かに彼は教室内に戻ってきた。とりあえずは校内には他に誰もいないらしい。少なくとも現時点では。

「すべての部屋を見回ってきたが、今は誰もいないことは間違いない。ただ少し妙だ」

 帰ってくるとニコはすぐに速人に向かってそう言った。

「どうしたんだ?」

「幾つかの部屋が荒らされていた。バリケードを作った後、それを壊されたような部屋もあった。だが埃や部屋の状態を見ると少なくともここ最近のことじゃない」

 その言葉を聞き、速人は頷いた。速人も昼間にそれを見ていて、しっかりと覚えていた。ここに来ることを提案した時、すぐに思い出したのだが他に行くところもなかった。それにニコの言う通り、最近起こったことには見えなかったのだ。それで危険はないと判断したのだが、それは果たして正解だったのか。何にせよ、この島では安全な場所などないのかもしれない。

「ニコ君も戻ってきたわね。じゃあ、みんなわたしの話を聞いてくれる?」

 久美子が座っていた椅子から立ち上がってそう言った。みんな久美子の近くに寄り、話を聞こうとした。速人は窓を、ニコは廊下の方を見ながら警戒しつつ、久美子の話に耳を向ける。

「まずね、わたしの名前は竹本久美子じゃないの。本当の名前は新谷久実。竹本久美子なんて人間は存在しない。わたしが勝手に作った架空の人物よ。呼ばれたときに混乱しないように名前は似せたけどね。年齢も実は三十一歳。みんなよりずっと年上なの」

 その言葉を聞き、彩菜が驚きの声をあげる。速人もそんなに年上にはどう見ても思えなかった。余程、童顔なのだろう。それに偽名なんて。会社まで騙すのだから、それなりの工作が必要だったはずだ。

「八尋君やニコ君と同じく元軍人だった。彼らのような海兵隊員じゃないけどね。陸上軍の情報部員だったの。だからわたしも彼らほどじゃないけど戦えるわ」

 陸上軍。国防軍創設後に旧陸上自衛隊はそう呼ばれるようになった。そこの情報部員。その話が本当なら速人たちよりずっとエリート軍人だ。拳銃の扱いに慣れているのもそれで説明がつく。しかしにわかには信じられない話だった。

「階級は?」

 速人は試しに一つ質問をしてみる。

「中尉よ。あなたは確か三等軍曹だったわね」

 淀みなく彼女は答えた。年齢から言って妥当な階級だったが、それよりも速人のことを知っていることに驚く。茜にすら言ってないはずだった。

「どうして俺の階級まで知ってる?」

「あなたのことだけじゃないわ。ニコ君は伍長。二人とも有名人だしね。議員を殴った話を聞いたときは胸がスカッとしたわよ。顔までは知らなかったけど、研修所に来て名前を聞いたときにすぐに気付いたの。それで少し調べてみただけのことよ」

 速人は思わずニコと顔を見合わせた。どうやらこの話は本当のことらしい。速人は先を促した。

「わたしには婚約者がいた。高校生の頃からずっと付き合っててさ。普通のサラリーマンよ。勤めていた会社は普通じゃなかったけどね。今のわたしたちと同じ、S&Sカンパニーの人事部で働いてた。そのうちにあのクラブ戦役が始まった。わたしも従軍したのよ。八尋君たちみたく最前線で戦ったわけじゃないけど。戦地に行く前にプロポーズされて、帰ったら結婚することになっていたの。でも帰ってきたら彼の様子が変なの。明るくて活発な人だったのに、ひどく怯えていつも何かを恐れてるようになってた。わたしは何度も彼に何がそんなに不安なのか尋ねたわ。彼はいつも答えなかった。段々、わたしすら避けるようになっていって。もちろん結婚の話なんて全く忘れたみたいだった。そしてある日、一方的に彼はわたしの前から消えてしまった。家にもいないし、会社にもいなかった。彼の実家にも聞いてみたけど彼を見つけることはできなかった」

