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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第一部
14/55

第14話

 週末に外出した人々が続々と帰ってきていた。速人が二階にある広い通路から正門の方を眺めていると、門の前で手を振り合って別れを告げている男女が見えた。女性の方だけが門を通り中に入ってくる。男性の方はそれをしばらく見ていたがやがて駅の方向へと歩いて行った。きっと恋人同士なのだろうと速人は想像する。


 自然とさっき別れたばかりの茜の顔が速人の頭に浮かんでくる。


 土曜日も夕方まで一緒に過ごし、日曜日も朝からずっと一緒にいた。何をしたわけでもなく、ただ研修所内で話をしていただけだった。彼女の携帯に同室の子たちからの連絡が無ければまだ一緒にいたかもしれない。茜が残念そうに見えたのは自惚れすぎかなと速人は思った。


 携帯を見ると午後四時近くになっていた。達也らを探しに速人は食堂のそばにある喫煙スペースへと向かう。


 そこに着くと煙草を吸っている達也と仁科の姿が見えた。


「おや、お早いお帰りで」


 速人に気付いた達也が言った。


「ニコと川井君はどうしたんだ?」


 達也のからかいは無視して速人は仁科に尋ねた。


「二人は外に酒買いに行きました。今夜は部屋で酒盛りしようって話になりまして。でも、ニコさんに行かしてよかったのかな。俺が行くって言ったんですけど」


「あいつは酒にはうるさいからな。自分で選びたかったんだろ」


 そう言って速人は灰皿のそばにあるベンチに腰を下ろす。


「お前が女とイチャついてる間、俺は知らない男共と楽しくもない話をしてたんだぞ」


 達也がさも嫌そうな顔をして言った。


「何の話?」


「お前が夜中に見たってやつ。一応、調べといたんだ。俺は君らと違って仕事が速いからな」


「そうか。それで何かわかったか?」


「それがなんとなく微妙な感じなんだ。お前が見たのはテストのあった金曜の早朝だよな?」


「ああ。朝の三時近かったと思う」


「あの部屋の四人はテストを受けてないんだ。金曜日は研修を受けていない。やつらと同じクラスのやつに聞いたから間違いない。担当の講師は彼らは具合が悪くて医務室にいるって言ってたらしい。帰ってきたのは今日の朝だ。俺もそこに行って確認してきた。四人とも部屋にいたよ」


「じゃあ俺が見たものは特に問題ないことだったのか」


「今のところ、それが濃厚だけどな。でも少し気になることがあるんだ。俺が聞いたやつが言うにはその四人はかなり調子に乗ってたらしい。まだここに来たばかりだってのに片っ端から女に声かけて、男には威張り散らしてたみたいだ。講師の女性にまでちょっかい出してたらしい。つまりはバカ四人組だな。たまたまバカがその部屋に集中したんだろうな」


「それで、そのバカたちの何が気になるんだ?」


「帰ってきてから妙に大人しいみたいなんだ。それを聞いて他にも聞いて回ったんだが、大体が同じような感想を持ってた」


「急に真面目に社会人になろうと決意したってことか?」


「そうかもしれないけどね。やっぱり何か問題を起こしてお灸を据えられたのかもしれないな」


「わざわざ夜中にか?」


 速人がそう言うと達也は首を傾げながら何か考えているようだった。


「でも、とりあえずは誘拐とかそんなんじゃなかったってことですよね。やっぱりクスリでもやっておかしくなったんじゃないですか?」


 それまで黙って話を聞いていた仁科が言った。


「それなら具合が悪くなったのにも、お灸を据えられたのにも説明がつくんだけどね。まあ四人同時に具合が悪くなるのも同じクスリをやっていたってことなら何とか説明がつくかもしれないんだけど」


