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チェンジ 〜From heaven Till hell〜  作者: 井上陽介
第一部
10/55

第10話

 速人は立川駅に着くと、改札を出て茜の待つ北口へ向かった。電車を降りた直後にメールが来て、北口を出たところのカフェで待っているとのことだった。まだたくさん人のいる駅前広場を通って、その店を目指した。すぐにその店の前に辿り着き、中を覗いてみると茜が一人で座って本を読んでいるのが見えた。


 やっぱりいい女だな、と速人は思う。三上涼子のような完璧な美貌というわけではない。目鼻立ちは整っているが、少しだけふっくらとした顔をしていて、それがとても健康的だった。肩幅が広く、全体的にガッチリした体型である。胸も大きく、どちらかと言えばアメリカ人が好みそうな豊満な女性。そして、何と言っても彼女から溢れ出る雰囲気は柔らかく優しかった。二番人気とのことだが、みんな見る目がないなと思う。


 店の中から茜が気付いたようで、手を振って手招きしていた。速人は店に入り、茜の前の席に座る。心なしか周囲からの羨望の眼差しを感じたが、それも当然だなと、あらためて目の前の茜を見ると思う。読んでいた本はハインラインの『夏への扉』だった。


「待たせてたら、ごめんね」


「ううん、こっちこそ。いきなり誘っちゃって大丈夫だった?」


「うん、全然、平気。達也とかと飲んでて研修所に帰るところだったからさ」


「福永君と一緒だったんだ。あの人さ、結構、人気あるんだよ」


 速人にとっては意外でも何でも無かった。達也はイケメンだし、話も面白い。誰とでも気さくに話せるし、自分と違って話題も多く会話に困ることなど無いだろう。昔は速人も同じだった。女性と話すなんて日常茶飯事で、同じ年代ならどんな話題にもついていけたものだった。海兵隊にいる頃は、接する女性がいわゆる〝お店のおネエちゃん〟ばかりだったので問題なかった。彼女たちは接客のプロで、例え全く意味がわからなくても何でも笑ってくれた。


 そしてその後は引きこもりになり、ほとんど女性と話すことはなくなった。たまに機会があっても、なんとなく女性に対して一歩下がって接するようになっていき、今では正直なところ苦手な事柄にまでなっていたのである。


 それに加え、速人の趣味は色々と偏っていたので、こうやって女性と二人になると色々と苦労するだろうなと思っていた。


 しかし茜とならば、その心配は全く杞憂だったのである。たまに無言になろうとも微妙な感じは少しも無かった。話しているうちに自然とくつろいだ雰囲気になり、速人も何気なく会話をしていた。自分ではつまらない話かなと思っても、茜の柔らかい笑顔が不安を打ち消してくれていた。


 カフェが閉店になりそうなので、近くのショットバーに入る。速人はジントニックを頼み、茜はモヒートを頼んだ。普通は逆だな、と速人は思う。茜は酒には強いようだった。


「八尋君さ、映画とか観ないの?」


 知り合ったばかりの男女がする会話ランキングで常に十位以内に入る話題になった。これを男から始めた場合、次のデートは映画館となる。


「うん? 結構好きだよ」


 速人は少し注意深く答えた。実は速人は結構な映画好きであったが、今まで速人と映画の話ができるのは達也くらいのものだったので、他の誰かとその話題を楽しむのは半ば諦めていた。


「そうなんだ、どんなのが好きなの?」


「うーん、イタリア映画とかかな。でも、恋愛物とかじゃないよ。ミステリーというか」


 本当はいくらでも出てくるのだが、曖昧に答えることにした。あまりマニアックでもまずいだろう。


「ジャーロってやつね。あたしも結構好きだよ。ダリオ・アルジェントとかでしょ? サスペリアとか。あれはホラーか。音楽とか雰囲気がいいよね」


「そう、それそれ」と反射的に言った後、「まじで?」と驚いた顔で速人は尋ねていた。まさか目の前の女性から、そんな名詞が出るとは思わなかったのである。


「何が? 本当だよ。お父さんが映画好きでさ、色んなの観たんだ。恥ずかしい名前のやつがあったの覚えてる。お母さんが題名だけでAVとかと勘違いしちゃったの。影のない……何だったかな?」


