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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第二部
22/55

第22話(第二部)

 その島はとても美しい場所だった。正確な面積は分からないがかなり広いだろう。ほとんど開発などされていないのか、島の大半は森林に覆われていた。所々に古びた建物が散見されるのは、人が住んでいた頃の名残なのだろう。船を降りてから宿舎に向かうバスの中で聞いた説明によると、二十年くらい前にはこの島にも五百人ほどの人々が住んでいたと言うことだった。あまりの不便さに過疎化が進み、最後には集団移住して無人島になったらしい。

 八尋速人やひろはやとはこの忘れられた島に、仲間たちと共に会社の研修で訪れていた。

「さて、どんなやつらがいるんだろうな。男ばかりってのは勘弁して欲しいが」

 隣に立つ福永達也ふくながたつやの言葉に速人は苦笑して頷く。

 彼らが今いる建物はこれから一週間を過ごすことになる場所で、ちょっとしたホテルのような建築物だった。駐車スペースが建物の前に二十台ほどあり、三台ほどのRV車が今もそこに停まっている。建物自体は長い平屋の上に塔が刺さっているように見える。真ん中部分だけ五階建てで残りの部分は全て一階建てだった。横幅は百メートル以上ありそうである。

 速人ら研修生は到着してすぐに、二百人以上は優に入れそうなこのホールに案内されたのだった。

 普通のホテルならば結婚式でもしそうな場所だ。もっともここは一応研修所ということなので、セミナーといった方がいいのかもしれない。まもなくこのホールで、他の研修所からきた人たちとの交流会が行われるということだった。

 船から下りる直前に、逸見から先客がいることを聞かされていた。速人たちは西国分寺の研修所から来たのだが、全国各地の研修所からも同じように研修生が集まるという説明だった。急に決まったのか、それまで何も知らされていなかったが、速人は特に気にしなかった。組織に属していればこんなことはよくあることだ。

 逸見がホールの前方に移動し、マイクを使い全員に向かって話した。

「みんなちゃんと人脈を広げておけよ。これからの財産になるからな」

 十分ほど雑談して待っていると、携帯が全く使えないことに気が付いた。考えてみれば当然である。もちろんWi-Fiなども使えるわけはなかった。周りからは「最悪~」などと声が聞こえたが速人はほとんど気にしなかった。別に構いやしないさ。

 そのうちに室内に速人たちが入ってきたドアからスーツ姿の男女が続々とホールに入ってきた。人数は五十人くらい。速人たちがちょうど五十人なので同じくらいの数だった。浮ついた様子はまるでなく静かに整然と歩いている。

 無個性なやつらだな。何となく速人はそんな感じを受けたが、すぐに考え直す。達也やニコなどと一緒にいれば誰を見たって無個性に見えるはずだ。

 ザワついていたホール内に静寂が訪れるが、どこにでも社交的な人間はいるもので、すぐに二つの団体は混じり合った。あちらこちらで挨拶と自己紹介が始まる。

 さっきまで隣にいたはずの達也がいつの間にか女性のグループに笑いながら話しかけているのが速人には見えた。まったく素早いやつ。

 速人が自分の恋人である上本茜うえもとあかねの方を見てみると、彼女が見知らぬ女性と話しているのが見えた。お互いに自己紹介でもしてるのだろう。笑顔で頷きあっている。

 交流会があると聞かされた時、達也や仁科などは、また新しい女性たちと知り合えると喜んでいたが、速人にはどうでもいいことだった。むしろ面倒だと思う気分の方が強い。速人の心は茜で満ちており、ほかに女性が入り込む余地は残されていないのだ。

 今、速人の目には初対面の女性が二十人ほど見えているが、不思議なことにどれもこれも同じようにしか見えなかった。

 どうやら俺は完全に茜に参っているらしい。

 速人がそんなことを考えてウロウロしていると、見知らぬ男が近付いてきた。身長はニコに近いくらいの大男であった。しかしニコと違って強面ではなく、温和そうな顔をしていた。その男は速人の前で会釈し型どおりの挨拶をする。速人も同じように挨拶をした。

「黒田と申します。北海道支社から来ました」

 男はそう名乗り、速人の目の前に右手を出して握手を求めてくる。速人も自分の名を名乗り、握手に応じた。男はがっちりと速人の手を握り、なかなか離さなかった。

 おいおい、俺にはそんな趣味はないぞ。

「おっと、これは失礼しました」

 些か長すぎる握手だと感じたのが顔に出たのか、黒田が慌てて手を離した。

「それでは、また。何かありましたらよろしくお願いします」

 そう言って逃げるように速人の前から去っていく。なんとなく気色悪さを感じながら、周囲を見渡すと色々な場所で同じような光景が見られた。握手のオンパレード。

 達也や仁科などは率先して女性と握手を繰り返しているようだ。驚いたことにニコですら握手を求められてぎこちなさそうにそれに応えていた。川井はペコペコとお辞儀しながらせっせと求められるがままに握手をしている。