「何か引っかかるのか?」


 速人は何となく達也の言いたいことがわかった様な気がした。


「普通、そんなことがあったらクビにするはずだ。今頃あいつらは荷物をまとめてここから退散するはずだろ。どうもこの話の流れはしっくりこないんだ」


 そう言って達也は黙って考え込み始めた。


「いいんじゃないですか? 深く考えなくても。俺らには関係なさそうだし。意外とチャンスをもらっただけってのも考えられますよ」


 仁科が明るい声を殊更出して言った。それを聞いて達也も表情を変えて速人の方を見る。


「そうだな。意外とそんなことかもしれない。俺たちにはわからない事情があるのかもしれないしね。それにいざとなったら最終手段も残されてるからな」


 速人にはそれがなんなのかがすぐにわかった。


「ニコか。あいつに頼むんだな?」


「その通り。ニコが丁重に質問すれば大抵のことは向こうから喋るだろうよ」


 ニコに言えば数時間後、いや数分後にはその四人は速人らの前に投げ出されるだろう。ニコが彼ら四人を引きずってくる図が速人の脳裏に浮かぶ。すぐに頭を振って打ち消した。どうやっても問題になるだろう。彼らのクビの心配より自分たちが危うくなることは間違いない。


「あくまでも最後の手段にしておこう」


「そうだね。今のところ、そこまでやる必要はないよな」


 達也も同じことをイメージしたのだろう。笑いながら速人に同意する。


「まあ俺の調べたのはそんなところだ。また何かわかったら教えるよ。それより速人の話を聞こうぜ。金曜の夜に本当は何があったかまだ聞いてないだろ?」


 達也のその言葉を契機に場の空気が変わった。いつもの雰囲気に戻った三人が雑談に興じていると、「あっ、お帰りなさい」と仁科が川井とニコが買い物から帰ってきたのに気付いた。


 ニコはビールやウイスキーの入った大きな袋を二つ持っている。川井はつまみなどが入った袋を一つだけ持っていた。どうやら重い物はすべてニコが持ってきたようであった。仁科は二人に駆け寄り、ニコから酒の詰まった袋を受け取っていた。


 そして仁科はそれを冷蔵庫に入れに行くとみんなに告げ、川井を伴って宿泊棟へ向かった。部屋ごとに冷蔵庫は設置されていないが、共用の冷蔵庫が宿泊棟の各階に設置されているのである。


 二人の姿が見えなくなり、なんとなく三人は速人を中央にしてベンチに座り直した。


「速人はジャックダニエルをペプシで割るんだったよな」


 ニコが低い声で速人に言った。速人は微笑とともに頷く。


 ニコはその見た目からは想像がつかないが、非常に細やかなところにまで気がつく男だった。速人はニコを心の底から信頼していたし、この静かな巨人のことが大好きだった。


「二人ともさ、何か色々ありがとな」


 不意に速人の口から、ニコと達也に対して感謝の言葉が漏れた。言った速人自身も少し戸惑っていた。自然と口からこぼれた言葉だったのだ。


「どうした? いきなり」


 達也がいつもと変わらない口調でそれに応える。口調はいつも通りだが、速人には達也が少しだけ嬉しそうに見えた。


「ずっと助けられてばかりじゃないかって思ってさ」


 言ってから恥ずかしくなり、どこか遠くを見るような目つきで速人は続けた。


 バンとニコが速人の背中を強く叩いた。あまりの力に思わず速人はむせそうになる。


「俺たちの間で貸し借りの話をし始めたらキリが無いぞ。それより急にそんなことを言い出すってことはどういうことだ?」


 ニコにしては珍しく表情が明らかに笑っていた。


「そりゃあ感謝もしたくなるだろうよ。ここに来てから速人はツキまくってるからな。少しは分けてもらいたいもんだ」


 達也はふざけ半分を装っているが、それが速人にはありがたかった。男同士で感謝し合っても気持ち悪いだけだ。


「まあ、とにかくそういうことだ。そろそろ行こうぜ」


 速人がそう言って立ち上がると、ニコも無言でそれに続いた。


「そうだな、そろそろ行かなきゃな」


 達也も笑ってそう言いながら立ち上がった。


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