第12話 救出
サリウス領、新たに整備されたばかりの別邸。その広間は今、この世の地獄を凝縮したような光景に包まれていた。
運び込まれたのは、檻の中で家畜以下として扱われていた、三十名を超える少年少女や若い女性たちだ。その姿を目にしたテティアは、肺にある空気をすべて吐き出しても足りないほどの戦慄を覚えた。
「……これが、人がすることなの?」
テティアの震える声が、静まり返った広間に響く。
運び込まれた者たちの肌は、長期間日光を浴びていないために不気味なほど青白く、浮き出た肋骨は彼らが受けてきた飢餓の歴史を物語っていた。
衣服と呼ぶにはあまりに無残なボロ布からは、膿の混じった悪臭と、排泄物の臭いが漂う。
何よりテティアの心を抉ったのは、彼らの『瞳』だった。
そこには恐怖すら残っていない。
ただ、すべてを諦め、自分の魂が砕け散るのを待つだけの、底なしの虚無が溜まっていた。
「屋敷の者よ、総出で当たりなさい! 恥じることはありません、彼らは我が領の、我が家族も同然です! 直ちに清潔な湯を、温かいスープを! 柔らかい布を準備して!」
ミモラの号令が飛ぶ。
テティア、シルビア、メアリーも即座に動いた。侍女たちは涙を拭い、泥にまみれた子供たちを優しく抱き上げる。
エリスもまた、その幼い体に宿る膨大な神力を解放し始めた。
(……酷いのぉ。魂が、幾重にもひび割れておる。無理やり記憶を封じ込め、自分を殺さねば正気を保てなかったのじゃな)
エリスの手のひらから、淡い黄金の光が降り注ぐ。
それは肉体の損傷を癒す『聖域再生術式』。そして、精神の崩壊を食い止める『魂の安息』。
エリスは一人一人の頭に手を置き、その奥底に沈んだ絶望の泥を、神の慈悲によって浄化していく。
しかし、癒せば癒すほど、彼らの記憶を通じて流れ込んでくる『悪意』の断片に、エリスの神性は峻烈な怒りへと塗り替えられていった。
揺れ動くサリウス領、浮かび上がる犯罪組織と違法奴隷の売買が自分たちの足下で蠢いていた事実に、憤りを感じていた。
「以前の伯爵邸を別邸として残しておいたのは、幸いだったわ……。まさか、領内の廃屋がこれほどまでの規模の犯罪組織のアジトとして利用されていたなんて」
テティアは、別邸のバルコニーで拳を強く握りしめた。爪が掌に食い込み、血が滲む。
「落ち着きなさい、テティア。怒りに飲まれては、真の悪を見逃すわ」
隣で母ミモラが静かに、だがその瞳に氷のような冷徹さを宿して言った。
「あの廃屋は、証拠隠滅のために魔力で徹底的に浄化されていた。手掛かりは一つも残っていない。奴らはプロよ。背後に強力な組織がいるのは間違いないわ」
「でも、どうやって炙り出すのよ。このままでは、また犠牲者が出るわ……!」
その時、テティアのスカートの裾を、小さな、しかし力強い手が引いた。
「お母たま。……わらわなりゃ、わかるよ。『かこし(過去視)』で、奴らの ひれちゅ(卑劣) な あちあと(足跡)をちゅべて(すべて)あばいてやるのじゃ」
エリスの瞳は、すでに人間の子供のものではなかった。銀河を凝縮したような黄金の双眸。彼女は舌足らずな言葉を止め、直接念話をテティアの脳内へ叩き込んだ。
『母上、現地へ行くのじゃ。時を遡り、因果の糸を手繰り寄せれば、奴らがどこから来、どこへ消えたかなど、妾の目からは逃げられぬ』
二人は即座に、人気のない中庭から転移した。
現場は、サリウス領の北端にある古い石造りの廃屋。そこは犯罪組織が「中継地点」として利用していた場所だった。
エリスが小さな手を虚空にかざすと、空間が細かく振動を始める。
『思念共有――数日前、ここで起きた真実を見せるのじゃ』
テティアの視界が歪み、モノクロの記憶が色彩を伴って再生され始めた。
――三日前。
「おい、このガキ、また吐きやがったぞ。汚ねぇな」
粗末な革鎧を着た男が、動かなくなった少女の腹を無慈悲に蹴り飛ばした。
「構うなバジル。そいつはもう『売り物』にならねぇ。放り込んでおけ。それより、明日の夕刻に奴隷商が来る。その後、貴族から『忌み子』を買取に行く。今回はリレトス聖教国の高官から『黒髪の極上品』のリクエストが入ってるんだ。高値がつくぞ」
「へっ、聖職者の連中も、裏じゃ黒髪の忌み子を弄ぶのが趣味ってか。全くだ、偽善者どもめ」
下卑た笑い声。命を『肉の塊』としか見ていない、徹底した非道。
テティアは映像の中で、自分の娘と同じくらいの年齢の子供が、ゴミのように扱われる様を見て、喉の奥からせり上がる嗚咽を必死に堪えた。
『……奴隷商が現れるのは、明日じゃな。お母様、この場所を使い始めた四年前からの記憶をすべて手繰った。この領に連れてこられ、各地へ売られていった者は、合計で五百を超える……』
「五百……!? そんなに多くの人が、私の知らないところで……!」
『案ずるな。すでに、過去に遡って売られていった者全員に、妾の『魂の刻印』を施した。
彼らが世界のどこに居ようと、妾の指先一つで引き戻してやれる。……そして、彼らを虐げた者たちの魂にも、逃れられぬ断罪の標識を刻んでおいたのじゃ』
エリスの口調は冷徹だった。それは情熱的な怒りを超越した、絶対的な『裁き』の意志。
屋敷に戻った二人は、ミモラ、シルビア、メアリーを召喚した。
『作戦はシンプルじゃ。明日の奴隷商を捕らえ、その記憶を全て奪う。そこから芋づる式に、大陸全土に広がるアジトと、顧客である腐敗貴族を洗い出す!』
エリスはさらりと思念で言ってのけたが、それは本来、国家が数十年かけても成し遂げられない情報戦である。
エリスは四人に、転移術式の基礎と、記憶を読み取るための『精神介入法』を伝授した。
「……親子ね。教え方が容赦ないわ」
ミモラが苦笑しながらも、驚異的な速度で術式をマスターしていく。
「テティア、ミモラ。殺すか、生かすか。それはエリスに任せるわ。私たちは、彼女の剣となり盾となる」
シルビアが剣の柄を握り、メアリーもまた、かつてないほどの鋭い気迫を纏っていた。
いつも読んでくれてありがとうなのじゃ!
連休企画の連投はここまでじゃ!次回からは毎朝7時に投下して行くでのぅ、読んでくれると嬉しいのじゃ!
妾の聖域のお膝元で悪の組織が黒光りするGのように隠れ蠢くのは許せんのじゃ!実際Gが出たら、お母様も悲鳴を上げて逃げ出すからのう。次回は、闇組織の殲滅じゃ!楽しみにして欲しいのじゃ!
応援してくれる読者の為に…妾は…
妾は…張り切って頑張るからのう!
(*´ω`*)/応援これからも頼むのじゃ⭐それと、評価してほしいのじゃ!




