第2話 エリスの苦難
サリウス領の発展速度は、周辺諸領の貴族たちが「魔法でも使ったのか」と疑うほどに、常軌を逸していた。
半年前、人道に外れた奴隷組織と、彼らと癒着していた腐敗貴族を一掃して以来、この地は驚異的な復興を遂げた。
救出された元奴隷たちは、今やサリウス領の住民として、怯えることなく穏やかな朝を迎えられている。
エリスがかつて闇の組織を壊滅させた際、そのアジトから「回収」された莫大な金品は、すべてサリウス領の領庫へとエリスにより転送された。
後に、部屋を埋め尽くすほどの金貨の山を前に、領主ミモラは「……多すぎるわよ」と額を押さえて絶句したという。
これらの資金は、被害者への見舞金や、新生活を始めるための支度金として活用された。
救出後に故郷へ戻った人々も再び家族を連れて、感謝を伝えに訪れたり、移住を希望する家族もいたりと、ミモラやテティアから温かく迎えられ、彼らが家族との再会を果たした喜びを、我がことのように共に分かち合った。
領都や村々では、一時的な建築ラッシュを経て、整然と家々が立ち並び始めている。
魔の森から切り拓かれた荒れ地は豊かな農地へと姿を変え、農道や灌漑施設の整備には新たに移住した住民たちも加わった。
公共事業として領主が仕事を発注することで、領民は誰もが職にありつき、飢えとは無縁の生活を送っている。誰もが領主一家に深く感謝し、その忠誠心は鉄よりも固くなっていた。
さらに、領地の財政を盤石なものにしたのは、圧倒的な「素材売却益」だ。
本来なら領地を脅かすはずの魔獣氾濫を、『紅堕天使の4姫』が文字通り蹂躙し、希少な魔獣の素材を大量に供給したのだ。
その利益により、サリウス領は辺境伯や中央からの支援を一切必要としない、完全な黒字化を達成。これにより、ミモラたちは親族や中央政府からの干渉を撥ね除ける、真の『自由』をその手に掴んでいた。
メアリーによる「地獄のブートキャンプ」を生き抜いた騎士団は、今や魔の森の中層までを完璧に統制下に置いている。
もはや領主一族にとって魔の森は恐れる対象ではなく、政務の合間に楽しむ『趣味の最深部狩り』の場と化していた。
そんな平和極まりない、ある日の朝。
三歳になったエリスの朝は、専属侍女カレンの柔らかな声で幕を開ける。
「お嬢様、おはようございます。お支度の時間ですよ」
「うむ……。おはよう、カレン。よしなに頼むぞ」
眠たげな目を擦りながら、エリスは重々しく頷いた。
カレンは、かつてエリスが組織を壊滅した際に救い出した少女だ。
黒髪・碧目という希少な容姿ゆえに家族を殺され、悲惨な一途期を過ごし幼い魂が消滅仕掛けている所、聖教会へ高値で売られる寸前に救った彼女。エリスは『妾の生い立ちに似ておる』と呟き、母テティアと共に彼女を保護し、慈しんで育ててきた。
今のカレンは、僅か三歳だがエリス救われたおかげか、一緒にいた影響からか、内に秘める闇の権能が活性化され全ての能力が強化された。
こうして、カレンはメアリーとシルビアから直接受けた英才教育により、エリスに絶対の忠誠を誓う『神の近侍』としての風格すら備え始め、最短でエリスの専属侍女として傍に仕えるようになった。
カレンの手によって丁寧に髪を結い上げられ、薄紫のレースがあしらわれた可憐なワンピースに身を包んだエリス。
鏡に映るその姿は、一歩歩くごとに背景に華が咲き誇るような、神々しいまでの愛らしさを放っていた。カレンは頬を染めて、ウットリしながら主を見守る。
エリスは、その威厳を纏って向かった食堂には、すでにミモラ、テティア、そしてお馴染みの面々が揃っていた。
「おはようなのじゃ。おばあちゃま、お母様。……メアリー、シルビア、ミツルギも息災か」
「まぁ♪ 今日もなんて可愛いの、エリス! さあ、冷めないうちに朝食にしましょう」
ミモラが目を細めて孫を席に促すと、テティアがいたずらっぽく微笑みながら問いかけた。
「おはよう、エリスちゃん。今日は何の日か、ちゃんと覚えているかしら?」
その問いを聞いた瞬間、エリスの全身から「しぶしぶ」というオーラが立ち昇った。
「……妾の三歳の誕生日、ならびに誕生披露パーティーの日、じゃな」
エリスは深く肩を落とし、憂鬱そうに答える。
「そうよ! 今日は大おじい様たちに貴女をお披露目する特別な日なんだから。衣装合わせやマナーの練習も、今日が終われば暫くはゆっくりとできるわよ。……でもね、エリスちゃん?」
テティアが、エリスのマシュマロのようにふっくらとした頬を、指先でツンと突いた。
「パーティーの間は、“妾”とか“なのじゃ”は禁止ですよ? 『わたくし』って、可愛らしく言えるかしら?」
「……ッ! ……はい、なのじゃ(小声)」
これまで、大好きな魔の森への『遊び』を禁じられ、窮屈なドレスの採寸に耐え、退屈な礼儀作法のレッスンを我慢して受けてきたエリス。そのフラストレーションは爆発寸前だ。
だが、自分を慈しみ、この日を心待ちにしている母の楽しそうな笑顔には、どうしても勝てなかった。
白パンに香ばしい骨付きソーセージを頬張りながら、エリスは内心で深いため息をつく。
(母上がこれほど楽しみにしているのなら、仕方あるまい……。今日一日、完璧な『お人形』を演じてやろうではないかのぅ)
しかし、神の瞳を持つ彼女であっても、この時はまだ予感していなかった。
この華やかな祝宴の裏側で、自分たちの平和を、そして大切な家族を脅かそうとする魔の手が、すぐそこまで伸びてきていることを。
サリウス領が誇る黄金の日常に、冷酷な断罪の影が落ちようとしていた。
いつも読んでくれて嬉しいのじゃ!
憂鬱な誕生披露パーティも今日一日の我慢なのじゃ!お母様や家族のために気合入れるのじゃ!
(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐




