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私を追い出したのはあなたでしょう?

作者: 黒色鮎
掲載日:2026/09/12

遅くなって申し訳ありません。

今回は短めです。

 

「君との婚約を破棄する!」


 卒業舞踏会の真ん中で、第二王子クロード殿下はそう宣言した。

 隣には、涙目の伯爵令嬢。


「僕は彼女を愛している。冷たい君より、彼女のほうが王妃に相応しい!」


 会場がざわめく。

 私は一度だけ、伯爵令嬢を見た。

 そして殿下を見る。


「承知しました」

「……え?」

「婚約破棄、ですね」

「そうだ!」

「では、こちらをどうぞ」


 私は鞄から一枚の紙を取り出した。

 もしかして、と思いずっと片隅に入れていたもの。


 殿下が受け取る。


「これは?」

「王太子妃候補に関する職務委任状です」

「……」

「三年前、王妃教育の一環として、私は王家の財務管理を任されました」


 殿下の顔が曇る。


「国庫の支出計画、各領地への補助金、王都の公共事業費。すべて私が確認しています」

「それがどうした?」

「今日、婚約が破棄されたのであれば」


 私は微笑んだ。


「当然、私の仕事も終了ですよね?」

「……あ」

「それでは、お返しします」


 私は持っていた書類の束を、殿下の胸元へ置いた。


 国庫予算案

 領地補助金一覧

 来年度の税収予測

 王都改修計画


「全部、ご自分でお願いします」

「待て!」


 殿下が慌てて書類を落とした。


「君は王妃になるんだぞ!」

「婚約を破棄したのは殿下です」

「だが……!」

「でしたら」


 私は首を傾げた。


「婚約を続けますか?」


 殿下は黙った。

 隣の令嬢が不安そうに袖を引く。


「クロード様……」

「……いや」


 殿下は拳を握った。


「僕は彼女を選ぶ」

「承知しました」


 私は一礼した。


「では、どうぞお幸せに」


 そのまま会場を出た。




 ◇


 翌朝。

 王宮では大騒ぎになっていた。


「予算案はどこだ!」

「アリアナ様がお持ち帰りになりました!」

「来年度の税収予測は!」

「それもです!」

「補助金の配分表は!」

「すべてアリアナ様の担当でした!」


 クロードは頭を抱えた。


「……なら、官僚にやらせろ!」


 しかし。


「申し訳ありません。最終承認には王太子妃候補の署名が必要です」

「……」


 そこで初めて、クロードは気づいた。

 アリアナが単なる婚約者ではなかったことに。


 彼女は三年間。

 王家の未来を支える仕事をしていた。

 誰も気づかないほど地味な仕事を。


 そして、その日の午後。

 さらに問題が起きた。


「殿下! 商会との契約が!」

「どうした!」

「アリアナ様が管理していた契約書の更新期限が今日です!」

「なら更新しろ!」

「契約内容を誰も最後まで把握していません!」

「……」


 アリアナは、契約書をただ整理していたわけではない。

 危険な条項を見つけ、王家に不利な契約をすべて修正していた。


 彼女がいなくなったことで。

 王家は次々と期限を迎えた。


 その日の夜。

 クロードは父である国王に呼び出された。


「クロード」

「はい……」

「婚約を破棄したそうだな」

「……はい」

「なぜだ?」

「もっと相応しい女性を見つけました」


 国王は深いため息をついた。


「お前は馬鹿なのか?」

「……」

「アリアナが三年間、王家のために何をしていたか知っているか?」

「……」

「知らないから婚約を破棄したのだろうな」


 国王は机の上に一枚の紙を置いた。


「彼女が作った来年度の予算案だ」


 クロードが目を通す。

 そこには、無駄な支出を削減し、税負担を抑えながら国庫を黒字化する計画が記されていた。


「この通りに進めれば、王国は向こう十年安定する」

「……」

「だが、彼女はもういない」


 国王は冷たく告げた。


「そして、お前が選んだ令嬢を王妃候補として迎えるなら、その者にこの仕事を任せることになる」

「……彼女はできます」

「本当に?」




 ◇


 その翌日。

 王宮からアリアナのもとへ使者が来た。


「アリアナ様。殿下がお戻りいただきたいと」

「お断りします」

「ですが……」

「私はもう王太子妃候補ではありません」

「待遇は以前より良くするそうです」

「必要ありません」

「殿下も反省されています」

「そうですか」


 アリアナは手帳を閉じた。


「では、お伝えください」


 使者が頭を下げる。


「何と?」

「私を追い出したのは殿下でしょう?」


 彼女は微笑んだ。


「でしたら、その席もご自分でお座りください、と」


 使者は何も言えなかった。




 ◇


 その三日後。

 クロードは正式に王太子候補から外された。


 理由は、王家の重要職務を理解せず、私情によって婚約者を排除したこと。


 そして。


 新たな王太子妃候補には、アリアナではなく別の令嬢が選ばれた。


 ただし。


 その令嬢には、王家の財務管理を任せるだけの能力がなかった。


 結果。


 国王はアリアナに爵位を与え、独立した財務顧問として迎えることを決めた。

 アリアナは王宮の前で、正式な辞令を受け取った。


「これで、もう王家のために働く必要はない」


 父が笑う。


「それでも働くのか?」

「ええ」


 アリアナは辞令を眺めた。


「自分がやりたい仕事ですから」


 そして、小さく笑う。


「ただし」

「何だ?」

「今度は、婚約者としてではなく」


 彼女は王宮を振り返った。


「報酬をきちんともらうことにします」


 誰かに必要とされるためではない。

 誰かの妻になるためでもない。


 自分が選んだ仕事を、自分の人生として続ける。


 それが。


 アリアナの選んだ未来だった。

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