「影なき淫獣」


 セルジオ・マルティーノ監督の七十年代のジャーロ映画だ。


「そうだ、そんな名前。淫獣って何だって思ったのを覚えてる。それじゃあ誰も観る気がしないじゃないって。でも、逆に男の人は興味が湧いちゃうのかな」


 それは前から速人も思っていたことで、どうやら茜とならいくらでも話が出来そうだと思った。


「上本さんはどんな映画が好きなの?」


「一番好きな映画はねえ……じゃあヒント出すから当ててみて。舞台はウィーン、フランス人とアメリカ人、後はねえ、夜明けかな」


 途中で答えがわかるほど、速人も好きな映画だった。列車で出会った男女が翌日の夜明けまでを過ごす素敵な映画だ。


「ビフォアサンライズ」


 信じられない、という表情の茜を見て、嬉しくなった速人はもう一言付け加えた。


「俺も大好きな映画なんだ。ウィーンって聞いた時、すぐに頭に浮かんだよ」


「すごーい。こんなことってあるんだ。趣味合うね」


 そう言った後、彼女は何かに気付いたように表情を曇らせた。


「どうかした?」


「上本さんって呼んでるでしょ? あたし年上に見える? それともまだ知り合って間もないから?」


「まあ、両方かな」


 速人はつい率直に答えてしまう。茜はわざとらく頬を膨らませ、怒った振りをした。全然、怒ったようにはみえなかったが。


「八尋君さ、年幾つ?」


「二十五だけど」


 聞き返すのは無礼であろう。今度は速人も余計なことを言わなかった。


「あちゃあ、年下かあ。でも一個だけなのが救いかな。では年上として命じます。〝上本さん〟は今後、禁止となりました」


 急に女王様のような口調で宣言する。言った後、速人の顔を見てニッコリと笑った。


 その笑顔が余りにも素敵で、速人は無性に茜の頬を両手で包みこみたくなった。



 店を出ると、二人はもう終電がないことに気付いた。いや、二人とも本当は途中で薄々感づいてはいたのだ。そんなことで終わらせるには、話しているのが楽し過ぎた。それだけのことだった。


 そして茜には、これからする速人の次の提案が予想できていた。


「仕方ないな。研修所までタクシーで帰るしかないか」


 予想通りのことを速人が言った。


 やっぱりね。酒に酔った勢いでホテルに誘うようなタイプではないことはもうわかっていた。それでも、茜は自分が少しだけ残念に思っていることに気付いた。あたしそんなに軽かったっけ? と自問自答する。今まではそんなことなかったはずだ。


 自分が目の前の男に惹かれていることに心地よさを感じる。何となく陰があるけど、映画の話をした時の嬉しそうな顔や、決して大笑いせずに小さく笑うところが、どうしようもなく可愛かった。


 でも一つだけ気になることがある。あの瞳。綺麗な目だけど、時折、深い悲しみを帯びているように茜は感じていた。具体的にこうだとは言えない。でも彼女は目を見て感情や性格を感じることが多々あった。目を見ればわかるとよく言うが、茜にとってそれは本当のことだった。


 ああいう瞳をどこかで見たような気がする。どこで見たんだろう?


「ちょっとコンビニ行っていい? 水を買いたくて」


 少し喉が渇いていることに気付き、茜は言った。


「買ってきてあげようか? そこに座って待ってて」


 少し迷ったが、茜は速人の親切に甘えることにした。こういう優しさは受け取るべきだと茜は思う。かといって男を走らせて満足感に浸るタイプではない。どちらかと言うと自分が走ってあげるのが好きだ。


 知り合ったばかりの男が親切にしてくれて、私はそれを嬉しく感じている。そう思うだけで茜は充分だった。結局、速人が優しくしてくれたのが嬉しかっただけなのだ。嫌いな男だったら自分で買いに行くだろう。


