第4話 エリス我慢を覚える?
鳴り止まぬ拍手と喝采の中、壇上での挨拶を完璧に終えたエリスは、ミモラとテティアに左右を固められ、煌びやかな披露宴会場へと足を踏み入れた。
会場には、最高級の香水の香りと、着飾った貴族たちが放つ野心と好奇の熱気が充満している。
エリスにとって、ここからの時間は「淑女」という名の初めての戦場であった。
まずは、サリウス家の後ろ盾でもあるエンケラド辺境伯一族への挨拶から始まった。
エリスを「マリオ大おじいちゃま、ピーチ大おばあちゃま」と慕わせる辺境伯家の人々は、彼女の三歳児離れした知性に目を丸くし、次々と賛辞を贈った。
「やあ、エリスちゃん、本当に大きくなったね。首都のタウンハウスにいた頃はまだ赤子だったから、僕のことは覚えていないだろう。ミモラ伯爵の弟、メイル・エンケラドだよ」
「まあ、なんて可愛らしいの! お母様のテティアさんにそっくりね。そのドレスの着こなしも、お辞儀の仕方も……本当に三歳なの? サリウス伯爵領の将来は安泰ね」
親類一同の言葉には、社交辞令を超えた本物の慈しみがあった。メイルの息子であるデッドや、その妻セシリアも、エリスを温かく迎え入れる。
「テティアさんの従弟のデッドです。僕の娘とも歳が近いから、仲良くしてくれたら嬉しいな」
「娘の二人も挨拶なさい。エリスちゃん、淑女の鏡のような貴女とお近づきになれて光栄ですわ」
「エバ、にちゃい……。エリスおねえちゃん、よろちく」
舌足らずに挨拶する従妹のエバや、愛くるしい乳飲み子のルルア。彼女たちの純粋な瞳を見つめ、エリスはちょこんと膝を折り、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
(ふむ。この者たちからは「家族」の匂いがするのぉ。形式的な挨拶は退屈じゃが、この温もりは悪い気はせぬわ)
赤子の頃の記憶……全知の神としてのバックアップを総動員し、初対面を装いつつも完璧な親戚付き合いをこなすその姿は、周囲の目には「非の打ち所がない名家の令嬢」として焼き付いていった。
しかし、和やかな時間は長くは続かなかった。
親戚、縁者、商会長、冒険者ギルド長……。次々と押し寄せる挨拶の波。エリスは内心で「いつまで続くのじゃ……」とげっそりしながらも、顔には一点の曇りもない淑女の仮面を張り付かせ、失言のないよう言葉を選び抜いて対応を続けた。
ようやく椅子に腰を下ろして一息つこうとした時、一人の少年を連れた遠縁の伯爵夫妻が、勝ち誇ったような足取りで現れた。
連れられた少年は、エリスの前に立つなり腰に手を当て、不遜に踏ん反り返り、自分がどれだけ凄いかを演説し始めた…。
「おい、お前! 聞いているのか!俺がどれだけ凄いか、今の自慢話で分かっただろう? 喜べ、お前を俺の婚約者にしてやるぞ!」
その場に、冷ややかな静寂が降りた。
伯爵夫妻は「我が息子に選ばれて光栄だろう」と言わんばかりの歪なドヤ顔を晒している。
エリスは、感情の消えた無感動な瞳で、目の前の「矮小な生き物」を見上げた。
(……何じゃ、この羽虫のような存在は。わらわに狩られたいという意思表示か?)
エリスは口角一ミリも動かさず、鈴を転がすような、しかし氷のように冷徹な声を響かせた。
「……恐縮ながら、婚約は私の一存では決めかねますわ。サリウス領の未来を鑑み、当家の家主とお母様が、相手方の家柄、経営状況……そして何より、『ご本人の資質と武力』を厳格に吟味した上で判断される予定ですので。……今はまだ、候補にすら挙がっておりませんの。丁重にお断り申し上げますわね」
にっこりと、一ミリも笑っていない目で微笑むエリス。
「武力」という単語の響きに、伯爵一家の顔は一瞬で引きつった。エリスから発せられる、三歳児のものとは思えぬ不可視の重圧に押され、彼らは捨て台詞を吐く余裕すらなく、蜘蛛の子を散らすように退散していった。
しかし、その後も試練は続く。
母テティアへの再婚話を取り持とうとする厚顔無恥な貴族、マウントを取ろうと探りを入れる令嬢たち……。下心満載の「ワッショイ(称賛)」の嵐に、エリスの精神力は削られ続け、いつの間にか表情筋が限界を迎え、顔がピクピクと引きつり始める。
空腹と疲労、そして絶え間ない虚飾の会話。
(……お、おのれ腐れ貴族どもめ……。妾にここまでダメージ与えるとは!この宴が終わったら、一族全員の髪が抜け落ちる呪いをかけてやるのじゃ……!)
完璧な淑女の微笑みの裏側で、エリスディーテの「神の逆鱗」が静かに、されど激しく震え始めていた。
その怒りの振動が、この後に起こる一人の男の悲劇と苦悩の歴史の引き金になるとは、この場の誰も、まだ気づいていなかった。
いつも読んでくれて嬉しいのじゃ!
やっとパーティも終わったのぅ〜やれやれなのじゃ…もう二度とやりたくはないのぉ〜はぁ〜
(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐




