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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第二部
27/55

第27話

 廃校までの道中はほとんど終わろうとしていた。歩き始めてから数時間が経っていた。先刻、一人で行ったときはそれほど時間がかからなかったが、今は状況が違う。最大限の注意を払いながら速人は進んでいった。二度ほど人の気配を感じ、迂回したが今のところは危機的状況には陥っていない。

 よし、大丈夫だ。速人は左手を挙げて後方にいる仲間に合図する。そしてまた少しずつ進んでいく。振り返ると達也が川井に肩を貸して歩いているのが見えた。川井の足の具合はあまりよくなく、一人では歩けないようだった。久美子を見ると、九ミリ拳銃を持って周囲を警戒している。

 やがて無事に森を抜けて、廃校まで後は道路を一本渡ればいいという場所まで辿り着いた時だった。今までは木々に囲まれていたが、道を渡る時は、丸見えになることになる。速人はまず自分が道を渡ることにした。左右をじっくりと確認し、素早く校門の場所まで移動する。しばらくそこで息を潜めていたが何も動きはないようだった。みんなに合図して道を渡らせる。速人はそのまま進み、校内への入り口を探し始めた。探しながら周囲を警戒する。誰もいないとは限らないのだ。物陰から物陰へ音もなく彼は進んでいく。

 体育館だったであろう建物の側に、小さな小屋があった。恐らく校庭を整備する道具や体育用具をしまう場所なのだろう。速人はその場所に何かを感じた。はっきりと物音がしたわけではない。何かが見えたわけでもなかった。これは泣き声? ほんの微かにだがすすり泣くような音が聞こえる様な気がする。

 あそこには何かがいる。後方に向かって止まるように合図をし、さらに最後尾のニコに向かって側に来るように合図する。ニコが素早く速人の横にやってくる。目で〝どうした?〟と尋ねるニコに向かって、人差し指で小屋を指し示した。ニコもそちらに目を向ける。そして速人と目を合わせた。二人は共に頷き、その小屋に近付いていく。速人は手にした四十五口径を両手で構え、その小屋に狙いを付けながら進んでいく。ドアの前まで来ると、速人はドアの横に張り付き、ドアノブを掴んだ。逆側に同じようにしているニコと息を合わせてドアを勢いよく開いた。何も動きはないが、今度ははっきりと気配を感じる。確実に何かがいる。二人は慎重に中を覗き込んだ。その小屋の中は埃まみれで、古びた体育用具で溢れていた。そしてその小屋の隅にその気配の源があった。三人の男女が怯えた様子で二人を見ていた。よく見ると研修所から一緒に来た研修生だった。どの顔にも見覚えがある。三人のうち、一人は女性で、会話したことがあることを思い出した。

「こんなところで何してる?」

 速人は銃を向けたまま質問を浴びせた。今の段階では誰が敵なのかはっきりとはわからない。ニコも同じようにいまだ銃を彼らに向けたままだった。その男女はひどく怯えていたが、速人とニコの顔がわかったのか、一人の女性が話し始めた。

「確か、八尋君……だったよね。お願いだから殺さないで」

 そう言って目に涙を浮かべて哀願した。ちょっと待て、殺さないでだと。そっちこそ、俺たちを殺さないでくれよ。もしかして彼女たちも被害者なのか。俺たちと同じようにやつらに襲われて逃げてきたのかもしれない。

「そんなつもりはないよ。そっちが俺たちに手を出さなければね。もしかして君らも〝やつら〟に襲われた? 俺たちもそうさ。それでここへ逃げてきただけだよ」

 三人は一斉に顔を上げた。それぞれが目配せし合いながら、速人の方をチラチラ見ている。余程、怖い目にあったのか、にわかにはこっちの言うことを信じられないのだろう。

「じゃあ、私たちと同じってこと?」

「多分ね。君らはどんなのに襲われたんだ?」

「よくわからないの。凄い怖い人たちだった。知らない顔だったから研修所から来た人じゃない。私たちが近くの森で散歩していたら、森の中で叫び声が聞こえて。何かと思って近付いてみたら、何人かが一人の男の人をなぶり殺しにしてた。酷かったわ。まるでゲームみたいに楽しんでるみたいだった。私たちはすぐに止めようとしたんだけど……」