 その時、ふとあることに気付く。竹本久美子たけもとくみこ三上涼子みかみりょうこの姿が見えないのだ。久美子はどうもここ数日、体調が優れないらしいが、さっきまでは二人ともいたはずだった。

 どこにいったんだ? 速人は少し気になり、近くにいた網谷彩菜あみやあやなに尋ねてみる。

「彩ちゃん、久美子ちゃんたちはどこか行ったの?」

「ああ、八尋君。久美ちゃんは気分が悪いらしくてさ、部屋で休んでるって。涼子さんは付き添い」

 彩菜が心配そうな顔をして言った。

「そんなに具合悪いの?」

「どうだろう。久美ちゃんさ、体調だけじゃなく、最近何か元気ないんだよね」

 それは速人も感じていたことだった。達也とそれについて少しだけ話したが、二人で出した結論は男には存在しない痛み、つまり生理痛なんじゃないかというものだった。

「何か心当たりある?」

 生理なのか? とは流石に聞けなかったが、速人は彩菜に尋ねてみる。

「ないなあ。特に何もなかったし」

 彩菜は一生懸命に考えているようだったが、何も浮かんでこないようだった。

「だよな。まあ、そんなに心配することないか。船旅で疲れただけかもしれないしね」

「そうだよね。あっ、八尋君あそこ見てよ。茜さん、大人気だよ」

 彩菜の指差す方向を見ると、茜がたくさんの人々に囲まれているのが見えた。笑顔で対応しているが少し困っているようにも見える。

「うーん、やっぱりこういうとこでも差が出るかあ。わたしのところはよく知ってる八尋君だけだもんなあ。でも、さっきカッコいいお兄さんが挨拶に来たんだけどね」

「へえ。よかったじゃん」

「でもね、さっさと握手してどこかへ行っちゃった。まあいつものことです。ほら八尋君、茜さんとこに行かないと。誰かに取られちゃうよ。結構カッコいい人いるしさ」

 殊更、悪戯そうな顔をしながら彩菜が煽り立てる。

「お前なあ、年いくつだよ?」

「二十歳でーす」

「微妙にさばを読まない。確か大卒だっただろ。大体、俺が茜のところへ行ってどうするんだよ。隣でアホ面さらすのが関の山だって」

 小さく舌を出して彩菜が笑って誤魔化す。

「それじゃあ、意気地無しの八尋君の代わりにわたしが茜さんを救ってくるか」

 そう言って彩菜は茜の元へ向かって行く。速人が様子を見ていると、彩菜は茜とその周りとの間に上手く入り込んだようだ。速人の方を指差しながら、茜に向かって何か話しかけているのが見えた。何を言っていることやら。

 その後、速人も何人かの男女から挨拶を受けた。なぜだか、最後にはみんな握手を求めてくる。速人たちが知らないだけで会社のモットーか何かがあるのかもしれない。そんなことすら頭によぎる。

 〝初対面では握手しなさい〟ってか。

「それじゃあ、みんな自己紹介は済んだか? これから昼食を取ったら後は自由時間だ。夕食は十八時からだから遅れるなよ。その後、今回の研修の内容を説明をするからそのつもりで。それまではゆっくりと部屋で寝て過ごしても構わない。それじゃあ、とりあえずは解散だ」

 逸見が交流会とやらの終了を告げる。午後にいきなりの自由時間。周りから喜びの声が上がるのが聞こえる。どうやらこの研修が〝ご褒美〟だってのは本当らしい。

 ホールの出口で書類が束になっており、それを一枚ずつ取るように指示があった。そこには部屋割りや風呂、宿舎の平面図などが記されていた。真ん中の五階建てになっている部分は全て宿泊するための部屋になっているようだった。横に広がる平屋の部分にホールや食堂、医務室等があり、研修室と書かれている部屋も幾つかあった。無駄に大きく作りすぎたのか、何も書かれていないスペースがたくさん存在した。

 さて午後は何をして過ごそう。速人は船には慣れていたので特に疲れてもいなかった。それにこんなところに来て部屋で寝ていても仕方がない。

 速人には行ってみたい場所があった。ここに来る途中でバスからずっと外を見ていた時、気になった場所があったのだ。島を散歩がてらそこに行ってみるのも悪くない。きっと面白い場所に違いないだろう。


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