 そこまで言うと彼女は、何かを思い出すように目を伏せた。みんな話に夢中で聞き入っていた。

「わたしにはどうしても納得がいかなかった。理由が全くわからなかったの。ずっと付き合ってきて、彼のことは何でも知ってるつもりだったし。彼のことが大好きだったから、何とか彼に連絡を取ろうとしたんだけど、どうしても無理だった。そんな時、ある物を見つけたの。具体的にはUSBメモリーなんだけどね、仕事柄そういうものはきっちりと保管しておいたんだけど、いつの間に紛れ込んだのか一つだけ今まで見たことのないものが混じってた。中身が気になって確認しようとしたんだけどパスワードがかかっててすぐには見ることができなかった。色々と試したわ。諦めかけた時、ふと彼と付き合い始めた日のことを思い出したの。毎年、二人でその日はお祝いしてたから。結局、それがパスワードだった」

「つまりそのUSBは君の彼氏が置いていったってことになるのかな」

 それまで黙っていた達也が尋ねる。

「そうね。それをパスワードにする人は他に考えられない。わたしと彼しか知らないはずだから。中身を見て驚いたわ。この会社の本当の姿がそれには記録されていた。この会社を支配してるのはね、人間じゃないの。シェイプシフターって化け物なのよ。もちろんほとんどの社員がただの人間で何も知らないわ。幹部や一部の連中だけなんだけど。簡単には信じられないでしょうけどね」

「わたし聞いたことある。何だっけな、海外ドラマで見たかも。人に化けられる生き物でしょ」

 彩菜の言葉に何人かが頷く。速人はそのドラマを見たことがないのでよくわからなかった。

「まさしくそれよ。やつらは人に化けられるの。変装とか整形とかそういうレベルじゃない。その人間そのものに変われるの。研修の時に、交渉に強いとか何とか言ってたでしょう。当たり前よ、交渉が難航するとやつらはその相手を殺し、誰かがその人間に成り代わるの。そして自分たちの都合のいいように話を進めていく。それがこの会社が短期間で大きくなった理由よ」

 みんな一様に押し黙っていた。自分の就職した会社が化け物の巣窟だった。そんな話を聞いてすぐに納得できる人間は、余程素直なやつか、もしくは脳の中身がミルクシェイクでできてるかのどっちかだろう。

「わかるわ。信じられないよね。わたしも最初は信じられなかった。でも彼の変貌がそれで説明できるって気付いたの。なぜ彼があんなに怯えていたのか、それでわかった気がした」

「その話が本当だとするとさ、君の彼氏はそのシェイプシフターってやつに……」

 達也が言いづらそうにその質問をする。答えは聞く前からわかっていたが聞かざるをえなかったのだろう。

「多分、仕事をしていて何かに気付いてしまったんでしょうね。それで彼は自分の会社を調べたんだと思う。でもやつらにバレた。そして殺された」

 速人は一つ疑問が浮かんだので、それを言葉に出した。

「それって姿形だけ真似られるってこと? だったらすぐにバレるでしょ。少なくとも家族とかはすぐに気付くはずだよ」

「奴らの能力はね、それだけじゃないのよ。やつらは対象の記憶や思い出もコピーできるらしいの。これはやつらの一人をさらって聞き出したんだけどね、そいつはそれを〝ダウンロード〟って呼んでたわ。姿だけなら、その人間に触れさえすればコピーできちゃうみたい。でも内面的なものは時間をかけてその人間と接触しなければダメだって。まるでパソコンみたいでしょう。記憶や思い出はデータの量が多くてコピーに時間がかかるってわけ」

 速人はすぐにこの島に来てすぐの出来事を思い出した。他の場所から来た研修生との交流会。やたらと長い握手。達也もすぐにそれに気付いたらしく険しい表情になった。達也にもそれが意味することがすぐにわかったのだろう。くそっ、面倒なことになった。速人はこれからのことを考えて憂鬱になる。

「ちょっと待って。話がおかしくない? 君の彼氏がやつらに捕まったんだったら、そのUSBのことだってやつらにバレたはずだろ。彼の記憶から君まで辿り着くのは簡単なはずだよ」

