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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第一部
21/55

第21話(第一部最終話)

 そこには一面の青い海が広がっていた。八尋速人は船の外部デッキに出て景色を眺めていた。と言っても海以外何もなかった。海と潮風。速人には馴染み深いものだ。


 時間を知りたくなり携帯を見ると、午前七時を過ぎようとしていた。ちなみに今日は日曜日である。金曜に国分寺での研修が終了し、土曜の午後には船に乗っていた。二十時間以上の船旅なので目的地に到着するまではまだもう少し時間があるはずだった。


 速人は研修所での最後の夜を思い出していた。修了式の後、他の研修生は帰ってしまったので、研修所にいるのは速人たちのような特別研修を受ける者しかいなかった。ほぼ貸し切り状態であった。


 そしていつものメンバーが速人の部屋に集まり、酒を飲み騒いでいた。女性陣は少し久美子の体調が悪いらしく不参加だったが、きっと茜も交えて最後の夜を楽しんだのだろう。


 楽しい夜だった。流石のニコもフラフラになるほど酔わされていた。そうなるのに普通の人間の五倍以上の酒が必要だったのは言うまでもない。仁科などは全裸でトイレに行くという暴挙に出るほど酔っていた。帰って来た時、達也が部屋の鍵を中から掛けてしまった。部屋に入れず全裸で廊下を右往左往していた時は面白すぎて腹が痛くなったものだった。携帯で撮影しておかなかったことが悔やまれる。速人がそんな楽しい思い出に浸っていると、後ろで人の気配がした。振り返ると茜だった。


「おっはよう」


 茜が元気に朝の挨拶をしながら、両手を上に広げて体を伸ばす。朝日で茜の髪がキラキラと光っていた。速人は彼女につい見とれてしまう。速人はもうまったくお手上げだった。


 茜が不思議そうに見ているので、おはようという一言すら言っていないことに気付く。


「おはよう」


「どうしたの? そんなに見ちゃって。何かあたし変?」


「いや別に何でもないよ。由紀はどうした?」


 照れ隠しでさりげなく話をすり替える。


 由紀は結局、この研修に参加していた。誰に言われたわけでもなく、最後は自分の意志で決めたようだ。それでいいと速人は思っていた。


「由紀ちゃんはまだ部屋にいるわ。昨日の夜も一緒に長い間、話してたの。彼女って偉いわ。とても十九歳に思えない。あたしのその頃なんてもっとずっと子供だったわ」


「茜の十九歳の頃かあ。想像できないな。えっと七年前か。俺はまだ高校生だな」


「ちょっと、そこで正確な数字を出さない。ただでさえも由紀ちゃんと一緒にいて年齢を意識させられてるんだから」


 茜はそう言うが、さほど気にしてはいないようだった。


 研修に戻って来てから由紀は茜とよく一緒にいた。きっと一緒にいると気が休まるのだろう。茜の方でも今までよりも由紀のことを気にしているようだった。


「あと一週間か。それが終わったらどこに行くことになるんだろうね?」


 茜は自分の髪をいじりながら、海の方を見て呟いた。


 速人もそれが気になるところだった。茜と離れたくないと思っていたから。茜はどう思っているのだろう。離れてても大丈夫なんてお決まりの台詞を速人は聞きたくなかった。


「速人はさ、どこに行きたいの? 希望とかあるの?」


「特にない。どうせ選べないしね」


「あたしはあるよ。速人のそばがいい」


 速人はすぐにでも茜を抱きしめたくなったが、場所が場所だけにそれを堪えた。


「そうだね。本当は俺も同じこと思ってた」


 それを聞くと茜は嬉しそうに口元をほころばせる。


「きっと大丈夫だよね。案外、同じところになったりして。さすがにそれはないか」


 本当にそうなって欲しいものだ。速人は心からそう思った。


「仕事だから仕方ないってよく言うでしょ? その一言で済ませたくないの。仕事も大切だけど、速人のことも大切。だから、離れたくない。きっとあたしって欲張りなのね。でもさ、もしとんでもなく遠距離になっちゃったら……」


 そう言って茜は一旦、口を閉じて遠くを見つめる。


「なっちゃったら?」


 速人が先を促そうとした時、背後からよく知っている声が聞こえた。


「朝から仲のいいことで。いつ〝タイタニック〟のマネをし始めるかヒヤヒヤしたよ」


 振り返ると、達也がまだ眠そうな顔で立っていた。隣にはニコがいつものように静かにそびえ立っている。適当に朝の挨拶を交わすと、四人並んで話し始めた。


「しかし随分と遠いところまできたもんだ」


 達也が周囲の海を見渡して言った。速人も同じように周りを眺めてみる。天気がいいのでかなり遠くまで見渡せるが、何も見えない。当たり一面が、海、海、海だった。


「これが終わったら、俺たちもきっと別々の場所に行くんだろうな」


 ニコがさっきの茜と同じようなことを言った。達也が黙って頷く。


 速人はニコの言葉に頷きながら、茜が言いかけたことを考えていた。何を言おうとしたんだろう? 遠距離になったらどうなるんだ? 考えたくないが可能性は充分にあるのだ。


「このメンバーって最初と同じだね。研修に来た時と。あの時、みんなに初めて会ったんだよ」


 茜がそう言うと、達也がすぐに反応した。


「そうそう。駅で速人がナンパしたんだった」


「それは違うと思うぞ。あの時は確かお前が声を掛けようって」


「まあまあ。それはどっちでもいいから」


 不毛な言い争いを止めるように茜が言った。達也の顔を見ると小さく舌を出して笑っている。


「おっ、どうやらみんなも来たようだぞ」


 後ろを振り返ってニコが言った。少し離れたところで仁科と川井が涼子たち四人と話しているのが見えた。愛すべき仲間たち。朝から全員集合ってわけだ。


 最後の一週間。この仲間たちと一緒なら最高の時間になるだろう。速人はそれを少しも疑っていなかった。


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