 そこまで言うと彼女は一旦、息を飲んだ。その光景を思い出しているのだろう。そしてそれは思い出したくないことだったのか、彼女はそのまま泣き始めた。隣の男が後を引き継ぎ、話を続ける。

「それで俺たちも襲われた。今、思えばそんなことせずに、すぐに逃げればよかった。俺たちは最初は五人いたんだ。やつらはニヤニヤ笑いながら襲いかかってきた。いきなりタカシとケイコが吹っ飛ばされてさ、倒れたタカシの首を大きな刃物で切ったんだ。切った首をこちらに投げてきた。それでわけがわからなくなってその場を逃げ出したんだ。追いかけてはこなかった」

 タカシとケイコってのは今はいない二人なのだろう。男の話は要領を得なかったが、話が本当だとすると無理もないことだった。誰だって友達の生首を投げ付けられたら、パニックを起こすだろう。

「ケイコを置いてきちまった。だから追いかけてこなかったのかも」

 もう一人の男が伏し目がちに言った。仲間を置いて逃げてきてしまったのことに罪悪感を感じているのが速人にはよくわかった。彼らを責める気は速人にはなかった。

「俺たちも同じような目にあったよ。どうする? 一緒に来る?」

 三人は少しだけ迷ったようだったが、全員が同じように首を縦に振った。

 速人はニコに向かって目配せした。ニコは彼らに向けていた銃を下ろした。やや遅れて速人も銃を向けるのをやめる。もちろん油断したわけではない。妙な動きをしたらすぐに撃ち殺す気だった。しかし話が本当だとすると、彼らも被害者で酷い目にあってきたことになる。さらに怖がらせるのは流石に気が引けた。

 彼らを促し、小屋の外に出るとみんなが心配そうにこっちを見ているのが見えた。速人たちが小屋の中にいたのは、ほんの数分だったが、みんなにはひどく長く感じたのだろう。速人は経験からそれがよく理解できた。

 三人を連れて、みんなと合流する。やはり速人の記憶は間違っていなく、三人とも国分寺研修所で一緒だった人たちだった。しかも女性は茜の知り合いらしい。島村美和と言う名だった。男は加藤慎治と今村弘幸。仲間が増えたことに茜たちは単純に喜んでいたが、速人が久美子を見ると表情にわずかに苦いものが見られた。彼女は彼らを歓迎していないようだ。まあ、いい。もうすぐ彼女から色々、聞けるだろう。速人はそう思い、その場では何も言わなかった。

 再び廃校の敷地内を探索し始める。グルリと建物の周りを歩いてみたが、さっきのように人や何かの気配を感じることはなかった。とりあえず教室の一つに窓から入ることを決める。割れている窓ガラスで怪我しないように注意しながら中へと滑り込む。速人が軽やかに教室内に降り立つと板張りの床が軋む音が聞こえた。小さい頃、雑巾がけをさせられたことを思い出す。机や椅子の間を歩き、教室から廊下へ出る。左右をよく見て何もいないことを確認し、教室へ戻った。内から扉を開き、みんなが教室内へ入る。数時間もの間、緊張感を伴ってゆっくり歩き続けていたのでニコ以外は疲れ切っているようだった。一様に床に座り込む。速人は外を警戒するために窓から外を眺めた。いつの間にか夕方になっていたようで薄暗くなり始めていた。夜が来るな。暗闇は相手の姿も隠すが、自分の姿も隠してくれる。さて、どっちに有利になるのか。そんなことを速人が考えていると、ニコが近付いてくる。

「俺は校内を見て回ってくる。暗くなる前に終わらせた方がいいだろう。速人はみんなのところにいてくれ」

「悪いな。俺はここから外を警戒してる。気をつけろよ」

「お前もな。しかしこんなことになるなんて思いもよらなかった。つくづく俺たちはツイていないらしい」

 ニコはそう言って鼻で笑うと、教室の扉を開き廊下へ出て行った。まったくそのとおりだ。ツイていない。敵は一体何なのか? どうして俺たちは狩られている? 疑問符ばかりで嫌になってくる。