 達也の質問にも彼女は全く動じずにさらに話を続ける。

「彼はすぐに捕まったわけじゃなかったのよ。彼はあまりの恐怖に逃げ出しただけだったの。USBにはそのことが謝罪とともに書いてあった」

「じゃあどうして殺されたって思うんだ? もしかしたらまだ逃げてるかもしれないだろ?」

「それはね、やつらがわたしのところに来たからよ。彼の姿をしてね。わたしは彼の姿を見て嬉しかったけど、そんなことを知った後だったから油断しなかった。最初にUSBを見た後、自分の弟に連絡して状況を話しておいたの。わたしの弟も八尋君たちと同じく海兵隊にいたのよ。弟も最初は信じていない様子だったけど、結局はわたしの言うことを真剣に聞いてくれた。だから彼がわたしの部屋に戻ってきたとき、すぐに弟に連絡したの。彼は戻ってきてすぐにUSBを探し始めたわ。何だかんだと適当な理由を付けてね。わたしはダミーのUSBを用意してた。彼はそれを探し当てると、わたしに向かってそれを見たか尋ねたのよ。適当にごまかして話をしていると、その内に弟が部屋にやってきた。そこで彼の態度は一変したわ。目が異様な光を放って、わたしたちに襲いかかってきた。それでも姿形は彼だったからわたしはすぐに撃てなかったの。銃は隠し持っていたんだけどね。でも弟は違った。容赦なく撃ったわ。わたしたちは運が良かった。何とか切り抜けられたのよ。ちなみに八尋君が今持っている四十五口径が弟の銃よ」

 彼女は速人の方を見てそう言った。思わず速人は自分の手にある美しい拳銃を見た。海兵隊員の持っていた銃だったらしい。なるほど、それでこの旧式の拳銃か。何となく速人は理解できる気がした。

「それからわたしたちの逃亡と戦いが始まった。出勤できないから自動的に仕事もクビになったはずよ。弟は戦地から帰った後、〝センチュリオン〟って会社に就職してたんだけど、彼ももう職場へは行けなくなった。〝センチュリオン〟に関しては福永君のが詳しいわよね」

 達也が驚いた顔をして、速人の方を見やった。速人が首を横に振ると、同じようにニコの方も見る。ニコも首を横に振った。

「その二人から聞いたわけじゃないわ。自分で調べたのよ」

「なるほど情報部の中尉さんともなれば、俺たちに関しては何でも知ってるってわけだね」

「ねえ、〝センチュリオン〟って何?」

 彩菜が二人の会話に割って入った。

「世界でも有数のPMCよ。日本語に訳すと民間軍事会社ってやつ。クラブ戦役から帰ってきた兵士が、再就職先によく選ぶ会社ね。そういう人たちの受け皿になってる。主に警備や国防軍の支援業務を行ってるの。弟は帰還してすぐにそこに再就職したわ」

「どうして福永君がその会社に詳しいの? もしかして福永君もそういう仕事してた人なの?」

 彩菜は無邪気に達也に質問を浴びせた。達也も観念したのか苦笑いしながら答える。

「俺の身内がやってる会社なんだ」

 達也はそれだけ言って、話を終わらせた。事実だった。〝センチュリオン〟は福永財閥の傘下の企業で確か代表は達也の兄だったはずだ。速人やニコも勧誘されたことがあったが、二人とも断っていた。

「警察とかには言わなかったの?」

 達也は話の目先を変えるように言った。

「言っても無駄だったわ。誰が信じてくれるの? 逆にわたしたちは彼を殺した容疑をかけられたわ。死体は弟がどこかで処理したから証拠がなかったけどね。味方なんてどこにもいなかったのよ。二人だけでずっと逃げながらやつらのことを調べ続けた。少しずつだけど段々やつらのことを知ることができた。さっき言った〝ダウンロード〟の話とかはその時に知ったことなの。やつらの一人をさらってきたのよ」

「あんな化け物をさらった? 弟さんはそんなに強かったのか?」

 速人はやつらと戦ったときのことを思い出して言った。あの驚異的な身体能力。パワーとスピードは桁違いだった。

「やつらにも弱点があるの。銀に弱いのよ。銀で出来た物で攻撃できれば人間よりもろいわ」

 狼男と同じかよ。いや、吸血鬼だったか。速人はそんなことを思ったが口には出さなかった。

「後は頭ね。これは人間と同じだけど。八尋君、さっきやつらと戦ったでしょ。その時、どうだった?」

「胸に数発、撃ち込んだけどまだ動いてたな。最後に頭を撃ち抜いたらやっと死んだ」

「そういうことなの。銀じゃなければいくら撃っても体だと再生するのよ。けど、頭なら別。再生能力もきっと脳から指令されてるのかもね」

「その前に思い切り、顔面を殴ったら効いたみたいだったよ」

「それはわたしにもわからないわ。大体、素手でやつらと戦って生きてるなんて奇跡にちかいもの」

「俺も戦ったが、頭は効くみたいだぞ。やつらが少しでも大人しくなったのは、決まって頭部に打撃を与えたときだった。達也の鉄パイプもそうだし、俺も落ちていた木で頭を殴りつけたからな」

 それまで黙っていたニコが初めて口を開いた。なるほど、そういうことか。速人は敵の弱点を理解した。とにかく脳を攻撃すればいいらしい。銃で胸を撃ち抜くより、顔面なり頭なりを殴りつけて脳にダメージを与えた方が効果的なのか。まあ、それより簡単なのは頭を撃ち抜くことだ。銃で頭を狙うことは難しいことである。標的があのようなスピードで動くなら尚更だ。しかし速人には自信があった。彼はその才能に恵まれていた。生まれながらのガンマン。銃弾はいつも彼の思ったところに命中する。

「あいつらと銃なしで戦って生きてるなんて、本当に驚きだわ」

「二匹、仕留めたぜ」

 ニコはいつもの無表情で言った。速人の目にはニコは彼女の話を全面的に信じているように見えた。

「話が逸れたわね。そうして色々とわかっていったけど、状況はジリ貧だった。わたしたちは一度ミスしたら終わりって状況がずっと続いていた。そしてミスを犯したのよ。それで弟も殺されたの。わたしは昔のあらゆるツテを使って、別人になりすました。ある意味、やつらの手口を真似たことになるわね。見た目も変えたわ。そして新谷久実はこの世から消えて、竹本久美子が生まれたの」

 彼女は淡々と話していたが、速人はその瞳が悲しみに溢れているのに気付いていた。婚約者と兄弟を殺された彼女の怒りと悲しみはどんなものなのだろう。

「もう、わたしにできることは一つだけって思った。やつらのリーダーを探して殺してやるって。それで別人として内部に潜り込もうと思って採用試験を受けたのよ。そこでみんなと出会ったってわけ。まさか自分がこんな研修に呼ばれるとは思わなかったわ。確かに昔、さらったやつが言ってたことがあった。新人研修、といっても研修するのはわたしたちじゃない。シェイプシフターの新人よ。やつらが世の中に出るために、孤島に人間を閉じ込めて〝狩り〟と称する試験をするって。実際にそんなことが行われてるとは思いもよらなかった」

「じゃあさ、久美子ちゃん、いや久実ちゃんか。この研修は化け物の卵のためであって、俺たちは奴らが一人前なのか判断するために殺される役を仰せつかった。そういうこと?」

 達也がすぐに話を簡潔にまとめて聞き直す。あまりにひどい現実だが、速人もそれを再確認することは必要なことだと思えた。

「その通り。ついでに言えば、やつらここで五十人ほどの〝人間〟のストックを得ることになるわ。若くて優秀、容姿も端麗なね。涼子ちゃんなんてすぐに候補に入ったはずよ。もちろん福永君もね」

 その返事を聞き、達也はチッと舌打ちした。そして車で聞いた無線の話をみんなにする。久実の話と、無線で聞いたこと。その二つは無理なくつながった。久実の話は信じがたいことだったが、現状は彼女の話を信じるほかないように速人は思った。

「でも、そんな映画に出てくるような怪物なんて本当にいるんですか?」

 由紀が至極真っ当な意見を出した。どちらというと、そんなことはあって欲しくないという口調だったが。速人はそれを聞いて思い出した。深海から来たというカニの変異体。

「いない理由なんかないよ。俺たちは散々、怪物と戦ったんだ。カニの化け物がいるんだ。人間に化けられる生き物がいたって別に不思議じゃないさ」

 速人は優しい口調で由紀に向かって言った。何にせよ、殺せる相手なのだ。彼にはそれで充分だった。状況も把握できたし、相手が何者かもわかった。次にやることはシンプルだった。彼は静かに銃弾の入ったバッグをたぐり寄せた。ショルダーホルスターが入っていたのでウインドブレーカーを一度脱ぎ、それを装着する。そして静かに予備の弾倉に弾丸を一つずつこめはじめる。

