奇蹟の果実の由来
一年以上前から執筆中小説に放り込みっぱなしだった小説です……
習作ということでお許しください。
神に捨てられて奇跡をなした世界、20**年の8月の始め、日本の某県。
日が暮れても暑さの引かない夏の夜。
庭先に出した縁台に腰をかけ、蚊取り線香の臭いを嗅ぎながら 昼取りの完熟野菜を肴にビールを一本。
田舎の借家に引っ越したのをきっかけに始めた自給菜園も3年目、今年はずいぶん豊作だ。
トマトにスイカ、キュウリ、エダマメ、それと今年は熱帯植物パッションフルーツ。よく熟した野菜が美味い。エダマメってな未熟な大豆だけどな。
うだるような熱帯夜も、水を浴びてパンイチで、冷えた酒が一緒にあれば、むしろそいつは快楽だろう。てにした缶が空になったので、氷水を張った桶から、キンキンに冷えた二本目を取りだす。プルタブを引けば ――― 俺は肌寒い石畳の部屋の中、厚いローブを着込んだ怪しげな人影に取り囲まれていた。
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あまた存在する創造世界、その中のかつて「剣と魔法の世界」と呼ばれていた世界の一つ。違う世界より呼び出された者達より、多くの思想、文物を与えられ、汎世界的な一つの大きな社会構造を築いた世界。
その、一風変わった世界の一角の、やや特徴を類似させる者たちのためあつらえられた学び舎でのこと。
ある教室で、多くの種族からなる若者たちに一人の女教師が教鞭をふるっている。
「本日より、本講は異世界より持ち込まれた物質的な文物と、その影響についての単元に入りますわ」
白皙の美貌もつこの女教師が受け持つのは、異世界学概論という教科であった。かつて、おおくの国が種族が対立していた時代、ヒト族の手によって召喚されていた勇者達の故郷、神無き異世界と呼ばれたその世界の、歴史や社会風俗について、またそれらがこの世界にもたらした影響についての俯瞰的な講義である。
「ただ、実際のところ、召喚者たちが携えていた品の多くは当時の技術水準では再現できず、思想や技術、知識などと比べるとこの世界に与えた影響は大きくありませんの。単元としても本日を含め2回の講義で終了する予定ですわ。」
講義を聞くのは、小は3cm程の小法師から、大は2m近い体格を誇る豚獣人まで、その幅は広かった。それでも、極小級の小人種族は最前列の机の上に更に机を並べて座り、直に机の上に座る賢猫精や飯綱のような小型の賢獣がその後ろ、続いてヒトやエルフ、ワジンなどのヒトと同程度の体格をした種族が並び、最後列に大柄な種族と、全員が机を望めるよう工夫されている。異なる種族が、互いの違いを理解して、住み分け暮らす。それがこの世界の、人間のあり方だった。
「とはいえ、芸術品として高い評価を得たもの、技術の発展により再現され、皆さんの日常的な必需品として使われているものもありますから、おろそかにすることはできませんのよ? それに、“世界”に対する影響は少なくとも、“局所的”に大きな影響を与えたものもあります」
この世界この時代でいう人間は、知恵を持ち、汎世界的に発達した人権を保障する社会に所属するものたちのこと。時をさかのぼってこそ、その言葉が特定の種族のみを指していた時代もあるが、それは人権、人間という思想の伝播経路と、その思想の故郷、“神に捨てられた世界”において、人間たりえる知恵と能力を持つ種族が一種しか存在していなかったことが原因だったといわれている。
「そうですわね、例として1432年、ルゴス王国で召喚された勇者,スサキ・トウゴがもたらした物についてでもお話いたしましょうか、その品物はわたくしの種族にとって、とても大きな影響をもたらしたものですの。」
しかし、幅広い種族が人間として認められる中、高い知恵と能力を持ち、人権といった、人間社会に所属する上で非常に重要な思想を理解していたとしても、その種族的特性ゆえに互いの種族を尊重する人間社会の中に受け入れられづらい種族がいる。
「ヴァンパイアは現在、吸血種と書きますが、かつては吸血鬼と書きました。“鬼”、ですわね」
その種族達のことを、“鬼”と呼ぶ。 古き時代には多くの種族が“鬼”と呼ばれていたという。しかしそのほとんどが、相互理解の深化により、偏見を拭われて、あるいは適切なすみ分けや規制の受け入れによって共存の道を見出し、鬼とは呼ばれなくなった。他種の精気を喰う吸精鬼は多くの者から命を奪わぬ程度に少量ずつそれを奪うことを受け入れ吸精種に、狼人鬼のように周期的に凶暴化するものは、その時期を閉じこもり過ごすことで被害を抑え狼人に、多少の差別は残しつつも、人間として認められていったのである。