 速人は久美子の顔を見やった。見返す久美子の瞳をジッと見つめる。

「ニコが見回りから帰ってきたらさ、さっき言ってた話を聞かせてもらえるよね」

 久美子は黙って頷いた。これで少しでも疑問が解ければ。そう思ったが、同時にあることに気付いた。疑問が解けて、絶望しか残らなかったら? 真実はいつも味方とは限らない。それでも何も知らないよりはマシか。速人はそう思いながら周囲を警戒し続けた。今のところ何の動きもなかった。久美子がバッグからミネラルウォーターのペットボトルを出しみんなに配り始めた。あの重いのは水だったのか。用意がよすぎることに、さらに疑念が生じるがそれもあと少しの我慢だろう。

 速人はニコが車のトランクから持ってきたバッグの中身を確かめることにする。MP5が一丁。こいつはサブマシンガンだ。人間には有効だが、やつらにはどうなのだろう? あとは拳銃が二丁入っていた。九ミリのオートマチックとリボルバーが一つずつ。みんなに配りたかったが素人が使うと逆に危険だった。とりあえずニコが帰ってきたら相談することに決める。みんなを見ると久美子が自分の九ミリの空弾倉に弾を込めているのが見えた。速人はふと自分が持っている四十五口径のことを考えてみる。シルバーフレームのガバメント。ステンレス製なので誰かがカスタムしたのだろう。元々は大昔に作られた拳銃だが、今でも愛好家は多く、様々なカスタムパーツが存在する。この銃は最新式の拳銃にもひけをとらないものだと速人は昔から思っていた。こいつがあれば大抵のことは切り抜けてやる。

「速人、どうしたの? 銃をジッと見ちゃって」

 茜が速人の肩に手をやり、声をかける。

「いやさ、いい銃だなって。俺好みなんだよ、こいつ」

「あたしには全然わかんない。区別つかないもん」

「それでいいんだよ。こんなものは使わないにこしたことはないんだから」

「速人とニコ君、まるで別人みたい。二人とも凄いテキパキしててさ、研修中とは大違いね」

「もしこんなことにならずに普通に仕事が始まってたら、テキパキしてたのは俺たちじゃなかったのは確かだね。俺たちはこういうことしか出来ないから。だからって嬉しくもなんともないけど」

「でも速人たちがいなかったら、あたしたちもう殺されてたかもしれない」

 茜は普通に話しているが、かなり怯えているのが速人にはわかった。他のメンバーも同じだろう。彩菜などは普段は口数が多い方だがほとんど喋っていなかった。由紀などは元々、口数が多い方ではないので今では全く口を開いていない。いつもは闊達な涼子も疲れ切った様子で床にへたり込んでいた。達也の顔を見ると、精神的には大丈夫そうだが、川井に肩を貸して歩き続けたので流石に疲れた様子だった。

「みんなさ、疲れただろうけどもう少し頑張ろうぜ。大丈夫、必ず家に帰れるから」

 速人はみんなに向かって声をかけた。恐怖はあるだろう。人が殺されるのを見たのだから。こんな状態なら憔悴してしまうのも無理がなかった。だが、今は緊急事態だ。敵がいて、自分たちは狙われている。いつまた襲われるかわからないのだ。やつらと戦わなきゃいけない時が必ずやってくる。もちろん速人も、できればあんな化け物じみたやつらとは戦うどころか、二度と会いたくなかった。しかしこの状況ではそんな幸運は舞い降りてこないだろう。必ずその時はやってくる。その時が来たら、速人はニコと二人で戦い、みんなはなるべく戦闘には巻き込まないようにすると決めていたが、すべてがコントロールできるわけではない。だからこそみんなに少しでも希望を与えたかった。今、速人たちが置かれているような状況下では、絶望とパニックは死を意味する。それを少しでも遠ざけるために速人はみんなに声をかけたのだった。すぐに達也が速人の意を汲み取ったように疲れた顔ながら笑顔になる。達也は従軍した経験はないが、速人らと共に地獄をくぐり抜けたことがあった。

「こいつとニコは海兵隊にいたんだ。研修中は使えない二人だったけど、こんな時は頼りになるやつらだよ」

 彩菜らが驚いた顔をする。由紀がまじまじと自分の顔を見つめているのを速人は感じた。普段ならここまでの速人やニコの行動を見ていれば、多少なりとも気付いたかもしれないが、あまりの急展開にそんな疑問は吹っ飛んでいたのだろう。これで少しでも希望をもってくれればいいが。後は久美子の話だけだった。どんな秘密があるのだろう? さっき思ったように絶望しか残らない話ではないことを祈りながら、速人はニコの帰りを待つことにした。


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