第26話
馴染みのある大きな音が後方からして、速人に飛びかかろうとしていた女の胸に穴が開いた。ナタを持った男は驚いた様子でその音の源を睨み付けた。速人もその方向に振り向く。二階から続く階段の半ばほどに女性が拳銃を持って立っていた。
「久美子ちゃん!」
久美子が拳銃を持って立っていることに、かなり違和感を覚えたが、今はそんなことはどうでもいい。まずはこの窮地を脱することだ。それに集中しなければ。
さらに二発、久美子は撃った。ナタの男を狙ったようだが標的は素早く動きそれを回避した。そして先ほど撃たれた女も憤怒の表情で起き上っていた。ナタ男と顔を見合わせた後、もの凄い勢いで出口に向かい走り去っていく。胸に銃弾を喰らって平気だと? しかし速人はその疑問も無視した。目の前で起こってることを受け入れろ。そして久美子がまた銃を撃っている間に彼女のそばまで走り寄った。
「八尋君、大丈夫?」
拳銃を持っていること以外いつもの久美子だった。手にしている拳銃は九ミリのオートマチック。グロックだ。こちらに声を掛けながらも更に銃撃を続けている。打ち方から、その辺で銃を拾った素人ではないことに速人は気付いた。自分と同じく銃に慣れている。
「やばかったけどね。助かったよ。涼子ちゃんは?」
「彼女はここにはいないわ。それよりバッグの中にもう一丁入ってるわよ」
速人の方を見ずに、簡潔に久美子は言った。久美子の両脇にバッグが一つずつ置かれていた。速人側にあるバッグを久美子は軽く足で押して速人に近付けた。速人は即座にバッグを開ける。中にステンレス製のオートマチック拳銃が入っていた。カスタムされたコルトガバメント四十五口径。偶然なのか速人のお気に入りの拳銃だった。海兵時代、ほとんどの戦友は九ミリ拳銃を持っていたが、速人はこの無骨な四十五口径が好みだった。一緒に入っていた弾倉を二つほど掴みポケットに入れる。そして拳銃を手に取り、スライドを軽く引き、そこから薬室を確認する。装塡済みのようだ。スライドを引ききり初弾を装塡する。流れるような動作でそのシルバーに輝く拳銃は発射可能の状態となった。隣では久美子が弾を撃ち尽くし、弾倉を交換しようとしていた。手慣れた動きで素早くそれを行っていたが、そのスキをついて下から信じられないような跳躍力でナタを持つ男が迫ってきた。
速人は両手でしっかりと拳銃を持ち、素早く狙いをつけ、引き金を引いた。45ACP弾が男の胸に命中する。先ほど見た光景を思い出し、それからさらに二発撃ち込んだ。流石に男は階段を転げ落ちたが、そのまま倒れ込むはずが、階段の一番下まで落ちるとすくっと立ち上がり、女と同様に出口に向かい走って行く。
一体、こいつらは。速人はそう思いながらも、冷静に狙い続ける。男が出口を抜ける瞬間、右足を狙って銃弾を放った。それは見事に命中し、男は前のめりに倒れ込む。久美子が倒れた男に向かって何発も打ち続けた。それでも男は立ち上がろうと動いている。
「八尋君、頭よ。頭を狙って」
久美子の声に返事をせずに、速人は立ち上がりかけた男の頭を撃ち抜いた。速人はまた男が動き出しそうな気がして狙い続けた。しかし今度こそ、仕留めたらしい。男は倒れたまま動かなかった。
「大丈夫。倒したわ。でも早くここから移動しないと」
久美子は怯えた目で、速人にそう言った。聞きたいことが山ほどあるが、どうやら今はその時ではないらしい。速人は素早く久美子のバッグを両方とも持った。もう一つのバッグには何か液体が入ってるペットボトルが何本も入っているようで結構重かった。
「とりあえず、ここから逃げましょう」
そう言って久美子は階段を降りていく。速人も後ろから彼女に付いていった。出口のそばまで来ると久美子は倒れている男の頭にさらに二発撃ち込んだ。
速人も同じことをしようと思っていたので、黙って久美子の顔を見て頷いた。念には念を。
次の瞬間、誰かの視線を速人は感じた。向かって右側、海岸へ続く道のほうへ銃を向ける。そこには見慣れた男の姿があった。すぐに銃を下へ向ける。
「ニコか。ビックリしたぞ。何かヤバいことになってる」
「ああ、わかってる。お前が無事で安心した」
「何かあったのか? みんなは無事か?」
大男はいつもの冷静な態度だったが、かすかに逡巡したように速人は感じた。みんな無事なら即座にそう返事をするはずだ。何かあったのか? まさか……。
「茜ちゃんたちは大丈夫だ。ただ……」
速人の心を察したのか、ニコはすぐにそう言った。そして言いにくそうに先を続ける。
「仁科が殺されちまった」