しかし、それでも、生きた他種族を食わねば餓える夜叉鬼や、生存のため人の精神を損なうまで食すことを必要とする悪鬼のように、“鬼”と呼び続けられている種族がいる。彼らは、多くの種が互いに尊重し合うようになったこの時代においてもなお、差別と蔑視の対象とされているのである。
「わたくしたち《ヴァンパイア》は、本来、ヒト族の血液とともに精気を取り込み生存に必要とする栄養にいたしますの。けれども、吸精種のように、少しずつ小分けにと言うようなことはできず、一回の食事で、かならず致死量の血液、もしくは精気を奪うことになっていたそうですわ」
一応、何らかの形で他種族を害しなければ生存することのできない鬼の中にも、人間社会に参加する者たちはいる。しかし彼らはその代償に、時に生存権にいたるほどに強い制限を受けることになる。そしてもし、その抑圧に耐えかねた個体が一度犯罪に走ることがあれば、その優れた能力ゆえに被害は甚大となり、より“人間”社会より種族全体に向けられる排斥が強くなるという悪循環に陥いることになる。鬼という名を残す者たちは、この世界にあっていまだ恐怖の象徴なのである。
教師の発した言葉が意味するのは、吸血種が他種の生命を奪わなければ生きられなかった、真の意味で“鬼”に近しいものであったということ。生徒たちの表情が、やや引きつった。
「吸血種は種族的才能として優れた指導、統治、管理能力を持ち、また魅力あふれる容姿とカリスマを持つといわれていますわね。でもそれは、食料を囲い込み増やすため、あるいは、犠牲者を引き寄せるために発達したものと言われています」
一拍の間をあけて教師は嗤う。
「まさに、“鬼”ですわね」
艶やかな唇の端から、ちらりと、鋭い牙が覗く。
ヒト種と、それに連なる種族の学生が、あやしい輝きを放つ彼女の紅い目にさらされてぞくりと身をすくませた。かつて被食者であった時代に刷りこまれた、本能による震えだった。
「ですが、今現在、私の種族は鬼とはよばれておりません。これは、異界からもたらされた作物が、私たちにとってヒトの血に変わる栄養源となり、また強い嗜好性をもつことが判明したからですわ。これによりヴァンパイアは、その代替食のある一定量の備蓄と携行を条件に一般種族の一つとして認められました。その、代替食こそが」
一部の生徒を震え上がらせた目を、教卓の上に移し、手を伸ばした。
「これですわね」
教師が手を伸ばしたのは、教卓の上に乗せられた赤いパッケージ。
トマトジュースの紙パック。
「正確には、原料であるトマト、ですわね」
面食らうようなオチに、生徒達が、肩すかしをくらったように、とたんと空気が緩みざわめきが広がる。
「当初は行動範囲や抜歯なども制限条件に加えられていましたが、わたくしたちのモラルやマナーを重視する気質と、いわれずとも備蓄、携行を行うほどに代替食に対し強い嗜好性が知れるとかなり早い段階で撤廃されましたの。一日の必要摂取量は500ml程度といわれていますが、実際は1~2Lは軽く飲んでしまいますわね。なかなかバカにならない出費ではあるのですが、行政からの補助金も出るので……。少し、話がそれすぎましたわね」
こほんとしわぶきを一つ入れ。
「それでは改めて、講義を進めましょう」
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生徒たちは知らない、教師は伝えない。
吸血“鬼”を吸血“種”に変えた奇蹟の果実が、あるいは、既存の果実野菜と比して余りに美味であったために、勇者の恩寵と呼ばれた数々の作物が、どのような形でこの世界にもたらされたのかを。
後書き: 種族についてやら歴史についてやら、内容とまったく関係のない、必要のない設定妄想が広がりまくり放置に至った短編でした。 とりあえず目指したのは異世界の空気と引きこませる説明回(笑)果たしてうまくいっているのやら……
オチについては完全にぼかしておりますが、わからなけど知りたい、という方に向け、設定を一つ公開 この世界の歴上の人物を紹介。
ウルコ・バハーデル(1401~1482)
ルゴス国の学者。特に考古学・生物学に関心が強く、糞便より生物の食性、生活、健康状態を解明する学問を提唱した。1433年、スイカやトマトをはじめとする異世界産果実を発見し、栽培に成功、この功績により彼の提唱した学問は異世界償還社を対象として発展した。その後、後続の研究者によりイチゴ、メロン、キウイ、イヨカン等が発見されている。