 実を言うと、茜は今の状況が不思議だった。今夜は部屋の女友達とクラスの飲み会に参加した。彼女自身は特に乗り気ではなかったが、付き合いで行くことにしたのだ。そこでは何人もの男に話しかけられ、露骨に口説く男もいて適当にごましてきた。やたらと褒めちぎる男もいたし、イケメン男も何人かいた。退屈だなと感じ始めた時、何故か、初日に出会った速人の顔が浮かんだのである。あらためて思い出せば、あの時いきなり連絡先を渡したのも自分らしくない。


 今日、こうやって一緒にいても、彼は特に茜を褒めちぎることも無く、口説いたりする素振りも全く見せない。あたしは追いかけられるより、追いかけるのが好きなのね。


 そんな風に、ある意味、幸せな思考に浸っている茜を無粋な声が現実に戻した。


「おネエさん、こんなに遅くに一人で何やってんの?」


 二十代前半とみられる男たち五人が目の前でだらしなく立っていた。好色そうな笑顔。テンプレートな声かけ。まったく嫌になる。


 彼らのうち、一人が勝手に隣に座り、色々と話しかけてくる。酔っているようで酒臭い。適当に相手をしていたが、そのうちに彼らはエスカレートしてきた。

「凄い胸してるじゃん、触らしてよ」などと言って、今にも手が伸びてきそうである。本気で怒鳴ってやろうかしらと思った時、片手にコンビニのビニール袋を持った速人が戻ってきた。


「映画や物語では、こういう場面ってよくあるけど、まさか実際に目の前にするとはね」


 何の緊張感もなく速人は言う。大柄な男が二人、睨みながら速人に近付いた。お決まりの下卑た言葉を浴びせる。速人はビニール袋を地面に落とした。


「お前らさ、どう見ても悪役にしか見えないぞ。さっさとどっかに行けよ」


 自分より身体の大きい男を二人目の前にして、何の気負いもなく速人は言い放った。茜は心配そうに成り行きを見ていたが、速人の態度はことさら彼らを挑発しているように見えた。運動神経がいいのは知っているが、流石に五人もの男に囲まれては一方的にやられるだけだろう。


「あたしたちもう行かなくちゃいけないから」


 男たちのうちの一人に向かって哀願した。するとその男は茜の腕を掴み、嫌な笑いをして仲間に向かって言った。


「そのナメたやつ、ぶちのめしちまえ」


 酒に酔った勢いもあって、彼らは面白半分に暴力を振るうことを決めたようだ。彼らは過去に何度となくこういう場面を作り、ほとんど一方的に人々を傷付けてきたのだろう。彼らにとってはいつもの軽い遊びなのだろう。


 しかし、いつもとは相手が違ったようだ。


 最初の男はいきなり右手で大きなパンチを振るったが、速人は軽く左に動き、空を斬らせる。男がよけられたと気付く前に速人はそいつの腹に右拳をめり込ませていた。


 すぐに元の体勢に戻る。次の瞬間、隣の男が「てめえ」と叫びながら殴りかかるが、パンチの振りが大きく腕を引いた時点で、スッと前に出た速人の左ジャブが二連発で鼻っ面を直撃する。ジャブと言っても速人のそれはほぼ左ストレートに近く鼻血を出しながらそいつはしゃがみ込んだ。


 ボクシングだ。茜にはそれがすぐにわかった。彼女の父親は元ボクサーで日本ランキング一位までなったらしい。茜が産まれる前のことなので詳しくは知らない。ただ父親はいつもボクシングを見ていたし、茜も子供の頃からそれを一緒に見ていた。なのでボクシングにはかなり詳しいのだ。


 目の前にいた二人の男を倒し、何事もなかったかのように残りの男たちを眺めて彼は言った。


「怪我したくなければ、もうやめろ。彼女を離せばそれでいいから」


 諭すような口調だ。それでも男たちはわからなかった。〝負けるかもしれない戦い〟と言うものに慣れておらず、常に一方的に弱い者に暴力を振るってきた彼らは目の前にいる小柄な男のもつ戦闘能力を正確に測れなかったのだろう。それに加え、彼らには彼らの戦い方がまだ残されているようで、二人の男が素早く懐から光るものを取り出す。