ニコの言葉に速人と久美子は顔を見合わせる。久美子は深く嘆息し、下を向いて目を閉じていた。
「お前ら、どうしてそんなもの持ってるんだ?」
速人は顔を久美子の方へ向けただけで、ニコの問いに答えなかった。実際、速人自身もわかってないのだ。久美子から色々、聞かなければならない。
「今は早くここから動かなきゃ。話はそれから。みんなはどこにいるの?」
久美子は閉じていた目を開け、ニコに尋ねる。
「すぐそばにいる。宿舎に戻ろうとしたら銃声が聞こえた。それで、とりあえず俺が様子を見に来たんだ」
「早くみんなのところに行こう。何が何だかよくわからないけど、ヤバいことは間違いない。とりあえずは安全を確保しよう」
速人の言葉にニコが頷き、三人はその場を離れ、達也たちが待つ場所へと向かった。
海岸から宿舎に続く道を少しそれた場所に達也たちは隠れていた。車を道に停め、道沿いに続く森林の中でニコの帰りを待っていたようだ。
「お前も久美ちゃんも無事でよかった。こっちの話はニコから聞いたか? 何がどうなってる? 宿舎で何が起こったんだ?」
達也の言葉を聞きながら、速人は茜の方を見た。茜もこっちを見ている。目と目があい、無言で会話を交わす。無事でよかった。同じ様に思っているのが茜の瞳から見てとれた。
「よくわからない。ただ宿舎には近付かない方がいい。人間離れしたやつらに襲われた。久美子ちゃんがいなかったら多分、死んでた」
「逸見さんとか、他の研修生はどこいったんだ?」
「逸見か。多分、あいつも敵だと思う。よくわからないけど、他のとこから来た研修生たちと俺たちみんなを皆殺しにするとか言ってた。宿舎ではもう何人か殺されてたよ」
速人にわかっているのはそれくらいのものだった。達也はそれを聞いて眉間に皺を寄せる。
「ちくしょう、一体何だってんだ。何が起こってる?」
達也にしては珍しく困惑の表情でそう言った。
「警察は? 警察呼ばなきゃ」
彩菜が震えた声を出して言う。普段なら全く常識的な意見だったが、速人にはそれは無理だと感じていた。全くの勘、もしくはただの予感だったが速人は自分たちが置かれている状況を何となく理解していた。ここは猟場で自分たちは獲物だと。人間が狩りをする時、獲物の動物に助けはいない。
「わたしが今の状況を説明できるわ」
久美子の言葉にみんなが顔を上げた。全員の視線が久美子に集中する。
「でも、ここじゃダメ。さっき、一人逃がしちゃったからすぐに宿舎にはやつらがやってくるわ。こんなところにいたらすぐに見つかっちゃう。もっと安全な場所へ移動しないと」
久美子は焦燥感の入り交じった声で言った。なるほど、ゆっくり話してる暇はないってことか。速人はすぐにそれを理解した。久美子は色々、知っている。その久美子がそう言うのだから移動しなければならない。ニコに向かって頷く。ニコも同じ結論に達したようで、速人に向かって頷き返した。
「少し離れたところに廃校になった建物があった。あそこなら隠れられる。とりあえずそこへ逃げよう。詳しいことはそれから聞けばいい。まずはあの宿舎から離れるべきだ」
「俺もそう思う。ヤバいとこからはなるべく早く離れよう」
ニコがすぐに同意する。疑問はたくさんあるが、それに拘っていて危険な目にあったら本末転倒だ。今やるべきことは、ここから離れること。ただ、一つだけ別に問題があった。
「車はどうする? 全員は乗れないぞ」
達也がそれに気付いて言った。本当は車じゃないことは速人にもわかっていた。
「車は……。置いていかなきゃならないだろう。こんな時は分かれずにまとまって行動した方がいい」
「だよな。くそっ」
仁科を置いていかなければならない。友達を、いや、友達の亡骸を置いていかなければならない。
「車は茂みの中に隠そう。とりあえずはそれしかできないだろう。速人、達也、俺たちでやろう」
ニコの言葉に、速人は黙って動き始めた。置いていきたくないが仕方ない。死体を担いでは逃げられないし、全員が乗れる車ではない。今はこれが精一杯だ。そう思っても仁科に対する罪悪感を感じずにはいられなかった。達也も同じことを思っているのだろう。無言で歩き出す。
ニコと達也と三人で森から出て、道路に停めてある車に近付く。近くには何もいないようだった。油断せずに速人が周りを見渡す。誰かが見ている感覚は――。大丈夫、何も感じない。速人は素早く運転席に乗り込み、車を移動させる。少しバックさせ、車が入れそうな場所へ無理矢理に押し込んだ。車は傷だらけになるが、そんなことは知ったことじゃない。何とか道路から普通に見ただけではわからない場所へ車を隠すことができたようだった。ニコと達也が周りから木や草などを上にかぶせ、少しでも目立たないようにした。