 バリケードのあと。屋上からのロープ。恐らくこの島が惨劇の場になったのはこれが初めてじゃない。アウェーってやつだな。速人は淡々と戦いの準備を進めた。

「どうして教えてくれなかったんだよ!」

 ずっと黙っていた三人組の一人、今村弘幸がいきなり声を荒げて言った。目が充血して我を失っているように見えた。

「全部、知ってたんだろ? 教えてくれればこんな研修来なかったのに。お前が何も言わないからこんな目にあっているんだぞ」

 そう言って久実の体に掴みかかろうとする。達也が素早く間に割って入った。両手を広げて今村を制する。

 彼女は怒鳴られても黙っていた。

「話を聞いたろ。彼女は婚約者を殺されて、さらに兄弟まで殺されたんだ。人生メチャクチャにされたんだぞ。それにこの研修がそういうものだとは、彼女にも予想できなかったんだろう。疑ってはいてもね」

 そう言って達也は久実の顔を見やった。久実が黙って頷く。

「研修の全部がそうとは限らないんだろうよ、きっと。たくさんあるうちのほんの幾つかがハズレなんだ。俺たちはたまたま引いたんだろう」

 ニコが今村を諭すように静かに言った。速人は弾倉に弾を込めながらそれを聞いていた。確かにそうなのだろう。研修が全部、こんなだったら流石にどこかでボロが出て明るみにでるはずだ。それにさっき、久実が言っていた。ほとんどが人間の社員で何も知らないと。きっとクジ運の問題なのだろう。

「それでも一言、教えてくれたっていいだろう。黙ってるなんて間接的にやつらの手伝いをしたようなもんじゃないか!」

「お前な、人間に化けられるやつが相手なんだぞ。彼女はそれと戦ってきたんだ。誰を信用できるっていうんだよ。誰が敵なのかわからないんだぞ。それにな、そんなことをみんなに言ってみろ。彼女はもちろん、聞いたやつ全員が研修の前に殺されてるぞ」

 達也が少しだけ苛立った様子で言った。こんな時に仲間割れは不毛すぎる。

「今村君さ、考えてみて。こんな状況になる前にそんな話を聞いても信用する? 就職をフイにしてまで研修に来ないって選択が出来る?」

 茜が優しく諭すように今村に向かって言った。

「あたしはきっと信じないと思う。今、こんな風になってるから彼女の話を信じられるけど。だから彼女を責めるのは間違ってると思うよ」

「茜ちゃんの言う通りさ。逆に考えれば久実ちゃんは一人だけ逃げることも出来たんだ。彼女がいなかったら俺たちは今も何もわからないままだ。これ以上、文句を言うのはやめておけよ」

 達也の言葉でやっと今村は大人しくなった。まだブツブツと何か呟いているが達也はそれを無視する。速人はずっと黙って弾倉に弾を込めていたが、おもむろに立ち上がった。

「どうでもいいだろ。そんなこと」

 速人の言葉に、大人しくなりかけた今村の表情が変わった。達也と茜の呆れた顔がチラリと見えた。

「久実ちゃんを責めたかったらそうすればいいさ。恨みたかったら好きなだけ恨めよ。何が正しいかなんて俺にはわからない。俺は彼女を責める気にはならないけどな。ただ、今はやめとけよ。今は違うことを考えろ。ここから生きて抜け出すことだけを考えろよ」

「お前、話を聞いてなかったのか。化け物なんだぞ。そんな簡単にここから脱出できるわけないだろ」

「やるんだよ。それしかないんだから。やつらが邪魔するんだったらさ……」

 速人は一旦、そこで口を閉じた。ニコを見ると口元が微かに笑みを浮かべていた。流石だね。ニコには速人がこれから何を言うかがわかっているのだろう。

 速人は全員の顔を眺めた。みんな疲れ切っている。希望を失っちゃダメだ。確かに状況は難しい。実際にやつらと戦った速人にはそれがよくわかっていた。それでもやつらは殺せるんだ。

 ゆっくりと彼は最後の言葉を発した。

「始末すればいいんだよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