 茜はそのナイフをみて、心臓が冷たくなるのを感じた。やめてと叫びたかったが声が出ない。


 しかし、速人は明かりに照らされて閃光を放つナイフを見ても全く動じていないようだった。茜には彼が一瞬だけだが笑みを浮かべたように見えた。


 男たちがナイフを振りながら襲いかかる。すでに速人は左足を前にし、半身に構えていた。


 迫るナイフをフットワークで身体ごとかわし、突っ込んだ反動でがら空きになった相手のこめかみにパンチを打ち込む。同時にナイフを振るってきたもう一人の攻撃をダッキングでかわす。返す刀でもう一度迫ってきたナイフを今度はスウェーバックで空転させ、二度も空振りしてバランスを崩した相手の顔面に右ストレートを放った。


 あっという間の出来事で、茜はまるで映画を見ているようだと感じていた。現実感が喪失している。我に返った時には二本のナイフが地面に落ち、男たちが地面にしゃがみうめき声をあげている。速人は落ち着いて、落ちているナイフを遠くに蹴り飛ばしていた。


 茜の腕を掴んでいる男は流石に驚いた表情をして固まっている。掴む力が緩むのを感じた彼女は、男を押しやり速人に向かって逃げた。後ろから男が襲ってくるのが感じられる。首筋が縮こまるような感覚とともに速人の顔を見ると、それまで余裕だった彼の表情が少しだけ困惑しているように見えた。だが次の瞬間、速人は茜と男の間に素早く割り込んでいた。茜が振り返ると男がナイフを振り上げているのが見え、茜をかばうようにして間に立っている速人はその場でそれを受け止めた。茜は速人が刺されたのかと思い、心臓に冷たいものが走った。


 どうして? さっきまではあんなに素早く動いていたのに。


 振るわれたナイフが初めて速人の身体を傷付けていた。正確には手の平を切り裂いた。


 しかし速人は、即座にナイフを持つ手首を掴み、力をこめてひねりあげる。ナイフが落ちた音がするかしないかのうちに、ボディブローを鳩尾に受けて最後の男も地面に突っ伏した。速人はさらに顔面を蹴り上げようとしたのか足を小さくあげたが、思い直したようにそのまま足を戻した。彼は血に染まった自分の左手を一瞥した。


 ほんの少しの時間の出来事であったが、さすがに騒ぎになりかけていた。警察を呼べと言う声が聞こえる。茜はまだ少し放心状態だったが、その声で何となく気を取り戻した。見ると速人の左手は出血しているし、面倒なことになりそうだという表情をしている。確かにこちらに非はないが、面倒なことには違いない。茜は自分の腕が掴まれた事に気付いた。さっきとは違い優しい手つきだったが。


「とりあえずここから離れよう」


 すでにビニール袋を拾っている。何て余裕なのかしら。


 そういう速人の言葉に素直に頷き、二人とも走ってその場を離れた。


 二,三分ほど適当に立川の町を走る。特に悪いことはしていないのだが、この短い逃避行は二人に不思議な連帯感をもたらした。気付くと、結構な距離を走り駅前からかなり遠い場所に来ていた。目の前にはコンビニがあり、明るくなっている場所で二人は立ち止まった。


「まさか、この年になって町で喧嘩するとは思わなかったよ。しかもあんな小僧共と。怖かった? ごめんね」


 申し訳なさそうに速人が言った。


「ううん、元々絡まれたのあたしだから。こっちこそ、ごめん」


 速人は左の手の平から出血していた。それをチラッと見た後、何かに気付いたような顔になる。


 とっておきの品を出すかのような顔をして、Tシャツの袖からテーピングを一息に引っ張り、それを傷口に巻き付けて止血した。何でそんなところにテーピング? と茜は不思議に思ったが、すぐにそれが赤く染まるのに気付く。