速人は後部座席に眠る仁科の顔を見た。いいやつだった。付き合いは短いが、間違いなくいいやつだった。これから色々と一緒にやるはずだったのに。馬鹿なことも真面目なことも。速人は手を伸ばし、仁科の胸に乗せた。目を閉じて悲しみを胸に焼き付ける。
「速人、そろそろ行こう」
達也が窓を叩き、速人に声をかけた。その時だった。車に搭載されている無線らしきものから声が聞こえた。その声は速人も知っている声だった。逸見の声だ。その声の調子は明るく、まるで修学旅行に来た学生に注意を与えている教師の様だった。すぐにドアを開け、達也やニコにも聞こえるようにする。
「全研修生に告ぐ。報告によれば何人かの獲物は銃を所持しているようだ。よって銃器の使用を許可する。今回は兵隊上がりが何人かいるから注意するように。まあ、大した問題ではないがな。それとまだ開始から一時間も経ってないが、すでに五人殺害、二人を捕獲している。あと残りは四十人足らずだぞ、このペースだとすぐにいなくなるな。今回は気の早いやつが集まっているらしい。あんまり急いで殺すとすぐに終わってしまうぞ」
そう言った逸見の声に続いてその周りからの笑い声が聞こえた。速人はその声に怒りを感じた。こいつらは邪悪だ。間違いなく敵だ。そのうち笑えなくしてやる。
「今回の研修は自分の力、可能性を示す大切な機会だ。よくわかってると思うが、この成績によって社会に出せるか判断されるんだからな。それじゃあ、みんな頑張れよ」
そして無線は切れた。速人たちはお互いの顔を見合わせた。研修生、獲物、銃器の使用、殺害、捕獲。わかりやすい単語が脳内に並ぶ。はっきりとしたことはまだわからなかったが、置かれている状況については理解できたように速人は思えた。嫌な予感が当たった。最悪の勘だけはいつも当たる。
「銃器の使用を許可する、って言ってたよな」
ニコが後部のトランクの方へ歩きながら言った。速人もそのことに気付いて、すぐに車の鍵をニコに向かって投げる。ニコはそれを片手でキャッチするとトランクを開けるために鍵を使った。
この車は〝やつら〟が乗ってきたものなのだ。そして無線では銃器の使用を許可すると言っていた。もしかしてどこかに保管してあって、許可されればそこから持ち出すのかもしれない。でも、もしそうではなくて……。
「当たりだ」
ニコの言葉に達也と一緒にトランクの中身を覗く。そこにはお目当てのものがあった。銃と弾の入った箱が幾つか。おあつらえ向きに大きなバッグも二つ入っていた。確認するのは後回しにして急いで銃と弾をバッグに入れられるだけ詰め込み、それを持ってみんなのところへ走って戻る。
手早く速人とニコと久美子で役割分担を相談する。ニコはトランクに入っていたショットガン、レミントンM870にショットシェルを装塡した。映画などでおなじみポンプアクション。さらにリボルバーの拳銃を手に取る。ホルスター付きだったのでニコはベルトにそれを装着する。
「俺が少し離れて先導する。久美子ちゃんは真ん中でみんなと一緒に。ニコは最後尾だ。もし俺が見つかったり戦い始めたら、すぐにそこから逃げるんだ。俺を置いていけないとか思っちゃいけないよ。俺一人ならどうとでも逃げられるから」
ニコと久美子が同時に頷いた。そうは言っても見つかる気など速人にはさらさらなかった。これは速人の得意分野の仕事だった。ポイントマン。周囲を警戒しながら部隊を先導する。かつて何度もやり遂げた仕事だった。
移動しようとする速人のそばに茜が近付いていた。心配そうな顔をしている茜に速人は笑顔を向ける。
「そんな顔するなよ。大丈夫。俺たちが何とかするから」
「うん。それはわかってる。凄く怖いけど」
「じゃあ、何が心配? 確かにヤバい状況だけどさ、みんなのことは絶対に守るよ」
「速人がいなくなっちゃいそうで。ごめんね。縁起悪いこと言って。気をつけてね」
「大丈夫。安心していいよ。俺はいなくならない。それよりさ、茜の方こそ気をつけろよ。俺は茜がいなかったら困っちゃうんだから。言ったろ。俺には君が必要だって」
茜はそれを聞いて、少し涙ぐんだように見えた。無理もないだろう。普通の女性なのだ。ヒステリックに騒ぎ立てることがないだけでも立派だった。
よし、行くか。速人は内心で一つ気合いを入れた。とりあえずの目的。みんなを安全な場所まで先導する。そのためには速人が全力で周囲を警戒して進まなければならない。目の前の任務に集中しろ。自分に言い聞かせ、廃校のある方向へと速人は歩き出した。




