私を追い出したのはあなたでしょう?
遅くなって申し訳ありません。
今回は短めです。
「君との婚約を破棄する!」
卒業舞踏会の真ん中で、第二王子クロード殿下はそう宣言した。
隣には、涙目の伯爵令嬢。
「僕は彼女を愛している。冷たい君より、彼女のほうが王妃に相応しい!」
会場がざわめく。
私は一度だけ、伯爵令嬢を見た。
そして殿下を見る。
「承知しました」
「……え?」
「婚約破棄、ですね」
「そうだ!」
「では、こちらをどうぞ」
私は鞄から一枚の紙を取り出した。
もしかして、と思いずっと片隅に入れていたもの。
殿下が受け取る。
「これは?」
「王太子妃候補に関する職務委任状です」
「……」
「三年前、王妃教育の一環として、私は王家の財務管理を任されました」
殿下の顔が曇る。
「国庫の支出計画、各領地への補助金、王都の公共事業費。すべて私が確認しています」
「それがどうした?」
「今日、婚約が破棄されたのであれば」
私は微笑んだ。
「当然、私の仕事も終了ですよね?」
「……あ」
「それでは、お返しします」
私は持っていた書類の束を、殿下の胸元へ置いた。
国庫予算案
領地補助金一覧
来年度の税収予測
王都改修計画
「全部、ご自分でお願いします」
「待て!」
殿下が慌てて書類を落とした。
「君は王妃になるんだぞ!」
「婚約を破棄したのは殿下です」
「だが……!」
「でしたら」
私は首を傾げた。
「婚約を続けますか?」
殿下は黙った。
隣の令嬢が不安そうに袖を引く。
「クロード様……」
「……いや」
殿下は拳を握った。
「僕は彼女を選ぶ」
「承知しました」
私は一礼した。
「では、どうぞお幸せに」
そのまま会場を出た。
◇
翌朝。
王宮では大騒ぎになっていた。
「予算案はどこだ!」
「アリアナ様がお持ち帰りになりました!」
「来年度の税収予測は!」
「それもです!」
「補助金の配分表は!」
「すべてアリアナ様の担当でした!」
クロードは頭を抱えた。
「……なら、官僚にやらせろ!」
しかし。
「申し訳ありません。最終承認には王太子妃候補の署名が必要です」
「……」
そこで初めて、クロードは気づいた。
アリアナが単なる婚約者ではなかったことに。
彼女は三年間。
王家の未来を支える仕事をしていた。
誰も気づかないほど地味な仕事を。
そして、その日の午後。
さらに問題が起きた。
「殿下! 商会との契約が!」
「どうした!」
「アリアナ様が管理していた契約書の更新期限が今日です!」
「なら更新しろ!」
「契約内容を誰も最後まで把握していません!」
「……」
アリアナは、契約書をただ整理していたわけではない。
危険な条項を見つけ、王家に不利な契約をすべて修正していた。
彼女がいなくなったことで。
王家は次々と期限を迎えた。
その日の夜。
クロードは父である国王に呼び出された。
「クロード」
「はい……」
「婚約を破棄したそうだな」
「……はい」
「なぜだ?」
「もっと相応しい女性を見つけました」
国王は深いため息をついた。
「お前は馬鹿なのか?」
「……」
「アリアナが三年間、王家のために何をしていたか知っているか?」
「……」
「知らないから婚約を破棄したのだろうな」
国王は机の上に一枚の紙を置いた。
「彼女が作った来年度の予算案だ」
クロードが目を通す。
そこには、無駄な支出を削減し、税負担を抑えながら国庫を黒字化する計画が記されていた。
「この通りに進めれば、王国は向こう十年安定する」
「……」
「だが、彼女はもういない」
国王は冷たく告げた。
「そして、お前が選んだ令嬢を王妃候補として迎えるなら、その者にこの仕事を任せることになる」
「……彼女はできます」
「本当に?」
◇
その翌日。
王宮からアリアナのもとへ使者が来た。
「アリアナ様。殿下がお戻りいただきたいと」
「お断りします」
「ですが……」
「私はもう王太子妃候補ではありません」
「待遇は以前より良くするそうです」
「必要ありません」
「殿下も反省されています」
「そうですか」
アリアナは手帳を閉じた。
「では、お伝えください」
使者が頭を下げる。
「何と?」
「私を追い出したのは殿下でしょう?」
彼女は微笑んだ。
「でしたら、その席もご自分でお座りください、と」
使者は何も言えなかった。
◇
その三日後。
クロードは正式に王太子候補から外された。
理由は、王家の重要職務を理解せず、私情によって婚約者を排除したこと。
そして。
新たな王太子妃候補には、アリアナではなく別の令嬢が選ばれた。
ただし。
その令嬢には、王家の財務管理を任せるだけの能力がなかった。
結果。
国王はアリアナに爵位を与え、独立した財務顧問として迎えることを決めた。
アリアナは王宮の前で、正式な辞令を受け取った。
「これで、もう王家のために働く必要はない」
父が笑う。
「それでも働くのか?」
「ええ」
アリアナは辞令を眺めた。
「自分がやりたい仕事ですから」
そして、小さく笑う。
「ただし」
「何だ?」
「今度は、婚約者としてではなく」
彼女は王宮を振り返った。
「報酬をきちんともらうことにします」
誰かに必要とされるためではない。
誰かの妻になるためでもない。
自分が選んだ仕事を、自分の人生として続ける。
それが。
アリアナの選んだ未来だった。