「ダメだよ、そんなんじゃ」


 茜はそう言ってすぐに近くのコンビニに入る。


 ナイフで斬られたのに、何事もない顔してるなんて。包帯などを買いながら彼女はそんなことを考えていた。


「消毒液と包帯買ってきた。一応、手当てしなきゃ。どこか落ち着ける場所はないかしら」


 二人で周りを見渡すと、同時にある建物を見つけた。思わず顔を見合わせる。


 二十メートルほど先に、一軒のホテルが見えた。ピンク色のネオンがどういうホテルかを雄弁に物語っている。


 二人ともしばらくお互いを見つめたが、やがて茜が口を開く。


「とりあえず、あそこに入ろう」


 何となく恥ずかしく思ったが、はっきりとした口調で言った。もう十代の子供じゃないんだから。それに何かあっても別に……。


 二人はそこまで歩き、入口で一瞬止まった後、中に入る。


 受付を済ませ、部屋に入った。当然ながらベッドは一つしか無い。他にはテーブルとソファー。


「そうだ、水、買ってきたよ」


 とんでもないタイミングで速人がミネラルウォーターを差し出したので、つい茜は笑ってしまった。本当に面白い人。


 お湯を沸かし、それを湯おけに入れて茜はソファーに座る速人のそばに座った。左手のテーピングは血で染まっている。それを優しく剥がし、傷を見てみた。大したことない傷だったようだ。茜は安堵した。うん、これなら大丈夫。よく洗い包帯を巻く。きつ過ぎず、かといってすぐ外れないように。


 巻き終わった後、速人は手の平を二、三度開いては閉じ、茜の方を見た。


「巻き方が上手だね」


「上手でしょう。あたし看護師だったんだ」


 それを聞いても速人はあまり驚いていないようだった。雰囲気から感じ取っていたのかもしれない。あまり意外なことでもなかったのだ。茜はこの反応には慣れていた。


「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」


 落ち着いてきて先ほどの出来事を思い出し、茜は尋ねた。うん? とだけ言って頷く速人に対して尋ねてみる。


「さっきさ、凄かったね。正直、凄い怖かったの。速人君、やられちゃうんじゃないかって」


 速人は微笑したまま、目線を少し下に向けたり戻したりしていた。


「ごめんね、あたしのせいで。怪我までしちゃって」


 複数の意味を込めて茜は言った。手当てしてる時に気付いたことがあったのだ。最後の男がナイフをかざした時、それまで踊るように素早くかわしていた速人が動きを止めて躊躇したことと、何故、彼がそこでよけなかったかに。あの時、その前と違って私が近くにいた。きっと彼はよけた場合に空振りしたナイフが茜に当たることを恐れたんだということに気付いたのだ。


 でも彼はそんなこと決して言わないだろう。もしかしたら無意識にやったのかもしれない。自分だから守ってくれたと思うほど、彼女は自惚れていなかった。きっとそういう男なのだ。誰であってもああするのだろう。


「何であんなに強いの?」


 これが一番、知りたいことだった。


「昔、少し体を鍛える機会があったんだ。それでかな。まあ、たまたま、まぐれが決まっただけだよ」


「絶対、嘘。さっきは怖くてわからなかったけど、最後に手加減したでしょ? それによく考えれば、みんな大した怪我はしてないわ。刃物振り回してたのに」


 実際、誰か死んでいてもおかしくない状況だったのだ。少なくとも大怪我は免れなかっただろう。それを速人は誰一人、重傷者を出すことなく収めていた。落ち着いてくればくるほど茜には不思議な疑問が芽生えていた。


「仕方ないな。引かれると嫌だから黙ってたんだけどね」


 彼はそう言いながら、着ているTシャツの左の袖をまくった。


 そこには日本刀を持った死神のタトゥーがあった。黒いフードをかぶる骸骨。そしてその上下には英語で文字が書かれていた。上にはNEVER SAY NEVER、下の部分にはJ.M.Cと両方共に大文字で書かれていた。


 J.M.C。日本国海兵隊(Japan Marine Corps)の略称だとすぐに気付く。


「海兵隊員だったの?」


 茜は驚きを隠しきれなかった。だが、それならさっきの立ち回りも納得できる。


「うん。そこで体を鍛えさせられたってことさ。さっきのはあながち嘘じゃないんだよ」


 すぐに腕を元に戻し、タトゥーを隠しながら彼は答えた。


 それ以上話したくないのかな、と何となく感じた茜は、本当はもっと聞きたかったがそこでやめておいた。年齢と経験からか彼女は自然とそういう気配りができるようになっていた。自分の好奇心のために彼に嫌な思いをさせるのは極力避けたかった。


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